全力で神様を呪え。[丗漆]

そろそろ西涼を取り込んでからの国内情勢も落ち着いたことだし、南に目を向けることになった。
「では、今日は孫呉に攻め入るための会議を行うわ」
「兄ちゃん、いつの間に呉を攻める事になったの?」
その会議場にて、隣にいた季衣に尋ねられた。
「ああ、前の話し合いの時は、季衣と真桜は遠征中だったな。簡単に説明すると、この間、蜀の連中が秋蘭達を罠にかけようとしただろ?」
華琳にちょっと視線で合図を送っておいて、ちょいちょいと真桜も招いた。
「うん。兄ちゃんの千里眼で秋蘭様や流琉が無事でよかったよね!」
「そうだな。で。罠にかけるつもりが、けちょんけちょんだぞ?そしたら、こっちに手を出してこなくなったので、この隙に孫呉を攻めるかという事になったんだ」
満面の笑顔で彼を見上げてくる妹分をよしよしと撫でておく。
「まあ、元気になった師匠が、本気で国境線に罠をはっとるんやもん。うちでも巣に篭るわ」
横で一緒に聞いていた真桜は、の言葉に小さくため息を吐いた。
体調不良で定軍山戦に参加できなかった黒髪の青年は、ストレス発散とばかりに蜀が改めて放とうとしていた間諜を悉く潰したらしい。報告に戻るために部隊で一人だけ戻された間諜は、その全員が二度と仕事へ復帰できなくなっているらしいという噂すらある。
どうやって何をしたのかは、覇王様にすら笑顔だけで答えて具体的な話すらしない青年に、全員が蜀に向かって内心で合掌した。桂花ですら、彼を敵に回すのだけはやめようと思ったらしい。
その後、彼が管理している様々な試験場に人手が振り分けられたのは、誰も突っ込まない秘密である。
「まあ、そういう訳なので、うちは孫呉に攻め入る事になりました。勿論、蜀への警戒は解いたりはしないけどね」
「うん、わかった。ありがとう、兄ちゃん」
季衣の答えに頷いたは、いつものかばんから木の板に挟まれた書類を取り出して真桜を振り返る。
「そういう事なので、真桜、後でちょっと工作しようぜ。船には、まだまだ改良点があるしさ」
「任せとき!あ、これ、おもろいなー」
どうみても悪役にしか見えない笑顔のと、新しい装置に目を輝かせる天才職人に、全員が顔を見合わせた。
「凪ちゃん、また隊長が悪巧みするときの表情してるの。真桜ちゃんも気合入ってるし」
「うむ。隊長がまた無理せぬよう我らも気をつけておかねば」
一番近くで師匠と弟子の行動を見てきた凪と沙和は、既に達観の域に到達していた。
「沙和、凪。その二人が暴走しないよう、報告を小まめにお願いね」
「僕らも気をつけておくよ。ね、月」
軽く額を押さえて二人に頼む華琳に、詠が月にも声を掛ける。
「はい。お任せください、華琳様」
「どうせ、えげつない事を考えてるに違いないんだから、程ほどでいいわよ。こんなやつ」
桂花の言葉に、華琳も苦笑していた。間違いなく、相手にとって災厄を撒き散らす事になるだろう。
「まあ、の事は皆それぞれが気にしておいて。それで準備の方はどうなっているの?」
「はっ!遠征の準備は滞りなく進んでおります。予定通りに出発できます」
「お兄さん特製のため池で水にも散々慣れましたしねー。今では大半の兵士が鎧を着たまま泳げますよー」
「南の風土病対策に薬も大量に用意しております」
軍師達の説明に華琳は差し出された書類に目を通しながら頷いている。
「……俺が孫呉の大将だったら、諦めて逃げんだけど。期待しても無駄だよなぁ」
も資料に目を通して、思わずため息をつくような戦力比になってしまっていた。
「仕方ないでしょう。軍師の仕事は、この状況でも勝てる策を考えることも含まれてるんだから」
「ここまで状況を悪くした軍師に、命を預けるの、俺には無理。寡兵で大軍を打ち破るのは、実にやりがいのある仕事なんだろうが、所詮『戦争は数』だろ?」
桂花のため息混じりの言葉に、は風と稟にも意見を求める。
「まあ、奇策が資料として残るのは、それが珍しいからですし」
「お兄さん曰く『数の暴力』は普通すぎて、歴史書などには殆ど結果しか載りませんからねー」
「そのあたりは、孫策と周瑜のお手並み拝見といきましょう。余裕を持つのは良い事よ。ただし、慢心はその身を滅ぼす事になるのを忘れないで」
「了解した。上から見下ろすものは、神様すら例外なく足元をすくわれる。なにしろ、あの虎さんが、相手だからなぁ。油断なんてしたら、うっかり咽を食いちぎられそうだ」
以前お会いした孫呉の王様の青い目を思い出した彼は、深々とため息を吐いた。

