「あつ~」
は蒼い空から降り注ぐ眩しい光に手を翳して、目を細めた。
整備士の制服の上着なんぞ、既に格納庫の床に投げ捨てられている。
Tシャツも汗が染みては乾いていくを繰り返していた。
「!」
呼ばれて振り返れば、嬉しそうに手を振る女王様と、彼女に不貞腐れた表情で付き従うアルトの姿が見える。二人の表情の対照さに苦笑しながら、青年は二人を迎え入れた。
「二人ともお疲れ様」
「も休憩?なら、冷たいものでも飲みに行かない?」
「実に魅力的なお誘いだ。是非とも……でもその前に、これの報告をしてからでもいいかな?」
は手にしていたファイルを軽く振って見せる。
「ええ、勿論!一緒に行きましょ」
満面の笑顔の彼女に優しく笑って、彼はシェリルとアルトと共に歩き出した。
「ルカ」
ミシェルと並んで資料を確認していた少年の耳に、尊敬する先輩の声が飛び込んできた。
「先輩」
「女王様とアルトも一緒か」
振り返れば、 黒髪の先輩の腕につかまっているシェリルと、その後ろで憮然とした表情を隠そうともしないアルトの姿も確認できる。
「これさっきの便で搬入された資材と、そこから使用した部品のリスト。確認しておいてくれ」
「わかりました。これから休憩ですか?」
「ああ、さすがにこうまで暑いとね。二人も時間をみて休める時に休んでおくんだぞ?」
が二人を連れていくのを見送って、ミシェルがボソリと呟いた。
「一見、女王様が二人を侍らせてるように見えるところがポイントだよな」
実は先輩を挟んで後輩二人が、威嚇しあっているなどとは思いもしないだろう。
ミシェルの言葉にルカは苦笑して、受け取った資料を確認し始めた。
「それで、どうしたんだ?喧嘩でもした?」
近くに用意されている休憩所へ向かいながらは、機嫌の悪さを隠そうともしないアルトに困ったように笑いかける。
「なんで、俺がこいつの護衛なんか……」
「それがSMSの受けた仕事だからね。アルトもプロなんだから、護衛対象の前でそういう表情は駄目だよ」
こいつとは何よと睨みあうシェリルとの間に入って、二人を宥める。
「それは、そうですけど……」
「初めての護衛相手が知っている顔でよかったじゃないか。俺の時なんて、……思い出すだけで頭が痛いよ」
まだ納得してない様子のアルトに、は肩を竦めて遠く海の果てを眺めた。
「も護衛してたの?」
「まだパイロットをやっていた頃に、何度かね。……二人とも、そんな顔をしても交代は出来ないよ?」
チラリと視線を交し合ったアルトとシェリルの表情を見て、は微苦笑を零す。
「休憩時間なら、いつでも呼びつけてくれていいから」
「本当?」
目を輝かせるシェリルに、は笑って肯いた。
「大切な後輩で友達の頼みだ。勿論、最優先するとも」
彼の言葉に嬉しそうな二人だったが、顔を見合わせて軽くにらみ合ってしまったのはご愛嬌である。
「しかし、島全体が映画のセットとは豪勢な話だね」
やってきたグラスに口をつけながら、は周囲を見回す。
辺りでは、キャストだけではなく映画関係者が忙しそうに走り回っている。
「ふふん。私がタイアップするほどなんだから当然でしょ」
「なるほど」
誇らしげに胸を張るシェリルに、青年は納得したと大きく頷いた。
午後の一仕事を終えて戻ってみれば、何故かアルトが映画のスタントをすることになっていて、は目を丸くすることになってしまった。
「……それで、引き受けたのか?」
「ええ。それで現在本読みの真っ最中」
「なるほど。大変だな」
隣にやってきたシェリルに頷いただけの青年に、彼女の方が小さく首を傾げた。
「それだけ?」
「ん?ああ、アルトが決めた事だろう?俺がとやかく言う事じゃないよ。会社も許可を出したのなら尚のことね。引き受けた以上はプロとして仕事をしてくればいい。その上で、楽しめれば極上なんだが、それは難しいかな?」
眉間に皺を寄せている後輩の姿に、は苦笑いを零した。
「それこそアルト次第よ。キスシーンもあるみたいだし」
「ほほう。それは先輩として聞き逃せないな。どちらのお嬢さんと?」
「ランカちゃん」
シェリルの口から発せられた単語に、黒髪の青年は一瞬言葉を失う。
「……あー、えっと、それはランカ・リー?この間、会った?」
「ええ。そうだけど、どうしたの?」
動揺している青年の様子に、シェリルは少し心の奥にもやっとしたものを感じてしまう。
「……パイロットの二人が映画の公開と同時に、使い物にならなくなるのは困るんだがな」
「え?」
「ぷっ」
シェリルも驚く予想外の答えに、近くで聞いていたミシェルとルカは思わず吹き出していた。
相変わらず心配する点が微妙にずれている先輩である。
