歴史上で水上戦といえば、必ずその名前が挙がる事になる一戦が始まる。
『赤壁』
そして、金髪の覇王様と共に、黒髪の魔法遣いは、歴史を覆す。
船上へ上がってみれば、既に幾つかの船に火が放たれていた。
「華琳!!」
そこへ青龍刀を手にした霞が駆け寄ってくる。
「黄蓋が火を放ったわね?」
「ああ、沙和達が怪しい言うた連中が、予想通りの動きをしおったで。今、風と桂花が真桜達を連れて、消火と迎撃に向かっとる」
「呉の船団も随分と近づいているな。明かりを掲げずに、ここまで来るとは、流石と地の利というべきか。春蘭と秋蘭もそろそろ接敵しそうだな」
視線を遠くへ飛ばしたは、戦場を確認して簡単に告げる。
「で、ウチはさしあたって華琳の直衛に来た」
「風と桂花に伝令を出して、風向きが変わった事だけを伝えなさい。私の軍は?」
「とっくに準備完了しとる。出られるで!」
「ならば、我々も呉の本体を迎え撃つわよ!」
華琳が霞と迎撃の手はずを整えている間に、は裏側で着実に対応を進めていく。
「後方に蜀の軍勢が見える。紅達に花火で連絡。時期を見て、錦馬超を横っ腹に噛みつかせろって」
その頃、黄蓋の目の前では火計が崩れ去ろうとしていた。
「消火活動はいつもどおりに!慌てるな!」
夜にもかかわらず、紅蓮の炎が川面に反射して真昼のように明るい。
「消火が間に合わん船は片っ端から外に押し出し!鎖の付け根の絡繰を押せば、鎖はすぐに外れるようにしとる!」
「はっ!」
真桜の指示で鎖を外された船は、船団から押し出されていく。
「使えそうな船なら少々壊しても構わないわ!……凪!」
「はいっ!はああああっ!」
延焼を防ぐ方法は幾つかあるが、今回とった方法は実に荒っぽいものだった。
爆風で飛ばしたり、武器で破壊して、炎との間から燃える物を無くす。【破壊消防】と呼ばれるものだ。
「こんな方法があるとはね。さすがというべきかしら」
この手の知識に関しては、桂花もを認めている。
「はい。街の火事もよくこれで消しています」
「なるほど。なら、次々行くわよ!」
使えなくなった船は穴を開けて水の中へ沈めていく。
「これは……一体……」
黄蓋の目の前で、その策を崩壊させてみせた。
「残念だったな、黄蓋殿、俺の異名を計算に入れ忘れたか?」
「『千里眼』!」
黄蓋へ呼びかければ、忌々しそうに睨まれてしまった。
睨まれる相手が極上の美人でも、残念なことに彼にはご褒美にはならない。
「ちなみに、あれは都で警備隊が使っている方法なんだ。燃える物が無くなれば火は消える。実に合理的だろう?」
「この火計もお見通しかっ!」
「船の上で生きて死ぬ。そんな連中が鎖なんかで舟を繋ぐか!あからさま過ぎだろ!それに、たまに上流から風が吹くのを知ってるのが、自分達だけだなんてどうして思い込めるんだ!?」
炎と風の音に、言い合う声は既に怒鳴り声だ。
「はははっ!なるほど、『千里眼』とは良く言ったものよ!」
覚悟を決めた声が響きわたる。
「ならば、全力で打ち合うのみ!」
「返り討ちにしてやるよ!」
水上戦だからといって、彼がすることは大して変化がない。前線に出るなど、以ての外である。戦後の方が恐ろしい事態を巻き起こしてしまう。
俯瞰で敵の位置を確認し、指示を出しつつ、敵の弓兵を射抜いていく。
死角から近付いているはずの相手を見つけ出し、叩き潰す。
その攻撃は容赦なく、黄蓋の部隊を削ってゆく。
「くっ……もはや、これまでか……!」
「大人しく降参なさい。あなたほどの名将、ここで散らせるのは惜しいわ」
「ぬかせ!我が身命の全てはこの江東、孫呉、そして孫家の娘達のためにある!貴様らなどに、我が髪の毛一房たりとも遺しはするものか!」
黄蓋の言葉に応じるように、飛来した矢を、は悉く切り落とす。
「華琳、来たぞ。本隊だ」
呉軍が到着していた。恐らく全軍がここに集結している。
何とか、黄蓋を助けようとする本隊の面々だが、削り切れなかった魏軍の前に中々近づくことが出来ないようだ。
それに最早、黄蓋の乗る船には火が移り、燃え尽きようとしていた。
「聞けぃ!愛しき孫呉の若者たちよ!聞け!そして、その目にしかと焼き付けよ!我が身、我が血、我が魂魄!その全てを我が愛する孫呉のために捧げよう!」
最後の言葉と声を上げる黄蓋を、はじっと見つめる。
