「さて、今日から最終稽古が開始になります。相手は俺が作ったこちらになります。まずは偽上弦の参から始まって、偽上弦の壱、からくりヨリイチとなります」
訓練内容を聞いた獪岳は、胃の腑を腹の上から押さえた。
「大丈夫だ。俺特製の薬と、蟲柱様の診断がある。死にはしない。……お前らなら出来る」
大丈夫じゃないですと訴えたいが、信頼に満ちた目で見られると断りづらい。
「それを超えられたら、部隊戦になる。多数対多数だな。柱の面々も、それに俺も参加する。さあ、今日も一日頑張ろうなー」
「おー!」
が手を挙げると、獪岳を始めとした一団も腕を上げた。
半ばやけくそ気味だったとは、のちの獪岳のセリフである。
「さん!そろそろ、お昼です!」
「おや、もうそんな時間?」
裏山で監督をしていたは、迎えに来てくれたアオイに首を傾げた。
「はい。皆さんもお疲れでしょう。今、食堂へお昼ご飯を用意しています」
「よし。さっと風呂で汗を流したら、着替えてご飯。きちんと休んで、午後の部だ。ご飯を作ってくれたアオイには、きちんと感謝するように」
「はい!」
最早、癸だからといってアオイを軽く見たり、隠の隊員を下に見るような鬼殺隊員など存在しない。
鴉に報告された瞬間、印の支援道具が一切使用不可になるためであるという理由は大きい。
腹の中で何を思ってても構わんが、それを顔に出した瞬間、終了のお知らせが鳴り響くのである。
が相談役に就任させられた当時、彼を侮る者も、階級が下の者に驕っていた者もいたが、その全員の心を赤原礼装を纏った魔法遣いが実力でへし折り済だ。
「さんはどうします?」
「俺はそこでウズウズしている義勇と一戦したら向かうよ。申し訳ないけど、後で二人分のお昼を用意してもらえる?」
「……よろしく頼む」
アオイの後ろからやってきた義勇が、お願いの言葉を口にすると、よくできましたと言いたそうにニイが、義勇の頭の上でふよよんと揺れた。
そんな【柱稽古】にも終わりがやってくる。
「さて、あと十日で、そこに無惨が来ます」
今日も今日とて、産屋敷へ集められた柱全員を前に、が話し始めたのが、終わりの始まりだった。
「準備は既に整えてあるので、その日になったら、全員この周辺で待機になります。鬼にも屋敷の位置は把握されてるので、鬼殺隊全員を配置します。位置については、鴉さんに従ってもらう旨、この後全員に連絡入れます」
「ついにその時がくると言うわけだな」
「そこで、彼女達にも手伝ってもらうことになる」
耀哉が示した先は、既に落ちかかっている日の光が入らない場所。
珠世と愈史郎が座っていた。
「鬼殺隊の存在意義を消すために。どこかの誰かの未来のために。全力で無惨を潰すぞ」
そう言ってニヤリと笑った魔法遣いに、その場の全員が、ほんのちょっとだけ鬼を哀れに思ったとか。
産屋敷から戻って、は縁側でのんびりしていた。
「いよいよですね」
そんな彼の隣には、しのぶが座っている。
「うん。当日は夜から朝までお仕事だから、お昼くらいまではゆっくり休んでおくんだよ?」
「はい。英気を養っておきます」
僕も頑張るよ、とイチがポヨンと揺れた。
「さんは当日まで何をされるんですか?」
「お墓参りだけは確実に行くとして、後は戦後処理について詰めておきたいところです」
「お墓参りですか?」
「うん。鬼殺隊のお墓の場所を耀哉から聞いているから、戦いの前に一度お参りしておきたい」
「では、日程を調整して皆で行ける日を決めてよいですか?その、皆も行きたいと思いますので」
「勿論。何かあれば飛んで帰ればいい。皆で一緒に行こう。戦いが終わった後にも、戦勝報告に行かないとね」
そんな話をしているとカナヲが縁側へ顔を出した。
「師範、さん」
「お帰り、カナヲ。今日も怪我とかしてない?」
しのぶが迎える横で、イチとサンがポヨポヨと揺れて情報交換している。
何かを考えていたカナヲが、意を決した表情でを見上げた。
「炭治郎にサンを付けてあげたいです。この子が無理なら、他の子でも……」
「それはさんに多大な負担がかかるから、……さん?」
しのぶの言葉の途中で、がそっと視線を逸らせた事に、彼女のコメカミに青筋が浮かぶ。
「正座、しましょうか?ね?」
が痺れた足に縁側でうめくようになったころ、漸くお説教からは解放された。
「ミニスライムを鎹烏に運んでもらってます。きちんと耀哉の許可もとってありますよ」
「艶?」
近くにやってきたしのぶの鎹烏の首元には、小さな水滴のようなものがぶら下がっている。
「本当に緊急連絡だけなんですけどね。烏たちはいつも相棒の側にいるでしょう?あの子くらいのサイズなら、そこまで俺の負担も大きくないですし」
よいしょと胡坐で座り直したは、カナヲの頭を優しく撫でる。
「そういう事なので、カナヲはサンと一緒に居てください」
「はい。よかった……」
サンもカナヲにすり寄って嬉しそうにしている。
「大丈夫。何かあれば、俺が文字通り飛んでいくよ」
「まったく、さんは過保護なんですから。……なんです?」
「いえ、何でもないです」
しのぶがこっそりカナヲの訓練を見に行っていたのを知っている彼は、それ以上を口にはしなかった。
どんなに暗くて迷っても、どんなに遠回りでも、眩しい朝はきっと来る。
さあ、明日を手に入れよう―――
うふふ、いつの間にか一年の1/6が終わりそうですね。
なんとか、三年連続この日だけは更新できました。。。
さて、次回はついにアレとアレの登場になります。
最早既にアレとアレがどうなるかは決まっているので、そこまでに道筋を頑張るのみ。
また次回をお待ちくださいませ。
コメント by くろすけ。 — 2023/02/24 @ 18:28