全力で神様を呪え。[丗陸]

華琳達が出立して数日。
「何で、そんなところにいるのよ」
「よう。桂花。今日の分の仕事ならきっちり片付けたぞ?」
工房前に置かれた大きな一人掛けソファに、埋まるように横になっていた青年を発見して、桂花は声を掛けた。
「そんなの知ってるわ。あんた、そんなところで寝てたら、また体調が悪くなるわよ?」
「……桂花ちゃんがお兄さんを心配するなんて、明日は雨ですかねー」
一緒に様子を見に来たらしい風は、ちらりと空を見上げた。
「私がこいつを心配なんかするわけないでしょ!」
「とかいいつつ、お兄さんの仕事を減らしている桂花ちゃんなのですよ」
「ちょっ!」
「ははは。やっぱり?この間からそうじゃないかと思っていたよ。ま、それはともかく。たまには太陽に当たらないとね。部屋の中だけだと、カビが生えそうだ」
風と一緒に桂花をからかうという最近の日課を行っていると、工房からメイドさん二人が両手にお茶とお菓子を持って現れる。
さん。お茶が入りましたよ」
「おやつも用意したわよ。そっちの二人も一緒に食べていけば?」
寝転がっていてもお茶とお菓子が出てくる。実に怠惰な生活を青年は送っていた。
「明日の朝かー」
「大丈夫に決まってるでしょ。華琳様が居るんだから」
「ま、そうだな。問題は俺の体調の回復が思わしくないというところだろうか。今日だって、こんなにのんびり暮らしているのに」
やれやれと小さく肩をすくめて、は温めに淹れてもらった緑茶を口に運ぶ。
「華佗に診てもらったんでしょ?薬、ちゃんと飲んでるの?」
「勿論。苦くてまずくて、原材料が不明なのを我慢して飲んでる」
原材料が解ったら飲めなくなるかもしれないと、関係者全員に口止めをしていた。
薬屋に連れて行かれた時に、棚に並んでいた粉末や乾物の正体は聞きたくも知りたくもない無い青年なのだ。
「しかし、留守番というのも辛いな。今まで戦場にはいつも一緒だったわけだし」
「最初はあんなに嫌がってたのに、よく言うわね」
「慣れとはなんと恐ろしいものだ。実に落ち着かない」
「では、私と一勝負といかぬか。身体を動かせば、よく眠れるぞ」
背後から掛けられた声に、青年が首だけそちらに向けると、馬騰が笑顔で立っていた。その手には、愛用の槍が握られている。
「あー……、無理。紅と戦ったら、確実に死ぬ」
馬騰とは、西涼で目が覚めた時に真名の交換をしていた。『紅』だと聞いた時、西涼の人たちは色系かと首を傾げたものだ。
「そうか?殿は負けたことが無いと聞いているが」
「いや、今の体調で戦ったら、確実に華琳が戻ってくるまでに回復しなくて、絶で首を狙われるし。負けたりしたら、春蘭が怒髪天を突く様が簡単に想像できる」
暗澹とした未来を想像したのか、の顔色は良くない。
「ふむ。それは困るな。では、是非体調が戻った際に、一手お相手願うとしよう」
「……俺の体調は回復してもしなくても、ろくでもない未来が待っているのか」
「諦めなさい」
珍しく皮肉の無い桂花と、いつも容赦のない詠の異口同音の言葉が、青年にトドメを刺した。

次の日の早朝だった。
「ぐっ……」
ちょうど起きようとしていた青年の意識は、再び揺さぶられる。
直に定軍山へと視界を飛ばせば、秋蘭と合流して敵を蹴散らす春蘭の姿が見えた。
「……もう一眠りするか」
もう不安はないと、はもう一度布団にもぐりこもうとしたのだが。
急激に回復してきた体調に、ここ数日できなかった事を思い出し、いそいそと工房へと向かうのだった。
「おはようございます、隊長。今日は随分と顔色が良くなっていますね」
「ああ。これなら華琳達が戻ってくるまでに、通常業務に戻れそうだ」
工房の前に着く頃には、部屋に居ない事を察知した凪や、朝食の準備を手伝っていた月と詠もやってくる。もうすぐ、朝練を終えた飛将軍様もいらっしゃるだろう。
「皆には、ここ数日迷惑を掛けっぱなしだからなぁ。何かお返しが出来ればいいんだが」
「隊長のお世話は迷惑などではありません」
「そうか?……なんで、そんなに機嫌悪いの?」
彼の言葉に返事を返してくれた凪の様子に、は首を傾げた。
ちらりと視線を周囲に向けてみるが、向けられる冷たい視線に四面楚歌状態を理解した。
、ここしばらく皆に心配させた。恋もたくさん心配した」
「……ああ、そうか。そうだな。ありがとう、恋。もう大丈夫だ」
見上げてくる彼女の頭を優しく撫でて、思い違いを謝っておく。
「ん」
そして、忠義を形にしたような大事な副官を振り返る。
「凪、心配をかけたね」
「はい」
凪はぐったりと力の抜けた彼を背負って街中を駆け抜けた時の事を思い出して、それだけを言うとぎゅっと唇を噛んで俯く。
「今回は、もう大丈夫。もしまた何かあったら、凪を頼る事になるけど、いいかな?」
「……はい!勿論ですっ!」
『頼る』
いつも自分でなんとかしてしまう青年からの、この言葉に彼女はハッと顔を上げて答えていた。
ピンとたった耳と、ブンブン勢いよくふられる尻尾が幻視されるようだ。
「うん。よろしく」
ほんやりとした柔らかな空気が漸く流れた。

