「あれを抜けたら、建業か。城に拠らないのは、やっぱり故郷を戦場にしたくないとかかな」
「それもあるだろうな」
春蘭と一緒に遠目に見える軍勢を観察したは、彼らとの距離を測って小さく頷く。
「民を巻き込みたくないのは、理解が出来るし。この辺りで正面切って戦って叩き潰しておきたいというのもあるので、この布陣で問題ないな」
「……は本当に容赦ない時があるな」
手を出すなら容赦しない。その意思を示す布陣に、霞は小さく呟いた。
「戦争だからな。切り分けてないと、俺が大切に考えている人たちが死ぬ可能性がある以上、俺はそうするよ」
「そうやなー。戦争やもんなー」
「そうだよ。所詮、戦争なんて主義主張が対決する場でしかない。両雄並び立たず。天に太陽はひとつだけ。それなら、俺は大切に思っている人たちが怪我しない手段を、これでもかと盛り込むさ。もちろん、後ろ指は差されない方法でな」
「うむ。卑怯な手をとると、華琳様の評判に関わるからな」
春蘭の一ミリもぶれない発言に、は笑顔を浮かべていた。変わらないものは安心するのだ。
「まったくだ。大義名分ってやつは、いつだって必要ってことだ。さて、今日の晩飯はなにかなー」
「今日はカツ丼言うとったわ」
「そいつはいい。後は夜襲がないのを心の底から祈る」
「対応はしとんやろ?」
「してても、食事の邪魔をされるのは嫌だろ」
きっとこの時に『フラグがたった』のだと、は後になってしみじみと思う。
よりにもよって、最初の一口を味わおうとした瞬間だった。
「斥候より連絡!敵に動きあり!」
「……ふっ」
聞こえた声に、は食べようとしていたそれを器に戻し、立てかけてあった槍を手に取った。
「あ、あの、私が出てくるぞ?はここで食べてていいぞ?」
青年から溢れ出る黒い気配に、春蘭の方が気を使うという異常事態が発生している。
「いいんだ、春蘭。俺が当番なんだから」
「そ、そうか。気を付けてな」
笑顔なのに、全く目が笑ってない青年に、春蘭も頷くしかない。
「貴様らに、いい言葉を教えてやろう。『食い物の恨みは恐ろしい』。俺の国に伝わる格言だ。心の底に刻み込め!」
夜襲をかけてきた呉軍に対して、八つ当たりともいえる反撃を容赦なく加える黒衣の青年であった。
「で、は朝から機嫌が悪いのか」
「秋蘭。揚げ物料理は絶対に出来立てが一番うまい」
やれやれと言わんばかりの彼女に、はぎゅっと拳を握って力説した。
「ああ、それはわかっているのだが。……いや。はそのままがよいな」
微笑ましい気分になって、秋蘭はの黒髪を優しく撫でる。
「……一応、俺の方が年上って、知ってるよね?」
「まあ、それはともかく。怪我がなくて、なによりだった」
秋蘭をジト目で見つめると、あからさまに視線をそらされてしまう。
「昨夜の件で、華琳様がお呼びだから、迎えに来たのだ」
「……俺、何かしたかな?」
日頃の行いを省みながら、秋蘭の後に続くのだった。
「昨日の夜はカツ丼だったと聞いているわ。しかも、いつもと違った紫蘇と梅と乾酪の入った特別製だったそうね。それで?『食い物の恨みは恐ろしい』だったかしら?」
満面の笑顔の覇王様に、青年は乾いた笑いを浮かべるしかない。
結局、特製カニクリームコロッケにエビフライも付けたうえで、氷菓子も添えることでようやくお許しをいただけた。
黒髪の青年は、確かに『食い物の恨みは恐ろしい』と心に刻みつつ、出陣していく面々を見送ったのだった。