全力で神様を呪え。[丗肆]

西涼からの帰り道、意気揚々と馬で駆け回っている馬騰の様子を、黒髪の青年は生暖かく見守っていた。
「あー、一応、病み上がりだよな。翠の母上は」
「そうだな。ああ、母の病気を治してくれてありがとう。礼を言うのが遅くなって、悪かったな」
「いや、それはこっちも思惑があってやった事なんで、お礼言われる事じゃない。ただ……なんていうか、想像以上で吃驚?」
昔、ゲームで馬一族の縛りプレイとかあったなと思い出す。動画サイトで見たことがあったが、確か登用禁止でレベルは【上級】だったはずだ。
だいぶ前にチラリと見ただけなので、記憶はあやふやだが、一つだけ確実な事がある。このプレイの意味は【武力】のみでどこまで統一できるのか。
馬一族が脳筋だったのを忘れていた彼は、乾いた笑いを零した。
「ただ、時々、凄く期待した目でこっちを見られるので、その理由がわからんのだが」
「ああ、悪い。この間、にコテンパンに負けたって話をしたからだと思う」
「……諸国漫遊の旅に出ようかな」
いくら凪が強いといっても、馬騰では荷が勝つだろう。
「それ、たぶんお供が五千騎ほどついて来ると思う。きっとおば様も」
「不吉な予言は勘弁してくれ、たんぽぽ」
「手合わせすれば?そうすればおば様も満足すると思うよ?」
「残念なことにな。俺が誰か一人と手合わせすると、何故か洩れなくその場にいる主だった武将達全員と手合わせする事になるんだよね。その時ばっかりは凪も助けてくれないし」
「ああ、まぁ。強い奴とはやり合いたいしな」
「ええ、隊長の自己評価は低すぎですから」
凪の言葉を軽く笑って受け流しながら、はこれからを考えていた。
翠が隣にいるため、既に蜀の【五虎将軍】は成立しなくなった。まあ、代わりに誰かが任命されるかもしれないが、それはそれで考えればいいだろう。
「兵力差を見て、降伏してくれれば一番いいんだがなぁ」
流れる雲を見ながら、は小さくため息を吐いた。
「なんだ。は戦いたくないのか」
「そうだよ。俺の理想は【縁側で猫を抱っこして昼寝】だからね。誰も傷つかず戦わず済むのが一番さ。力比べ技比べと戦争は違うだろう?腕だけ磨いて発揮することがない、税金泥棒と謗られる軍隊。最高だね」
翠の言葉には笑って答える。
軍隊なんて消費オンリーの生産性ゼロの存在は、本当なら無い方がいい。だが、そうもいかない世の中だった。
「命ってのはな、もっと大切にすべきなんだ、か。母上に怒鳴りつけたって、爺さん達から聞いたぞ」
「あの時は君らの波状攻撃で寝不足だったからなー。本音があふれ出てた」
あの後、秘蔵のアルコール類と新作『ラム肉の味噌漬け焼き』を中心にツマミを提供して、暴言について謝っておいた。
「酒と交換で羊も何匹か貰ったし、追加でも買ったし。しばらくは楽しめそうだ」
脳内でレシピを考えながら、いかに自分の分を確保するべきか、はしばし頭を悩ませることになる。

