「という事で、やってきました。建業」
その日、南国フルーツが欲しいと思い立ったは、街の入り口で思わずそんな事を口にしていた。
マジでバレたら、特大の雷が三つとその他大小様々な雷が彼の上に降り注ぐことになるだろう。
こんな所まで遊びに来たからには、それ相応の覚悟をしているが、出来ればこっそりミッションコンプリートして帰りたい。
とりあえずばれない様に、久々の魔法で髪の色を茶色にして伸ばし、目の色を青に変えてみた。
名乗る事もないだろうが、一応偽名も考えてある。
「まずは市場へ向かいますかね」
基本的には楽天家の青年である。
そのウキウキとした様子を隠さず、大通りへと足を向けた。
「やっぱ、南国は果物が多くていいなぁ」
バナナやライチや竜眼、パパイヤ、マンゴーなど山盛りになっている果物に、キラキラと目を輝かせる青年に、市場の人も優しく目を細めている。
「ふむ。背負子と一緒に笊も持ってきて正解だったな」
背負子に満杯になった荷物にホクホク顔で、市場の中を歩いていく。
「治安、という点では、うちの方が上かなー」
彼の考えた警備機構が普及している魏都では、喧嘩が起きた数分後に警備兵が鎮圧に入る。
なので、最近は目の前で行われている光景などは見られない。
「人質をとられたとは厄介だな」
困ったなと周囲を見回す。今は、彼らの前に何故か居る孫策が圧倒しているから均衡が保たれているが、どんな切欠で人質に手をかけるかわからない。
「……仕方ないか」
は路地から建物の屋根へと飛び上がった。ついでに黒弓を投影しておく。
こそこそと屋根の上を移動して、上から人数を確認する。
「人質近くの三人をやれば、後は孫策が全滅させそうだよね、うん」
誰に言うでもなく、口の中で小さく呟く。
【投影・開始】
弓を引いたところで、矢を出現させる。
【同調・開始】
人質を掴んでいる男の眉間を打ち抜いた。
続けて、近くに立っていた賊二人の眉間にも黒い矢が突き立つ。
「!」
それに即応したのは孫策。春蘭をして虎と評される彼女が、動揺して隙の出来た賊を容赦なく切り捨てていく。
「……逃げたかったが、無理そう」
さて屋根から下りようと思った時には、剣に付いたアカイモノを拭う孫策と目が合ってしまったからだ。
「なかなかの腕ね」
下から青い目で見上げられると、回れ右して逃げ出したいが、背後には黄蓋と思われる人物が立っている。
まさに【大魔王からは逃げられない】状態である。
「えーっと、その、どうも」
それ以外に答えようがない。外套の襟で顔を隠すように、小さく頭を下げた。
「実際、隙を作ってもらえて助かったわ。名前を聞いても?」
「山田太郎」
偽名といえばこれだろ。という事で考えていた名前を告げながら、見上げてくる目を見返して綺麗だなーなどと考えていた。
「……まあ、いいわ。何かお礼をしたいのだけど」
微妙な間の後、孫策は肩から力を抜いた。
「本来なら警備の人の仕事だから、邪魔して怒られなければそれでいい。お姉さんは警備の人?」
彼女が孫策だと気付いているなどとは微塵も見せない。
「まあ、そんなものね。……お腹空いたの?」
タイミングよく鳴った青年のお腹の音に、彼女は優しく笑った。
実に剣を振るっている時との落差が激しい人のようだ。
「ん。確かに」
時の鐘が鳴らないので、いまひとつ時間が掴みきれない。市場めぐりで思ったより時間を使っていたらしい。
「ご馳走してあげるわ。一緒にいらっしゃい」
「えーっと」
後ろで見ている黄蓋に困ったような視線を向けるが、諦めろとばかりに首を振られた。
「……お姉さんの名前を教えてもらっても?」
「ん?孫伯符よ。よろしくね」
「……俺の記憶間違いでなかったら、孫ってこの国の君主の名前じゃなかった?」
既に逃げられぬように彼の左手首を掴んでいる細い指が、あの鋭い斬撃を繰り出しているのが恐ろしい。
「黄公覆じゃ。すまぬが、城まで来てもらおうかの」
「……はい」
拒否権の発動は無理そうなので、はがっくりと肩を落とした。
「本当に美味しそうに食べるのね……」
「本当にのぉ」
並べられた海鮮や米料理に目をキラキラとさせた彼は、孫策が許可を出した途端、幸せそうに料理を食べ始めたのだ。
「さっきまで王様の前でーとか帰らせてーとか言ってたのに」