「笑っている場合かじゃないだろ?絶対、こちらにも火の粉が飛んでくるに決まっているぞ。あの妹馬鹿が格納庫に来ないように、そちらで頑張ってくれ」
「そこは先輩も一蓮托生でしょう」
「勘弁してくれ。俺の意見を挟む余地なんて欠片もなかったじゃないか。……まあ、アルトが決めた事だしな」
「そうですね。アルト先輩には是非とも頑張ってもらいましょう」
薄情な同僚達の言葉など聞こえていないアルトに、シェリルはちょっとだけ同情しておいた。
「、どこか出かけるの?」
夕食後、割り振られた部屋ではない方向に歩き出す青年に気づいて、シェリルは自分の足を止めて声を掛けた。
「ああ、ちょっと散歩に行こうと思って。……一緒に行く?」
既に日は沈み、星空が煌めく時間だったが、砂浜を歩くくらいなら問題ない明るさだ。
「もちろん!」
「あんまり遅くならないでくださいね」
「ああ、一回りしたら帰ってくるよ」
見送ってくれる後輩達に軽く手を振り、二人で連れ添って歩き出した。
「んー。久しぶりにゆっくりできるわ」
砂浜を歩きながら、両腕を大きく伸ばしたシェリルは、少し後ろを歩く青年を振り返る。
「有名になると、色々大変だ」
「そうね。でも、歌うのは止められないもの」
「そうだな。シェリルが歌わないなんて、想像も出来ない」
は言いながら考えてみたが、苦笑を浮かべて軽く首を振るしか出来なかった。
「シェリルにとっての歌は、きっと『生きる』という事と同じで、止めるなんて出来ないことなんだな」
しばらく二人で並んで歩いていたが、不意にが視線を近付いてきた男たちに向けた。
「シェリル。こっち」
あからさまにニヤニヤしている三人の男から彼女を庇うように、シェリルの手を引いて近くに寄せる。
「、大丈夫?」
「問題ない。……一応、録画を開始する。何かあったら、君のマネージャーさんを頼ることにしよう」
彼女が有名人である以上、守るための手段を可能な限り講じるつもりだ。
「よぉ、お嬢さん~、そんな奴より俺らの方がいいって、一緒に飲みに行かない?」
「悪いが、お前達には彼女は勿体無い」
いつもの優しい声ではなく、厳しく冷たい声に、シェリルはの背後に隠れつつ、思わず彼を見上げてしまう。
その視線に気づいたは、安心してと言うように、一瞬だけ優しく目元を緩ませた。
「こっちは三人も居るんだけど、強気だねぇ」
「吠えるだけしかできない負け犬が群れようと、こちらとしては、それがどうしたと言いたい気分だが?」
ニヤニヤと笑う男たちに、は冷笑を浮かべ煽りまくる。
「こいつ、言わせておけばっ!」
一人がのシャツにつかみかかったところで、男の視界は天地が反転する。
「なっ……!」
「口だけだと思っていたなら、今のうちに逃げ出せ。これでも、ヴァルキリー乗りだったこともあるんだぜ?」
は砂浜に叩きつけた男を指さし、腰の引けた連れの二人を睨みつけた。
「やれやれ。これで一安心かな」
ふらつきながらも去っていく連中を見送り、青年は背後に隠れていたシェリルと視線を合わせた。
「もう安心だよ?念のため、マネージャーさんには映像を送っておくから。何か言われたら、使って」
「怪我とかしてない?掴まれてた……」
「シャツが伸びたくらいかな?すぐに腕を払って、地面に叩きつけたからね。ほら、大丈夫だろ?」
掴まれたシャツをみせて、まだ不安そうな表情のシェリルに笑いかける。
「……大丈夫」
「だろ……!?」
突然首に腕を回され、抱き着かれたは、一瞬驚いた表情を見せたが、抱き着いてきたシェリルを引きはがすような真似はしなかった。
「どうした?怖かったか?」
そっと声をかけながら、優しくなだめるように背中に触れる。
「……うん」
「そうか。ごめんな。でも、もう大丈夫。大丈夫だから」
そう言ってぽんぽんと何度も背中をなだめるように撫でてくれる彼の声に、シェリルはだんだんと心が落ち着いてきたと同時に、今の状況に気付いて、別の意味で心が落ち着かなくなった。
「んー」
なんとなく、負けた気分になったシェリルは、彼の首に回していた腕をほどいて、彼の顔を覗き込んだ。
「ん?」
どうした?と言いたそうな彼の頬へ自分の唇を押し付ける。
離れた時の彼の表情に、シェリルは嬉しそうに笑った。
「……これは、これは。何よりのご褒美だな」
彼女が触れた個所を手で押さえたはやられたと思いつつ、笑っていた。
「特別なんだからね!」
星空の下、そう言って笑う彼女が、彼にとっても特別だと気付くのは、もうすぐ――
アニソンランキングにマクロスが入ってなかったので、むしゃくしゃして書いた。
後悔も反省もない。シェリルはかわいい。
コメント by くろすけ。 — 2020/09/09 @ 18:25