赤壁の戦いが終わって数日後、魏は近隣で一番大きな城を根拠地としていた。
その日、黒髪の青年は朝から与えられた一室で書類整理に明け暮れていたのだが。
「膝の上に乗られると襲いたくなるんですがね、覇王様」
しばらくしてやってきた華琳に膝の上を占領されていた。
「だめ、私は休みに来たのよ?我慢しなさい」
「……了解」
「何、その返事との間は」
「ナンデモナイデスヨ?」
笑って言いながら、彼女が落ちないように腰に腕を回して抱き寄せる。
「こら、だめって言ったでしょう」
「これ以上はしないさ。俺も命は惜しい」
猫を抱き抱えていると思えばいい。たまらなく魅力にあふれる猫さんで、理性はグラグラと揺れているが。
彼は口元に小さく苦笑いをうかべた。
「俺は仕事をするから、あまり暴れないでくれよ」
「はいはい」
青年は竹紙を、手のひらサイズに揃えてメモの代わりに使っていた。
そちらに書くのは読めればいいので炭を使った簡易鉛筆もどきを使っている。
「これ便利よね」
「んー、そうだな。正式な書類には使えないが、覚え書き程度なら問題ないだろう。第一、筆だと書きにくい」
「確かに」
彼女は笑って彼の手元を見る。何度、見ても彼の字は、彼女たちから見て綺麗な字とはいいにくい。
彼に言わせれば、彼女たちの字は達筆すぎて読めないらしいが。
「俺の国では、もう筆を使うことも無かったしなぁ」
だからこそ、彼が書いた物は一目見ればわかるのだけれど。
「精進しなさい」
「了解だ。ああ、そうだ。これ、どう思う?あと、これも」
彼が取り出した書簡に目を通していた華琳がはたと気づいて、視線を書類から上げた。
「……私は休憩に来たのだけれど」
「それもそうだな。あとでまた聞きに行く」
彼はそれを確認事項と書かれた箱に移す。
「こうやって管理しているのね」
「俺はこちらの管理方法が良くわからないしな。自分流で。それに片づけが苦手なんで、分けておかないと重要書類を無くしそうだ」
遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら、軍師達のようで、華琳の事を探している様子だ。
「まさか、黙って出てきたのか?」
「私だってたまには抜け出したい時があるの」
「一言言っておいた方が良いと思うぞ。主に俺のために、頼む」
声がこちらに近づいてくるのを感じ、諒は華琳を抱き上げて押入れを開けた。
「ちょっとここに隠れててください」
「ちょっ!」
抗議の声は閉じる扉に阻まれてしまった。
「この私を押入れに入れるなんて……」
もう一度、自分が何者なのか、あの青年に教え込んだ方がいい気がしてきた。
だが、もう少し休んでいたいと思った彼女は、諒の服に包まってしばらく薄暗いここで待つことにする。
押入れには彼の服が整然と片付けられていて、華琳はその上に転がった。
「少しよろしいですか?」
「ああ、三軍師が揃ってどうした?」
青年は清書していた手を止めて、入ってくる三人を笑顔で迎える。
後ろの押入れに王様がいるなんて気配はみじんも感じさせない。
「覇王様が行方を眩ました?」
稟から詳しい話を聞いた諒は、小さく噴き出してしまった。
「笑い事じゃないわよ!」
「ああ、すまん。まあ、それだけ君らを信頼してるってことだろ。ここでのんびりしてるより、戻って仕事を続けた方がいいんじゃないか?」
そういいながら、少し温めのお茶をいれて彼女らに手渡す。
「俺も見かけたら声を掛けておく」
「お兄さんと一緒だとなおのこと帰って来ない気もしますけど」
「それも一理ありますね」
風と稟にじっと見つめられて若干落ち着かないが、諒は軽く首を振った。
「だが、華琳が戻ってこないということもありえない。【王】だからな。少しは息抜きがしたいということだろう」
「そんなこと言われなくてもわかってるわよ」
ここ数日、特に華琳が不休で働いているのは、彼女たちが一番よく知っている。
「頑張ってる君らにはこれをあげるから」
「わ、新作ですか?」
棚から取り出したそれに、風が目を輝かせた。
「相変わらず美味しそうですね」
「レモンの蜂蜜漬けのケーキだ。疲労回復して、王様の不在を埋めるべく頑張ってくれ」
「…しかたないわね」
「はーい、では行きましょうか」
風は戦利品を手に入れたとばかりに、部屋の外へと向かう。
「そうですね、ではお邪魔しました。もうしばらくは大丈夫ですとお伝えください」
ちらりと押入れに視線を走らせた稟の様子に、諒は苦笑するしかない。
「今度食べたい物のご要望があれば聞いておくけど?」
どうやら見逃してくれるらしい彼女に訊ねてみる。
「いえ、特には。疲れたときに、また差し入れていただけると嬉しいです」
「了解だ」
青年は笑って彼女たちに約束した。
「もう少しは大丈夫だってさ」
軍師達が去ってから、青年は彼女を隠した押入れの扉を開けた。
「…そう」
構ってもらえず拗ねているような彼女に青年は小さく笑った。
「…何よ」
「今は覇王様は休業中だろ」
青年が腕を差し出すと、彼女は甘えるように彼の首に腕を回して抱きついた。
「私を放っておいた代償は高いわよ」
「それは怖いな」
諒は華琳を抱き上げて、もう一度椅子に座りなおした。
午後からの覇王様の機嫌は上々で、すこぶる仕事が捗ったことを記しておく。
猫アレルギーなので、猫な覇王様を誰かプレゼントしてください。
コメント by くろすけ。 — 2016/10/03 @ 17:01
ご無沙汰をしております。
今年の4月から三度目の単身赴任で東京へ来ています。
仕事が忙しくて、気が付いてみれば1年以上のご無沙汰。
やっと、ひと段落ついたので気が付いてみれば、前回お邪魔したのが一昨年の11月とはorz
ここ半年ほど更新されて見えないご様子。
お元気でお過ごしでしょうか。
更新を楽しみにしております。
コメント by Hiro — 2017/04/27 @ 23:20
ご無沙汰しています。
そうか、一昨年の11月以来でなのですね。
母の介護が始まって、全然お邪魔できてなかったのですね。
気が付いたら1年半以上経過しているとはw
実は、4月から三度目の単身赴任。
まあ、介護が終わったので単身赴任できるようになってしまった訳ですが。
一昨日、やっと仕事が落ち着いたのでお邪魔できました。
何故かその時の書き込みが消えてしまっているみたいなので
ちゃんとお邪魔しましたよと再度のコメントですw
くろすけ。様も最後の記事が昨年の10月、半年ほどそのまま。
記事の内容が健康に関する内容なので心配です・・・
が、確か以前にもこれくらい間が空いたことがw
また更新を楽しみにお待ちしています。
後、この話、名前変換ができていないようなw
コメント by Hiro — 2017/04/29 @ 08:48
> Hiro様
ご、ご無沙汰しております。(土下座)
体調は復帰したのですが、その後、引っ越し&仕事の環境整えなどで、全く筆が進んでいません。
ゲームの起動すら厳しいので、まだしばらく再開までには時間がかかりそうです。
申し訳ないです。
必ず終わらせるように頑張ってまいります。
本当にお待たせしてすみません。
コメント by くろすけ。 — 2017/06/01 @ 12:27