「あー。ついに来たかー」
やれやれと言いたそうな彼は、目の前にそびえる建物を見あげていた。
「……転校生のだな?」
そんな彼の背後に、スーツ姿の似合う凛とした女性が現れて、彼の名を呼んだ。
「俺も晴れてモルモットの仲間入りか……。しかも、もう一回一年生……」
モルモット、実験生物。自分で口にして凹む。
「私を無視するとは、なかなかの度胸じゃないか」
「……あれ?あ、すみません、考え事をしていたもので」
黒髪黒目の彼は漸く彼女の存在に気付いて振り返る。
それが初代ブリュンヒルデ織斑千冬と、後に蒼穹の魔王と呼ばれる事になる青年との出会いだった。
「こんな美人さんがお出迎えとは、エリート学校は豪勢ですね」
「織斑千冬だ。一年担当することになっている」
比較的背の高い部類に入る彼女よりもかなり背が高い。180近くあるのではないだろうか。
「そうでしたか。それは失礼をしました。…オリムラ?って、結構ある苗字でしたっけ?」
はて、と首を傾げれば、目の前の女性は軽く首を振った。
「いや、思っているのは間違いじゃない。織斑一夏は私の弟だ」
「……なるほど。となると、学園側は喜び勇んで弟君を勧誘に、いや半分拉致に近いことを行ったでしょうね。目に浮かびます」
目の前のぽややんとした青年が、笑って告げた言葉に千冬は目を丸くしていた。
「驚くほどの事ですか?貴重なモルモットに護衛を付けるのは当然だし、しかも人類最強が血縁ですよ?何が何でも呼ぶでしょ。貴女がお姉さんである事を、弟君は心の底から感謝すべきですね」
見た目は普通の、ごく普通の青年に見える彼がさらっと吐いた毒によって、弟と同い年には決して見えなくなった。
「年齢詐称などしていないだろうな」
「その辺は調べられていると思っていました。……実は29歳なんです」
「納得だが、訂正の書類が必要だ」
「……冗談ですよ。信じられると、俺が反応に困るんですけど」
頷く彼女には眉間をもみほぐしながら、ため息をつくしかない。
真顔で冗談を言われた千冬の方がどちらが真実かと悩むほどだった。
「先生?案内してくれるんじゃないんですか?」
「……こちらだ」
何とか自分を取り戻し、千冬は自分が担当する生徒を案内し歩き始めた。
『世界で二番目にISを動かせた男』
それが彼、だった。
歩きながら、ここへ来た理由を思い出す。
『元』ゲームやアニメも好きな普通の独身サラリーマンだった。と思う。
というのも、前世の記憶などというものは、実にあやふやだからだ。
死因は別にトラックに撥ねられた訳でも、鉄骨が頭上から落ちてきた訳でもない……はずだ。
『アレ』が言うのが本当ならばではあるが。
所謂、神様転生というやつらしい。誰にも言うつもりはない。
鼻で笑われるか、精神を疑われるか、間違いなくどちらかに決まっている。
「スキル?」
「そう、ぼくらの暇つぶしに付き合ってもらうんだから、当然でしょ?簡単に潰れてもらっても、面白くないし。むしろ、俺TUEEE見たい気分」
「実に神様らしい、ごもっともな理由だな。その対象が俺っていうのが、実に不愉快ではあるが。で、何をくれるんだ?」
「まずは人体強化と精神強化をしてみました。人類最強とまではいかないけど、かなり上位だよ?」
「え?それで、最強じゃないのって、俺、どんな世界に行く訳?敵は恐竜か人外か?」
「次に、黄金律と幸運と気配遮断と直感と直死の魔眼。スキルは勿論EXランクで、魔眼は脳みそ対応済みだから、バンバン使って大丈夫だよ」
「型月ファンかよ!つーか、神様は俺を何にしたいの!?死神?悪魔?魔王様?」
「あー、いいね。魔王。ちょっと目指してみない?裏から世界を牛耳るとか、ロマンあるよねー。あ、ついでだから、騎乗とカリスマとか他にも使えそうなスキルを追加してあげるよ。あ、千里眼なんか、どう?」
「騎乗とかが役立つって……いや、車にも適用されてたっけ、あれ。直感と千里眼ってEXだとほぼ未来視になんじゃねえの?」
そんな超絶自由だった神様との会話をちょっと思い出して、青年はため息を吐いた。
「どうした?」
「いえ、ここに来る羽目に陥った原因を思い出して、ちょっと」
「それは、その、すまなかった。弟の所為で」
米神を解している彼を振り返り、千冬は小さく頭を下げる。
彼女の弟がISを起動してしまったため、全世界で調査が行われ、その中で見つかったのが、彼だった。
「あー。まあ、彼のお陰でもう一度、高校一年生をやる羽目になって、拉致監禁されそうになったり、殺されそうになったり、実に、実に大変でした。何発か殴ってやりたいってのが、間違いなく本音です」