それから更に数日後。
「お帰り。皆、無事?」
きっちりと罠のお礼をしてきたらしい華琳達を出迎えた青年は、既に通常営業だった。
「約束通り、元気になっているようね」
「ああ。なんとかね。華佗に出してもらった薬が効いたみたいで何より。もう遅いから明日になるけど、休みを貰っている間に色々作ったから、楽しみにしててくれ」
「私は『工房作業もなし』と言ったはずだけど?」
「俺は作業してない。基本設計だけして、真桜と沙和に頼んだんだ。衣食足りて礼節を知る。食は結構充実してきたので、次は衣だな。安く大量に清潔な布を生産しようと思って。今後医療の分野でも役立つだろ」
目の笑ってない覇王様に弁解するように慌てて告げておく。
「でも、もう元気になったから、解禁でいいよな?」
「本当に元気になったのだろうな?」
ライフワークとも言える工房作業を禁じられていた青年が許可を求めているところへ、姉のように慕う彼女が指示を出し終わり歩み寄ってくる。
「秋蘭」
そんな彼女の姿に、は嬉しそうに声を上げた。
「秋蘭こそ、怪我しなかったか?華琳と春蘭が一緒だから大丈夫だと思っていたけど」
「うむ。怪我一つない。のお陰で、部下達も怪我人だけで済んだ」
「そっか。流琉も怪我はなかった?」
答えてくれる彼女の後ろにいた妹分にも笑いかけると、彼女は元気に笑って頷いてくれた。
「兄様も元気そうで安心しました。もう大丈夫なんですか?」
「勿論。色々心配かけてすまなかったな」

全員が無事でよかったと黒髪の青年が嬉しそうに笑った数日後、彼は今まで見せた事のない驚愕の表情を浮かべていた。
「いい加減、その間の抜けた顔を何とかしなさいよ」
「桂花、俺の耳はおかしくなったのか?」
「あんたはいつだっておかしいわよ」
「……うん。ちゃんと通常営業してるな、俺の耳」
桂花のいつも通りの容赦のない言葉に頷きながら、はもう一度華琳を見つめた。
「わんすもあぷりーず」
「混乱しているのは、わかったから。私達にわかる言葉で話しなさい」
「今一度、先ほどの言葉を繰り返していただけないだろうか、MyMaster.」
「予てよりの申請のあった婿取りを許可するわ、春蘭、秋蘭」
「マジか?」
本日は、この間の対蜀戦の論功行賞が執り行われていた。
「あら、そんなに不思議?」
あんぐりと口を開いて絶句している隣の青年を、華琳は愉しげに見つめ返す。
「華琳以外に居たのが意外すぎて言葉が出なかった」
「そういう事……」
「しかし、そういう奴がいたのか」
「気になる?」
ちょっと拗ねたような憮然とした表情になった青年に、覇王様はニヤニヤと笑っていた。
「勿論だ。二人の婿になるんだぞ?とりあえず、弟分としては一発くらいは殴っていいよな」
ぐっと拳を握り締める青年の言葉に、生温い空気が王座の間を満たす。
「だ、だめか?じゃあ、せめて『俺に勝ったら認めてやる』は?」
はそんな空気を察して慌てたのか、この褒美を言い出したという春蘭と秋蘭に視線を向けるのだが。
「そんな事を言ったら、我らはいつまで経っても独り身になってしまうのだが」
「秋蘭の言うとおりだな」
「あの、俺、勝てる人間が片手に満たないんだけど」
それは相手が悪い。現在大陸一の精鋭が集う魏の将軍達が相手をしているのだ。
本来なら男の身で勝てる彼がおかしい。
だいたい、一騎当千の武将達を相手に『一度も負けたことがない』青年に、喧嘩を売る男はこの国には存在しない。
「で、誰なの?」
重ねて問うた彼の言葉に、今日一番生温い空気が漂う。
双子の姉妹は色々諦めたため息をつき、指で指し示した。
「?」
は指された方向、つまり背後を振り返るが、勿論そこには誰も居ない。
もう一度、視線を戻して、再度指の先を見つめるが、誰も居ないのは変わらない。
「……もしかして、なんだが。間違ってたら、自意識過剰だよと、笑ってくれてもいいんだが。……俺、なのか?」
三十秒ほど首を傾げた後、未だ納得していない顔で青年は呟いた。
「解っていた事だが、こういう事に関しては鈍すぎるだろう」
考え込むほどの事かと苦笑する妹の隣で、姉の方は既に言葉もなくただただ呆れている。
「いや、華琳以外に居たのが意外すぎて、その発想は無かっただけで!二人が嫌いな訳じゃないよ!」
二人の様子に慌てて言葉を並べるが、王座の間に流れる空気を換えるには至らない。
「あら。私の時に可能性には気付いたんじゃなかったの?」
「あれは気付いてなかった訳じゃない。応える事が出来なかっただけだ」
呆れたような華琳の言葉に、腕を組み胸を張った彼だったが。
「それで?気付いた今はどうなのだ?
「俺はこれで!」
にこやかに笑う秋蘭に肩を叩かれ、黒髪の青年は引きつった笑顔で戦術的撤退を実行した。
といえば聞こえはいいが、ただ混乱していたのだと、後に黒髪の青年は語る。
「あらあら。相変わらず逃げ足は速いわね」
「華琳様。捕縛してそのまま頂いてもよろしいですか?」
「そうね。を手に入れたいなら、実力で正面突破が得策よ」
華琳は頷いて、二人に許可を出した。
「私はべ、別に今でなくても……」
「そうか。姉者が要らぬと言うなら、私がいただくとしよう」
「なっ、秋蘭!?……い、いや、別に要らぬというわけでは……」
ごにょごにょと歯切れの悪い春蘭に、華琳は発破をかける様に命じた。
「全力でいきなさい。手加減は無用よ」
「承知しました、華琳様」
笑って命じる主に秋蘭は一礼すると、まだ難しい顔をしている姉の腕を軽く引く。
「ほら、姉者。華琳様の許可も頂いた事だし、逃亡したを確保しに行くとしよう」
「う、うむ。そうだな。とにかく、逃げたのは良くない」
妹の言葉に頷き、春蘭も不肖の弟子を捕まえるべく動き出した。