「この老躯、孫呉の礎となろう!我が人生に、何の悔いがあろうか!呉を背負う若者たちよ!孫文台の建てた時代の呉は、儂の死で終わる!じゃが、これからはお主らの望む呉を築いていくのだ!思うがままに、皆の力で!しかし決して忘れるな!お主らの足元には、呉の礎となった無数の英霊たちが眠っていることを!そして、お主らを見守っていることを!我も今より、その英霊の末席を穢す事になる!」
その言葉には、時代を生きた先人の思いが詰まっていた。
「夏侯淵!儂を撃て!そして、儂の愚かな失策を、戦場で死んだという誉れで雪いでくれ!」
彼女の言葉に、呉軍の方向からすすり泣く声が聞こえてくる。
「何を泣いているのだ、馬鹿者め!早う撤退の用意をせんか!炎の勢いはまだ残っておる。早く逃げねば、雪蓮様達も危ないじゃろうが!」
そこまで言った彼女は、自らの主に微笑みかけた。
「策殿。最後に一目会えて、ようございました。これからの呉、よろしくお頼み申します」
そして、その隣に控える弟子にも。
「冥琳。その様子なら、心配はないな」
「当たり前です。あなたがいた時より、良い国にしてみせましょう」
「ならば、思い残すことはなにもない……さあ、夏候妙才!」
「秋蘭!」
黄蓋の声と主の命に、苦渋の表情で弓を構えようとする彼女を、目の前に現れた黒い影が遮った。
「!?」
「悪いな、秋蘭。あれは俺が貰う。――同調開始。【魔法剣ブレイク】」
秋蘭が驚きの声を上げる間に、が放った矢が祭の心臓へと吸い込まれる。
「――!!」
水面へと黄蓋が転落し、悲鳴と怒号の響く中、は隣に立つ華琳に微笑んだ。
「華琳。悪いが、俺はここで戦線離脱だ。あんな美人を失うなんて、世界の損失だからな。ちょっと助けに行ってくる」
「……はぁ。早めに合流しなさい。あまり遅いと全軍で草の根を掻き分けても探しに行くわよ」
ぐっとこぶしを握って力説する青年に、華琳は彼を追い払うように手を振る。
「ああ、そいつは豪勢だな。了解した。あれの撃退はよろしく。冷静さを欠いた虎さんでは、春蘭の相手にもならんだろうが」
青年は笑って黒衣を翻し、河面に消えた黄蓋を探しに向かうのだった。
「聞け!魏武の精兵たちよ!敵将の誇りある死を心に刻め!その誇りに倣い、我らも自らの誇りを天に向かって貫き通す!己を信じよ!己を信じる戦友を信じよ!そして、覇王たる私を信じよ!その誇りと共に、進め!」
「総員突撃!魏武に逆らう敵兵すべてを、地獄の底へ叩き落とせ!」
その彼の背後で、再び戦闘が激化しはじめていた。
が黄蓋を探しに行ってしばらく。
最早既に呉の敗北は決定的になっていた。水上だけではない。陸上では馬一族が、その本領を遺憾なく発揮中だ。
『脳筋』と揶揄されることもあるが、その実力さえ発揮できれば大陸一の突破力を誇るのは間違いない。
蜀も呉も辛うじて軍の体裁を保って、撤退をしていった。
今回は船を燃やされた事もあり、魏もそこまで深追いはしなかったこともあり、早々に戦いを終わらせて、本営を内陸に移していた。
「ただいまー」
そろそろ探索隊の準備をどうするかと考えていたところ、まだ少し髪が濡れているが華琳の天幕に顔を出した。
「あら、お帰りなさい。無事回収できたの?」
「うん。華佗に預けてきた。戦が終わるまでは絶対安静にしてもらってきたよ。今後、参戦されても困るしね」
今回、無理を言って華佗にも医療部隊の助っ人として従軍してもらっている。
「これで、あとは建業まで進撃だな」
華琳が机の上に広げていた地図を見つめて、は呟いた。
それが終われば、あと一つ。
力もなくただ無暗に理想を語るモノがどういう結末を迎えるのか、見届ける必要があるだろう。
「怖い顔をするのね」
「ん?それはいかんな。眉間に皺が刻まれては困る」
ぐにぐにと眉間を指で押して、は軽く肩を竦めた。
「しかし、これからは心置きなく米料理が出来るな」
「海鮮炊き込みご飯。牡蠣は絶対に入れなさい」
「了解。明日の晩御飯は決まりだな。やれやれ、俺の覇王様は実に我儘になられた」
しかし、こんな事をいうのも、するのも、自分相手だけだと知っている彼は、実に嬉しそうな顔でその命令を実行するのだった。
ははは。バトルはあっという間に終わるのですよ。
そして、祭さんは回収完了。勇者王の治療を受けて、戦後復興を助けていただく予定です。
さて、さくっと呉を終わらせて、理想を抱いて溺死しそうな王様に会いに行きましょうか。
コメント by くろすけ。 — 2016/05/17 @ 10:19