First Contact

出会いのきっかけは、街角で見かけたアクセサリーだった。

その日、シェリルはアルトを連れてウィンドウショッピングを楽しんでいた。
「あら」
とある店のショーケースに飾られたアクセサリーにシェリルは目を留める。
「今度は何……あ、新作」
シェリルの視線の先にあるものに気付いて、アルトは声を上げた。
「新作?」
シェリルは改めてそれらを見つめる。
「あら」
眺めている間に、あれよあれよと店員の手によって運ばれていってしまう。
「あの人の奴は相変わらず人気だな」
「でも、また入荷されるんでしょう?」
「次回の入荷はきっと未定だぞ。あの人の気分で作ってるからな」
「アルト、その人のこと知ってるの?」
「先輩だからな……って、まさか」
アルトはにっこりと笑う彼女に顔を引きつらせた。

一応、連絡を入れて、二人は郊外へと向かった。駅から十分ほど歩いた処にある一軒家が彼らの目的地だった。
「…返事がないな」
二度ほどインターホンを鳴らしたアルトは、腕を組んでため息を吐いた。
「でも、コールは中から聞こえるわ」
アルトの携帯で呼び出してみれば、家の中から呼び出し音が聞こえてくる。
「……仕方ないか」
アルトは出したくなかったのにと思いながら、ポケットから鍵を取り出した。
「なんで、アルトが鍵なんて持ってるのよ」
「色々あってな。先輩、あがりますよー」
靴を脱いで家に上がれば、居間のテーブルに置かれた端末が目に入る。
ため息を吐いたアルトは後ろからやってきたシェリルに声を掛けた。
「悪い。ちょっと俺は上を見てくるから、庭先を見てくれるか?もしかしたら、あの人どっかで昼寝してるかもしれねーから」
アルトはそれだけ言うと、階段へ向かっていった。
「庭……」
とりあえず、ガラス戸をあけてみる。すると、横合いから小さな声が掛かった。
「にー」
「あら」
声の主は茶トラの猫で、シェリルは置いてあった木製のサンダルを履いて外へ出た。
「あなた、この家の人、知らない?」
「にー」
付いて来いとばかりに一声鳴いた猫は、庭の一角へ向かって走ってゆく。
シェリルが慌てて追いかけると、猫は木に登り、その陰につるされたハンモックへ飛び乗った。
「にーにー」
猫が鳴いているハンモックを覗き込めば、心地よい風の吹くその場所で黒髪の青年が気持ち良さそうに眠っている。
まるで起こすように鳴き続ける猫の声に気付いて、彼は猫の背中を軽く撫でた。
「わかったよ。起きるって」
ゆっくりと目を開いた彼は、目の前にいたシェリルに優しく微笑みかける。
「ああ、とても綺麗な空の色だね」
未だ眠そうな彼の瞳は、新緑の森の色だった。

「ああ、アルト。いらっしゃい」
二人と一匹で家に戻ると、居間ではアルトが仁王立ちしていた。
「また、外で寝ましたねっ!」
「ごめんごめん。でも、ほら。ちゃんと毛布も掛けてたよ。君は鍵も持っているし、少しなら平気かなって」
毛布を見せながら、まるで子供のように笑う黒髪の先輩に、アルトは深々とため息を吐いた。
「昨日、遅かったんですか?」
勝手知ったるとばかりにお茶の用意を始めながら、アルトは彼に尋ねる。
「ああ。朝までちょっと仕上げをしてて」
「ちなみに、食事は?」
視線を逸らせた青年に、アルトの額には青筋が浮かびそうだ。
「少し早いですけど、夕飯の用意します」
「ありがとう、アルト」
まるで弟にでもするように、アルトの頭を撫でた青年は、シェリルの方を振り向いた。
「自己紹介が遅れました。といいます」
ここまでは良かった。
後にアルトは語る。空気が凍るって本当なのだと。
「お友達も良ければ、一緒に食べていきませんか?アルトのご飯は美味しいですよ」
「…先輩?もしかして、知らないんですか?」
彼ですら名前くらいは知っていたのに。
「?アルトの友達でしょう?あれ、もしかして……彼女さんだった?」
若干、引きつっているアルトに、は首を傾げる。
「違います!本当に知らないんですね……」
「アルト?」
首を傾げっぱなしのの正面に立って、シェリルはにっこりと笑った。
「初めまして、。シェリルよ、シェリル・ノーム」
「ご丁寧にどうも、ミズ・ノーム。これからよろしく」
笑顔に笑顔で返してくれたにシェリルはがっくりと肩を落とした。
「私って、思っているほど有名じゃないのかしら」
「……有名な人なの?」
そうアルトに聞いている時点でアウトである。

「で、あの子はどういう人なんだい?演劇絡み?」
アルトの隣でジャガイモの皮を剥きながら、は後輩の彼に尋ねてみた。
ちなみに、シェリルは居間のソファにトラ猫と一緒に座っている。少しふて腐れ気味なのは仕方がないだろう。
「歌手ですよ。本当に知らないんですか?」
「歌はよく作業中にかけているけど、歌っている人までは覚えてない」
きっぱりと言われて、アルトはもう何度目になるのか数えるのも諦めたため息を吐いた。
「……次に会う時までに勉強しておきます」
流石に申し訳なくなったは、アルトに小さく頭を下げた。

