魔法遣いは運命に介入する。1

「今日は暑いですねぇ……」
カナエは晴れ渡る空に眩しそうに手を翳す。
「あー、そうだねぇ」
青年にしてみれば、この国のこの温度くらいは平気である。
あの『酷暑』とよばれる時代を体感していたとしては、冬の寒さの方が辛い。マジ辛かった。雪も普通に積もるし。
雪が積もるのを見るのが久しぶりだった青年がはしゃぎにはしゃいで、屋敷の面々に生暖かい視線を頂いたのは半年ほど前のことである。
カマクラの中でコタツと善哉を堪能したのは、だけではなかったが。
「あんまり考えてなかったけど、後で井戸水を引いて屋根からおろして、気化熱で涼しくなるように工作しておく」
「いいんですか?」
「ちょっと汗をかいて艶っぽくなってる美人さんも悪くないけど、暮らしやすいのが最優先だからね。あ、あと、お風呂はちょっと温めで調整するね。あまりにも暑かったら、軽く汗を流すだけでも楽になると思うよ?夜になっても暑いようなら、アイス出してあげるから」
「……さんのそういうところが良くないと思います」
「ええ!?」
さんは甘やかしすぎなんです」
「そうかなぁ?後は俺の側にいるとか?」
「え?……あれ?」
「涼しいでしょ?」
そういえば、最近カナヲがに抱き着いている姿をよく見るような、そして彼女の妹のしのぶが彼を背もたれにして本を読んでいるような。
「あの、しのぶとカナヲもこのことを知っていますか……?」
「ん?ああ。あまりに暑そうにしてたから……だから、カナエも知っていると思っていたんだが、その様子だと初耳だった……っぽいなぁ……」
「ええ、ええ。初耳ですとも。ということで、さん。ここに座ってください」
「いえすまむ」
圧力にそれ以外の言葉が出ない。
ふわりと良い香りと共にの首に腕が回ってきたと思ったら。
むにり、と背中に何かが押し付けられた。
「あー……あのですね?」
「しのぶとカナヲが良くて、私がダメなんてこと、ありませんよね?」
「いえすまむ」
こうなれば、心頭滅却して、冷静の根源である素数を数えるしかあるまい。
拒否することのない青年に機嫌を良くしたのか、カナエの密着度が増していく。それに伴う感触なんかも、素数を数えて考えないことにする。
さん?そろそろ……何をしてるの、姉さん?」
押し倒されていると、押し倒しているカナエの姿に、しのぶは呆れてため息をついた。
さんが涼しいのよ」
「それは知ってるけど……その恰好は、はしたないと思う。さんも逃げるとか、避けるとか、拝み倒すとかなかったんですか?」
「普通、抱き着いてほしくて、拝み倒すと思うのだけれど」
「姉さんは黙ってて。……大丈夫ですか?さん」
「だいじょばないです」
泣きが入っているの言葉に、しのぶは姉をじっと見る。
「むー、しかたないわね。今日はこのくらいにしておきます」
『今日は』というところがミソである。素数にお世話になる回数は増えそうである。
「美人に抱き着かれるのが、こんな過酷な修行だったとは知りたくなかった」
「はいはい。今日のお昼は何にしますか?」
解放されて立ち上がったをなだめるように言いながら、しのぶは彼を見上げた。
「暑いし、冷たい麺類にしようか。肉と野菜モリモリで。つけ汁は熱々で」
「冷たいのに、熱々なんですか?」
「うん。台所で作り方説明するよ。カナエはどうする?」
「……もう少し涼んでいきます」
まあ、この季節の台所は、灼熱である。
「そう?じゃあ、また後でね。デザートには西瓜を冷やしてあるから」
「……本当にさんは甘いんですから」
しのぶはため息をついて、しみじみと呟いた。

「夜は涼しくなるだけ、マシかなぁ……」
縁側に座って、月を見上げる。
さんの住んでたところは、どんなに暑かったんですか?」
「まだ起きてたの?また研究して夜更かししたね、しのぶ?」
「……だって、あと少しなんだもの」
「まったく、仕方ないなぁ。終わったら、強制的に休みをとらせるからね」
問答無用で膝の上にひょいと軽やかに座ってくるしのぶに、は苦笑を浮かべる。
「本当に君たちは、俺を信用しすぎだと思うんだよ。あと、自分たちが美人さんなのを、そろそろ理解して」
さんは姉さんと私の恩人で、あのカナヲが懐いているので、信用する以外の選択肢がありません。あと、私たちが美人なのは、重々に理解してます」
「……言い方を変えよう。俺の理性をゴリゴリと音を立てて削っていくのを、止めてもらえませんかねぇ?カナエもしのぶも、俺にひっつきずぎませんか?カナヲは子供だからいいんですが、流石に二人に抱き着かれると、俺の理性が白旗を上げそうなんです……」
「あら。私もダメなんですか?」
「ダメですねぇ」
本当に十五歳かよと突っ込みを入れたい。
十歳違う女の子に翻弄されて、ちょっと泣きそうだ。
「カナエもダメだからね。そんな所に立ってないで、こっちにおいで。暑くて眠れない?」
廊下の角に隠れていたカナエに声をかける。
さんの察知能力高すぎます。……ダメなんですか?」
そういいながら、隣に座って顔を覗き込んでくるカナエに、あざとい!と心の中で叫んでおく。
「ダメですねぇ。……少なくとも、鬼を滅するまでは、全然ダメです」
「全然の使い方がおかしいです」
「とにかく、ダメです。でないと、俺が二人を溺愛して、鬼の前になんて絶対立たせたりしないからね。でも、二人はどこかの誰かのために鬼を滅するんでしょう?それを邪魔はしたくないから、鬼を倒すまでは程々でお願いします」
真顔で何という事を言うのだろうか、この目の前の青年は。
カナエとしのぶは、顔を見合わせ、ため息をついた。
「私たちより問題はさんよね……」
「……そうですね、姉さん。無自覚で、精神に直接攻撃とか、恐ろしいです」
「とりあえず、今日のところは、もう寝なさい」
さんの部屋で寝たいです!」
いいことを思いついたとばかりに、カナエが言い出す。
さんの部屋って入ったことないですよね?」
そういえば、としのぶも彼を見上げてくる。
「おっさんのムサイ部屋だよ?何もないよ?……それで寝てくれるなら、まあ、いいですけど」
八畳ちょっとの彼の部屋には、大きなベッドと小さなテーブルと洋服ダンスがある以外は何もない。
「このベッドなら二人で寝られるでしょう?明日も早いんだから、ほら」
薄い掛け布団を開いて、二人を招く。
「シーツは毎日を更新してるからね。オヤジ臭くはないと思うよ?」
枕も大きなものを使っているので、二人が寝るくらい問題ない。
「……姉さん」
「詳しい話は、また明日にしましょう?しのぶと寝るのも久しぶりね」
二人が自分のベッドへ入っていくのを見ながら、実に渋い表情を姉妹には見えないように浮かべてしまった。
美人姉妹が自分のベッドでそろって寝ている。
文字だけでお巡りさんを呼ばれそうである。
さん?」
「いや、何でもない。おやすみなさい。良い夢を」
そう言って、撫でてくれた手はとても優しかった―――

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後書&コメント

  1. 突発的に書きたくなったカナエさん生存ルート。
    サイコパスと戦ってるところに落ちてきた設定。
    多分続かない。でも美人さんいいねー
    あ、これとは別に土曜日に更新します。

    コメント by くろすけ。 — 2021/05/13 @ 17:35

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Posted: 2021.05.13 鬼滅の刃 - カナエ生存ルート. / PageTOP