ハッキリ言えば、身が持たない

さん、今日ももう来てるかな~」
「窓が開いてるから来てるわね」
祐巳の言葉に、二階を見れば由乃は彼が来ているしるしを見つけた。
彼はここへくるとまず窓を開ける。
曰く、こんなにいい天気なのに、新しい風と太陽の光を室内に入れないのは、もったいないとのことだ。
「何か、聞こえない……?」
由乃の言葉に志摩子と祐巳は耳を澄ませる。
彼女達の耳に届いてきたのは、低い男の人の歌声だった。
そして、ここに該当するのは一人だけ。
さん?」
三人は顔を見合わせた。

そのお弁当も綺麗になくなり、食後のお茶を楽しんでいる時。
さん、先ほど歌を歌われていませんでしたか?」
志摩子が隣に座るにそう言った。
「……え?」
「いや、もう。その反応が貴方が歌っていたって証明したようなものですから」
由乃の冷静な突っ込みに、は困ったように小さく笑った。
「まさか聞こえていたとは思ってなくて。今度カラオケに連れて行かれるので、その練習を…」
そう言って彼が取り出した歌詞は全然脈絡のない選曲で、男女も入り乱れている。
「これ、さんが歌うの?」
「ええ。……女性の曲はワンオクターブからツーオクターブ下げることを許してもらってます」
ため息交じりに答えるは、どう見ても楽しそうに見えない。
「どうしても、行かないといけないんですか?その……楽しそうには見えませんけど」
「ありがとうございます、蓉子さん」
心配してくれた蓉子に、は優しく微笑みを見せる。
「でも、保護者主催のなので、行かざるえないんです。例え、私で遊ばれるのがわかっていても」
口ではそう言いながらも、彼はどこか楽しそうに見えた。
「まあ、それで。少し練習していたんです。でも、まさか外にまで聞こえていたとは……」
そう言って少し頬を赤くしている彼に、その部屋に居た全員が彼以上に赤くなってしまった。
さん、可愛いっ」
「はぁ?」
抱きついてくる聖を倒れないように抱き支えながらも、は不思議そうに首を傾げている。
「聖っ」
「白薔薇様っ」
怒り出す彼女達に、は微笑んだ。
「私などより、皆さんの方が絶対可愛いです」
優しい微笑を浮かべて言う彼に、全員がまた撃沈させられたのは言うまでもないことだ。

放課後に少し早く来てみれば、薔薇の館には真剣な表情で歌詞を追うがいた。
彼はイヤホンで何かを聞いていて、たぶん原曲なんだと思う、それに合わせて視線が歌詞を追っていて、小さく口ずさむ歌が聞こえる。
さん」
「ああ、ごめんなさい。お疲れ様」
声を掛けると、はイヤホンを外して立ち上がった。
「今、飲み物を用意しますね」
「うん。いつものね」
が珈琲を用意する間に全員が集まってくる。
彼がここに来るようになってから、毎週一日だけは完璧な出席率が保たれている。

「ねえ、さん、何か歌って?」
全員の飲み物を用意した後、聖が彼の持っていた歌詞カードを摘みながら唐突に言った。
「かまいませんが、下手くそでも笑わないでくださいよ?」
断ることを既にあきらめている青年は苦笑している。
「もちろん」
そう言った彼女に彼がアカペラで歌い始めたのは。
「選曲、ミスったかも…」
彼が歌いだしたのは、愛の歌。
言葉をかわすよりも、口付けを交わそう。
欲望のままに、貴女を食べてしまいたい。
そんな曲を伏し目がちの表情で彼の低めの声で歌われたら、まさに『会心の一撃』だ。
「前から思ってたんだけどさ……」
聖はテーブルに突っ伏しながら、隣に座る蓉子にちらりと視線を向けた。
「何?」
こちらも椅子の背もたれのお陰でいつもと同じ姿勢を保てていた。
「破壊力絶大だね」
「そうね」
「全く」
ため息を吐いた聖に、ため息を吐きそうな蓉子と笑顔の江利子が答える。
「腰が抜けてしまいそう」

「ご満足いただけましたか?」
一曲歌い終えたは一礼する。口元には苦笑いが浮かんでいるのは色々あきらめたからだ。
「満足しましたー」
未だ机から起き上がれないけれど。聖は心の中で付け加えておいた。
「いつも、聖がすみません」
「その言い方だと、私だけが聞きたかったみたいなんですけど」
蓉子の言葉に聖がぼやく。
さんは私たちに何かしてほしい事とかないですか?」
志摩子の言葉に全員の視線がに集中する。彼は小さく首を傾げた後、何かを思いついたらしい。
「そうですね…。是非一度、蓉子さんや江利子さんの驚き慌てふためくところが見てみたいです」
の言葉に呆れた顔を見せたのは、紅薔薇様と黄薔薇様。その隣で妹たちも呆れた顔をしていたりする。
「何だ、そんな簡単なこと」
そう答えたのは白薔薇様で、青年は思わず彼女を見つめた。
「聖さんには簡単なんですか?」
驚く彼の耳にその方法をささやく。
「……本当に、そんな方法で?」
聖の言葉に少し信じられなさそうな表情を浮かべる。
「うん。絶対。あ、後、終わったら同じ事を私にもして」
「上手くいけば、ですよ」
「な、何……?」
そう答えて立ち上がった青年は、もの凄く警戒していますといわんばかりの蓉子に、ちょっとため息を吐きたくなった。
「私的には、どうしてこれで驚かれるのか、さっぱりなんですけれど」
そう微苦笑を浮かべた後、真剣な顔になった彼は、椅子に座った彼女の背中越しに耳元で何かを囁いた。
「!」
瞬間、ガタンと音を立てて、立ち上がった蓉子の顔は耳まで真っ赤で。
やらかしたの方が目を丸く見開いてその反応に驚いていた。
「…かっ」
「?」
さんのばかっ」
「!?」
まるで子供の喧嘩のような捨て台詞を言い捨てて、蓉子は部屋を飛び出してしまった。
蓉子の座っていた椅子で辛うじて身体を支えているは、少なからず傷ついているようだ。
「あの蓉子が……何を言ったのか、実に興味があるわね」
その数秒後、江利子も顔を真っ赤に染めて、走り去ることになるのだが。

