全力で神様を呪え。[丗伍]

その日は久しぶりに劉備領から戻ってきた間諜の報告が上がってきていた。
「そう。劉備は益州の周囲を取り込んでいるのね」
「は。荊州の大半は我らが抑えておりますし、益州の一部も先日の反撃で手に入れましたが、それが一部の諸侯の反感を買ったようです。黄忠、厳顔、魏延といった主要な将が劉備に降ったと報告が」
「黄忠も?」
聞こえてきた名前に、展開早いなと思ってしまう。
年表?なにそれ?美味しいの?レベルである。
「どうした?黄忠は確かに弓の名手として名高いが、他の将と比べて殊更に警戒する相手という訳ではないぞ?」
五虎将軍は成立しないんだよなぁと、小さくため息を吐いた青年に春蘭が首を傾げる。
「いや、なんでもない。続けてくれ」
は小さく首を振って、報告の先を促した。
「それで今は?我々に奪われた領土を取り返そうとはしていないようだけれど?」
「南蛮の連中と戦っているとのことです。既に何度か大きな激突があり、その度に劉備側が南蛮を打ち破っているとか」
「何度も?それほどに南蛮の将は層が厚いの?」
「いえ、正確に言えば、南蛮王を名乗る首領格の人物がいるのですが、それを捕らえる度に、劉備の命で逃しているのだとか」
「はぁ?どういう事だそれは?」
「私に聞かないでよ」
秋蘭の報告に思わず声を上げた春蘭に、桂花は冷たく言い放った。
「そういう戦略なんですか?」
「いや、違うだろう」
流琉の素直な質問に、首を振って苦笑したのは、黒髪の青年だった。
「相変わらず、理想の垂れ流しっぷりが凄いな。力のみで決するのが嫌なのはいいが、戦死傷者に対しての保障が、一体どうなってるのか聞いてみたい」
やれやれと肩をすくめる青年の言葉に、華琳以外の者は目を丸くする。
「負けた方が勝った者に従うのは当然だろう」
「その当たり前が嫌だと言っていたからな。だが、戦略戦術的な目的があったとしても、俺にはとても真似出来ない。部下に死ねと命令しておいて、敵の命を無条件で助けるなんて事は不可能だ」
「うちに攻めてきた時は、助けてたじゃないか。あれは別なのか?」
の言葉に首をかしげる翠に、彼は全く違うと答える。
「あれは戦後の話だしな。次、何かあったら、全滅させて併呑するよ」
その辺、彼は実にシビアだった。笑顔で答える彼に、馬一族全員が改めて認識していた。外見に騙されてはいけないと。
「しかし、命を掛けてただ働き?冗談じゃないね。それを実に七回とは。蜀の兵士は実に心が広いな」
「そんな訳ないでしょ。結構な数の民が流入してきてるわ」
桂花は増えた民の一覧を手に小さくため息を吐く。
「それはまた。あのちびっこ軍師殿が泣いていないといいが」
この時代、人口の減少イコール国力の低下だ。そして、逆も然り。
泣かせている原因の一部を自分が負っている事は、理解しつつもスルーである。
「劉備の方の報告は以上で終わりかしら。もう一方、孫策の方はどうなっているの?」
「大きな動きはありません。南部を平定すべく戦っている様です。江東の将が加わったことにより、団結も強く、兵の士気も高いため、平定も時間の問題かと」
「ならば、双方とも背後は隙だらけという訳ね。どちらを先に倒すべきかしら」
秋蘭の報告に、華琳はひかえている軍師を見渡した。
「劉備かと。あれの思想は、我々には妄想でしかありませんが、庶民には甘い蜜。危険すぎます」
「孫策ですかねぇー。これ以上勢いがつく前に、叩いておいた方が良いかと」
桂花、風の意見両方に頷くべき点がある。こうなれば、最後の一人へと自然と視線が集まっていく。
「動くべきではありません。劉備も孫策も戦いながら、こちらの動きを注視しています。背を向けた瞬間に牙を剥くでしょう」
「理由は、持久戦を苦手にする人達が多いから?」
持久戦に持ち込まれて、背後から攻められては、その被害は甚大だろう。それは彼らの望むところではない。
「はい。ですので、出来れば二国が仲良く攻めてくるのを待ちたいと思います」
「稟。あの二人は袁家の連中とは違う。諸葛亮や周瑜もいる。わざわざお互いの足を引っ張り合うことはせんだろう」
「そこまではさすがに。ですが、同盟して攻撃の機を互いに牽制するのは大いに期待したいですね」
秋蘭の言葉に、稟は苦笑しながら答えた。
「兵数は両国を合わせたものとほぼ同数ですが、装備や補強の度合いは我らが群を抜いています」
「なるほど。その成長が両国を確実に追い抜いた時が、攻勢の時期という訳ね」
稟の説明に華琳が大きく頷いた。
「は。後は人材の確保と育成です」
「結構。桂花、風。あなた達の意見は?」
彼女の説明を聞き終え、王様は二人の軍師へと視線を向ける。
「二正面作戦は以前より研究を続けております。諸葛亮、周瑜に負けるのものではないと、証明させていただきます」
「同時に攻めれば、互いの連携を絶つことも出来ますしねー。どちらかに的を絞り、後背を憂いながら戦うより良策かと」
「そうね。では今後の方針は、二正面作戦とする。その戦いに向け着実に準備を進めなさい」

大方針が決定された後、こまごまとした偵察や地方への視察などの予定が組まれていく。
そんな中、劉備側からの兵が散見されている事で、秋蘭が偵察へ行く事が決まった。
「ちょっと、待っ……」
がその偵察の場所を聞いて声を上げた瞬間。