「で、しばらくは内政に力を入れて、国内を安定させるってことでいいのか?」
「ええ。相手の動向にも拠るけれど、貴方は基本的に内向き」
「了解。部隊の方はどうする?これからを考えて、ちょっとやらしておきたい事があるんだ。駄目か?」
「何?」
「鎧を着けて泳ぐ訓練。もしくは、水の中で鎧を脱いで着衣水練かな」
「呉との戦いは水上戦になるということね」
「数が圧倒的に足りないんだから、当然の選択だろ。俺が呉の将軍なら、途中の城で少しずつ戦力を削りながら後退。その上で、自分達の得意な水上戦に持ち込む。更に、船酔いなんかで疲弊したところを陸上でも叩く。それで撤退してもらえたら嬉しいな」
「嬉しいなって、撤退しなかったらどうするの?」
「そうなると徹底抗戦で城を出て民衆を残して全滅か、民衆を置いて撤退か、民か助かりたい裏切り者に殺されて首で華琳と対面。この辺りになるんじゃないかな。ただ、そこまで被害を出してしまったら、華琳は撤退して建て直しを図るだろうとは思っている」
気の抜けた顔でそんな事を言っている黒髪の青年は、覇王様の能力をきちんと把握している。
「まあ、俺がここにいるし、うちの軍師達がそんな被害を出すような事はさせないから、負けはないけどなー」
「そういえば、あなたが軍師に順位をつけるとしたら、誰を一番に推すの?」
「筆頭軍師か?桂花」
即答だった。その答えに、名を上げられた本人が目を丸くしている。
「理由を伺ってもよろしいですか?」
「他の軍師の能力が低いって言ってる訳じゃないぞ。攻撃なら稟。防衛なら風。内政なら若干の差で詠。音々はまだ若い分経験が足らんが、今後の伸びしろに期待」
少し悔しそうな稟の言葉に、他の軍師達の評価を話していく。
「では、何故桂花なの?」
「総合的にみて一番能力が高いから。それに覇王様を餌に敵を吊り上げる度胸もあるし、男嫌いなんて欠点は軍師の能力に関係ないしな。ま、男の執政官に点が辛いので、内政の減点はあるけど微々たるもんだ。ということで、桂花が筆頭」
腕を組んで納得するように何度も頷く青年を見ていた視線が、桂花に突き刺さる。
「ほ、誉められたからって、あんたを認める訳じゃないんだからねっ!」
羨ましそうだったり、にやにやと笑っていたりする、その視線の束から逃げるように猫耳軍師は後ずさった。
「なんて、テンプレな台詞を……というか、俺ってまだ認めてもらえてなかったのか……」
「それは貴方が男である限りは、果ての無い道のりになるんじゃないかしら」
「違いない」
華琳の言葉に、は小さく肩を竦めて笑った。
そんな事のあった数日後。

「ん?なんだ?」
急に騒がしくなった城内に、は自室から廊下へ顔を出した。
「うわあああ!」
叫び声をあげて駆け抜けた相手に見覚えがない。
「待ちくされ張松!大人しぃ、捕まりや!」
「どうした?霞」
続いてやってきた見知った顔に声を掛けるが、彼女も駆け抜けていく。
「後から来るヤツに聞き!ウチ急ぎやねん!」
「りょーかい。頑張れよー」
彼女を見送ってすぐ。足音が聞こえて現れたのは、季衣と流琉だった。
「待てー!」
「待ちなさい!」
二人に向かって手招きすると、季衣が後ろの流琉に声を掛けた。
「流琉、任せたよっ!」
「うんっ!」
「どうした?何か大騒ぎになってるみたいだが」
走っていく季衣を見送り、残ってくれた流琉に尋ねる。
「はい。華琳様にお客様が来たんですけど……」
「ああ。午後から誰かと謁見するとか言ってたな。それがどうして?」
「その謁見した張松という人が、華琳様と言い合いというか、論戦になって……」
「華琳と論戦!それはまた色んな意味で凄い奴が来たものだな」
そんな事が出来る度胸と知識を持つものなんて、この城にだって片手で足りる。
「結局、華琳様が勝ったんですけど、その張松さんが逃げ出したので、捕まえに来たんです」
「はぁ……お疲れ様。親衛隊二人が動いて大丈夫なのか?」
事の顛末を軽く聞いて、は小さくため息を吐いた後、そういえばと小さく首を傾げた。
「華琳様のご指示ですから。その代わりに、お側には春蘭様と秋蘭様が付いて……いるんですが……」
「そっちも何かややこしい事になってる?」
「もし良かったら、兄様も王座の間へ行ってみてくれませんか?」
ちょっと困ったような表情の流琉に、青年は優しく笑って彼女の頭を軽く撫でた。
「わかった。少し心配だしな」
「それじゃ、私はこれで」
「ああ。引き止めて悪かったね。さっきの奴だけど、霞に東の庭の方へ追い詰められてるよ。近道を行くといい」
「はい!華琳様をよろしくお願いします!」
改めて走り出した流琉に軽く手を振って、は王座の間へ歩き出した。

