始業式が終わり、一年一組の教室に入って座席表を確認すると、最前列でもう一人の男子生徒織斑一夏の隣という、なんと素晴らしき出来レースだった。
「気配遮断して、先生方が来るのを待つか……」
このEXレベルスキルが無ければ、この学園に来てから平穏な生活は望めなかっただろう。何度目かの『神様、ありがとう!』を心の奥底で叫んでおく。
隣に織斑一夏が座り、しばらくして女性が入ってきたところで、スキルをゆっくり解除する。
スキルは自由に解除できるように、神様にお願い済である。特に気配遮断を解除できないと、他人に認識してもらえないのだから困ったものである。
「ん?」
完全に解除し終わったあたりで、織斑がこちらを向いて首を傾げた。
クラスメイトには、いつの間にか俺が存在していたように感じるかもしれない。
「全員揃ってますねー。それじゃあショートホームルーム、はじめますよー」
どう見ても教師に思えない我が一年一組の副担任、山田真耶先生がニッコリと微笑む。
彼女には打鉄を借り始めた時からの付き合いで、毎日基本訓練に付き合っていただいている間柄だ。
外出できるようになったら、お礼の品を探しに行こうと、彼のメモ帳には記載がある。
「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」
「お願いします」
小さく頷いて答えたのは、ただ一人だった。
他のクラスメイトは、男子生徒である彼と一夏に意識が向いていて、教師の言葉に反応しない。
唯一答えたに彼女がすがるような表情を見せたのは、ちょっと申し訳ないが笑ってしまった。
自己紹介が始まり、順調な滑り出しを見せていたが、先生の呼びかけに織斑が反応しない。
「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる? 怒ってるかな? ゴメンね、ゴメンね! で、でもね、あのね、自己紹介、『あ』から始まって今『お』の織斑君なんだよね。だから、ご、ゴメンね? 自己紹介してくれるかな? だ、ダメかな?」
普段は弱腰の山田先生に問題がないとは言わないが、話を聞いていない相手も十分悪い。見極めの滑り出しは、下降気味で始まっていた。
「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」
ここで終われば自己紹介じゃなくて、ただの挨拶である。
「以上です」
続く言葉を待っていたら、この始末である。
若干呆れた視線を向けていたが、ふっと彼の背後に視線を動かせば、千冬がその手にした出席簿を振りかぶっている。
「……南無」
「は?」
思わず手を合わせてしまったに、一夏が首を傾げた瞬間、気持ちがいいほどに爽快な音が教室に響いた。
「痛って……げぇっ、関羽!?」
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」
姉相手とはいえ、あまりな言葉に追撃が落ちる。
「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」
「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けて済まなかったな」
弟に向けていた厳しい目が、少しだけ和らぐ。
「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと……」
彼女の頑張りを弟君は無駄にしてました、とはは思っていても口にしない。
「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。できない者にはできるまで指導してやる。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」
いやいや。実に容赦のないお言葉ありがとうございます。
まあ、兵器を扱うのだから軍隊式も仕方ないかなぁと考えていると、彼の直感に触るものがあり、瞬時に耳を塞いだ。と直後に、耳が潰れそうな叫びが教室を満たす。
「キャーーー! 千冬様、本物の千冬様よ!」
「ずっとファンでした!」
「私、お姉さまに憧れてこの学園に来たんです!」
教室に満ちる女子の言葉に、は目を白黒させてしまう。
