目指せ、魔王様。02

授業開始までは、あと一週間。
目の前にある、この電話帳並みに分厚いISの参考書を、まずは読み込むべきであろう。
なんせ、『必読!』と書かれているのだ。これは基礎知識として扱われるに違いない。つまりは、知らないとマズい。
しかし、特別授業が執り行われる女子陣と違い、男子生徒がISについて知っていることなど、たかが知れている。
「一週間で、覚えられるか、これ……」
備え付けの机で改めて開いたそれに頭痛を覚えるが、やらなくては始まらない。
まずはざっくりと目を通そう。
「小説を読むように、頭に入ってくれるといいんだが」
ちょっと濃い目の珈琲を用意して、この障害に挑むとしよう。
チラリと奥の机をみると、集中して何かの打ち込みをしている簪が居る。
は荷物からコーヒーミルと豆を取り出すと、廊下へ向かった。
「はー」
豆を挽いた時に立ち上る香りに頬を緩めながら、ガリガリと音を立ててハンドルを回していく。
「そんなところで何をしている?」
「あ、織斑先生、お帰りなさい。いや、同室の更識さんの集中を邪魔しても悪いと思いまして」
コーヒーミルは結構な音を立てる。硬い豆を砕いているのだから、当然と言えば当然だが。
「……いい香りだな」
「先生は珈琲党ですか?一杯いかがです?」
「いいのか?」
「勿論。美人と珈琲タイムが過ごせるなら、何杯でもご用意いたしますよ」
「……言っていろ」
「では、お邪魔しても?」
「わ、私の部屋は駄目だ!」
「そんなに全力で拒否しなくても……。では、ちょっと待ってください。天気もいいですし、外にしましょう」
豆を挽き終わったミルを千冬に渡し、一度部屋に戻る。
「おかえりなさい」
「はい、ただいまです。ちょっと外で珈琲を飲むことになったので、しばらく出かけてきます」
挨拶を返しながら、キッチンで必要な道具を用意していく。熱湯の入っているポットもあるので、注意が必要だ。
「……そう」
「すみません。織斑先生に見つかってしまったので、買収してきます」
少し残念そうな彼女に、どうして外になるかを苦笑交じりに説明しておく。
「カフェラテ、後で用意しますね」
「その……ありがとう」
「はい。では、行ってきます」
外に出れば、ミルを両手で持った千冬が待っていた。豆の香りに期待をしているのか、ちょっと頬が緩んでいる。
「ん?やっと戻ってきたか。早く行くぞ」
「お湯もあるので、すみませんが、ミルはそのまま持っていてください」
「任せておけ」
意気揚々と歩きだす千冬が、散歩が大好きなワンコのようにしか見えないだった。

「……美味いな」
「お褒めに預かり恐悦至極」
学園内に置かれているベンチの一つで、用意された珈琲を口にして、目を丸くしている先生に恭しく一礼してみせる。
「で、どうだ?IS学園は」
「どうだ、と言われましても、昨日は部屋の片づけして、IS学園の規則を読み込んで一日終わりましたし。今日は今日で参考書に取り掛かるところだったので……。ああ、ご飯は美味しかったです。味がわからなくなりそうな感情のカオスが、突き刺さってくるのを除けば」
珈琲の香りを楽しみつつ、寮の食事を思い出す。
「同室の更識とは?」
「まずは友好的な関係を築くべく鋭意努力中です。年頃の女の子は難しいですし、若干手探りです」
「高校生の台詞ではないな。哀愁漂うサラリーマンのようだぞ?」
「ここ数日で世界のダークサイドを覗き込んでしまいましたからねー。哀愁も漂いますよ」
空を見上げる彼の目が若干虚ろに見えるのは気のせいだと思いたい。
「そうだったな」
「まあ、俺は超幸運な男だからいいんですけどね。発見されてない消えた『三人目』が居ないといいんですが」
『直感』と『幸運』をEXランクでダブルで持っているのは、全世界で間違いなく彼だけだろう。
「!」
確かに彼は日本にいて政府がすぐに動いたから、辛うじて無事だった。しかも彼の幸運のおかげで。
であれば、他の国、独裁国や庶民の権利など笑われるような国はどうだったのか?
一般市民には調べようもない。
「知り合いに調べてもらうよう頼んでいるんですが、難しいでしょうねぇ」
は空を見上げたまま、苦々しいものを吐き出すように大きく息を吐いた。

