全力で神様を呪え。[丗参]

西涼との交渉決裂後からしばらく。
「んー、この程よい酸味と甘味の組み合わせがたまらんね」
千里眼と湛えられる青年は、自家製ヨーグルトアイス蜂蜜掛けに舌鼓を打っていた。
「美味しいです」
の隣では、凪が彼と同じものを味わって、幸せそうに何度も頷いている。
そんな彼らは、現在初陣に赴くべく西涼へと進軍中だ。
ただ、彼が率いる三千の騎兵は志願して彼の配下に来ただけの事はあり、実に優秀な兵ばかりだったため、が口を出す事など特に何も無かった。
「まあ、『千里眼』が旗印になるなら、それもよしとせねばならんか」
という事で、青年自体は普段通り何も変わらず、色んなものを開発したり、提案したりという日々を送っている。
帰国したら、今食べているヨーグルトアイスも廉価版を作って、甘味処にて販売予定だ。
ヨーグルトの安定生産については、現在許都にて、月と詠が試行錯誤中である。
「それで、アレの習熟はどんな感じ?」
凪とは反対側に付き従っていた千騎長の一人に尋ねる。
打ち合わせと称して呼び出した彼女達の手にも、ヨーグルトアイスの入った器があった。
「はい。張遼軍との対戦での効果を目の当たりにして以降、新兵器の習熟度はかなりのものになっております。他部隊の歩兵達の間でも、かなりの精度になっていると聞いております」
「そうか。真似された時の対応を騎兵達には徹底させたし、多少は役に立ちそうだな」
が今回提案したのは、狩猟用として使われる『ボーラ』だった。勿論、狙いは馬である。
「国境を越えたら、奇襲に備えるようにって言われてるけど、準備大丈夫?」
「はっ、問題ありません」
「よろしく頼むよ。俺の命運は君らに掛かっているから」
「お任せください!」
国境を越えたら、きっと遊撃戦になる。それは軍師達の統一見解だった。
兵力で劣るだけではなく、彼らの得意とする戦法が騎兵による一撃離脱だからだ。
「そういえば、出陣前に張姉妹と何か打ち合わせておられましたが……」
「ああ。あれか。上手くいけばラッキー……幸運程度の作戦を頼んでおいた。若い男共は、彼女達の舞台に通い詰めるからなぁ。喜んで引き受けてもらえたから助かったよ。まあ、多少の食品の融通は約束させられたが」
帰ってきたら屋で食べ放題を所望されたが、それくらいで寝不足にならずに済むなら安いものだ。
「しかし、本当に良かったのか?凪が隊長でも良かったんだぞ?」
「駄目です。隊長の下に集った人たちなので、私では駄目なんです。それに、私も隊長の下で働けて幸せです」
凪はイヌ科だなと、まったく関係ない事を思ってしまうだった。きっと尻尾があったら、ブンブンと勢いよく振り回しているだろう。
「……そうか。なら、頑張るとしよう。凪が胸を張って、あの人の下で働いているのだと誇れるように」
だから、思わず『よしよし』と撫でてしまったのは、仕方の無い事なのだ。
真桜と沙和に向けられる温い視線を、青年は軽やかにスルーすることにした。

そして、それは国境を越えた途端に始まった。
「霞に連絡!来るぞ!進行方向11時!」
若干後方で行軍していたは、連絡用の鏑矢を空へと打ち上げる。それと、ほぼ同時に連絡兵が駆け出していく。
「ええか、落ち着いて対処するんや!こっちには千里眼がついとる!」
その音と狼煙を見て、霞は周囲の兵に声を上げる。
歩兵中心の魏軍に対して、全騎兵の西涼軍は旗も立ててない。
だが、出来るだけの訓練と対応を将軍達は考えて、彼らは対応を叩き込まれてきた。その事実を知っている兵達は、しっかりと自分の武器を握りなおした。

