全力で神様を呪え。[丗捌]

足がかり用に城を手に入れて数日。
今日は門の辺りが非常に騒がしい。
彼の膝を枕にして昼寝している恋を撫でながら書類を読んでいたは、その騒ぎに顔を上げた。
「ちょっと休憩がてら、見に行ってみようか」
「ん」
護衛も兼ねた恋に声を掛けて立ち上がると、秋蘭が凪と共にやってくるところだった。
「侵入者?」
「そうらしい。門番も押し問答の末、押し切られたようだ。かなりの手練れだな。先ほど霞に会ったので、先行してもらっている」
「そうか……。秋蘭と凪は華琳の所へ、たぶん華琳は相手に会いに来るから、護衛よろしく。俺は恋とその相手に会いに行こう。やばい相手なら、先に制圧しておきたいしね」
は少し考えた後、結論を出した。
「わかった。恋、を頼む」
「恋殿、隊長をよろしくお願いいたします」
「ん。任された」
実に頼もしい返事である。

騒ぎへ近付いていけば、見知った顔があって、は小さくため息を吐いた。
霞の攻撃も軽くいなしている相手に声を掛ける。
「やあ、黄蓋将軍。こんな所で会うなんて奇遇だね。道場破り?」
兵士達に下がるように指示しながら、恋と共に前に出る。
「おお、ではないか。漸く話が出来る相手が来たようじゃの」
、邪魔せんでや!もう一度!」
「やれやれ、筋は悪くないが、まだまだ我慢が足りんな」
青竜刀を振り上げた霞を、黄蓋は一撃で地面に転がしてしまった。
「霞、無事?」
「当たり前や!」
かなり派手に飛ばされたので声を掛けてみたが、勢い良く跳ね起きた彼女は、 どうやら自分から後方に跳ぶことで衝撃を減らしたらしい。
それに気付いた黄蓋も少し感心したように笑っている。
。捕える?」
恋は笑っている黄蓋を指差し、に聞いてみた。
「いや、いいよ。ありがとう、恋。どうせ、名乗りもせずに入ってきたんだと思う。自分の名前と顔がこっちにも売れてると信じている人は、面倒だよね」
をかばうように立った恋の頭を優しく撫でながら、彼が言っている事は実に容赦ない。
「これは、全く手厳しいの」
「気にしないで、ちょっと大きめのヒトリゴトだから。……名乗ってないでしょ?」
「うむ。まあ、そうじゃの」
青年の冷たい視線に、黄蓋は少しバツが悪そうに顔を背ける。
「だから、買う必要のない喧嘩を売られるんですよ。少しは反省してください」
こんな事で怪我人を増やされるなど、冗談ではない。青年の言葉に棘が生えるのも仕方がない。
「で?そんな小さな女の子をどこで誘拐してきたんです?」
彼女の後ろで彼らを見上げてくる女の子を示して、は軽く非難するように眉をしかめた。
「お主とは、一度ゆっくり話をせねばならぬようだな」
「でも、お子さんじゃないでしょ?」
「うむ。まあ、そうじゃが。これは鳳雛。呉で面倒を見ておった弟子のような者じゃ」
立場の悪さに気付いた黄蓋は、話題を切り替えるべく彼女を紹介する。
「へえ……初めまして。よろしく、鳳雛ちゃん」
は近所の子供に話しかけるように、腰を落とし視線を合わせた。
小さい子供には無条件で甘い男だ。上着のあちらこちらからあっという間に、非常食という名のおやつを山ほど取り出す。
そのお菓子を両手にてんこ盛りにされた女の子は、顔を赤くして俯かせた。
「そんな小さな子供まで口説いてるのかしら?」
「なんて酷い言われようだ。お年寄りと子供と女性には優しくしているだけだぞ」
漸く姿を現した覇王様のお言葉に、は苦笑して振り返る。
「じゃあ、そろそろ場所を移して話をしようか」

