「何かあった?」
その日、授業が終わって戻ってきた彼は、いつもよりも疲れている感じがしたので、簪は声を掛けた。
「え?」
「今日は特に疲れているみたい」
「あー……その、ちょっと聞いていただけますか?愚痴なんてみっともないですけど」
彼女に話を聞いてもらっているうちに、ちょっと泣きたくなりながらもは心の整理をつけた。
「まとめてしまえば、専用機を簡単に手に入れて、その重要性と意味すら分かってない奴が隣の席で暢気に生活しているのが腹立たしい。という事なんです」
「簡単じゃないのに……」
俯いてそれだけを呟いた簪に、はまさかと思い尋ねる。
「後回しにされた専用機は、簪のものですか?」
「……うん」
放り出された悔しさと、姉に対する意識から、彼女は自分で開発を続けていたのだと話してくれた。
「しかし、おかしいですね」
は簪の説明を聞いて、首を傾げる。
「え?」
「仮にも国家の発注を受ける倉持技研くらいの規模があれば、2台同時の開発は問題ないはずなんです。解析も含めてね。これは別件でも政府からのゴリ押しが来て、そちらの対応に手を取られている可能性もあります。まあ、その辺りは学生である俺達にはどうしようもないんですが……」
はふむと頷いて、簪に向き直った。
「その程度で、開発中の案件を放り出すような会社は潰して使えるところを回収してもらうとして」
さらっと容赦のない言葉を口にしておいて、は彼女の目を覗き込んで一つ提案をした。
「今度、一緒にSR社に行ってみませんか?」
「SR社って、急成長したあの?」
彼が言っているのは、ここ数年で急成長しているIS関連の制作会社だった。
「俺の知り合いがそこの社長をやっているんです。よければ、工場を一緒に見学しませんか?技術者と話せば、何かいいアイディアが出てくるかもしれませんよ?」
「でも……私は……」
「無理強いはしませんが、他人を頼るのは悪いことではありませんよ?貴女のお姉さんだって手伝ってもらったんですから」
「え?」
「整備科の人に賄賂という名のシュークリームを提供して、お話を聞かせてもらいました。どうも、噂話が独り歩きしてしまったようです」
はその賄賂を簪にも差し出しながら、聞いてきた話を彼女に伝える。
「……そうなんだ」
「ええ。お姉さんも完璧ではないという事です」
「そっか……完璧じゃないんだ……」
この話が決定的だったのか、簪はSR社への訪問を希望してくれた。
「では、今度のゴタゴタを片付けたら、一緒に行きましょう。社長さんにアポを取っておきますから」
「うん。お願いします。……今日も映像見る?」
「ええ。『銃央矛塵』山田先生にも助言をいただいている訳ですし、簪にも協力をしてもらっていて、無様な負け方は出来ないでしょう?」
色んな伝手を頼って集めたセシリアの戦闘映像を放課後に何度も見直しては、真耶と簪から助言をもらっている身としては、負けるのは兎も角、無様な姿はあまり見せたくない。
「頑張って、」
身長差で自然と上目遣いになる簪の応援に、あー、和むなーとは彼女の頭を優しく撫でた。
そして、週が明けて月曜日。
ついに対決の時はやってきた。
「織斑の専用機はまだ到着しませんか?」
「ああ。時間は過ぎているんだがな。すまないが、試合の順番を入れ替えるぞ。まず、オルコットとの試合を執り行う」
「承知しました。これ以上お待たせするのは心苦しいですしね。とりあえず会社として時間は厳守しろボケと、後でクレームだけは入れておきましょう」
ため息を吐いた青年が打鉄を展開させる。
そのスピードに教師二人が目を見張ったが、は気づかなかった。
「では、行ってきます」
千冬と真耶に一礼したは、ビットから飛び出して、ハイパーセンサーで周囲を確認する。
鮮やかな青い機体『ブルー・ティアーズ』を纏い、セシリアが待っていた。
その背後に、フィンアーマー四枚を背に従え、騎士のような気高ささえ感じさせる。
そして、その手には二メートルを超す長大な銃器『スターライトmkIII』が握られていた。
ISは元々宇宙空間での活動を前提に作られているので、原則宙に浮いている。そのため、自分の背丈よりも大きな武器を扱うのは珍しくもない。
「最後のチャンスを差し上げますわ」