―――見えていた世界がグラリと揺れた。

「隊長っ!?」
膝から崩れ落ちる青年を、凪は咄嗟に抱きかかえる。
その衝撃で意識を取り戻したは、何が起きたのか瞬時に理解した。
!?」
「すまない。少し立ちくらみを起したみたいだ。心配するほどのことはないよ」
軽く頭を振って自分の足で立つ彼は、心配してくる保護者の面々に微笑んでみせる。
「本当に大丈夫なのか?」
「ああ」
勿論と頷いたが、不安そうな姉のようなその女性の瞳に、は降参する事にした。
「……秋蘭がそこまで心配なら、仕方ない。後で華佗に診てもらっておく」
「うむ。凪、すまぬが……」
「は。必ずお連れします」
「俺の信用度調査をしたい発言ありがとうございます」
はもう一度軽く頭を振って、一段上にいる覇王様を見上げた。
「秋蘭と流琉が偵察に行く【定軍山】について、話があるんだ。忙しいところ悪いが、時間をもらえないか?」
「……いいわ。春蘭、秋蘭と桂花も同席する事。後、凪は外で待機。話が終わり次第、華佗の所へ『連行』しなさい」
「はっ」
もう突っ込む気力も失くして、はガックリと肩を落とした。

「悪いが、座らせてもらっていいか?」
議場から華琳の部屋へ移動して直ぐ、話を始める前には置いてある椅子を指差す。
「構わないわ。それで?」
椅子に座り込んだ青年の目の前に立って華琳は、彼に問いかける。
「【定軍山】は罠だ」
それだけを口にした彼は、まためまいを振り払うように頭を振った。
「……それは本当なの?」
「確実。屋の調味料の作り方を全部かけてもいいぞ」
即、断言をした彼の言葉に、華琳は少し眉を顰めた。
「何故わかるの?」
「黄忠と夏候淵、定軍山とくれば、連想されるのは一つ。俺は美人を死なせるつもりは全くない」
華琳の言葉に再び断言した黒髪の青年に、覇王様はため息を吐いた。
こういう答えを返す時、彼はのらりくらりと彼女の追及すらもかわしてしまう。
「……わかったわ。秋蘭には予定通り出発して。追撃隊が現地に到着するまで、四半日を耐えなさい」
「はっ」
人数差によっては難しい任務だが、主の命だ。秋蘭に否はない。
「秋蘭、黄忠は弓の名手だ。森の中で逃げ回れば、分断はされても全滅はないはず」
「ああ、わかった」
ますます具合の悪そうになっていくの助言にも頷く。
「桂花は一日遅れで出発しても、誤差四半日以内に目的地へ到着できるように、進路と速度を計算しなさい」
「追撃部隊には春蘭、霞を配して、軍師として稟をつけます。よろしいでしょうか」
「そうね。編成はそれでいいわ。あと、私も出るから、後はお願い」
「お任せください」
「春蘭。我々を罠に嵌めるようとする相手に遠慮は無用。完膚なきまで叩き潰すわよ」
「はっ!」
「では、秋蘭は準備が終わり次第、出発。春蘭と桂花も直ぐに準備を始めなさい。……はもう少し話があるわ」
「了解」
三人が一礼して出て行くのを軽く手を振って見送り、改めて目の前の覇王様へ視線を移せば。
「……いきなり絶は勘弁して」
最早既に逃げる気力もなく椅子に沈み込んでいる青年に、白銀の刃が突きつけられた。
「そのめまいの理由は何?……答えなさいっ!」
「俺にもわからないよ。たぶん、……働きすぎじゃないかな?診察が終わったら、ゆっくり休む」
「工房作業もなしよ?」
「仕方ないな。ちゃんと様子を見て、君達が帰ってくるまでには治しておく」
「いいわ。……今はね」
とりあえずとはいえ、絶の刃が収められた事に、は安堵のため息を吐いた。
「凪、後はお願いね」
「はっ、お任せください」
街中で凪に背負われた具合の悪そうな彼を見た民衆達の代表者が、診療所へ押しかけて大事になってしまった。
後日、それを伝え聞いた華琳が次回は華佗を城へ連れてくるようにと命じる事になる。

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評価

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後書&コメント

  1. 気付けば、あっというまの二ヵ月半。
    出来れば一話で終わらせたかったけど、前後編になってしまいました。定軍山。
    着実に本編とはずれ始めていて、そこを齟齬無くつなげるのに、苦労が始まりました。
    最終話まで、まだまだですが、最後まで頑張るぞー。

    コメント by くろすけ。 — 2014/08/17 @ 22:08

  2. くろすけ。さん、今晩は♪
    はて、覗いていたはずなのに更新を見落とすとはorz・・・解せぬw

    七禽七縦ですか、演義ですね。
    たしか劉備の死後の設定でしたっけ?
    と思いつつ読んでみて・・・
    はわわ軍師よりも劉備がやってる方が違和感がないw

    続きを楽しみにしています♪

    コメント by Hiro — 2014/08/19 @ 21:43

  3. > Hiro様
    いつもコメントありがとうございます。
    前半は原作に比較的忠実に推移させてます。ざっくり年表を書き出してみて、色々突っ込むのを諦めた経緯がw 本来、定軍山の話なんて、赤壁の後ですからw
    はわわ軍師様には、生温い声援を送りつつ、罠はキッチリ蹴散らしてもらいます。
    続きを早めに更新できるよう頑張りますー

    コメント by くろすけ。 — 2014/08/20 @ 15:42

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Posted: 2014.08.17 真・恋姫†無双. / PageTOP