全力で神様を呪え。[丗肆-弐]

その日は朝から自室に篭って、内政の進み具合を確認していた。
「はい、開いているから入ってきて」
扉を叩く音には読んでいた資料から顔を上げる。
「失礼します、殿」
「稟、どうした?人和も一緒って事は、そっち関連?」
入ってきた二人に、はソファを勧めて、ポットから湯飲みにお茶を注ぐ。
ついでに自分も休憩しようと、木製の菓子器を手に応接セットの方へ移動する。
「ちびどらやき。どうぞ、召し上がれ」
「頂きます」
「ありがとうございます」
小さなどら焼きを口に運び、口元を綻ばせる二人に頷きながらお茶を口にする。
「新曲?」
「はい。今まで私達が作っていたんですが、さんの国の歌などがあれば良い宣伝になると思いまして」
「なるほど」
人和の言葉に確かにと頷く。
「その、さんが良ければなのですが……」
「いや、むしろ今まで考えなかったのが不思議なくらいだ。思いつかなかった。稟の意見は?」
「郷愁が沸くのではないかという意見があったものですから」
「あー……。そういう事か」
目の前の人和が申し訳なさそうにしている理由が漸くわかった。
「俺に音楽の資質がないので、教えるのは難しいんだが……少し待ってて」
執務用の机に置いていた音楽プレイヤーを持ってくる。
「?なんでしょう?」
「俺の国の音楽が聞けるカラクリ」
イヤホンを外してスピーカーモードで音量を調節して、再生ボタンを押した。
「!」
小さな板が奏で出した音に、目の前の二人は釘付けだ。
流れ出るのは、電子の歌姫の声。
「……ほぼ毎日聞いているから、郷愁というものは特にない。むしろ、三人に歌って貰えると嬉しい」
「これお借りする事は出来ますか?」
「それは難しいな。まずこれを動かすための動力が、ここでしか充填できない。それに……」
真剣な顔で頼んでくる人和に申し訳ないが、は軽く首を振った。
「それに?」
「これもやっぱり郷愁になるのかな。毎日聞いているから、聞けなくなるのはちょっと辛い」
大切そうに小さな板を撫でる彼の表情に、稟と人和はそれ以上言えなかった。
「ただ、君達がこの部屋に通って曲を聞くというなら、いつでも歓迎するよ」
「勿論!それで構いません。是非、お願いします!」
だから、黒髪の青年の提案に人和は飛びついた。
「うん。お姉さん達も連れてくるといい。あと、三人が歌いやすそうな曲を幾つか選んでおく。明日の午後からでいいかな?午前中はもう視察が入っているんだ」
「はい!」
「稟も一緒に聞くかい?」
嬉しそうに答える人和に頷き返して、隣に座る稟へと視線を向ける。
「そうですね。最初の回だけでもご一緒してよろしいですか?」
「うん。では、他の面々への連絡は頼んでいいかな」
「承知しました」

さん。オヤツー」
「あんまり食べると太るぞ」
今日三回目の言葉に、はつい女性に対する禁句を口にしていた。
「ふふん、ちーたちはきっちり動いているからいいのよ!」
「そうか。昼は屋で飯にしようかと思っていたが、飯抜きが希望か」
「そ、そんなことは言ってないでしょ!」
ツンデレを笑顔で撃退しつつも、屋に予約を入れていたり。
殿!次の曲をお願いします」
「はいはい。次はどんな曲がいい?」
それから数日、賑やかな声と音楽がの執務室から聞こえてくることになった。

更にしばらくして、三姉妹から首脳部宛に招待状が届いていた。
「今回は華琳まで招かれているのか?」
「最大の出資者ですから、当然です」
届けられた招待状を手に稟へ確認すると、それもそうかと納得する答えが返ってきた。
「そっか。俺も初めてだから、どんな演奏なのか楽しみだ」
「今日はの国の歌が聞けると聞いたぞ?」
「春蘭の耳にまで入ってるのか。そうだな、それに関しては俺も期待している」

「随分賑やかだな」
沿道に出ている出店を冷やかしつつ、のんびりと会場へと向かう。
今回、幾人かは外周警備の為、参加できなかった。
恋は大きな音は苦手と音々を連れて外回りを担当してくれ、霞はが華琳のそばにいるという事で、三羽烏の援護に回ってくれていた。この二人には後でのご飯とお摘みを振舞う事が決まっている。
「凄い人ね。これ全て役満姉妹の歌を聞く為に集まっているの?」
「多少はこのお祭りを楽しむために出てきているかもしれないが、な。俺の国だと普通に万単位で人が集まってた」
「……本当に?」
「そうだぞ。歌を聞く為に数万人。実に平和だろう?」
そんな風に笑っていたのも、道を半ば程度進むまでだった。
「見事に迷子だな」
「……やはり馬を出すべきだったかしら」
華琳の言葉に、一瞬レッドカーペット上を堂々と馬で歩いていく姿が容易に想像できてしまった。
「それは流石に……とりあえず、目的地はわかっている訳だし。はい」
「何?」
目の前に差し出された手に、華琳は首を傾げた。
「これ以上はぐれると、色々まずいからな。主に俺の首が」
「……そうね、仕方ないわね」
しぶしぶという表情で大人しく手を引かれる王様に、誰とは言わないが、こっそり見守っていた連中はグッとこぶしを握った。