そのほかにも、「指導されるのが嬉しい」やら、「あなたのためなら死ねる」など、信仰を通り越して妄信レベルが多いようだ。
「……毎年、よくもこれだけ馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か?私のクラスにだけ馬鹿者が集中させているのか?」
彼女の言葉に毎年これという事実に、さすがのも驚きを隠せない。ご愁傷様ですと、思わず同情の視線を向けてしまった。
「きゃあああああああっ! お姉様! もっと叱って! 罵って!」
「でも時には優しくして!」
「そしてつけあがらないように躾をして!」
最近の若い子の考えはよくわからん。チベットスナギツネの表情になっていまいそうな気分のは、この件に関しての思考を停止することにした。
「で? 自己紹介も満足にできんのか、お前は」
その威圧感だけで教室を『制圧』できるのは、流石世界最強というべきだろうか。
「いや、千冬姉、俺は―――」
再度の出席簿アタックに痛そうだなと思いつつ、彼には学習能力がないのかと少し不安になる。
「織斑先生と呼べ」
「……はい、織斑先生」
撃沈する織斑がかろうじて返した答えに、教室内のクラスメイトがざわつきだす。
「え……? 織斑君って、あの千冬様の弟……?」
「それじゃあ、男で『IS』を使えるっていうのも、それが関係して…」
「じゃあ、もう一人も千冬様の弟とか、もしかして親戚?」
「ふむ、もうあまり時間がない。。自己紹介の見本を、この馬鹿に見せてやれ」
ここで先生の頼みを断ると後が怖い。
立ち上がり回れ右をして、直立不動でまずは一礼。
顔をあげて、視線は教室の後ろの壁に向けて、誰かひとりには固定させないようにする。
「初めまして、と申します。どこかの誰かが何も考えずにISを起動したおかげで、追加で発見された二番目です。ISに関しては、種を植えて一週間の、芽すら出ているか怪しい程度の知識しかありませんので、拙い点に関しましてはご容赦願えると幸いです。ちなみに趣味は料理と家庭菜園です。お菓子なども作りますので、その際は是非味見をお願いいたします。ご迷惑をおかけすると思いますが、一年間よろしくお願いします」
柔らかい人当たりの良さそうな笑顔で口上を述べた後、もう一度丁寧に頭を下げておく。
「……このような感じでいかがでしょうか?」
「うむ。これが自己紹介というものだ。理解できたか?」
これぞ年季の違いというやつである。隣の席の織斑はぐうの音もでないようだ。
「さあ、ショートホームルームは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいか、いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ、私の言葉には絶対に返事をしろ」
容赦ない千冬の言葉に、は微苦笑を浮かべて、小さくイエス・マムと呟き、軽く睨まれてしまったのはご愛敬である。
休憩時間も余裕などない。一度読めば大体記憶できる脳みその具合に、何度目かわからない神様への感謝を捧げておく。が、読まないと脳みそには入ってくれないので、衆人環視の中で参考書を取り出して、一つずつ理解していく作業を続ける。
とりあえず一夏とは挨拶は交わしておく。だが、すぐに彼は一人の女の子に声を掛けられ、どこかへ連れていかれた。余裕があって実に羨ましい。お姉さんや天災に昔から教育を受けていたのだろうか。
青年としては、この後の授業のことを思うと胃が痛い。
「ちょっと、よろしくて?」
「はい?何か御用ですか?」
一か所わからず、後で教えを乞うべく、付箋を張り付けていたところに声がかかった。
「おや、これはまた美人さんのお出ましですね」
顔を上げれば、金髪碧眼のお嬢様が立っていた。
「随分と軟派な事ですわね。それに、今更そのような基礎勉強ですか?」
「気に障ったならすみません。ですが、ISと関わるようになったのは、一週間前です。ここまで覚えるだけで、精一杯でした」
険のある言葉にも、は微笑んだまま答える。
ISは女性だけが扱えると信じられていたのだ。彼が疎まれるのも仕方ないと思っていた。
しかも、ここに入学できるイコール国家的エリートなのである。
ぽっと出の彼らとは違う。それこそ血の滲むような努力と根性と、ここに来ることの出来なかった女性たちの上に、彼女たちは立っているのだ。
