Second Impression

「ああ、いい天気だね~」
は手についた粘土を着ていたエプロンで軽く拭って空を見上げた。
「本当にすみませんっ!」
その彼の後ろで全力で頭を下げる、アルト、ミシェル、ルカの姿が、実に対照的だった。

「で、どうして俺が呼ばれたの?現航宙科のトップクラスが揃っているのに」
先ほどまで工芸科で粘土と格闘していた青年はルカが用意してくれた珈琲を飲みながら、対面に座るアルトとミシェルに尋ねる。
「……本当にすみません」
アルトなどは額を机に擦り付けんばかりの勢いである。
「いや、アルトから元主席ってことは聞いてたみたいなんですけど」
「決定的だったのは、シミュレーターの結果でしたね」
ミシェルの言葉に苦笑しながらルカが付け加えた。
「あー、あれか。この間ミシェルがいいところまで行ったって言ってなかった?」
「まだ半分ですよ。完全クリアの先輩にはまだまだ及びません」
「それにメカニックなんでしょ?そばに居てくれれば安心じゃない」
いつの間にか休憩に入ったのだろうか、彼がここに来る事になった原因が青年の前に仁王立ちしていた。
「お疲れ様でした。しばらく休憩?」
「そ。アルト、私にも何か飲みもの」
「……お前なぁ」
自分は先輩を巻き込んでしまった事を申し訳なく思っているというのに。
アルトは机の上からシェリルを睨み付ける。
「全く…」
そんな彼を見て、はひとつため息を吐いた。
「ミシェル、俺のロッカーからカバンと風呂敷包みを持ってきて」
ポケットから鍵を一つ取り出しながら、彼は指令を出し始める。
「風呂敷?先輩、もしかして」
鍵を受け取りながら、ミシェルは立ち上がる。
「早く行く」
「了解」
の言葉にミシェルは笑って走り出した。
「ルカはナナセちゃんに連絡」
「はいっ!」
ルカは少し離れて端末を取り出した。
「アルトは人数分の飲み物を用意。これでこの件は終わり。いいね?」
机に伏したままのアルトの頭を撫でて、は笑った。
「すいません、先輩」
「これで終わりと言っただろう?」
先輩~!もう一人増えても大丈夫ですか?」
そこへルカから声が掛ける。
「ああ、大丈夫だよ。じゃあ、アルト、そういうことだから」
「了解です、先輩」
アルトは頷いて、立ち上がった。
「…ちょっとっ!何を話しているの!」
仲間はずれにされたシェリルは、の隣に座って彼のシャツを軽く引っ張る。
「もうすぐ楽しいお茶会の始まりという話。もう少し待って」
シェリルの頭を優しく撫でて青年が笑う。
「今日は天気が良くて良かったね。きっとお茶も美味しい」
そんな彼に釣られて空を見上げた。
学園の屋上には心地よい風と日差しが降り注ぐ。
「アルトは贋物って言ってたけど…」
「そこは感じる人の心持ち次第ということで」
は楽しそうに笑う。彼だって今見ている空が作り物だっていう事は知っている。
だけれど、ずっと金属製の板を見続けるのは嫌だし、この環境を整えるのに苦労している人だっているのだ。それを否定することはしない。
「いつか本当の空を見てみたいのは俺も一緒だけど。きっと、綺麗な蒼なんだろうなぁ」
は空が好きなの?」
「俺は飛ぶ事より、そこから見える景色が好きだね。シェリルはギアで飛んでみて、どうだった?」
「楽しかったわっ!ギャラクシーで見たことないものばかりだったもの」
シェリルはの質問に目を輝かせて答える。
「それは良かった」
彼女の言葉に優しく笑うに、シェリルの方が照れてしまう。
「珈琲の用意……シェリル、顔が赤いぞ?」
「うるさいわよ、アルトのくせに」
「はいはい。砂糖とミルクは自分で入れろよ。先輩は紅茶ですよね」
軽く睨まれたアルトは軽くため息を吐きながら、シェリルの前に珈琲を、の前に紅茶を置いて、シェリルとはを挟んで反対側に座った。
「ありがとう、アルト」
「戻りました」