「深追いはするな!陣形を整える事を優先せよ!別の襲撃が来るやもしれん。警戒を怠るな!」
奇襲を受けて若干崩れた陣営が、秋蘭の指示で整然とまとまっていく。
「なるほど。確かに今までの戦い方が通用する相手ではなさそうね」
追い返されて撤退していく敵に、華琳は戦い方の違いに眉間に皺を寄せた。
「相手の詳細は不明ですが、馬騰の本体ではないようですね。当分はこの手の小さな衝突が続くと思われます」
「規模は大した事がなくても、襲撃が続くというのは厳しいわね」
「御意」
華琳の言葉に桂花は短く答え頷く。
「ふむ……ともかく、見晴らしの良いところに陣を張って、警戒を厳重にするしかないか……」
「情報収集も継続させます。まずは敵の戦い方に慣れさせる事から始めなくては」
「でしょうね。国を出た途端これでは、先が思いやられるわ。秋蘭、取り合えずに連絡を」
この言葉で、黒髪の青年の激務が決定した。

「次は2時方向。騎兵百程度だ。連絡ヨロ」
夜に入っても、は奇襲を仕掛けてくる西涼軍を発見しては、指示を出す事を繰り返していた。
「ほんま、反則やな」
夜目が利くとはいえ、空からの視点で発見されては、むしろ相手が奇襲を受けているようなものだ。
軍師からの指示を受けて本陣から走っていく連絡兵を見送り、霞は相手に内心で同情した。
「毎日、俺だけ夜番なんて、この不公平を誰に訴えればいいんだ」
訴えたい相手は桂花を連れて天幕に行ってしまったので、は憮然とした顔で呟くしかない。
「一応斥候は出してあるが、の『目』が一番被害が少ないのだ。我慢してくれ」
「華琳は俺が秋蘭に頼まれると断れないのを、絶対知ってるよな。朝になったら、仮眠、取るけどいいよね」
「ああ、勿論だ」
椅子に座って星空を見上げる彼の黒髪を撫でてくれる秋蘭の手が、とても温かいなんて事実は彼だけが知っている。
そして、霞から向けられる温い視線も、勿論スルーである。

そんな黒髪の青年の働きに、焦りを募らせたのは勿論対戦相手だった。
「曹操軍には化け物でもついてるのかっ!?」
ただの一度も成功しない夜襲に馬超をはじめ、西涼の将軍達は驚きを隠せない。
「正面決戦を挑むしかあるまい。我らの誇りにかけても、一矢報いぬ訳にはいかぬ」
小細工の効かない平原での騎馬戦に、彼らは絶対の自信を持っていた。
それこそが彼らの本領だった。

城の郊外で正面決戦の準備が着実に進行している中。
「あの二人は大丈夫でしょうか」
凪は兵たちと陣を組みながら、本陣を挟んで反対側の方に視線を向けた。
「沙和と真桜か?凪もそうなんだけど、俺の評価は君達の自己評価より、かなり高めだよ?兵さえ用意できるなら、君達に一軍を指揮させたい程度には」
今回、沙和は恋の、真桜は華雄の副官を務めている。不安そうな凪に、は笑って告げる。
「あの二人よりも、むしろ俺の方が心配です。今日もよろしく頼むな」
凪に笑いかけ、乗っている馬の首を軽く撫でた。
「しかし、部隊初戦の相手が錦馬超かー。思わず遠い目をしたくなるね」
「……隊長の自己評価よりはマシだと思います」
凪の申し訳なさそうな小さな呟きが、青年の耳には届くことはなかった。

広大な草原での決戦は、騎兵が絶対的に有利である。
それは事実だが、正面から駆けてくる西涼軍を、黒髪の青年は同情の眼差しで見つめていた。
「機動力と突破力を削ぐのに、塹壕を作るのは、基本中の基本だろうに。まさか、この短時間にと想像しなかったのかな。ま、うちにはそういう部門で天才がいるんで、ご愁傷様としかいいようがないがね」
それでも彼がすべき事を履き違えたりはしない。
「オールハンドゥ!」
彼の声と掲げられた剣に、全軍が武器を構える。
その彼らの眼前で、敵は罠にはまっていく。
「ガンパレード!」
「どこかの誰かの未来のために!」
白銀の刃を振り下ろすと同時に、黒騎兵が容赦のない突撃を開始した。

怒涛の勢いを持って西涼兵を蹴散らしながら、は奥に控える城を見つめる。
「凪!城内に突入する。付いて来るか!?」
「勿論です!」
凪の指示で百騎ほどが彼の後に続くべく部隊から抜け出る。
「戦闘の方は君たちに任せる!」
「承知!」
千騎長たちの返答を聞いたは、馬首を城へ向けた。