「華琳様!ご無事でっ!?」
がいてくれたのか。途中で見失ったので心配していた。秋蘭が会場に行けば会えるといったので、ずっと待っていたのだ」
華琳に駆け寄る桂花を横目で見ながら聞いた春蘭の言葉に、秋蘭に後で秘蔵の酒を持っていかねばなるまいと、内心で感謝を捧げておく。
他の面々にも逸れてしまった事を謝っていたら、なんと【最前列】に案内された。
「……警備の都合上、普通は隔離された席になると思ったんだが」
そこから振り返れば視界の端から端まで兵士達で埋められている。
「この面子で、そのような心配は無用かと」
「あー……うん。それもそうだった」
この面子に喧嘩なんて売ったら、三倍返しでは終わらないだろう。
むしろ、本気で死を覚悟してもらいたい。
「とにかく無事終了する事を心の底から願おう」
思えば、この時が【フラグが立った時】だったのだろうと、は後で振り返った。

「あれ?誰か出てきたわよ?」
「あ、会長だ」
「会長?」
桂花に答えた季衣の言葉に、物凄くイヤな予感しかしない。
「はわああああああああああああぁぁぁ!」
男は、幕が下りたままのステージで一礼して、大声を張り上げた。
それに答えるように会場中から同じ叫びが上がる。
「……そうだよな。うん。アイドルだもんな。親衛隊の一つや二つあるよなー」
しばらくして零れ落ちたの声は既に平坦だ。
「鬨の声、みたいのものか?」
「そう思ってもらって問題ない、はずだ」
「そ、そう……」
「招かれた身でなんだが。帰りたくなってきたよ、俺は」
黒髪の青年は賑やかなのは嫌いではないが、騒々しいのは遠慮したかった。
「出来る訳無いでしょう?興行主として招かれたのよ?」
「ですよねー」
乾いた笑いを零すしかない彼の隣で、季衣と流琉は目を輝かせて舞台上を見上げている。
「春蘭様っ!いよいよ、始まりますよ!」
観客達が、示し合わせたように静まり返る。
鳴り響く銅鑼の音の中、ゆっくりと舞台の幕が開き、役満姉妹が飛び出してきた。
「マジか……」
三人が一人ずつ姿を現す度に巻き起こる大音量の歓声に、の笑みも引きつる。
「……ふうっ」
「む。しっかりしろ、桂花。死ぬな、傷は浅いぞ」
「いや、秋蘭、勝手に殺すな。気絶しただけだろ」
倒れこむ桂花を支える秋蘭もどこか平常心ではないのだろう。
「戦か!これは、戦なのかっ!?」
「落ち着け、春蘭」
こちらは今にも帯剣を抜刀しそうだ。
「華琳様、この春蘭がついております故、ご安心を!」
「まずは貴女が落ち着きなさい、春蘭」
そう春蘭の腕を押える華琳も、どこか不安そうだ。
「ほわー!」
「ほ、ほわー」
「季衣、流琉。楽しむのはいいが、程ほどにね。一応、護衛な訳だし」
興行を楽しんでいる二人には、は苦笑しながら、小さく注意しておく。
「じゃあ、一曲目。いっくよーーー!」