「一週間……」
感心してくれたらしい彼女の様子に、どうやら、ダメ男のレッテルは貼られずに済んだようだと内心ため息を吐いておく。
「俺が発見されたのが二週間前ですから。一週間は俺を標本やモルモットにしようとする団体とか、居なかった事にしようとする方々が色々しでかしてくれて、自宅は燃えて灰になるところでしたよ。幸運にも大雨が降ってくれたお陰で、ボヤにもなりませんでしたが。ここに連れてこられて、初めてISの勉強を始めたんです」
「そ、そういう事なら仕方ありませんわね。……ご家族はご無事でしたの?」
少し心配そうな表情も可愛いなぁと思う。心配してもらえることも少し嬉しい。
「元より、天涯孤独で一人暮らしです。こんな話よりも、よろしければお名前を教えていただいても?」
暗い話題は終わりと、は笑顔で彼女の名を尋ねた。
「まあ、私の名前をご存じありませんの?」
「不勉強で申し訳ありません。ですが、そのお答えで予想がつきました」
「聞かせていただけます?」
の言葉に楽しそうに目を輝かせる彼女に、これは間違えられないと青年は内心はともかく微笑んでみせた。
「イギリスの代表候補生セシリア・オルコットさんで、あっておりますでしょうか?」
「当たりですわ」
「よかった。……おや、もうこんな時間ですか。世界最強の鉄槌が落ちてくる前に、席についておいた方がいいでしょうね。私はもう少しこれを読んでおくことにします」
「……何かわからないことがあったら、教えてあげてもよろしくてよ?」
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」
恐らく、努力する人に正しい評価を下せる人なのだろう。
あまり時間がなかったので、彼女のことをさらっとしか調べてなかったが、後で詳しく調べておこう。
教科書五冊。机の上に置かれたそれを、山田先生の説明に従い、読み進めていく。
基本的な用語を覚えておいたおかげで、何とかついていけそうだと、心を撫で下ろしていると違い、隣の一夏は顔を青くしていた。
「織斑君、何かわからないところがありますか?わからないところがあったら聞いてくださいね。なにせ私は先生ですから」
山田先生に問いかけられた一夏は、しばらく考えた後、口を開いた。
「先生!」
「はい、織斑君!」
「ほとんど全部わかりません」
「え……。ぜ、全部、ですか……?」
山田先生が呆れた声を出すのも無理はない。
今やっているのは基礎の基礎。しかも、ここに入学する面々は最低でもエリート事が条件であり、ISに関して事前学習は済ませている上での、この授業なのである。
だからこそ、彼もこの参考書だけは必至で覚えているのだが。目の前の馬鹿はそれすらもしていないらしい。彼への評価は既に鍋底状態を保持中である。
「え、えっと………織斑君以外に、今の段階でわからないって人はどれくらいいますか?」
山田先生の質問に答える者は、を含めて一人もいない。
隣で聞いていたが頭を抱えるのを見た千冬が、一夏へと声を掛けた。
「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」
「古い電話帳と間違えて捨てました」
「捨てたぁ!?」
の悲鳴にも似た声と同時に炸裂音が教室に響いた。
「必読と書いてあっただろうが。馬鹿者」
実に正論である。間違えて捨てたと認識しているということは、あれが必要なものだったと知っているということだ。
「後で再発行してやるから、一週間以内に覚えろ。いいな」
「いや、一週間であの分厚さはちょっと……」
「やれと言っている」
「……はい、やります」
そんな姉と弟のやり取りを見ていたの方が頭を抱えたい気分だった。
「ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしない為の基礎知識と訓練だ。理解ができなくとも覚えろ。そして守れ。規則はそういうものだ」
彼女が言っている事を正しく認識している人間が、クラス内に何人いるか意識調査してみたい。
特にISを『兵器』と認識している人間がどれだけいるのか。
「……貴様、『自分は望んでここにいるわけではない』と思っているな?」
千冬は弟が若干ふてくされているのに気付いた。
「望む望まざるに関わらず、人は集団の中で生きなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだな」