城に入った彼が目指したのは、馬騰の待つ盟主の間だった。
一度来た城の中身は既に解析済みで、不意打ちすら通用しない進撃を止められる者はいない。
「さあ、そろそろ観念してもらおうか」
がつんと扉を蹴破ったは、敵兵が並ぶ前でニヤリと不敵に笑ってみせる。
心臓はバクバク音を立てているが、そんな様子など微塵も見せないように振舞う。
「お前ら脳筋にもわかるように簡単に言うぞ。恒久平和は無理だが、今この大陸に広がっている戦乱を終わらせる。だからこれ以上、家族や友人を失う前に、さっさと俺達と手を組め」
寝不足やら無駄な抗争やらで、軽くブチ切れているらしい青年の言葉は荒い。
「つまり、これ以上西涼の兵を殺したくないという事か?」
「俺は可能なら人殺しなんかしたくない。何より勝敗が決まった以上、もういいだろう。命が勿体無い。命ってのはな、もっと大切にすべきなんだよ」
地団駄を踏みそうな勢いの彼の言葉に、室内が静まり返る。
「敵の命だぞ?」
「人間の命に敵味方があるか!今すぐ停戦命令を出して、戦場で呻いている連中を手当てさせろ!まずは馬騰。あんたからだ。盟主としての誇りは認める。だが、絶対安静だろうが!緩慢な自殺でもするつもりか!?」
呆気にとられながら質問してくる馬騰に、黒髪の青年は据わった目で、ズビシッと指を突きつけた。
「あんたには長生きしてもらって、俺が戦場に出る回数を減らしてもらうという重大な使命があるんだ。さっさと部屋に戻って大人しくしてろ!」
自分勝手極まりない言葉に、後ろに居た凪すら唖然として彼を見つめる。西涼の兵など全員が、その視線で彼の正気を疑っていた。
!何をしている!?」
沈黙が支配する大広間へやってきたのは、秋蘭率いる部隊だった。
「おう、遅かったな、秋蘭。いや、馬騰に降伏勧告をしてた、つもりなんだが」
今まで自分が口にした言葉を思い返して、ちょっと反省をしたらしい。
彼女の後ろにいる華琳に、ちょっとバツが悪そうな表情を見せた。
呆気にとられて馬騰だったが、彼が本気で言っていることを理解すると、細かく肩を振るわせ始める。
「くっ……く……」
「我慢しなくていいわよ、馬騰」
「ぷっく……あ、ははははは!これが、千里眼かっ!」
爆笑する馬騰に、華琳はため息を吐くしかない。
笑われている張本人は、物凄く居心地悪そうに視線を天井へと彷徨わせている。
「……そうだな。伝令を。これ以上の戦闘は無用であると」
笑いを収めた馬騰は、側に控えていた部下に声を掛けた。
この後、両軍は剣を収め、和睦に向かって歩み始めることになった。

戦闘終結の次の日。
「それで、身体の調子はどうなのかしら?」
華琳は自室で安静にしている馬騰の元を訪れていた。
「今すぐ、千里を駆けろと命じられても構わぬよ。病など消えてなくなったようだ」
馬騰は自分の体調の変化に驚きつつも、再び馬に乗り駆ける事が出来ることを歓迎していた。
「念のため、医者に確認してもらって。それから、このことは他言無用よ?誰かに話せば、今度こそ寿命を迎えてもらうわ」
「言ったところで信じてもらえるとは思えぬが。曹操殿は彼を神輿にしようとは思われぬか」
「そんな事をしてみなさい。『めんどくさい』の一言で大陸中を逃げ回られるわ」
「ふふふ。天下の曹孟徳をもってして、か。実に面白い」
ため息を吐いて肩を竦める彼女に、馬騰は笑っていた。
「それで、貴女はどうするの?」
「……貴女の指示に従おう。だが、我らの誇りを傷つけるようなことは出来ぬぞ」
「しないわよ。じゃあ、午後の会議に出席して。今後の方針を決めるわ」
「承知した。……で、そこで寝ておられる千里眼殿はどうする?」
馬騰が指差す長椅子の上で爆睡していたのは、ここ数日まともに寝ていないと主張していた黒髪の青年だった。
「あれから、まったく起きる気配がないのだが……」
その言葉に華琳は困ったようにため息を吐く。