「うむ。これは食べ終わった後に平身低頭しそうじゃな」
「雪蓮。どういう事だ、これは?」
報告を受けたのだろう。やってきた周瑜は、ご飯を食べる青年とその様子を観察している二人を見比べた。
「んー。街で困ってる時に助けてもらったのよ。そのお礼」
綺麗に魚を食べていく青年に、周瑜は視線を向けてため息を吐くしかない。なにしろ、言い出したら聞かない君主なのだ。
「もうすぐ蓮華様も来られる。事情の説明を頼む」
「はーい」
孫策は楽しげな様子で目の前の青年を見つめ続けた。
「はー。美味しかった」
やっぱり魚と米の飯は最高と思って箸を置いた瞬間。自分が何処に居たのかを思い出した。
「あー……申し訳ありませんでした」
彼に出来ることといえば、お膳を退けて、そのままDOGEZAである。
「ああ、構わない。どうせ、雪蓮が無理を言ったのだろうしな」
孫策の隣に立つ眼鏡の美人さんが苦笑しながらそう言ってくれたので、ちょっと一安心である。
「ありがとうございます」
しゃんと姿勢を正して、もう一度頭を下げた。
「ほう……」
「ね。いい子でしょ?」
真っ直ぐに君主とその側近の目を見る彼に、周瑜も何か感じるところがあったらしい。
「そのようだ。私は周公謹。君の弓を見せてもらう事は出来るかな?」
「それは……腕が良ければ仕官の話という事でしょうか?」
「そうなるな」
「では、申し訳ありませんが、見せる事は出来ません」
素直に断って、頭を下げる。それは仕方の無いことなのだ。元々少ない彼の忠誠心は、たった一人に捧げられているから。
「あら、残念。どうしても?」
即答されても笑っているのは、孫策だけだ。他の面々は多少の差はあれど、驚きの表情を見せた。
「どうしても、です」
「そう。それでも欲しいと言ったら?」
その目は獲物を狙う虎のもので、口元の笑みが凶悪だ。目が笑っていないのも、恐ろしさに拍車をかけていた。
「一目散に、わき目も振らずに、本気で逃げる」
「あら。嫌われたものね」
「何かあったら、そうしなさいと言われている。俺の保護者達は、実に容赦ない」
今ここで会話をしているなどバレたら……、想像しただけで背筋が寒い。
「これから、どうする予定?」
「もう帰る。欲しいものは買えたから」
立ち上がり背負子の中身を確認して、しっかりと蓋を閉じた。
「簡単に逃げられるかしら?」
孫策の言葉に、周囲の包囲がさりげなく狭められていく。
「逃げ足だけは誉めてもらったよ?弓の腕よりもね」
「それは孫呉の将軍達を相手にしても言えるのかしら?」
「……たぶん、負けず劣らずだと。次に会う機会があったら、弓の腕を見せる事もあるかもね」
背負子を背負い、床においていた弓を手にする。
「私としては帰る前に、本名を教えて欲しいなー」
「承知した。さすが、孫策殿というところかな。ちゃんと名乗らせてもらうよ」
まるでどこかの怪盗のごとく、マスクを剥ぐように変装を解く。
「だ。以前、反董卓連合の時に顔を合わせたくらいかな」
現れた黒髪黒目の青年に、包囲の気配が殲滅へと切り替わる。
「ご飯、美味しかった。作ってくれた人に、そう伝えてもらえると嬉しい。では、今日はこの辺で。失礼」
最後の言葉と同時に煙玉を投げて、視界を奪って窓の外へ逃げ出した。
「待て!」
窓の外をすぐに確認するが、屋根の上にも、城の庭にも、その姿を発見することは出来なかった。
「本当に凄い逃げ足だったわね。抵抗するとか、反撃するとか微塵も考えてなかった」
窓の外を見ながら、孫策はけらけらと楽しそうに笑っていた。
「笑い事ではないぞ、雪蓮。といえば、魏の千里眼ではないか」
「あの人、本当に買出しに来ただけよ。その途中で、事件に巻き込まれたから、仕方なく手を貸してくれただけ」
「……楽しそうじゃの、策殿」
「あれ、凄く欲しいわ~」
けらけらと笑いながら孫策は、黒髪の青年を思い出して、空を見上げた。
工房の前に転移の呪文で帰還した青年が、思わず走った悪寒に二の腕を擦ったのは、彼女の与り知らぬことだ―――
はい、出番の少ない人特集第一弾!孫呉の人でしたー!ま、この後増えるはずだけど。
江東の虎さんは、ひと目で主人公が気に入った模様。
どこの国に行っても、狙われるのが主人公というのがなんとも。頑張れ、主人公w
のりと勢いで書いた。反省はしたが、後悔は全くなし!
