あのキツかった暑さも、ここ最近緩んでいて、は本を片手にサン・マルコ広場へ向かっていた。
かの有名な将軍に称えられた広場にあるカフェ・フローリアンにてカフェ・ラテを堪能する。
そう決めて、広場にあるその店でまったりと読書などにいそしんでいる彼の姿は、街を歩く女性たちや観光客の視線を集めていた。知らぬは本人ばかりなり、である。
「あ、。こんなところで休憩中?」
声を掛けられて振り向けば、青年の大切な友人たちがやってきていた。
「アテナ。私は毎日が日曜日のご隠居様ですよ?今日は勉強会だったのでは?」
本を閉じて駆け寄ってくるアリア社長を膝の上へと抱き上げる。確か彼女達はゴンドラの点検日だという事で、今日は姫屋で勉強会だったはずだ。
「少し息抜きをしようって出てきたんだ。で、そのご隠居様は、何を読んでいたんだ?」
の手元を覗き込んだ三人は、珍しそうに目を丸くした。
「『ネオ・ヴェネツィア観光案内』?」
「昨日、部屋の片づけをしていたら出てきたんですよ」
今では開くこともない本だが、地球にいた時には毎日のように読んでいた。その証拠に、本はかなりくたびれた感じになっている。
「懐かしかったので、本日はそれを見ながら観光をしてみようかと思って」
はページをめくって、『カフェ・フローリアン』のページを開いた。そこには、赤い線で囲まれていて、絶対に行くのだという彼の意思が記されている。
「もう常連なのにね」
運ばれてきた彼女達のお気に入りを配りながら、アテナは小さく笑った。
「ガイドブックで街を廻るのは初めてだからね」
そう言っては笑った。アクアにやってきてからの観光案内は彼女達にしてもらったから、現地についた途端、ガイドブックはお役御免となってしまったのだ。
「昔、家に居た時はこれが私にとってのネオ・ヴェネツィアだったから」
は笑って話し出す。
「あとはそう。月刊ウンディーネは定期購読してました。私はあれの表紙の写真に惹かれて、ネオ・ヴェネツィアに移住を決めたんです」
広場からも望むことが出来る、空の蒼と水の碧。
そちらに視線を向けて、彼は幸せそうに目を細めた。
広場で他愛もない話をしていれば、彼に声を掛けてくる人も多い。
「おや、今日は珍しくお連れさんですか?」
「しかも、こんなに可愛らしい水先案内人さん達とは、も隅におけませんな」
チェス仲間だというおじいさんたち。
「お、じゃん!」
「また探検しようぜ!」
元気に駆け抜けていった子供たち。
「おや、。ちゃんとごはん食べてるかい?」
「また買いに来いよ。おまけしてやるからな!」
食堂のおばちゃんたちや、市場のお兄ちゃんたち。
「あらあら、すっかり地元民ね」
年齢、性別関係なく声を掛けられる様子に、アリシアは嬉しそうに笑った。
この街に彼が受け入れられているのを感じるから。
「つーか、地元民より掛けられる声が多いって」
晃は軽く手を振った。それでもその顔が緩んでいるところ見れば、彼女も嬉しいのだろう。
アテナにいたっては、今すぐにでも歌いだしそうな表情だ。
「もう立派な火星人ですかね?」
アリア社長を膝の上に乗せて笑う青年の言葉に、三人は目を丸くした後、楽しそうに笑い出す。
「そうだな。もう立派な火星人だな」
「うん。それは間違いないよね」
「うふふ。じゃあ、を立派な火星人にしてくれた我々の大先輩に敬意を表して」
アリシアが年季の入ったガイドブックを指差して、カップを持ち上げれば他の三人も笑って応じた。
「乾杯」
かつて『世界で一番美しい』と称えられた広場の一角で、カップの合わさる澄んだ音が響いた―――
秋篇開始。
モテモテ主人公でした。
コメント by くろすけ。 — 2009/03/05 @ 11:45
ARIAの小説がとても面白いです!
次回の更新を楽しみにしています。
コメント by Yowkow — 2009/04/08 @ 00:25
Yowkow様
コメントありがとうございます。
まったり次回更新をお待ちくださいませ。
コメント by くろすけ。 — 2009/04/08 @ 14:59