本格的に秋を迎えた街へ買出しに出掛けたは、その途中でとても食欲をそそる香りに引かれてゴンドラを泊めた。
「おじさん、ひとつください」
「あいよ」
待ちきれないといった様子で手渡されるそれを受け取ると、少し離れた場所で箸をつける。
「いただきます」
熱々のジャガイモの上で薫り高いバターがトロリと溶けた、寒くなるととても美味しくなるジャガバタを口に運ぶたびに幸せな笑みが浮かぶ。
一つ目を食べ終えた頃、彼の視界を見知った顔が通り過ぎた。
「アリア社長?」
専用ゴンドラに乗ってどこかへ向かう彼に、は改めてジャガバタを二つ買い込んで後を追った。
細い水路に入り、しばらく進めば、は古い廃墟の中へと迷い込んでいた。
「開拓期の建物かな……」
こういう時、水先案内人さんが入れば詳しい事を聞けるのだろうかと思いつつ舟を進ませる。
「困ったな……」
行けども行けども同じ光景の繰り返し。
戻るに戻れず、は水路の真ん中で立ち止まってどうしたものかと考える。
「邪魔をするつもりじゃなかったんだけどなぁ」
地球にいた時に聞いた昔話を思い出す。
夜な夜な執り行われる猫の集会。もしかしたら、アリア社長はそこへ向かう途中だったのかもしれない。
「困ったな……」
は毛布にくるんだ荷物を抱えてため息を吐いた。
「ぷいにゅ」
「アリア社長!?」
聞きなれた声に振り返れば、専用ゴンドラに乗った真っ白な彼が立っていて、安心したはゴンドラに座り込んだ。
「良かった。アリア社長と一緒にこれを食べたいなと思って追いかけてきたんだ」
青年は毛布に包んで冷めないようにしていたジャガバタを彼の前に差し出す。
「少し冷めちゃったかもしれないけど。まだ美味しいと思うから」
アリアはふんふんとそれを嗅いでから、ふいっと視線を逸らした。
「何?……わあぉ」
は彼に釣られるように視線を動かした先に見えたものに声を上げる。
黒くてモフモフした大きな猫。胸に白い斑。
「……初めまして、猫の王様」
遠くに見える彼に、最敬礼を行って、アリア社長に向き直る。
「集会の邪魔をしてごめんなさい。アリア社長、これ後で食べてね。皆の分には足りないかもしれないけど」
アリアの舟にジャガバタを置いて、は櫂を手に取った。
「帰り道を教えてもらえるかな?」
「ぷいっ」
アリアの指差した細い水路へ軽やかに舟の舳先を向ける。
「じゃあね、本当にごめんなさいって王様にも皆にも謝っておいてくれるかな」
「ぷいにゅ」
任せろと胸を叩いてくれたアリアに、は安堵して微笑むと舟を入り口に進ませる。後ろにたくさんの気配を感じるけれど、彼は決して振り返らなかった。
そして、その薄暗い水路を通り抜けると、そこは大水路へと繋がる裏道水路で、見知った場所へ出てきた青年はひとつ息を吐いた。
「?」
「アリシア」
家に帰ろうと舟を進ませていると、横合いから声が掛けられて青年は櫂を動かしていた手を止める。
「今日の練習は終わり?」
「ええ。は買出しに行っていたの?」
アリシアは彼の舟に積まれた荷物を見て微笑んだ。
「ああ。明日、ちょっと手の込んだ肉料理をしようと思ったから。皆は明日も練習?」
「ええ。そうよ」
「じゃあ、夕食に持って行くから、晃とアテナも時間があれば誘ってもらっていいかな?」
「の料理だったら、無理にでも時間を作ってきてくれるわ」
「そうだったら、嬉しいな」
楽しげに笑うアリシアに、は照れくさそうに笑った。
次の日の夕方、肉料理を抱えてアリアカンパニーに出向いた青年をアリア社長が迎えてくれる。
「お邪魔します、アリア社長」
彼が咥えて差し出したジャスミンの花に、は首を傾げた。
「それは?」
料理をテーブルに置いて腰を落とした彼の手に、アリアはぐいぐいとそれを押し付ける。
「もしかして、ジャガバタのお礼?」
「ぷいにゅ」
「美味しかったですか?」
「ぷいぷい」
まるで会話をしているような二人に、グランマとアリシアは思わず微笑みを浮かべた。
その日からしばらくして、アリアは鼻をならした。嗅ぎなれた香りが微かに漂ってくるのだ。
香りを辿るとの読みかけの本が置かれていて、挟まれた栞からそれが立ち昇っているのに気付いた。
「あ、アリア社長。気付いた?」
飲み物を取りに行っていたらしい青年が戻ってきて、それを誇らしげに見せてくれる。
「この間のジャスミン。押し花にして栞にしたんだ」
嬉しそうに笑う彼が、アリアはとっても大好きだ―――
猫の王様初登場ー!