「……そんなに嫌だったんですかね」
がっくりと机に両手を突いているその背中は、哀愁が漂っている。
「……くくく、あっははは」
そんな中、爆笑しはじめたのは聖で、目尻には涙が浮かんでいる。
「聖さん……」
「だ、だって、あんな蓉子と江利子を見たの、初めて……くくく」
そんな彼女に、青年は大きなため息を吐いた。
「蓉子さんと江利子さんを迎えに行かなくては……謝ったら許してくれるでしょうか」
「それよりも、私にもやってよー」
笑っている聖の隣に立って、耳元で囁く。一瞬にして聖は耳まで真っ赤に染め上げた。
「わかってて、この破壊力……恐るべし」
聖は机に身体を突っ伏して、熱くなった顔を冷やす。
「……何をされたんですか?」
さっきから固まっていた令が漸く言葉を発した。
他の面々もやっと頭が動き出した様子だ。
「普通に名前を呼んだだけですよ」
困った顔をする青年の答えに、そんなわけあるかとばかりに白薔薇様に視線が集中する。
「真面目な声で囁くように名前を呼び捨て。背中からなのは、副産物?」
「やっぱり、呼び捨てたのがいけなかったんでしょうか」
しょんぼりという表現がとても当てはまる彼に、志摩子が真っ直ぐに顔を向けた。
さん。私にもお願いしてよろしいですか?」
周囲から声が掛かるが、気にしていられない。志摩子はじっと彼を見つめた。
最初、驚いた顔をしていた彼は、少し困ったように笑って、ゆっくりと志摩子に歩み寄る。
そして、耳元で彼女にだけ聞こえるくらいの声で優しく囁いてくれた。
「志摩子」
ただ、それだけで身体の力が全部抜けてしまいそうだ。
崩れ落ちるのは何とか耐えたけれど、顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。
「……お姉さまの言うとおりですわ」
「わかっていても、破壊力は絶大だよね」
「はい」
頷きあう白薔薇姉妹には軽く首を振った。
「やっぱり、師匠の言った事は本当だ」
「何を言われたんですか?」
「……女性は謎だ。一生理解できん」
彼は大きく肩を落として、盛大にため息を吐いた―――

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後書&コメント

  1. 初呼び捨て事件でした。
    これ以降、全員が呼び捨てに……されることはありません(笑)

    コメント by くろすけ。 — 2009/12/06 @ 19:06

  2. お久しぶりです、くろすけ様。
    マリみて夢連載の新作読ませていただきました。
    相変わらず夢主とマリみてキャラとの掛け合いが最高です。
    今回の一番の被害者は蓉子と江利子でしょうか?役得ともいえるかもしれませんが。
    夢主の天然紳士っぷりとヘタレっぷりのギャップが笑えました。
    蓉子に「ばか」と言われて凹んでいる姿は背後に縦線が見えました(笑)
    それにしても夢主が最後に言ってた「師匠」というのは4人の保護者の1人でしょうか?
    これまで女性2人は登場してますが、残りの2人の登場も楽しみにしています。
    勿論、静や祐麒麟や柏木といったマリみてキャラ達も。
    ではでは、失礼します。

    コメント by K/Kira — 2009/12/06 @ 21:56

  3. >K/Kira様
    お久しぶりです。新作を楽しんでいただけたようで嬉しいです。
    掛け合いは脳内の彼らが勝手にやってくれるので、膨らみすぎて削るのが大変なほどですよ。
    あの蓉子さんに「ばか」ですよ?主人公のショックは計り知れません(笑)
    保護者ズの残りの二人は忙しくてなかなか遊びに来れませんねー。いつか出してあげたいと思わないでもないのですが。
    柏木は悪友なので、そのうち出ます。そして、山百合会の面々全員に睨まれる予定です。主人公と仲良しさんですからね。
    今後ともまったりとお楽しみくださいませー。

    コメント by くろすけ。 — 2009/12/07 @ 12:23

  4. 制覇!!
    作品達を拝見し思いました。

    ”美しき薔薇が乙女です”
    ”可憐な蕾も乙女です”
    ”美麗な守護騎士はある意味最強”

    自分的には聖が激可愛い。ご飯のどんぶり特盛りでおかわりを要求したくなりました。
    彼女自身が引っ張ってると思っていても、自分が引き寄せられていて
    最終的には絡み捕られる印象を受けました。

    もちろん、他の面々も可愛さが×∞を発揮しているので大変美味でした。

    コメント by 蒼空 — 2010/03/16 @ 22:38

  5. > 蒼空様
    おお、お疲れ様でした&ありがとうございます。
    気に入っていただけたようで何よりです。
    聖さん、人気あるなー。彼女は猫さんですからね、主人公にじゃれ付く感じです。そして、他の人が来たら威嚇するという……なんという独占欲(笑)。
    うちの主人公ズは、猫マスターの称号を持っていると思われます。
    またお暇な時にでもお立ち寄りくださいな。

    コメント by くろすけ。 — 2010/03/18 @ 04:27

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Posted: 2009.12.06 マリア様がみてる. / PageTOP