仮設の玉座の間で話し合いが始まった。主だった面々は揃っており、面会というより軍議である。
「我が軍に降る、と?」
「左様。既に我が友、孫堅の夢見た呉はあそこにはない。ならば、奴の意志を継いだ儂の手で引導を渡してやるのが、せめてもの弔いであろう」
「周瑜との間に諍いがあったと聞いたが、原因はそれか?」
「やれやれ、もう伝わっておるのか。その噂、どこから聞いた?」
「どこでもよかろう。それが事実であったかどうかだけ聞いているのだ」
「事実だ。その証拠にほれ」
あっさりと服を脱いで見せた彼女の背中には、鞭打たれた傷が生々しく残っている。
「うわっ、痛そうだな」
「痛いぞ。それはもう、実に容赦なかったのでな」
「罰に容赦もくそもないだろ。一応、手当てはされてるのか?」
背中の傷を覗き込む。かすかに薬の匂いがしていたが、一応確認しておく。
「うむ。だいぶ良くなった。……のだが、そこまで無反応だと、女として悩むの」
「俺、軍医もやってるんで。だいたい、恥じらいもなく、ぺろっと脱いでおいて、その台詞は納得いかん」
意識が切り替わるというのか、手当てをする時の彼は、性差を一切忘れるようだった。
「まあ、治りが悪いようなら、華佗に診てもらうといい。女の人の肌に傷が残るのは良くないだろ。綺麗に消えるといいな」
なあ、と黄蓋の陰に隠れている鳳雛に笑顔を向けるが、ささっと視線を逸らされ、は肩を落とした。小さな子供に避けられるのは、心が痛い。
「その傷が、周瑜に打たれたという疵痕?」
「赤子の時には襁褓を替えてやったというのに。我らの孫呉を好き勝手にかき回した挙げ句、この仕打ちだ」
「ただの私怨ではないか」
春蘭が零した素直な感想を聞いて、黄蓋は小さくため息を吐いた。
「まあ、そう思われても仕方あるまい。しかし、夏候惇よ」
「私のことを知っているのか」
「反董卓連合では、孫策殿のもと、袁術の陣にいたのでな。それに、その後の官渡で顔を合わせたが、覚えておらぬか?」
「思い出した。孫策の所に伝令に来た将だな」
「その通り。あの時は追撃をせずにいてくれて本当に助かった。今更ながら、礼を言おう」
「あれは……孫策への借りを返しただけだ。次は容赦などせん」
「そうか。さて、お主らも考えてみよ。もし志半ばで曹操が倒れた時、後を継いだ……そうじゃな、そこのが継いだとしよう」
「え?何、そのありえない話」
が今までの方針を変え、曹操の志を踏みにじる真似をしでかしたとしたら、いったいどう感じる?」
黄蓋の言いたい事はわかる。わかるのだが、実にその仮定が想像し難いのだ。
桂花まで物凄く微妙な表情を浮かべている。
「どうした?仮定の話じゃぞ?」
「いや、……が好き勝手して、華琳様の意思を無視したりする未来が想像出来んのだ。例えの話だとわかっているのだが」
苦笑いする秋蘭の言葉に、春蘭や季衣など思いっきり頷いていた。
「それに、私の後釜を狙うくらいの気概があるは、とても想像しにくいわね。能力的には問題なくても、全くやる気がないもの」
「ひどっ!」
ため息を吐く華琳の言葉に、は思わず声を上げる。
「狙う気あるの?」
「俺が華琳が死ぬのを大人しく見てる訳ないだろう?例え一秒だろうが、俺より後に死んでもらうのは、決定事項だぞ」
さらりとこんな事をいうのだから、微笑を浮かべるこの青年は性質が悪いのだ。
「……まあ、言いたい事はわかった。お主が物凄く腹立たしく思っているという事だな」
「このような時代だ。戦に負けて、滅ぼされるのは詮無きこと。袁術の元にいた頃も屈辱ではあったが、それを雪ぐ日を夢見て、恥を忍んで生きておった。じゃが、雪辱を果たした先にあったものは……儂はヒヨッコ共に好き勝手をさせるために孫呉を再興させたわけではない!」
「なるほど。では我が軍に降る条件は?」
「孫呉を討つ事。そして、全てが終わった後、この儂を討ち果たす事」
「江東を治めて欲しいって言っても、その気はないんだろうなぁ」
やれやれといいたそうな青年に、黄蓋は頷いて答える。
「儂は孫家に仕える身。それを飛び越える気はないのでな。孫呉が滅びたなら、この世に生きている意味などありはせん。あの世で我が友に詫びの一つも入れさせて欲しい」
「自ら死兵になると?」
「それが儂なりの堅殿への忠義の示し方だ」
「分かったわ。あなたに私の真名を呼ぶ事を許しましょう」
「すまんが、それは断らせてもらおう。儂は孫呉に身命を捧げた身。貴公らの下に降るのは、あくまで真の孫呉を守るため。無駄な馴れ合いは不要」
「つまり、俺たちを利用したいって話だろ。いいんじゃない?なあ、華琳」
怒りの声が上がりかける部屋の中で、唯一違う表情を見せていたは、隣に座っている華琳に笑顔を向けた。
「そうね。黄蓋ほどの将がここまでしているのだもの。もし計略ならば、それを見届けた上で、使いこなしてみせるのが覇王の器というものでしょう」
「なるほど。裏切ると分かっていてなお、受け入れるか」
王座とその隣で会話をする二人を見上げ、黄蓋は感心したようだった。
「当然よ。裏切りたければ、いえ、あなたは真の呉の将なのだから、裏切りとは言わないわね。我が魏に仇なす行為を働いたと見れば、こちらも容赦なく討たせてもらうわ」
「そうか……。ならば、こちらも王者に対して非礼を働いてはなるまいな、華琳殿」
「真名は」
「祭」
「その名はしばし預かっておきましょう。では、黄蓋よ、軍議に参加し、呉と戦う上での意見を述べなさい。いいわね?」
「御意」
「さすが、俺の覇王様。実にオトコマエな発言、ご馳走様です」
華琳の返答を見越していたような青年のわき腹に、ごすっと音を立てて彼女の拳が突き刺さったのは些細な出来事だろう。
「いてて……まあ、軽く話がまとまったところで、これから軍議でもする?」
「そうね。とりあえず、どこで呉の首脳部と顔見知りになったのか?そのあたりから詳しく説明してもらいましょうか」
覇王様の笑顔に、最早数えるのも馬鹿らしくなってきた命の危機到来を感じた青年は、乾いた笑いを零すしかなかった。
南国フルーツの買出しについて、全てを白状させられる正座姿の青年に、この人が本当に『千里眼』なのかと、やってきたばかりの二人が首を傾げたのは無理もないことだった。