「何があったんだ?」
王座の間へ入ってきた黒髪の青年に、助かったと言わんばかりの視線が、文官武官からまとめて突き刺さる。
ちょっとだけ回れ右して逃走したくなったのは秘密だ。
そして、そこに広がっていたのは、正直彼の予想を超えた展開だった。
「あー、どうしたんだ?」
覇王様が怒り狂っているという予想はしていたが、まさか春蘭が泣いているとは。
「あら、
実に不機嫌そうな声に、こちらは予想通りかと、変な安心感を得てしまった。
「張松のことなら、不愉快だから、秋蘭にでも聞いて頂戴」
その言葉に側に控えている秋蘭に視線を向ける。
「一体、何があったんだ。午後の謁見が大変な事になってるとは聞いたが?」
「まあな。は、華琳様が孫子の注釈書を書いておられる事は知っているか?」
「華琳が書いてた……何だって?」
彼にとって聞き捨てならない単語が聞こえた。華琳の書いていた孫子の注釈書。それはつまり、魏武註孫子ではないだろうか。
「孫子の注釈書だ。張松とその辺りが問答となってな。最初は向こうが、華琳様のお考えの隙を突いてくる展開だったのだが……」
「だが?」
言いよどむ秋蘭に、首を傾げる。言いにくい何かがあったのだろうか。
「何故かその内容が、華琳様が書きかけだったその注釈書を元にしていたようなのだ」
「……それはまた凄いな。華琳の部屋に侵入して、原稿盗み見たのか。しかも、丸暗記?密偵に雇えないかな?」
は情報の流出とかは考えないの?」
目を輝かせたに、華琳が尋ねてきた。
「ん?華琳の部屋に入れる者が情報を流したとは考えられない。まあ、上手い事言いくるめられてポロッと口にする可能性が無いとは言いきれないが」
泣いている春蘭にちらりと視線を走らせるが、は首を振った。
「それだと全部に答えてきたというのは難しいだろう。それなら、あの警戒厳重な華琳の部屋に侵入して、原稿丸暗記。これが一番可能性が高い。それでも、信じ難いというのが本音だが」
「だが、事実居たのだ」
「うん。でも、一つ疑問。何故華琳が逸材が来たーって喜んでないんだ?」
秋蘭の言葉に、椅子に座っている華琳を見つめた。
「そこまでならね。意見は仕込があったとはいえ悪くはなかったし、警備を掻い潜り私の部屋に忍び込んだなら、密偵としても及第点。の言うとおりよ」
「では、何が悪かったんだ?」
「……秋蘭」
どうやら続きを自ら話したくはないらしい。秋蘭に話を振って、知らん振りを決め込む覇王様に、は彼女から秋蘭へと視線を向けた。
「後半の論争で、向こうの論法が無茶苦茶になってな」
「何で?」
さすがに訳がわからない。華琳の本を丸暗記していて、何故そうなる。は首を傾げるしかない。
「私がまだ注釈を入れていないはずの箇所を、滅茶苦茶な理屈で指摘してきたのよ」
「……書いていない場所に、何を見たんだ?そいつは」
「それをこれから確かめるのよ」
「華琳様、ただいま戻りました!」
そう言った時、桂花が一冊の本を手に駆け込んできた。
「待っていたわ。言いつけたものはあったかしら?」
「はいっ!こちらに!」
どうやら問題の注釈書のようだ。つまり、魏武註孫子が目の前にある。
目をきらきらと輝かせているの前で、華琳はざっと中を流し読んでいく。
「…………やっぱり」
深々とため息を吐いて、華琳は春蘭に厳しい目を向けた。
「春蘭!これは一体どういう事かしら!説明なさい!」
そう叫ぶなり、華琳が持っていた書簡を投げ捨てる。
慌てて床に落ちる前に、は何とかすくい上げた。書いている本人にはわからない価値があるのを青年は知っている。
「ちょっと、触らないでよ。華琳様の書が穢されるでしょ」
桂花の言葉を無視して、紙を捲っていく青年の表情の変化に、もう少しで秋蘭は小さく吹き出すところだった。
なんというか、オヤツを目の前にした黒犬が期待に満ちた目で尻尾を振っていたのが、貰って味わいだしていくと、徐々に眉間に皺がよって、最後には『コレジャナイ』としょんぼりと肩を落としていく。実に微笑ましい。
「これ、前半は華琳の字だが、後半は……」
明らかに文字が違う。丁寧に書き込まれた前半と違い、後半は大きく綺麗な字とは言えない。
「……そういう事か」
見覚えのありすぎる字に、秋蘭がため息を吐いた。
「春蘭。……山間の隘路を抜ける時の鉄則は?」
「……奇襲を受けないように、全速力で突撃して、一気に抜けるのが最良かと」
春蘭の答えに、桂花も秋蘭も言葉が無い。
「……国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ。この意味は?」
「敵国は完膚なきまで叩きのめすのが一番だ。だから、敵の将の一人二人を破ったくらいで満足してはいけない。その勢いに乗って、一気呵成に攻め立てるべきだ……です」
は全身の力が抜けて、床に倒れこみそうになるのを、必死で耐えた。
「……百戦百勝は善の善なるものに非ず。これは!」
「……たかが百勝しただけで自惚れるな。千勝、万勝、人生最後まで全勝を目指してこそ真の武人……」
最早、春蘭が言い終わるまで待つことなど不可能だった。
崩れ落ちそうな足を叱咤し、華琳に冊子を突き出す。
「華琳!これ、書き直す、よな?ここで止めたり、しないよな?」
ちょっと目尻に涙の浮かんだ彼の様子は実に彼女のドS心を擽る表情ではあるが、ここで断れば本気で泣きそうな様子に、華琳は大人しく頷いた。
「当然でしょう。こんなのが私の書だと思われるなんて、冗談でも許せないわ」
「そっか。よかった」
華琳の返答に、心の底から安堵のため息を吐いた。
「張松って奴もどうしてこれを華琳が書いたと思ったんだろうなぁ。目が節穴だったんだな。な、霞達が戻ってくるまで、幾つか質問してもいいか?」
「待っている間なら、構わないわよ」
ひとつずつ質問して、やはり華琳は凄いなぁと楽しそうに笑う彼に、覇王様の機嫌も上向いてくる。
「まあ、これを落書きだと見抜けなかった張松も張松だが。春蘭のお陰で、あいつの不正と不法侵入が判明したんだ。その功績をもって何とかならないか?」
「……仕方ないわね、今回は厳罰はやめておくわ。、これを使えるところは修復しておいて」
「後で届けよう。午後のおやつの時間には」
巻物形式を止めて、糸綴りの冊子に変更しつつあった。お陰でページを増やしたり、入れ替えたりが簡単になっている。
「そう。という事は、当然期待させてもらっていいのよね」
「久々の新作だからな。ご期待に添えると思うぞ。じゃあ、また後でな」
扉の向こうから聞こえてくる声に、は冊子を大切に抱えなおす。
「春蘭が使い物にならなくなるのは困るからな。とりあえず、俺の修復を見てから、決めてくれ」
「仕方ないわね。一時保留するわ。春蘭、に感謝しておきなさい」
「は、はい。すまぬ、。よろしく頼む」
泣き顔の春蘭に笑って手を振ると、黒髪の青年は王座の間を後にした。