黒くてモフモフしている彼に背中を預けて昼寝する主人公とか。ああ、羨ましい。
もちろん、主人公が、ですよ?大きな動物大好きです。
コメント by くろすけ。 — 2009/09/29 @ 01:31
ARIAを久しぶりに読みました。
最近全然これてませんでしたが久しぶりに思い出し、来てみると新話が。
とてもよかったです。
ゆっくりと次話待っております。
コメント by しく — 2009/10/21 @ 02:21
しく様
コメントありがとうございます。
半年に1回くらいのペースで申し訳ない…。
ですので、思い出したくらいで来ていただけるとこちらとしても助かるかも(笑)
話が気に入っていただけたなら、幸いですー。
コメント by くろすけ。 — 2009/10/21 @ 09:42
なんだかとってもほっこり
そんな気持ちになりました。
キース君と皆のやり取りに凄く癒され、無自覚の人たらし能力にやられてる皆の姿に胸がきゅんきゅんしました。皆可愛いなぁ。キース君含めて大好きです。
後輩ちゃん達がいつかキース君と出逢ったらどうなるんだろう?想像してみるだけでも楽しいですね^^
素敵な作品を読ませて下さって本当にありがとうございます。
これからのお話も楽しみにお待ちしています。
コメント by 連星 — 2009/12/13 @ 17:34
>連星様
コメントありがとうございます。
少しでも癒されてもらえれば、当方大満足でございます。
人誑しという点では、うちの主人公はチートコードなみの補正がかかっております(笑)
すいません、いまだ後輩ズを本編で出してあげることができなくて……。脳内では、既に仲良しさんなんですが。早く三大妖精さんになってもらわないと、彼女たちの出番が……。
これからもまったりお待ちいただければ幸いです。
コメント by くろすけ。 — 2009/12/14 @ 00:11
急がずゆっくりいきましょうっ
半人前時代の彼女達の姿も貴重ですからね!まだまだ彼女達のそんな姿を見ていたいですしw
三大妖精と称えられる様になってからの皆や後輩達との掛け合いは後の楽しみに取っておきます^^
ではでは、キース君が順調にハーレム√へのフラグを立てて行ってくれる事を願いつつ……
コメント by 連星 — 2009/12/14 @ 01:08
>連星様
了解ですっ!
原作が終わった今、原作前を書いている自分がとても不思議です。
それだけあの世界が大好きなんだよなーと思いつつ、今日もキーボードをカチカチ叩いてます。
今後ともよろしくお願いいたします。
コメント by くろすけ。 — 2009/12/14 @ 10:51
よっしゃ!!ARIA制覇!!
マクロスF・マリア・ARIAと読破完了です。
さて感想なのですが
なんかねぇ~、現世で穢れた私の心が浄化されていくんです。
キースと妖精達のふわふわな日常がすごく幸せ空間をかもしだしていますね(微笑
このハーレ…幸せ空間が大好きです。
ココはご飯では無く、綿あめ特盛りでお願い致します。
追伸
各物語の主人公のイメージが一発で思い浮かぶほど、くろすけさんの設定が大好物です。
マクロスFのキース氏は”穢れの無い蒼の中の雲”
マリみての諒氏は”麗らかに包み込む陽の光”
ARIAのキース氏は”変化し続ける光り輝く水”
コメント by 蒼空 — 2010/03/24 @ 23:24
>蒼空様
お疲れ様でしたー。
ARIAは私が荒んだ時に筆の進む作品だったりもします。
癒されたいぞーということなんでしょうか。
主人公ズも気に入っていただけて、とても有難い事です。
コメント by くろすけ。 — 2010/03/24 @ 23:59