説教が終わり、軍議が始まってすぐの事。
「なんじゃと!それは真か!?」
「本当だ。劉備、関羽、張飛を筆頭に、蜀の主力部隊が呉の領内に移動を開始している」
驚きの声を上げる黄蓋に、報告をした秋蘭が詳しい話を続けた。
「うむ。まさかこのような手を打ってくるとは。冥琳め、血迷ったか?」
「いやいや。少しでもこの戦力差を埋めようとするなら、蜀と手を組むのは当然だろう。むしろ、さすが孫呉と思ってしまうのは、あれか?蜀の対応がろくでもないからかな」
憤慨する黄蓋に、は腕組みをして首を傾げた。
「……あんたって、時々蜀には容赦ないわよね。まあ、事実だから仕方ないんだけど」
桂花の言葉にも十分毒が盛られている。
「合流しても、まだうちの方が兵数多いし。陸戦なら正面からぶつかっても負ける気ないぞ」
並んでいる将軍達をぐるりと見回して、十秒ほど脳内でシミュレーションをした後、黒髪の青年は軽く頭を振った。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと相手が気の毒になっただけ」
元々、魏の面々だけでも相手にならないのに、当代最強と馬一族もこちら側である。
「余裕じゃの。蜀は兵力こそ少ないが、優秀な将が多いと聞くぞ」
「情報だけは手に入れてあるぞ。関羽に張飛、趙雲。さらに黄忠、厳顔、魏延、その他荊州や益州の優秀な将を加えているとは聞いている」
だが、いかに将が優秀でも、率いる兵がいないのでは話にならない。そう、どれだけ虎さんが強くても、春蘭に抑えてもらっている間に、他の面々で蹂躙できる。
「ふん、周瑜殿と孔明殿が相手だろうと負けるつもりは全くないわ」
「ちなみに、蜀と呉の軍勢はどこに移動中?」
「そういえば、まだ報告してなかったな。長江の……ここだ」
秋蘭が地図上のある地点を指差した。
そこは、長江の中流。大きな湖から伸びる長江と、漢水の合流地点との中間辺り。
「赤壁ね……。【敵を知り、己を知れば、百戦危うからず】 。かの孫子もそう言ってる。はてさて、どんな策を見せてくれるのかな」
へらりと笑う黒髪の青年の言葉に、黄蓋とその弟子が幾ばくかの不安を覚えたのも無理はないだろう。
なにせ、彼の異名は全てを見通す『千里眼』なのである―――

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後書&コメント

  1. 恋可愛いよ、恋。主人公の斜め前は恋と凪が陣取る位置と勝手に決めました。
    さてさて、次回赤壁!
    あっという間に今年が終わりそうですが、一応年内終了を目指して頑張ってます。頑張るのは無駄じゃないよね!

    コメント by くろすけ。 — 2015/11/08 @ 00:03

  2. くろすけ。さん、おはようございます。
    更新、お待ちしておりました♪

    今年中に終わらせる・・・うん、先は長いな。
    次から対呉戦とな!
    蹴散らされた敵はどうなったのかなあ、南?無。

    あれっ?
    (つд⊂)ゴシゴシ
    10か月前にも同じやり取りをしたような……
    うん、気のせいだよねw
    楽しみにお待ちしております。

    あと、誤植報告ですが、いずれも三段落目後半で、
    ・「徒名す」 → 「仇なす」
    ・「比例を」 → 「非礼を」
    目に留まりましたのでお知らせをしておきます。

    コメント by Hiro — 2015/11/08 @ 08:42

  3. > Hiro様
    いつもありがとうございます。お返事が遅れてすみません。
    誤字報告もありがとうございます。修正させていただきました。
    戦は描写が苦手なのですが、頑張りますー!

    コメント by くろすけ。 — 2015/11/14 @ 18:06

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