アリーナの直径は、二〇〇メートル。既に試合開始の鐘は鳴っているので、いつ撃ってきてもおかしくはないのだが、まだ銃口を下げたまま、セシリアが話しかけてきた。
「私が一方的な勝利を得るのは、自明の理。ですから、今ここで降参なさい」
それと同時に、ハイパーセンサーが警告を発する。
【警戒。敵IS操縦者の左目が射撃モードへ移行。セーフティのロック解除を確認】
「わかっています。経験の差も、世代間の差も、絶対的なものがあるということも」
「では……」
「それでも引けない事だってあるでしょう?」
右手に【葵】を呼び出す。
「今がその時だとおっしゃりたいの?」
「……全力をもって、貴女に挑ませていただく」
打鉄の【葵】を構え、その瞬間を待ち構える。
「そう。では―――」
【警告。敵IS射撃体勢に移行。トリガー確認、初弾エネルギー装填】
「踊りなさい!私、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズが奏でる円舞曲で!」
耳をつんざくような独特な音。それと同時に走った閃光を『見』て、『殺』す。
「なっ……!」
アリーナを見学していた者たち全てが、その光景を唖然として見つめた。
「レーザーを斬った……だと?」
千冬も驚きの表情を浮かべていた。
何よりも、彼の持つそれは単一仕様能力など発揮できるはずもない、訓練機が持つ刀に過ぎない。
特殊能力などありはしないはずだった。
「ははは。これが直死の魔眼か……。神様、ありがとう!」
通信回線を切った上で、は嗤っていた。
直感と千里眼と魔眼のスキルが合わさった彼は、光すらも切り裂ける存在だったようだ。
迫りくるレーザーと怒涛の斉射攻撃を紙一重で躱していけるのは、まさに未来視ともいえる千里眼と直感スキルと今まで鍛えておいたほぼ人外と言われる体力のお陰だ。
「これで少しは勝ち目ができた。だが、近づけないのでは、どうしたものか。今度、山田先生に銃の扱いを教えてもらおうか……」
そんな悩むとは対極のセシリアは、当たらない攻撃に苛立ちを隠せないでいた。
「くっ……」
開始から十分近く。初撃こそ迎撃されたが、今は全て回避されている。一方的に攻撃している状態で一発も当たらないというのはどういう事だ。
「本当に乗り始めて二週間の初心者ですの!?」
「そうです。漸く第三世代の動きに慣れてきました!」
今まで地を這うように動いていた彼が、一転して空へと駆け上がってくる。
「何を!?」
「射撃戦闘では敵いませんから!近接戦闘をしに来ました!」
その卓越した回避能力と、【葵】で撃ち放たれる弾丸を切り伏せて、徐々に距離を詰めていく。
「おおおおっ!」
シールドバリアーすらも切り裂いていく刀に、セシリアは距離を取りつつ射撃を繰り返すが、すぐに合間を詰められる。いつものような余裕のある表情は伺えない。
だが、それはも同じだった。
ビットを動かしている間は、セシリアは動けない。その弱点に気付いて、その隙を突いているのだが、この弾幕の中では直感アラートが鳴りっぱなしである。いかにスキルが優秀でも、身体が追い付かなければレーザーの直撃を食らうし、魔眼も『見』なければ意味がない。
「このブルー・ティアーズの攻撃を、初見でこうまで耐えたのは、貴方が初めてですわ」
攻撃と防御の合間に、お互いの間合いを計る空白が出来た。
セシリアは目の前の青年の検討を素直に称える。
「お褒めに預かり光栄です」
「ですが、これにて閉幕と致しましょう」
四機のビットからの射撃を必死に避ける。
「これで!」
そのまま、間合いを詰めて、斬撃を繰り出そうとした瞬間だった。
「かかりましたわね!」
セシリアの腰部から広がるスカート上のアーマー。その突起が外れて動く。
「お生憎様、ブルー・ティアーズは六機あってよ!」
それはレーザー射撃を行うビットではなく、『弾道型』だった。
「……甘い!」
「何故、躱せますの!?」
だが、見えていれば、彼の敵ではない。そして、エネルギーを『殺』しつくす。
『試合終了。勝者―――、』
Fateスキル大活躍。
でも、そのスキルをフル活用するため、地味に身体は鍛えている主人公。
今回の主人公はお兄ちゃん属性です。
コメント by くろすけ。 — 2019/02/04 @ 19:48