「それで、今日はどういった用件だったんだい?」
夕食を堪能し、食後のお茶をすすりながら、はアルトにたずねた。
「そうだった」
本来の目的をすっかり忘れていた。
「こいつが先輩のアクセサリーを見たいって」
「なるほど。そういうことなら、二階へ行こうか。おいで」
彼が案内してくれたのは、二階の南側にある部屋だった。
「少し散らかっているけど、どうぞ。俺の工房だ」
昼間はとても日当たりが良いこの部屋には、大きなテーブルと様々な道具が置かれている。
「今あるのは、そこの棚とそっちの箱くらいかな。昨日、いくつか納品したからね。ああ、アルトのやつは、いつものところだから」
前に来た時と少し配置が変わっていた為、室内を見回していたアルトに、は壁の一角を指差した。
「アルトの?」
「お気に入りの一品があってね。いつも世話になっているお礼にあげると言ったんだけど…ね」
軽いため息を吐いては笑う。
アルトが取り出して見ているのは、琥珀色の結晶の中に白銀の翼が封じられたペンダントで、シェリルは納得してしまった。
あれはアルトの為のものだと。
「まだ受け取る気にならない?」
「俺が先輩に勝てたら、その時には笑顔で受け取らせていただきます」
「全く頑固なことで」
アルトの言葉に肩をすくめたは、シェリルを見つめて、ふむと腕を組んだ。
「あれがいいな」
「あれ?」
突然のの言葉に、今度はシェリルが首を傾げる番だ。
「アルト、その下にある白の箱を取って」
「え?これですか?」
言われた後輩の方は驚きの表情で、彼を見返した。
「そう、それ」
「はぁ……」
困惑しながらもアルトが手渡した箱をはゆっくりと開く。
中に収められたものは種類も形も雑多で、まとまりがない。
宝箱。その言葉がしっくりと当てはまる小箱。そんな中からが取り出したのは、白銀に雪を模った青い結晶が埋め込まれたプレート状のペンダントトップ。
「これ、良ければもらってもらえませんか?」
「……いいの?」
一目見て気に入っていたシェリルは、少し高い位置にあるの目を覗き込む。
それが大切に仕舞われていたのは、明らかだったから。
「ええ。アルトも彼女に似合うと思うよね?」
「先輩、いいんですか? それ、凄いお気に入りだったじゃないですか」
今までそれを欲しがった他の人間に対する彼の態度を知っているからこそ、アルトは驚きを隠せない。
「お気に入りだから、自分であげる人を選んでるんだ。もらって貰えると俺がとても嬉しいんだけれど」

日が沈んで、再び電車で街へと戻りながら、今日初めて会った青年の事をシェリルは思い出していた。
「何だか色んな意味で凄い人だったわね」
そういう彼女の手の中には、彼に渡された白銀のプレートが詰められた箱がある。
好きに使ってくださいと笑った彼は、ペンダント用のチェーンとチョーカー用のリボンを一緒に入れてくれた。
「まあ、学園でも有名な人だからな。あの人、元々は航宙科の主席だぞ」
「え?そうなの?」
あの優しげな面差しからは想像が出来ない。
「あのミシェルでさえ、敵わない人なんだぜ」
何故かアルトが胸を張って答える。
「そういえば、随分とあの人に懐いてるのね」
「まあ、色々とな。S.M.Sでも世話になってるし。メカニックなんだよ、あの人」
「へぇ……」
シェリルは手の中の箱をその綺麗な指で弄びながら、もう一度青年の顔を思い出していた。
またいつでも遊びに来てくださいと笑った彼は、シェリルを知らなかった。音楽ニュースを見ながら説明をしたけれど、凄い人なんですねとそれだけだった。あと『人一倍頑張ったんですね』と笑って頭を撫でてくれた。
「本当、不思議な人だったわ」

これが、黒髪の青年と銀河の妖精の出会い。
その日以来、銀河の妖精の一部となったアクセサリーは評判となったのだが、製作者がそれを知ったのは随分と後になってからだったとか。

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評価

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後書&コメント

  1. 探していたシェリル夢にやっと出会えました。
    面白かったです。
    主人公を慕うアルトもかわいくて
    これからの妖精と主人公に期待です!

    コメント by non — 2009/11/28 @ 02:09

  2. >non様
    コメントありがとうございます。
    楽しんでいただけて幸いです。
    今後の展開も楽しんでいただけるよう頑張ります。

    コメント by くろすけ。 — 2009/11/29 @ 00:33

  3. シェリル夢だけどアルトが懐いてる感じが可愛かったです!
    主人公がシェリルを知らなかったり可愛らしい主人公だと思いました。
    今後が楽しみです!

    コメント by 茨識 — 2009/12/31 @ 01:33

  4. >茨識様
    コメントありがとうございます。お返事が遅くなってしまいすみません。
    アルトの弟的ポジションを気に入ってくださってありがとうございます。出来ればそのあたりも書いてあげたいのですが。私的にシェリルが優先で(笑)
    今後ともよろしくお願いいたします。

    コメント by くろすけ。 — 2010/01/04 @ 14:35

  5. 初めまして。シェリル夢を探してこちらへたどり着きました。
    主人公がアクセサリー作りの名人という設定が新鮮で、可愛くて気に入りました。
    ほんわかとしていてとても面白かったです。
    いい作品を読ませて貰いました。
    アルトとはまた違う形でシェリルの支えとなる主人公君に期待してます。

    コメント by 織野 — 2010/01/05 @ 04:26

  6. >織野様
    いらっしゃいませ。コメントありがとうございます。
    最近、同志の方が増えていて私はとても幸せです。
    お気に召した様子でなによりです。今後ともよろしくお願いいたします。

    コメント by くろすけ。 — 2010/01/05 @ 13:53

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Posted: 2009.11.08 Macross/F.. / PageTOP