「曲が始まっても、この歓声は消えないのか……」
こういったステージやライブに来る事がない青年は、背後から押し寄せるような声にやれやれと肩を落とした。
「貴方は慣れていると思っていたのだけど」
「あんまり騒がしいのはちょっと、な。歌は静かに聴きたい派なんだ。これも経験かと思ったが……」
次は無いかなと考えていたら、地和がこちらを見てニヤリと笑った。
「ほら!そこ、盛り上がってないよー!もっと気合入れていこうよー!」
舞台の上から指差されたが、は気にもしない。『やりたくないことはしない』を徹底している男だ。
あくまで今日の目的は、華琳の護衛と彼の世界の歌である。それ以外をする事は彼の予定に無い。
「いっくよー!ちゃんと答えてねー!そこの皆、地和達の歌、楽しんでるーーー!?」
だが、声を上げるのは、季衣と流琉だけだ。
「ほらほら、ちっちゃーい!もっと盛り上がらないと、次の歌が歌えないよぅっ!」
なにやら楽しげに地和は笑っているが、に答えるつもりは全く無い。
、答えなくていいの?」
「華琳。俺は無理強いされるのが、この世で一番嫌いなんだ」
「……ああ」
「納得した」
満面の笑顔で答える青年の背後に黒々としたものを感じて、春蘭と秋蘭も小さく頷いた。
「こいつら、特等席に居るのに、盛り上がってないなんて……」
「今回の特等席、本当なら俺達に回ってくるはずだったのに……」
聞こえてくる声は、殺気どころか怨念に近い領域だ。
「ち、ちょっと……何……?」
「華琳、こっち」
思わずしがみついてきた華琳を、は守るように引き寄せる。
王様の危機に切れたのは、彼だけではなかった。
「貴様らああああぁぁ!」
大音量で空気を振るわせたのは、春蘭の怒号だった。
「烏合の衆だと思っておればいい気になりおって!下がれ下がれ、下郎ども!」
「このお方をどなたの心得る!」
秋蘭の後に『恐れ多くも先の副将軍』と続けたくなった青年はきっと悪くない。空気の読める彼は口にはしなかったが。
「許昌太守、曹孟徳様に在らせられるぞ!」
「頭が高い!控えおろう!」
沈黙が広がる中、二人の声が木霊する。
一流の騎士でも逃げ出す曹魏筆頭将軍の本気に、熱狂的だろうが一般兵などが敵うはずも無い。
「さっすが、春蘭様」
「秋蘭様も格好いいです」
「華琳様も最高です……」
これでひと段落かと肩の力を抜きかけた時だった。
「ええい、皆のもの、やれ、やれーーい!やってしまえーー!」
「……何を考えてやがる、あの馬鹿」
舞台の上でこちらを指差す地和に、苦々しげな視線を向ける。
そんな煽りをされて、熱狂的な馬鹿ドモが何をするかなんて決まっているのに。
「くそっ、こいつら!本気で相手をするというのか!」
「ふん。この曹孟徳に楯突こうなんて、身の程知らずもいいところね。春蘭、秋蘭。構わないから、やーーっておしまいっ!」
「せめて、こらしめてあげなさい程度にしておいてくれ!」
華琳の命令を聞いて、思わず付け加える。
「わかっている!季衣、流琉、続け!」
春蘭は若い二人を率いて、突撃を開始した。
「ま、この件に関しては、後で罰を与えるとしてだ。とりあえず、こいつらは蹴散らしていいよな?」
黒いものが駄々漏れの青年の顔を見上げれば、目は据わっていて、口元の笑みは悪役上等だった。
「では、私はここで守りを固めていよう。怪我だけはするなよ?」
「任せておけ、秋蘭。こちらに近づけさせはしないよ」
どうやら、日頃の鬱憤がたまっていたらしい。
「お前ら、誰を敵に回したのか、思い知れっ!」
強く押されて、何かがキレた黒髪の千里眼を止められる者はいなかった。
先陣を切った彼に続くのは、魏が誇る勇士たちで、暴徒達は一方的に蹂躙されていく。
ある程度彼らを押し戻して、は何やらスッキリとした表情で、後ろにいた王様と軍師達のところへ戻ってきた。
「今のうちに外へ出よう。で、後の面倒は上で見物している三人に押し付ける」
「怪我をしたのっ!?」
青年の頬に走る赤い筋に、覇王様を始めとして【全員】が処罰を脳裏で羅列したが、当の本人は彼女達の勢いにきょとんと目を丸くしている。
「ん?……トマトケチャップだな。次回から飲食禁止かなぁ」
紛らわしいのよっ!と憤る猫耳軍師も連れて会場を後にする。
「後は我らにお任せください。暴徒は速やかに制圧いたします」
凪が一礼して混乱の中へ戻っていくのを見ながら、黒髪の青年は漸く一息ついた。
「結局、俺の国の歌を聞けなかったな」
「……やっぱり、極刑にしてやろうかしら」
小さく呟いた覇王様の目は、本気だった。
「おいおい。あれでも、貴重な兵士だぞ。何を物騒な事を言っているんだ」
「期待していたのよ。私は」
「あー、役満姉妹ほどうまくなくてもいいなら、俺が歌ってやるから。極刑は勘弁してくれ」

次の日、まさか声が出なくなるまで歌わされるとは思わなかったと、青年は蜂蜜湯を啜りながら反省するのであった。
そんな彼の手には「レコードの作り方」という走り書きが握られていた―――

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評価

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後書&コメント

  1. 遅くなりました。
    初役満姉妹…かな?
    次回は本編に戻る予定です。秋蘭の定軍山話ですねー

    コメント by くろすけ。 — 2014/06/02 @ 00:08

  2. くろすけ。さん、おはようございます♪

    おお、出勤前の朝の巡回で見かけたのは初めてかなw
    帰ってからじっくりと楽しませていただきますね。

    今日は「残業なし」にしようw

    コメント by Hiro — 2014/06/02 @ 06:58

  3. おかしい・・・
    残業はしなかったはずなのに、何でこの時間になるのか・・・解せぬ。

    くろすけ。さん、今晩は♪
    やっと、読めました。

    覇王様、もうお腹いっぱいですw
    ご馳走様でした。

    コメント by Hiro — 2014/06/02 @ 22:39

  4. >Hiro様
    いつもありがとうございます。残業お疲れ様でした。
    最初は役満姉妹の話だったんですけどねぇ、はて何故こうなったのやら?
    歌を聞くか聞かないかでウロウロしていまい、遅くなってすみませんでした。
    次回はもう少し早く更新できるといいなぁと思いつつ、待っていていただけると嬉しいです。

    コメント by くろすけ。 — 2014/06/04 @ 13:45

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