部屋に戻ってくると、簪から『ちょっと整備室に行ってきます』とのメモが机に残されていた。
改めて勉強に勤しむかと思ったところで、ドアをノックする音が聞こえてくる。
「はい。どちらさま……扇子とはいえ、いきなりですね」
開けると同時に突き出された扇子を躱すと同時に、その腕をひねりあげる。
「くっ……やるわね……」
ドアの中に引き入れ壁に押し付けたところで、相手をよく見たは、すぐに手を放した。
「すみません!大丈夫ですか?」
一目で簪の関係者だとわかる容姿を彼女が持っていたからだ。
「ええ。ちょっと驚いたけど、大丈夫」
広げられた扇子には、実に達筆な文字で『無問題』と書かれている。才能の無駄遣いって、きっとこういう事を言うんだと、は思う。
「それならよかった。簪さんに御用ですか?彼女なら、整備室の方へ……なんで、怒っておられるのか、うかがっても?」
「会った次の日に、名前呼び?」
「ああ、どうも苗字がお好きではないようですね。昨日自己紹介の時に、簪でよいと言われました」
隠すこともないので正直に話したのだが、目の前の彼女は萎れてしまったようだ。
「あー……、とりあえずカフェラテでも飲みませんか?簪さんもお好きですよ?」
「貰うわ」
早く出しなさいと言わんばかりの彼女の気ままさに、は必死で噴き出すのを耐えた。
「はい。どうぞ」
客用に用意していたカップを差し出すと、実に優雅に口に運ぶ彼女は一体何者だろうか。
簪の関係者なんだとは思う。
「ああ、お姉さんか」
そういえば、一つ上に姉がいるから、苗字ではなく名前で呼んで欲しいと言われたのだった。
「あら?知ってたの?」
「今、思い出しました。織斑先生が学園最強だっておっしゃっていたような」
「改めて自己紹介させてもらうわね。生徒会長の更識楯無。よろしく、世界で二番目の男性IS操縦者さん」
『熱烈大歓迎』と書かれた扇子に、いつの間に書き換えたんだろうと思いつつ、頭を下げる。
です。どうぞ、よろしくお願いします。すみません、妹さんを巻き込んでしまって」
「それはこちらの事情もあったから、いいのよ」
「そうですか?俺なら、妹と野郎が同室になるなどと聞かされたら、決定した奴と同室の奴を一発ずつ殴ります。なので、覚悟はしてありますよ?」
一つ下の生徒会長をじっと見つめる。
「……私に心配する資格なんてないのよ」
「あー……嫌われるような事したんですね?」
実にわかりやすく落ち込んでいる生徒会長に、青年はちょっと呆れたようにため息を吐いてしまった。
「どうせ、あれでしょう。妹を心配し過ぎて、かまい過ぎたか、突き放したか。どっちかでしょう?」
図星を刺されたのか、楯無はそっと視線を逸らせる。
「まあ、初対面の人間に詳しい事情は、話したくないでしょうから聞きません。それとなくお姉さんの事を聞いておきましょうか?」
「いいの?」
「捨てられた猫みたいな顔で、美人に頼られては嫌と言えませんよ。頑張れ、お姉ちゃん」
すがってくるような表情の楯無に、は小さく笑って応援していた。
「そ、そろそろ帰ってくる頃だから、失礼するわね!」
「はいはい。また是非どうぞ」
簪が帰ってくる時間も把握している人が、シスコンじゃない訳ないだろうとは笑いながら、彼女を見送った後、カップを片付け新たに珈琲を作り始めた。

