やっと昼食の時間になり、は速攻で気配遮断EXで教室から抜け出した。
食事時くらい静かに食べたいとは心の底から願っていて、一夏と一緒に食事などしたら、視線をまとめて集めること請け合いだからだ。
徐々に慣らしていきたいが、今日のところはマジ勘弁というところである。
「すみません。今日もお願いします」
「あら、いらっしゃい。今日も一人?」
気配遮断を解除して食券を差し出せば、その瞬間から視線が突き刺さってきて胃に響く。
「ええ。食事くらいは落ち着いて食べたいので……」
「男前は大変ねぇ」
「そうだと良いんですけど。実情はパンダってところですよ?」
「おやおや、それは可愛いわね。はい、出来ましたよ。召し上がれ」
「ありがとうございます。いただきます」
そんな話をしているうちに、出来上がった定食を受け取り、再び気配遮断をかけて空いている席を探す。
出来るだけ人の少ない場所を探していたら、一人で食事をするセシリアの姿を見つけた。
「ここ、お邪魔してよろしいですか?」
「あら、ミスタ。仕方ないですわね。どうぞ」
「ありがとうございます。不躾な質問で申し訳ないですが、その、そちらで足りるのですか?」
彼女の前にはサンドイッチが一皿とミルクティが置かれているだけだ。
対して、は山盛りご飯に、焼きサバにオプションとして山盛りのから揚げ付きである。みそ汁や小鉢もある。
「ミスタはいっぱい召し上がられますのね」
「これだけ食べても、放課後にそのサンドイッチ一皿くらい食べないと、訓練で身体が持たない燃費の悪さには、少々困っているところです」
「まあ、大変ですわね」
「なので、それで足りるのか、と」
女性とはいえ、育ち盛りの季節である。本当に足りるのだろうか、と不安になる。
「ふふ、運動した後には、ちゃんと必要に応じて食べてますわよ?」
「そうですか。それならよかった」
無茶なダイエットとかではないらしいので、は一安心だ。
「あっという間でしたわね……」
そこまで時間をかけずに、きれいに空となった定食セットの皿を見て、セシリアは呆れたような声をだした。
「ここのご飯は美味しいのが、今のところ唯一の良いところですね」
「唯一ですの?」
「……この視線がなくなれば、もっと落ち着いて美味しく食べられると思うんですよ」
食後のお茶を飲みながら、は真面目な顔でセシリアに訴えた。
「無くなるのでしょうか?」
「……せめて半減を希望してます」
急にお茶が渋くなったかのように眉間に皺を寄せるに、セシリアは小さく笑ってしまった。
「……失礼いたしましたわ」
「いえいえ。美人さんが笑顔になってくれるなら、なんてことありません」
「全く、軟派なことですわね。……先ほどはありがとうございました。もう少しで決定的な言葉を口にするところでしたわ」
の言葉に苦笑した後、セシリアは姿勢を正して、彼に頭を下げた。
「間に合って良かったです。クラスメイトを敵に回すのは、今後を考えるとお勧めできなかったので。俺としては織斑個人をボコボコにするのは、応援してますので是非どうぞ」
「あら……唯一の同性のお友達になると思ったのですけど」
「友達になる前に、アレとは話をつけないと行けないでしょうね。俺、前の高校を退学にさせられたんですよ?」
小さく首を傾げたセシリアに、は乾いた笑いを零しつつ答える。
「……あの方はご存じですの?」
「さあ?自分がISを動かせるという事実をどういう事かすら、認識してないんじゃないでしょうかね?あの常識の無さから言って、俺は淡い期待を捨てました」
「確かに、期待は出来そうにありませんわね」
『代表候補生』の単語する知らなかった彼の様子を思い出し、セシリアもの言葉に同意するしかない。
その時、の腕時計がアラームを鳴らした。
「む、そろそろ戻らないと。次の授業に遅れてしまいます」
「あら、もうそんな時間ですの?」
目の前の青年との会話が思いのほか弾んでいた事に、セシリアは内心で驚いていた。
「はい。片付けて、教室へ戻りましょうか」
「一緒に参りますわ」
教室に二人そろって戻る途中で食堂へ向かう千冬と行き交う。
「二人は五分前行動か。いい心がけだ」
「はい。先生は、お勤めご苦労様です」
「うむ。では、また後でな」