今回の転入で、IS初心者の彼は、高校三年生になるところを、一年生に逆戻りをさせられていた。大学受験後に取り消しにならなかっただけマシだったといえる。が、腹立たしくとも既に保護されていた本人にぶつける術はなく、それよりもライブで大ピンチなことが山盛りだったのだ。
「お手柔らかに頼む……」
彼に降りかかった事を思えば、叱ることもできない。
彼女の弟のように、彼女の保護があった訳でも、天災の知り合いであった訳でもない。極々普通の男子高校生が、世界の注目にさらされたのだ。
勿論、政府はすぐに動いたが、若干遅かったと言わざるを得ない。
「俺には家族もいませんし、何してもいいと思ったんじゃないですか?未だに、誘拐して解剖標本にしたい人たちがついてきたりしますし。女性権利団体もせっかくの女尊男卑がひっくり返される可能性なんて、芽になるうちに土に戻したいでしょうしね。まあ、俺のリアルラックの高さに感謝してもらいたいです」
『なぜか』失敗する襲撃に、現在彼に手を出す事が控えられている状況だった。
青年は心の底から思った。『幸運EX』パねえと。
「本当にすまなかった。弟に代わり、お詫びを言わせてくれ」
「別に先生の所為じゃないです。それに、本人に謝ってもらわないと意味ないでしょ?本人にその意識があるかが問題ですよね?」
彼の淡々とした言葉の裏に滲む怒りを感じた千冬はもう一度頭を下げるが、が告げた言葉は正論だった。
「とりあえず会ってから見極めます」
「ああ。是非そうしてくれ」
この時、こう告げたことを、千冬は後悔することになる。
「で、俺は先生の弟と同室なんですか?」
「いや、別の部屋だ」
「え?それって警備面倒……。ちなみに、弟さんと同室なのは、どちらさまで?」
ちょっと首を傾げたは、確認してみる。
「篠ノ之箒だ」
「わお。俺に囮になって死ねって事ですね?」
「そう思うか?」
「思うなって方が無理です。確か、剣道の全国大会優勝者ですよね。それに、あの博士の妹さんでしょ?そっち狙って鬼と天災の逆鱗に触れるくらいなら、絶対俺を狙いますって」
警備上で楽だというより、分割してリスクの低減を狙った。と言いつつ、目標は二人目に固定させるという何というか、わかりやすい対応に乾いた笑いしか出てこない。
「誰が鬼だ」
「天災ってとこは否定しないんですね」
「は、更識簪と同室になる。ちなみに、生徒会長の妹だ。部屋は私の寮監室の隣だな」
「……っていうか、それ以前にこの年代の野郎と女の子を同室にする学園側の倫理観とか、馬鹿じゃねえのかっていう突っ込みは?」
「勿論、その問題は取り上げられたのだが……」
「なんですか?」
そこで言葉を切られると、腰が引ける。
「生徒会長は学園最強だ。そして、何より私の部屋の隣でそんな不埒なことができると思うのか?」
「イエスマム。理性に頑張って仕事してもらいます」
思わず敬礼していた。頑張らないと死ぬ。リアルで死ぬ。世界最強と学園最強に寝ても覚めても追い回されるとか、冗談ではない。
「うむ。それが身のためだ」
「ちなみに、部屋割り決めたのは、織斑先生ですか?」
「いや?学園長だと聞いている」
「へえ……」
いつか復讐しよう。そう心に決めた青年からスルリと流れた冷たい空気に、千冬は軽く腕をさすった。
「の部屋はここになる。私は隣にいるから、何かあったら頼ってこい」
「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
「ん。ではな」
まだ仕事があるのだろうか。颯爽と校舎へと向かった彼女に小さく一礼して、自室の扉へと向き直る。
ノックをすると、中から小さく返事があった。
「失礼します」
中へ入ると、奥の机に座った青い髪の女の子がこちらをじっと見つめてくる。
ざっと室内を見回して、空いている手前のベッドへ持ってきていたバックパックを置くと、女の子へと向き直った。
「初めまして、と言います。しばらく、ご不便をおかけします」
「……更識簪」
「更識さんですね。共同生活をするにあたり、いくつか決めておきたいことがあるんですが、よろしいですか?」
「ん。こっちもお願いしたいことがある」
こうして、何十億分の2という当たっても嬉しくない籤を引き当てた青年の、波乱万丈の生活が幕を開けた―――
色々終わってないのに、何新作に手を出してんだっていう突っ込みは重く受け止めさせていただきます。
が、仕方ないんだ。カワ(・∀・)イイ!!んだ。千冬さん。どうしよう、本当。
他のキャラが嫌いになったとかじゃなくて、常に全員が殿堂入り。
コメント by くろすけ。 — 2019/01/08 @ 18:28