「そういえば、お姉さんらしき人にお会いしましたよ」
簪が帰ってきて特製カフェラテを堪能している時に、さも今思い出したとばかりに話しかけてみた。
「そっか……。容姿端麗、頭脳明晰、スタイル抜群の完璧な人、でしょう?」
「……すみません。今、話しているのは『楯無』さんの事ですよね?」
「え?う、うん。完璧な私のお姉ちゃん……」
先ほど会った人と、簪の話す『楯無』という人は、実は違う人なのではと思うくらい印象が違う。
「簪さんによく似た人だから間違いないと思うんですけど。ただあちらは猫っぽい?あと扇子を持ってて、字が書かれてました」
「お姉ちゃん、かも……。はどんな人だと思ったの?」
「そうですね。悪戯好きの猫で、妹大好きシスコン。って感じです」
「え?」
「あれは絶対に貴女の写真を携帯していますよ。きっとスマホのメモリーは、貴女の写真でいっぱいです」
「……実は違う人?」
簪の知っている姉は常に完璧で何でもできる人だった。
「妹には良いところしか見せたくなかったという可能性も……」
あの人ならありそうだとは一人納得していた。
「とにかく、シスコンなのは間違いありません。今度、話でもして、聞いてみたらどうですか?『お姉ちゃん、私の写真持ってる?』って。持ってないって言ったら、スマホを確認してみればいいですよ。見せてくれなかったら、確実に『盗撮』込みですね。ま、それだけ心配で大切なんだと思いますけど」
はははと軽く笑ったの言葉で、しばらく後、学園最強の生徒会長は窮地に追い込まれる事になる。

それから、基礎体力作りと分厚いISについての参考書を読み込むだけで、あっという間に時間が過ぎた。
ISに乗せてもらえますかと織斑先生にお願いに行ったら、教師用の打鉄を回してもらえることになり、毎日、午前中は元代表候補生の先生に基礎を教えていただいている。
どうやら、世界的に見てレアな彼の為の特別措置らしい。彼女の弟君には専用機が用意されるということで、先生は申し訳なさそうにしていたが、最初の待遇からして彼優遇というのが日本政府の方針なので仕方ない。あまり気にしないで下さいと伝えてはおいたが、彼女の性分を考えると難しいだろうなぁと思っている。
気分を切り替えるべく、体を大きく伸ばす。
「しかし、助かりました。ざっと読むのに一日半。まだ半分までしか記憶できてないけど、この短い間でここまで進めたのは、簪さんにわかりやすく説明してもらったお陰です」
参考書には付箋が至る所に張り付けられ、中には蛍光ペンラインやメモまみれである。
「ううん。大丈夫。こちらこそ、色々助かった。の作るご飯、美味しいし」
「いえいえ。こちらこそ付き合ってもらって助かりました。ここの食事は美味しいですが、時々無性に鍋を振ったり、煮込んだりしたくなるんですよ」
愛用の中華鍋だけは、自前を持ち込んでいた。
「明日からの生活で胃袋に穴が開かないといいですねぇ」
「ふふ……なら大丈夫。何かあったら、連絡して。私が力になれることがあれば、いつでも力になる」
「はい。簪さんもいつでも連絡ください。それと、あまり無理はしないでくださいね」
暇さえあればモニターに向かって何かを打ち込む彼女を、は心配そうに見つめた。
「ん。約束する。……は心配しすぎ」
そう言いつつも、簪は嬉しそうに小さく笑った。

さあ、明日からは二度目の一年生の始まりだ―――

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後書&コメント

  1. いままでは、原作全クリや全巻読破済のものしか書いてこなかったので、原作完結後。矛盾点やら何やらがあふれて出てくるかもしれません。
    原作ディスるわけじゃないんですが、一人称の小説って読みにくいですね。
    読み直していて、何度主人公に説教したくなったか。これが若さか…って気分もありますが、ギャグ補正にも限度があるだろう思ったり。
    ということで、今後、そこまでヘビーなものはないと思っていますが、若干一夏アンチ要素が入ってきたりするかもしれません。
    気になる方は、ブラウザバックをお願いいたします。

    コメント by くろすけ。 — 2019/01/10 @ 23:37

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Posted: 2019.01.10 インフィニット・ストラトス. / PageTOP