思わず敬礼してしまいそうになる会話を交わして、とセシリアは一足先に教室へと向かった。
その後、食堂にて鬼の一喝が落ちたことを聞いた青年は、セシリアと視線を交わして苦笑したのだった。
放課後になって、チラリと隣に視線を移せば、机に突っ伏して呻いている唯一の男子クラスメイトがいた。
間違いなく、用語がわかってないため、教科書の読解すら出来ていないに違いない。その点、は勉強を始めた際に、自分専用用語辞書をパソコンと携帯端末で連動させて作り上げているので、教科書が読み解けないという事態には陥ってはいない。
もし、一夏がやる気を見せていれば、その辞書の共有をすることもやぶさかではなかったのだが、今までの態度を見る限り、その可能性は消えたと言ってよかった。
「よかった。まだ教室にいたんですね」
ノートをまとめ終えたが、さて片付けるかと思っていたら、真耶が書類片手に戻ってきていた。
「織斑君の寮の部屋が決まりましたので、連絡に来ました」
なるほど。は内心頷いた。対外的にはそういうことにするのかと。
まあ、二人目を囮にして、一人目を守りますと公言しているような学園の対応に、青年はいつか何かしてやろうと思っている。千冬や真耶、簪や楯無がどれほど配慮してくれたとしても、学園上層部への不信感は消えたりはしないのだ。
「じゃあ、ちょっと今日のところは帰宅していいですか?荷物とか準備ありますし」
「あ、いえ、荷物なら―――」
「私が手配をしておいてやった。ありがたく思え」
ラスボス感漂う発言と共に現れた世界最強に、はやれやれと彼女を見つめた。素直じゃないなぁと思ったからだ。
「ど、どうもありがとうございます……」
「まあ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」
ちょっとだけ、弟君への同情の気持ちが沸いたのは、きっと嘘じゃない。が、学園内にほぼ物が揃っているのを考えれば、週末まで持てば十分だろう。
それに、通学圏内に帰れる場所があるというのは、正直羨ましい。最早、彼に日本にそんな場所は存在しないのだから。
は小さくため息を吐いて、片づけを続けるのだった。
一夏が荷物を受け取って寮へ向かうのを見送った後、千冬はまだ教室に残っていたに声をかけた。
「は今日も訓練か?」
「はい。山田先生、俺は先に行っていつものメニューを始めていますので、また後程」
「私もこの後アリーナの方へ向かいますので、いつも通り基礎訓練から始めておいてくださいね」
「承知しました。では、お先に」
千冬と真耶に一礼して教室を出ていく青年の後を追うように教室を出た千冬は、職員室へ向かう道すがら真耶に小声で尋ねた。
「どうだ?」
「間違いなく乗り始めて一週間なんですが、習熟度の伸びが尋常ではありません」
真耶は初めての弟子について、千冬に思ったことを告げる。
「どういうことだ?」
「『瞬時加速』を今月中には習得しそうな勢いです」
「……どうみる?」
一週間前に初めてISに乗った者が到達するレベルでは到底ない。
「とても楽しそうです」
「は?」
「空を飛ぶのが楽しいみたいで。勿論、基礎訓練はきちんとやってますし、問題ないんです。攻撃とか防御とかも。ただ、空を飛びまわるのが一番楽しいらしくて、最初はアリーナのエネルギーシールドにぶつかってました」
いつも穏やかで冷静な、あの黒髪の青年が目を輝かして飛んだ挙句、シールドにぶつかるというシーンを千冬の脳内は否定した。
「想像できん……」
「私だって驚きました。やっぱり、まだ10代の若者ということなんでしょうか」
「そう、だな。そういうことにしておこう。問題点などは特にないんだな?」
「はい。授業でも放課後の訓練でも、素直ないい子ですね」
「なら、いい。今後も報告を頼む」
「はい、先輩」
そんな会話を交わした夜、自分の弟と箒が仕出かした騒動とその原因に、千冬は眉間に皺が寄るのを抑えきれず、が部屋に戻るまでの1時間ほど二人に滾々と説教をすることになった。
早く、名前呼びしてくれないかなー。
ISに乗れるのは、きっと『騎乗』がいい具合に作用しているに違いない。。。とご都合主義的に思っていただければ。
コメント by くろすけ。 — 2019/01/24 @ 13:08