【エスナ】
かすかに青い光が馬騰を包み込み、それは終了してしまった。
病すらも状態異常と認識してしまえば、一言で片付いてしまう自分の能力の反則さを、は改めて思い知る。
「まだどこか痛いか?」
「……いや、どこも痛くない」
唐突に消えた痛みに、馬騰の方が面食らっていた。
「よかったな、華琳。これで馬騰の病は完治だ。寿命で亡くなるまでは扱き使えるぞ」
もう限界だと目頭を押さえた青年は、ふらふらと部屋の中にあった長椅子へ向かう。
「ということで、俺の仕事は無事終了。寝る」
そこに横になった途端、すーすーと寝息が聞こえ出した。

というのが、昨日の出来事だ。
「……まあ、お腹が空いたら起きるでしょう」
さすがにここ数日の間、彼に激務を押し付けたという負い目があるのか、華琳は放置する方向に決める。
「邪魔なら別の部屋に運ばせるわ」
「別に邪魔ではないので、構わぬが……。一体、どういった人物なのだ。この『千里眼』殿は」
首を捻る馬騰の言葉に、華琳は小さくため息を吐いた。

数日の徹夜のつけか、の目が覚めた時には、ほぼ全ての終戦処理が終わっていた。
馬超を筆頭にした西涼兵二千が、新たに自部隊に編成されたのを知った彼が、華琳の目の前で身もだえしている。
「マジかっ!?錦馬超だよ!?何、俺なんかの配下にしてんの!?」
馬鹿じゃね?と口にしなかった彼を誉めてあげたい勢いである。
「重騎兵を春蘭、弓騎兵を秋蘭、軽騎兵を霞と馬騰。歩兵を恋と華雄。で、近衛も兼ねる黒騎兵は貴方。何か問題でもある?」
「おおありだー!今だって千騎長達で居てもらうのが申し訳ないくらいの人たちが集まってるのに、よりにもよって、錦馬超が俺の部下だとっ!?勿体無すぎて涙が出るわ!」
ちなみに彼が喚いている場所は、主だった武将が集まって宴会中の太守の間だったりする。
つまり、関連している将軍達の耳に丸聞こえである。
「仕方ないでしょ。志願されたのを、無碍には出来ないわ」
「志願!?」
それこそ信じられないと言わんばかりの表情で、は馬騰の隣に立つ馬超を見る。
「いや、その、兵の指揮を学ばせてもらえればなーと思って」
「どこまで自分を過小評価してるんだっ!?」
「あんたが言うなっ!」
桂花の言葉に、太守の間にいる全ての人間の心の声が一致した瞬間だった。

その後、馬岱に馬超が『猪』であるという説明を受けた青年が、黒い笑みを浮かべて理不尽手帳に項目を追加したのを見た秋蘭はやれやれとため息を吐いた―――

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後書&コメント

  1. 意外と難産でした。遅くなりまして申し訳ないです。
    西涼軍GET!!ついでに、酪農地域&食材GET!!
    さて、次回は定軍山か幕間話の予定。
    そろそろ夏侯姉妹を落としたいところですなー。

    コメント by くろすけ。 — 2014/02/06 @ 17:53

  2. くろすけ。さん、今晩は♪
    お待ちしてました!

    あれっ?
    (つд⊂)ゴシゴシ

    「ボーラ」は?
    ボーラで、「えいっ」と錦馬超を生け捕りにするシーンは?

    う~ん、馬超と絡まずにいきなり馬騰さんのところへ行くとは。
    まあ主人公らしいと言えば主人公らしいですねw

    続き、お待ちしております。

    コメント by Hiro — 2014/02/06 @ 18:39

  3. >Hiro様
    お待たせいたしました。
    ははっ、戦闘描写、頑張ったんですけど、すみません。全部ゴソッと削除しちゃいました。
    一応、錦馬超さんと戦ったりしたんですけどね。うん。
    没になった箇所には、ポーラで頑張る兵士さんや塹壕で戦う兵士さんも居たんですが、戦闘描写って難しいですよね。最初から諦めてれば、も少し早めに公開できたのに。
    さて、馬騰さんの真名を考えねばなるまいですよー。たぶん、色系になると思います。
    まて次回っ!

    コメント by くろすけ。 — 2014/02/07 @ 09:30

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