そこへ彼の荷物を両手に持って、ミシェルが戻ってきた。
「お帰り、ミシェル。ああ、そっちはテーブルに置いて」
「了解」
ミシェルから鞄を受け取りながら、風呂敷包みをテーブルに置くように告げる。
「遅くなりました」
「いらっしゃい、ナナセちゃん」
そこへルカに呼び出された女の子が現れた。ナナセの後ろには初めて見る女の子の姿があった。
「は、初めまして。お邪魔します」
「初めまして。・ロンバルトです」
勢いよく頭を下げる女の子に、微笑ましいなぁと思いながら挨拶を返す。
「先輩、こちらはランカ・リーさんです。この間、転校してきたんですよ」
「ランカ………リー?」
ナナセの紹介には首を傾げながら、S.M.Sの後輩たちを見つめた。
「もしかして、オズマの『あの』妹さん?」
「そうなんですよ。先日の件でこちらへ」
ルカの言葉とミシェルとアルトの表情で、はもう一度ランカに視線を向ける。
「なるほど……。お兄さんにはいつもお世話になっています」
「こちらこそ、兄がお世話になってます」
「いつも話を聞いているから、初めて会った気がしないな」
はオズマの話を思い出して、楽しそうに笑った。
「さて、お客さんが揃ったところで、本日のお茶請けを発表しますか」
風呂敷包みの中から現れたのは、白と緑の粉が振り掛けられた二種類のシュークリーム。
「カスタードと抹茶だよ。一人一個ずつはあるから、喧嘩しないようにね」
「はーい」
シェリルは目の前に置かれたシュークリームをひとつ手に取り、口をつけた。
さっくりとしたシューの中からとろりとしたクリームがあふれて来る。
「おいしい……」
「そう。それはよかった」
とりあえず自分の分を確保したは、笑いながら自分の鞄をゴソゴソとかき回す。
後でどこの店で買ってきたのか聞いておこうと思いながら、シェリルは隣の青年を見つめた。
「はい」
「?」
差し出された白い正方形の箱を、シェリルはシュークリームを食べ終わった手で受け取った。
「アルトに渡しておこうと思っていたんだけれど、直接会えてよかった。この間と同じテーマで作ってみたんだ。よかったら、どうぞ」
の言葉に、目を丸くしたのはアルトで、シェリルは嬉しそうに笑って頷く。
「勿論。前に貰ったのも大切にしてるのよ」
他の者は何のことだと首を傾げてシェリルの手の中にある箱に視線を向けた。
「この間のって……まさか、新しいの作ったんですか!?」
気が向かないと指一本動かさない彼が特定の誰かのために作るのを初めて見たアルトは、未だ驚きの表情が顔に張り付いている。
「ああ。やっぱり気に入った人に使ってもらえると作った甲斐があるよね。ということなので、アルトも早く受け取りなさい」
そんな二人の会話を他所に、シェリルが楽しそうに開けた箱の中には、この間と同じ白銀に青い雪が舞っているデザインのブレスレットが鎮座していた。
「あまりにも細いと雪が見えないので、メインの部分は少し幅を持たせてある。その代わり、両端を細くして角を落としてあるので、女性がしても問題ないと思うよ。どうかな?」
「とても気に入ったわ」
シェリルが早速身に着けて太陽にかざしているそのアクセサリを見て、他の4人も気付いた。
「それって最近噂になってるペンダントとお揃いですね!」
ランカが両手をポンと軽く合わせた。
その噂のアクセサリ、今日はシェリルの首元でチョーカーとして輝いている。
「あ、本当ですね!」
「確かに。同じデザインだな」
「先輩の作品だったんですか!?」
「噂?」
シェリルの手首で落ち着いているアクセサリは、瞬く間に話の種となったが作った本人だけが首を傾げている。
「……先輩、次に会う時までに勉強しておくって言ったじゃないですか……」
「シェリルの歌なら全部聞いたよ。新作も予約しておいた。曲を聞きながら作るとイメージが沸きやすくていいね」