早朝から行軍を開始した魏軍で、は馬車の中で揺られつつ書類仕事を行っていた。
殿、少々よろしいですか?」
そこへ声を掛けてきたのは、同じく書類を処理している稟だ。
「ん?どうした、稟。あ、食べる?朝食代わりの干し芋、を使った甘味」
干し芋を柔らかく戻して軽く炙ったスイートポテトを差し出す。
「……頂きます。それはそれとしてですね。馬車の揺れが前回よりも少ない気がするのですが」
皿の上で金色に輝くお菓子を受け取りながら、稟は馬車の下を覗き込む。
「ああ、それは道路の整備と、馬車の防振機能を向上させたお陰だな。頑張ってくれた職人さんたちに感謝して、仕事してくれ。はい、これ」
内政に力を入れると言った彼は本気で手を入れた。
兵士の鍛錬の名目で、土木工事である。農閑期以外に農民の手を煩わすなど、彼の許可が下りるはずもない。
まずは大都市圏からだが、歩行者と馬車と道を分けて、整備を見直している。
都の中では歩行者天国などを設定してみたり、区画整理をしてみたり。
一応、華琳の許可を得ているとはいえ、きちんと住んでいる人達と話をする彼は住民からの人気も高い。
早く内政に戻りたいなーと思っている。
「これは……この間の?」
が差し出した書類に書かれた日付や題目で大体を察する。
「そう、三姉妹にしてもらった壮行会の支出と収入。無事、黒字になったぞ。まとめ終わったから、確認よろしく」
「わかりました。こちらの薬の一覧は、華佗殿に確認いただけばいいでしょうか?」
「そうだな。ちょっと医療班まで行ってくる。凪、乗せてー」
隣に併走している副官に声を掛ければ、軽やかに馬を寄せてくれる。
「じゃ、ちょっと行ってくる。あー、その菓子はあっちの二人とも分けてくれ」
殿の国の言葉で【食べ物の恨みは恐い】でしたか?」
前の馬車からの視線に、こそっと告げてくる青年に、稟は困ったものだと笑う。
二台に分かれて乗る時に、仕事の都合で稟が同乗したのだが、風が少し不機嫌になったのは仕方がない。
「その通りだと思うだろう?」
「はい」
そんな青年を見送り、手の中の菓子にどれだけの価値があるのかを知る軍師様は、やれやれとため息を吐いた。
この時代の菓子と言えば、超々高級品である。
少なくとも、庶民の子供が小遣いを握り締めて、月に一度の頻度で買いに来れるものではない。
それにも関わらず、黒髪の青年の作り出すものは、安い上に実に美味しい。
商売的に大丈夫なのかと本人に言えば、超健全な黒字の帳簿を見せられた。その時の帳簿は、実に見やすかったので、公式に採用させてもらっている。
「この紙袋だって安いものではない、はずなんですが……」
書類などを書くには適さない茶色だとはいえ『紙』の袋である。
内政に力を入れると言い出した青年が、提案したものの一つがこの竹から作られた紙だった。
「勿論、木も使うがな。竹の方が繁殖しすぎて困ったりする事もあるので、籠以外の使用方法を考えました。筍は美味しく頂き、育ったら加工品に!無駄がなくて結構な事だと思わないか?」
タケノコご飯を自分の茶碗にてんこ盛りにしながら、覇王様と軍師達へ提案していく彼に『なんと卑怯な』と思ったことは事実だ。
あれで許可を出さなかったら、目の前のタケノコ御膳は、彼女達の口へ入る事はなかったに違いない。
「稟ちゃん、どうしました?」
「いえ。あの人が始めた事に色々言いたかったのですが、買収されまして」
伝令兵の馬に乗せられ、前の馬車へ移動してくれば、早速風が彼女の手元を覗き込んでくる。
「今日は何なの?」
「干し芋から作ったお菓子だそうです。干し芋ですよ?」
目の前に置かれた金色のお菓子の原材料が、農民の保存食である干し芋だと言って、商人が信じてくれるかどうか。
「二回言わなくても、あいつの異常さは知ってるわ。あれで、人手が足りないから抑えてるっていうのよ。本当、馬鹿じゃない。っていうか、馬鹿に決まってるわ」
と罵りつつ、桂花は朝食代わりの芋菓子に手を伸ばす。
「これが、小銭で買えるんですよねー。さすがお兄さんです」
もふもふと食べ終えた風は、淹れてもらったお茶で一息つく。
戦争を終わらせて、是非とも内政に注力していただきたい。それが文官達の総意だと大臣達から言われている。
「一刻も早くこの戦いを終わらせなくてはいけませんね」
「当たり前でしょ。華琳様のために、寝る間も惜しむわよ」
軍師達が決意を新たにしている頃、黒衣の青年がくしゃみに襲われていたとかいないとか。