コメント by くろすけ。 — 2014/03/11 @ 00:39
くろすけさん。今晩は♪
あれっ?
(つд⊂)ゴシゴシ
確か前回、「しばらく内政ターン」って・・・
うん、ちゃんと書いてある。
え~と、建業へ買い出しに行くのは内政とは言わないと思いますw
本人は気が付いてないと思うけど、買ったものから今頃は覇王様達にバレてるんだろうなあ。
コメント by Hiro — 2014/03/11 @ 21:49
> Hiro様
いやいや、うちの主人公にとっては、立派な「内政」ですってw
美味しいおやつを作る=円滑な人間関係の構築。ほら、間違ってない。
どこで買ってきたのか尋ねられて、若干の挙動不審やタイムラグできっとバレマス。
いやー、その後が実に楽しみですねw
コメント by くろすけ。 — 2014/03/11 @ 22:14
「くろすけ。さん、今晩は♪」
と書いたつもりだったのに、なぜ
「くろすけさん。今晩は♪」
になっているのだろう・・・解せぬ。
コメント by Hiro — 2014/03/12 @ 20:16
> Hiro様
ははは、お気になさらず。
いつもコメント頂いているだけで、十分ですのでー
コメント by くろすけ。 — 2014/03/17 @ 21:40
気づいたら一年振りでした(><@)
久々にネット繋げて楽しく読まして貰います。
34話といっても50作位になりましたね。
このままほのぼの(?)路線を期待しつつ主人公共々頑張って下さい。
コメント by 涼斗 — 2014/04/17 @ 02:59
> 涼斗様
お返事遅くなりすみません。
コメントありがとうございます。
少しでも楽しんでもらえたなら嬉しいです。
一年経ってもあんまり進んでなくて申し訳ないです。
また気が向いたら遊びに来てくださいねー
コメント by くろすけ。 — 2014/04/21 @ 17:15
忠犬凪に萌えて
メイド春蘭に萌えて
褐色巨乳軍団の呉グループに萌えて
最後だけ、身体的特徴ですが個人的には魏と並んで呉も大好き…ってかもしかしたら”原作キャラでは”呉が一番好きかも(汗
しかし、千里眼と唯我独尊との掛け合い……というか調教(笑)があるんで魏が一番良い!!
蜀??ナニソレオイシイノ??
凄いのは武将だけですよ…トップは(汗
コメント by 蒼空 — 2014/04/26 @ 02:07
>蒼空様
返信が遅くなり、大変申し訳ありません。
楽しんでいただけたようで幸いです。
呉へ遊びに行くと、懐かれる猫が増えて大変そうですよねー、主人公。
まあ、結局、弄られつつも愛でるんでしょうが。ちょっと羨ましいなんて、思ったりはしないw
連休明けに1本上げられるといいなぁーと思いつつ書いてますので、またお暇な時にお越しくださいませー
コメント by くろすけ。 — 2014/05/01 @ 09:27