唸るようなアルトの言葉に、まるで小さな子供が頑張ったよ誉めてと言うように、は小さく胸を張る。
「なるほど……」
つまり、シェリルの歌については調べたが、ゴシップの類までは手をつけていないらしい。
「えーっと、ですね。この間のペンダントをシェリルが愛用しているんです」
「それは嬉しいな」
シェリルにありがとうと言ってから、それで?と首を傾げる先輩に、アルトはがっくりと肩を落とした。
「アルト?」
「この間、シェリルがどれだけ人気があるか確認したでしょう?」
「銀河の妖精さんだろう?……ああ、なるほど。それで最近街でも似たようなデザインを見るようになったんだ。でも、噂って?」
ため息と共に吐き出されたアルトの言葉に、はひとつ頷いて、再度首を傾げる。
「シェリル愛用の品は誰から贈られたものなのかっ!?新しい恋人かっ!?」
突然上がった声に、とアルトは目を丸くして声の主であるミシェルを見た。
「で?本当のところはどうなんですか?女王様」
ミシェルはシェリルにニヤリと笑ってみせた。ランカとナナセも期待に目を輝かせている。
「そういう声があるのは私も知ってるわよ?でも、はあんまりそういうのに詳しくなさそうだし。黙っている方がいいって。ちゃんとマネージャーと話した結果なの」
「なるほど。それは助かる」
「先輩、昔、業者に付きまとわれましたものね」
苦笑するとしみじみと呟くルカに、ミシェルとアルトも力強く頷いた。
「あの手この手で専売契約がどうとか。S.M.Sに入ってしばらくしたら、パタリと止みましたが」
懐かしい思い出に浸るように遠い目をしているを見ていたシェリルが、青年越しにアルトの袖を引いた。
「ねえ、やっぱり人気があるの?」
「モールで売れ行き見ただろ?普通に作ったやつで瞬殺だぞ?」
どうして本業にしなかったのだろう。
そんな風に思って彼を見つめると、は優しく笑って答えてくれる。
「アクセサリー作りはあくまで趣味なので。それに面倒な事は嫌いなんですよ。一つ作ったら、また次。更に次と要求が上がっていくのはわかってましたからね」
そういうものかとシェリルは頷き、最後のシュークリームに手を伸ばした。
だが、彼女の手が届くより先に、アルトの手がそれを掻っ攫う。
「あー、最後だったのに!」
「こういうのは早い者勝ちなんだよ。だいたいそれ以上食うと…」
「はいはい。喧嘩はしない」
女の子への禁句を口にしそうになったアルトの頭を、は軽く叩いた。
「全く、女の子には優しくしないと駄目だろう?」
は仕方ないなと苦笑し、シェリルに自分の手元にあった抹茶味を差し出す。
「これで良ければどうぞ」
「いいの?」
「勿論。俺は家に帰れば食べられるから」
「そうなの?お店は家の近くなの?」
「材料を買う店は別にどこでも構わないぞ?」
微妙にかみ合ってない会話である。
「あの、もしかして、さんの手作りだったんですか?このシュークリーム」
ランカの言葉には首を傾げた。
「言ってなかったか?」
常日頃、恩恵に預かっている育ち盛り達は腕を組んで頷いている。
「先輩の作る菓子は絶品だ」
「料理もいける」
「教室だったら、争奪戦が起きてますよ」
後輩たちの誉め言葉に微苦笑を見せた後、はシェリルを促す。
「大げさだね。まあ、そういう事なので、気にせずに召し上がれ」
「……いただきます」
彼お手製のシュークリームを口にすれば、シェリルは自分の頬が緩むのを感じる。
「やっぱり作り手としては、使ってもらう人や食べてくれる人が笑顔になってくれるのが何よりの報酬だよ」
そう言って笑った青年の手は、シェリルの頭を優しく撫でていた。
ぎょっとしたのは、その場にいた他の面々である。なんせ、相手は『あの』銀河の妖精である。
「ふふん。私を笑顔にするなんて、なかなかやるわね」
だが、撫でられている当人は満更でもなさそうだった。