「あの城が、俺達の第一目標?」
国境からしばらく呉領に入ったところにある城が見えてくる。
その頃には、華琳に呼びだされ、彼女の近くで馬にまたがっていた。
「そう。手早く陣を展開して。出来れば、今日中に片付けたいわ」
「はっ」
伝令が走っていくのと入れ替わりに、秋蘭が報告を持ってやってくる。
「黄蓋と周瑜が?」
「はい。どうも、降伏するか否かで揉めた後、黄蓋が軍議を退場。それから周瑜に公衆の面前で懲罰を受けたとか」
「そう。その割には向こうの連中は、やる気十分のようね。督戦を受けているようにも見えないわ」
「おそらく、その報が届いていないのでしょう。緒戦から最前線の兵士に恐怖を与えても、無駄に死兵になるだけでしょうし」
はそんな会話を聞きつつ、そう遠くない【赤壁】を思っていた。
「桃地に【孫】の文字があるんだけど、まさかのご本人?ご家族?」
「あの色は恐らく末姫ですね。前に出てきたという事は、舌戦を望んでいるのではないかと」
風の言葉に、は目を丸くした。
「舌戦?華琳相手に?」
「そのようね」
「あー、子供を泣かすような真似は……いや、舌戦を望むんだから、小生意気か。頑張れ、華琳」
親指を立てて、ニッと笑って彼女を送り出そうとする青年を、華琳は呆れたような表情で見上げた。

華琳を見送った青年は、後ろを振り返って、攻撃の進捗状況を確認する。
「攻城戦って久しぶりだな。真桜、投石器用意は?」
「完璧や!師匠の指摘も修正して命中率も向上したし、威力は当社比二割り増しやで!」
「流石に壁が崩れて、今後使えなくなるのは困るから。とりあえず、司令部がありそうな辺から狙っていこうか」
「任せとき!」
笑って請け負ってくれた真桜に、投石器の事は任せて、は春蘭に声を掛けた。
「春蘭。扉をこじ開けに行かない?」
「何だ?新兵器か?」
「初実戦!実験では余裕でぶち抜いてたぞ。質量攻撃最強!」
「……よくわからんが、突撃だな」
「出来れば分かって欲しいんだけど、まあ、いいか」
本日用意した新兵器とは、破壊槌である。
ぶっちゃけ、要所要所を鉄で補強した丸太に運搬用の車輪を着けただけのものだ。
これを十数頭のばんえい馬が引く。最高速度に達したところで、綱を離して目標にぶつける。ただこれだけである。
下手な光線兵器よりも隕石ということである。
門までの道が平坦で直線なのは、幸運だった。整地する手間が省ける。
「凪!」
春蘭と共に準備をしている黒騎兵達のところへ戻れば、頼りになる副官が笑顔で迎えてくれた。
「準備完了しております。あと、恋殿と華雄殿を連れて行くようにと華琳様からご命令がありました。先陣は紅殿と翠殿が務められるとの事。露払いは任せろとおっしゃっておられました」
完膚なきまでに蹂躙しろ。という意思をひしひしと感じる布陣である。
「よし。じゃあ、王様のご希望に添えるよう、手早く済ませようか」
黒衣の青年は、馬上に上がり、黒の帽子を被りなおした―――