聞いているが、『それもいいな』とチラリと考えているのを彼女は知らない。
「え、えっと、織斑君。わからないところは授業が終わってから放課後に教えてあげますから、頑張って? ね? ねっ?」
山田先生は彼をフォローしているが、としては奴の襟首掴んで、巫山戯るなと叫んでやりたい。
その気配が滲んでいるのか、一夏がこちらをちらちらと伺っているのがわかる。
が、無視して心を落ち着ける。この程度で噴火していては、世の中でやっていけない。心の中で繰り返して、再開した授業を聞き続けた。
「少しよろしいですか?」
「……何だ?」
先ほど休憩時間に織斑を連れ出した箒に、今度はが声を掛けた。
「失礼ですが、篠ノ之箒さんで間違いありませんか?」
「……ああ」
もの凄く不審そうに見られながらも、ぶっきらぼうにでも返事をしてくれて、は安堵のため息をついた。
クラスメイトでなければ、不審人物まっしぐら、良いところナンパ扱い間違いなしである。
「剣道全国大会優勝、おめでとうございます」
「私を知っているのか!?」
「前の学校の友人が剣道をやっていて、応援に行っていましたから。まさか、ここでお会いできるとは思いませんでした……えっと、何か怒らせる事を言ってしまいましたか?」
じっと見つめられて、はちょっと首を傾げた。
「いや……、それで用件は?」
「ですので、ご挨拶をと思いまして」
箒と無言で見つめあってしまう。
「……それだけか?」
「あ、あとですね」
付け加えようとする彼を見る箒の目は、『お前もか』と言わんばかりだ。
「是非とも、剣道の基礎を教えていただけませんか?」
「……は?」
だが、青年の口から飛び出してきたのは、彼女の想像とはかけ離れていた。
「剣道部に入れればいいのですが、何分しなくてはいけない事が山積みでして。その、一人でもできる素振りなどを教えていただければと……」
「……少し、考えさせてもらってもいいだろうか」
申し訳なさそうに告げる彼に、箒はそうとしか答えられなかった。
まさか、自分に対する頼みで、『姉』以外に関する何かを教えてほしいと請われたのは、随分と久しぶりだったから。
「それでは、この時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」
今までとは違い、教壇には織斑先生が立っていた。山田先生までノートを取り出しているのは、さすが世界最強というべきだろうか。
「ああ、その前に再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」
授業を始める前に、千冬が思い出したように口にした言葉に、は小さく首を傾げた。
「クラス代表とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席。まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点では大した差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間は変更はできないからそのつもりで」
先生の言葉に、教室がざわめき始める。
「はいっ!織斑君を推薦します!」
「私もそれが良いと思います!」
来ると思っていたが、は思わず眉間に皺を寄せてしまった。客寄せパンダよりも希少価値のある彼らへがクラス代表というだけで、注目度は鰻上りだろう。
「織斑か。他にはいないか?自薦他薦は問わないぞ」
「お、俺!?」
「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものは拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」
「なら、俺はを推薦します!」
考えもなく、カウンターで彼を指名してきた一夏に、思わず彼の姉である千冬に視線を向けてしまったが、彼女も眉間に皺を寄せていた。
頭は空か?とストレートに聞かなかったのを褒めてほしい。これが一般的な高校一年生と信じたくない。
頭を抱える彼を余所に、一夏とセシリアが実に程度の低い『とんでもない』言い合いを始めていた。
「そこまで!」
セシリアが決定的な言葉を口にする直前に、は止めに入る。
