青い空と海が見える場所。
それが彼の決めた、新しい家の条件だった。
あまり多くない荷物を三階の自室へ運び終えた彼は、家の前へ飛び出した。
短めの黒い髪が潮風に遊ばれる。青年は蒼い瞳を細めて、目の前に広がる海を見つめる。
そこには海に突き出た小さな会社。本音を言えば、あそこの2階を借りたかったのだが。
青年は部屋を借りた時の事を思い出した。
何でも【ARIA カンパニー】は凄く有名な水先案内人さんの創った会社で、業界では有名だということだった。
数年前に、新人さんが入ったという事を聞いた。
何でも優秀な人らしくて、見習いから半人前にあっという間になってしまったということだ。
そんな事を思い出していると、黒いゴンドラが戻ってきた。
確か、新人さんが乗るのが黒い小舟だと聞いた。一人前の水先案内人だけが白いゴンドラを操れるのだという。
では、あれが噂の新人さんだろうか。
長い金の髪をまとめた少女は、青年に気づいたのか、ふと視線を向けてくれる。
青年は思わず手を振っていた。
「初めまして」
微笑んで挨拶したのだが、少女はじっとこちらを見たまま動かない。
何か、変なことでもしただろうかと首を傾げる。
「初めまして…ですよね?」
「あ、その…すみません。お客様ですか?」
少女は少し顔を赤くして、青年に話しかけてきた。
「いえ、今日、そこに引っ越してきたんですよ。それで少し景色を眺めてました」
彼は後ろの建物を指差す。
「そうだったんですか。あ、私はアリアカンパニーのアリシア・フローレンスと言います」
「・です。どうそよろしく」
青年は優しく微笑んで、彼女へ名前を告げた。
「ぷいにゅ~」
彼女の足元から声があがる。
「ぷいぷいにゅ~」
「もしかして、火星猫?」
白いふわふわした生き物に、は目を輝かせた。
「はい。アリア社長です。もしよろしかったら、少しお話ししませんか?」
「いいですか?」
「ぷいにゅ」
アリア社長の声に、は走りだす。
「お邪魔します」
そう、声を掛けて、一目散に船着場へ向かう。
「ぷ~いにゅっ」
「うわっ、ふかふかだ」
に抱き上げられた社長は、幸せそうに身体をすりよせている。
「アリシア?お客様?」
「グランマ」
「ぷいにゅぅ~」
室内から聞こえてきた声に、青年は振り返った。
「お邪魔しています。えっと、今日そこに引っ越してきた、・と言います」
目の前の婦人に、は丁寧に頭を下げる。アリアを抱っこしているので、格好はつかないが。
「あらあら。アリア社長がそんなに懐くなんて」
彼女はに抱かれたアリアを見て、優しく笑った。
「初めまして。私は天地秋乃。みんなにはグランマと呼ばれているわ。これからご近所としてよろしくね」
「えっと、こちらこそよろしくお願いします。その、地球から来たばかりなので、その、ご迷惑をお掛けするかもしれませんけれど」
「地球から?お一人で?」
「はい。……ここなら、大切なものが見つかるような気がして」
グランマの問いに、彼は視線を海の果てに向けた。
「そう。きっと見つかるわ」
「はい」
「でも。今日着いたばかりだとご飯とかは?」
「あ~、その辺りで食べようかと……」
「良かったら、うちで食べていかない?これからご飯なのよ」
「え?」
「ああ、それはとてもいいですね。グランマ、私、準備してますね」
「お願いね」
会社に入っていくアリシアを、グランマは微笑で見送る。
「さあ、どうぞ。いらっしゃい」
「ぷいぷい」
「…お言葉に甘えて、お邪魔します」
アリア社長の手招きに、は微笑んで、ARIAカンパニーの扉をくぐった。
こうして、彼、の水の惑星AQUAでの生活は幕を開けたのだ。