結局、はシェリルの訓練が終わるまで付き合い、今後も時間があるときなら彼女に付き合うことを約束してくれた。
「ねえ、アルト」
「あー?」
後片付けはよろしくねと、が自分の荷物を抱えて帰った後、ギアを片付けながらシェリルはアルトに声を掛けた。
「あの人、不思議ね。別に何か弱みを握られてる訳じゃないのに」
「……『損得だけが全てじゃない』んだと」
アルトは動かしていた手を少し止めた。
「え?」
「あの人が言ったんだよ。世の中がそれだけだとつまらないってな。だから、いいんだよ。お前は大人しくあの人の厚意を受け取れば」
「ふーん。何となく、あんたがあの人に頭が上がらないの、わかった気がするわ」
シェリルは手首で輝く新しい贈り物を見つめて、小さく笑う。
まだ会うのは二回目なのに。
「不思議な人よね。また会う時が楽しみ」
赤く染まった夕暮れの空を見上げて、銀河の妖精は大きく腕を伸ばした――――

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評価

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後書&コメント

  1. これで学校でも会えるぞ!(笑)

    コメント by くろすけ。 — 2010/02/24 @ 01:10

  2. 初めまして、蒼空と申します。
    こちらのシェリル嬢が異常に可愛いかったので初コメントさせて頂きます。

    ご飯をどんぶり特盛りでお願い致します。
    これから、こちらに掲載されている作品達を読み進めていきたいと思います。
    とりあえずは、マクロスFより制覇を目指して!!

    コメント by 蒼空 — 2010/02/24 @ 14:27

  3. >蒼空様
    コメントありがとうございます。
    これからもシェリル愛で話は進んでいくと思います。
    バカップルを書いてみたい・・・。被害者、アルトで。

    コメント by くろすけ。 — 2010/02/24 @ 15:06

  4. シェリルが大好きなんです。シェリルが大好きなんです。シェリルが大好きなんです!
    そしてここのお話大好きなんです!なのでシェリル連載始まった時はもうホントに夢かと思いました。毎回にまにましながら読んでますv

    コメント by 凛音 — 2010/02/24 @ 20:30

  5. >凛音様
    いらっしゃいませ、同志。
    こんな辺鄙な場所までヨウコソ!
    これからもにまにましていただける話が書けるよう頑張ります!

    コメント by くろすけ。 — 2010/02/24 @ 21:11

  6. こんにちは。前回もコメントさせて頂きました、nonと申します。
    前回よりも確実に親密度が上昇して、シェリルはもっと可愛くなって、
    なおかつ、主人公大好き!の後輩達が二人増えましたねv
    お手製シュークリームを頬張るシェリルももとより、
    そんな先輩を自慢する後輩たち、ほんとに可愛いですvv
    銀河の妖精シェリル・ノームも、主人公にかかっては、「妖精さん」。
    態度もまるっきり可愛い妹って感じですねw
    これが今後どうなっていくのか、次回も楽しみにしています!
    素敵なお話、有難う御座いました!

    コメント by non — 2010/03/15 @ 02:40

  7. >non様
    コメントありがとうございます。
    主人公は皆のお兄さんですから(笑)そして、着実に餌付けされている後輩ズ。
    今回の話はシュークリームを食べるシェリルを書くという目的があったのですよ。きっと間違いなく、可愛いと思って。
    まだまだ会って二回目ですからねー。はてさて、次回はどうなりますやら。今後の展開に、私も期待しているんですよ(笑)
    またお暇なときにでもお越しくださいませ。

    コメント by くろすけ。 — 2010/03/16 @ 01:05

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