「またかよー!」
中庭で見つかった青年は、泣き言を口にしながら自分の工房の方向へ逃げ出す。
「待たんかっ!!」
!そこを動くな!」
だが、二人の声が聞こえた瞬間、思わず足を止めて振り返っていた。
「よし、捕まえたぞ。大人しくしろ、
「ふふふ。諦めてもらおうか、
がっしりと両脇から抱えられた青年は、未だ頭の上にクエスチョンマークが飛びまくっている。
「ふむ。ここからなら、の工房が近いな。姉者」
「そうだな。では、そちらへ向かうか」
連行されながら、は先ほどから変化している彼女達からの呼び名の事を尋ねた。
「二人とも、急にどうしたんだ?」
「……嫌なのか?」
「いや、少し驚いたが、正直嬉しい。ありがとう」
春蘭に少し上目遣いに言われて、嫌などとは言えない。素直な気持ちを口にする。
「ふふふ。好きな男の名を呼びたいと思っても良いだろう?残念ながら、華琳様と姉者の次だがな」
「それは男じゃ世界一って事だろ?秋蘭にそこまで思ってもらえるなんて、光栄の至りだ。……それで、いつになったら、離してくれるのかな」
秋蘭の言葉に喜びながらも、未だに腕を放してくれない彼女達に、の額に冷や汗が流れた。
「明日の朝だ」
「そうだな。が頑張れば、夜半というところか。ああ、既に華琳様の許可は頂いてある」
逃げ道など、とうの昔に完全に塞がれていたのだ。
その事実に漸く気付いた青年の、声にならない悲鳴が広い城内に響き渡った気がした―――

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後書&コメント

  1. 実に難産な話となりました。
    美味しくいただかれてください。あわれ、主人公(合掌)。
    次から対呉戦になるかなー。
    今年中に終わらせる勢いで頑張りたいと思います。

    コメント by くろすけ。 — 2015/01/07 @ 18:20

  2. くろくけ。さん、明けましておめでとうございます♪

    今年中に終わらせる・・・うん、先は長いな。
    次から対呉戦とな!
    蹴散らされた敵はどうなったのかなあ、南~無。

    美味しくいただかれた方はあえてスルーで!
    一度いただかれてしまえば、後は歯止めが無いしww

    コメント by Hiro — 2015/01/07 @ 21:52

  3. > Hiro様
    いつもコメントありがとうございます。
    今年もよろしくお願いいたします。
    後12ヶ月で終わるのか!?wというのは、あくまで予定なので、生温く見守ってください。
    そろそろ南国パフェを本格的に手に入れたい主人公が頑張る話……8割がた間違ってない気がしますw
    また更新した際には是非お越しくださいませー

    コメント by くろすけ。 — 2015/01/14 @ 00:49

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Posted: 2015.01.07 真・恋姫†無双. / PageTOP