門が開いてしまえば、クモの子を散らすように、呉軍は速やかに撤退していった。恐らくは撤退まで作戦の一部だったに違いない。
彼らを見送った後、城内に罠などが仕掛けられていないか、工兵総出で調べまくっているところだ。
「真桜、罠は見つかった?」
そこへ王様が姿を現したので、城内の地図を睨んでいたと真桜は顔を上げた。
「あ、華琳様!いえ、全くあらしまへん。ざっと確認したけど、その様子はないようです」
「俺の方もなし。となると、俺達をこの城に導いて、相手が何を望むのか。……道筋を固定したい、篭城戦ほどではないが時間稼ぎ。この辺りかなと考えてる」
「でしょうね。まあ、この城を基点として使わせてもらう事に変わりはないわ。輜重部隊に荷を解くように伝えて」
真桜が走っていくのを見送り、敵兵の撤退した城内を見回す。
「相手方の計略通り、俺達はこの城に入った。今頃、無事成功を祝ってたりするのかね、あのじゃじゃ馬姫は」
「そうね。『負けてない』とは言い張っていそうだけど?」
「容易に想像できるな。で?そんなじゃじゃ馬末姫に、何を怒っていたんだ?」
ぼそぼそと決まり悪そうに華琳が話した事情を聞き終わって、は腕を組んで小さく首を傾げた。
「つまり、胸の大きさで喧々諤々やってたのか?」
「……そうよ」
さすがに恥かしいのか、華琳は彼から視線を反らせた。
「わかってないな、華琳。胸は大きさじゃない」
青年はぐっと拳を握って断言する。
「はぁ?」
「なんだ、その返事は。華琳の体型で胸だけ大きくても、全体的に調和が取れないだろ。それに、なんとも思ってない女性だと、体型良くても……なぁ?」
「欲情しないの?」
「実に直接的だな!しないとは言い切れないが、俺の逃げ足は世界一!」
顔をちょっと赤くしている、元々年齢イコール彼女居ない暦だった彼は、女性に迫られると走って逃げ出す存在だ。
銀色の液体金属生命体と違って、捕まえたからといって経験値が大量にもらえたりはしないが、罠にかけたり、逃げ道を潰したりと、高い技量が必要になる。
「そんな俺を捕まえたんだ。王としても、女性としても、小娘なんかよりも完全に上だろ」
はははと朗らかに笑う彼に、悩んでいた自分が阿呆らしくなってしまい、彼の脛に華琳は照れ隠しで蹴りを入れた。
「痛っ!酷いな、華琳」
「ふんっ!これからが本番なのよ?気合を入れなさい」
「俺の覇王様ともあろう人が、気合?そんなもんで逆転できないくらい圧倒的な差で叩き潰すぞ」
城壁の上で覇王様と黒衣の千里眼は、既に次の戦いに想いを馳せていた。

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評価

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後書&コメント

  1. もう8月が終わってしまうがな……。
    それは正座で反省するとして、漸く続きがまとまってきました。
    書いている原稿では赤壁まで到着してます。はてさて、原作との差をどう埋めるかに頭を悩ませております。
    まあ、それはさておき。南へ進撃開始です。次であの人たちと再開予定。
    主人公早く内政に戻ってーと魏都で内政担当の皆様がお祈りしてます。

    コメント by くろすけ。 — 2015/08/28 @ 11:18

  2. くろすけ。さん、こんにちは♪
    気管支炎はもうよろしいのでしょうか、お大事に。

    「戦いは数だよ兄貴!」ですね、わかりますw
    あと、何か妙に懐かしい名前を聞いたような・・・DQ2ですよね、出てたの?

    やはり鉄板ネタで祭さんが降伏して来るのでしょうか。
    先が楽しみです♪

    コメント by Hiro — 2015/08/29 @ 10:32

  3. > Hiro様
    ご無沙汰しております。
    気管支炎辛かったです……。微妙に腹筋が鍛えられましたが、今は元気になりました!

    やっと呉に行けます。メタルなあいつはDQからの皆勤賞。
    最初は割に合わない経験値だった気がします。復活の呪文とか今の若い人には新鮮かもねー。
    はぐれな文鎮欲しい。
    鉄板ネタというか、基本的に本編に忠実なので、やってきますよ。
    頑張って、続き書きますー!

    コメント by くろすけ。 — 2015/08/31 @ 11:37

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