これ以上言わせてはマズいと彼の直感が絶叫していた。
「なんですの!」
「なんだよ!」
いきなり割って入った彼を睨みつけてくるの二人に、はため息を吐いてしまった。
「まずはオルコットさん。貴女の立場を思い出してください」
「……!」
「そして、IS開発者の母国で、今現在貴女がいる国はどこでしょうか?そして、クラスメイトの大半はどこの国の人間ですか?」
「そ、それは……」
青褪めて言葉に詰まる彼女が理解したことを確認して、は未だ首を傾げているもう一人を睨み付ける。
「次に、織斑。『代表候補生』がその字面から理解が出来ないなら、最低限彼女がエリート中のエリートだという事実だけは頭に叩き込め」
これだけのヒントを与えたにも関わらず、欠片も理解する気配のない相手に、は実に容赦なく言い渡した。
「なっ!」
「の言う通りだ。頭の中に叩き込んでおけ」
「ちふ……痛ぇ!!」
これで何度目かわからない出席簿攻撃に、はやれやれとため息を吐くしかない。
脳内の織斑見極め表に、学習能力のチェック項目に『無』を赤文字で書き込んでおく。
「ついでに言うとな、イギリス料理がまずかったのは、昔の話だ。今はかなり美味いレストランが増えてる。情報は更新しておけ。それと朝飯は昔から普通に美味いし、俺はサンドイッチもローストビーフも大好物だ」
「っていうか、って俺に厳しくないか?」
「参考書を間違えて捨てた後、再発行すら頼まず、勉強をする気配すらない奴に、どんな温情をかけろと言うんだ?だいたい、俺は男に優しくするなどという趣味は、全く!欠片も!微塵も!一切、ない!」
まだ痛む頭を擦りながらぼやく一夏を、は迷わず容赦なく一刀両断しておく。
薄い本を厚くするような事態は、心の底から遠慮したい。
「ぐ……」
反論する余地もない一夏は、を恨めしそうに見てくるが華麗にスルーである。
「最後に、私はオルコットさんを推薦します。そのうえで、ISでの模擬戦で勝負を決めませんか?」
はセシリアの方を向き直り、そう提案する。この際、スッキリさせた方がいい。
「わざと負けたりしたら、私の小間使い……いえ、特に貴方は奴隷にしますわよ?」
セシリアは青年の提案に、一夏を見てろくでもないこと言っている。
「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」
彼女の言葉に一夏は、むっとした表情で言い返す。
「で、ハンデはどうする?」
などと言い出した馬鹿男の顔面をアイアンクローで締め上げる。
その馬鹿の姉である千冬が心配そうに見ているが、とりあえず無視してセシリアに話しかけた。
「……失礼をしました。どうも、こいつが寝言を言いそうだったので」
「ハンデは必要ありませんの?」
「いえ、実のところ貴女との勝負なので、こちらが山ほど欲しいところです。が、恐らく『これ』は貴女にハンデを付けるつもりだったと思います」
『これ』であるらしい一夏を左手一本で持ち上げている彼は、困ったものだと頭を振った。
「え……?」
「やっと、離れた……悪いかよ。男が女にハンデなしなんて、恥ずかしくないのかよ……」
彼の腕をタップしてやっと離してもらった一夏が、を恨めしそうに睨んでくる。
「そうだな。これが単純な腕力勝負なら、模擬戦なんて提案もしなかった。だが、これはISでの模擬戦だ。しかも、彼女は代表候補。脳みその足りてないお前にもわかりやすく説明すると、木刀を持ったそちらの篠ノ之箒さんに爪楊枝で挑むようなものだ」
「……じゃあ、ハンデはいい」
が、彼の説明と、箒を見て、どうやら理解はできたらしい。
「ハンデは要りませんの?」
「男が一度、言い出したことを覆せるか」
「ということですので、ハンデに関しては結構です」
胸を張って言い切った一夏に、ようやく認められる点が見つかったと、は小さく笑っていた。
「では、話はまとまったな。それでは代表決定の模擬戦は一週間後の月曜。放課後に第三アリーナで行う。三人はそれぞれ用意しておくように。では授業を始める」
織斑先生の言葉に、は椅子に座り直して、ノートを開いた。
学園生活は波乱の幕開けが決定した。
これでまだ初日の昼にもなっていないという事実に、は盛大にため息をつきたい気分だった―――
……い、いちゃいちゃが遠い。
コメント by くろすけ。 — 2019/01/15 @ 17:06