午後、新作のババロアを紅茶と共に提供された覇王様によって、春蘭のメイド奉仕が決定したとかしないとか―――

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後書&コメント

  1. 一月ぶりに更新できてよかったー。
    しばらく内政ターン。の前振りです。
    限定解除版になった真・恋姫【魏】で春蘭のメイドが来た時は、リアルで吹きましたが。
    女の子が可愛いは正義です。
    普段のターンでは出番の少ない人たちにも会いに行きたいと思います。

    コメント by くろすけ。 — 2014/03/09 @ 20:21

  2. くろすけ。さん、今晩は♪

    おおっ、更新だ♪ 
    更新日が昨日になってる・・・orz
    毎日覗いているのに見逃すとは・・・解せぬ

    西涼からいきなり戻っていてちょっと混乱しますたw
    まあ、セリフの内容で戻ったのかなそうかなと思いつつ読みましたが。
    (馬一族にはこのやり取りはできまいw)

    それはさておき、桂花はかまってやらないとして、流琉はちょっとかまおうかとw
    「結局、華琳様が買ったんですけど、~」
    覇王様が「喧嘩を買った」のかと思って読んでいましたが今一つ意味が通らない・・・
    ひょっとして「勝った」かな?ご確認ください。

    そうか、今回は春蘭のメイドが書きたかったのですねw
    限定解除版は見ていないですが、春蘭が可愛いかったので得をした気分です。
    次回はぜひ秋蘭の見せ場をお願いします♪

    コメント by Hiro — 2014/03/10 @ 22:12

  3. >Hiro様
    毎度コメントありがとうございます。
    誤字報告もありがとうございます。早速直しておきました。
    帰り道の後、特に描写をするのを忘れていました。申し訳ない。
    そして、桂花とやり合う時もたまにはあるんですが、基本的にはスルースキルを磨く機会になってますねw すまぬ、桂花。
    限定解除版は、本来大人向けなシーンが入っていた箇所が若干強引に全年齢対象になっているので、ちょっとどうよと思う場面もあるんですけどね。
    春蘭のメイド姿は腹筋を鍛えるのに最高でした。地下鉄で頑張ったよ、うん。

    コメント by くろすけ。 — 2014/03/10 @ 22:53

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Posted: 2014.03.09 真・恋姫†無双. / PageTOP