「えっと、大丈夫ですか?」
エネルギーがゼロになり、墜落寸前だったセシリアを、両腕に抱えて、少し心配そうに見つめる。
「そう、見えますの?」
俗に言う『お姫様抱っこ』をされながら、その腕の中で大人しくするしかない彼女は、憮然とした上目遣いで彼を睨みつけた。
「申し訳ありません。今すぐ、ピットに向かいますので」
先ほどまでの強く真剣な瞳はどこへ行ったのかと言いたくなるほど、柔らかい表情で謝った彼は、彼女を運んでくれる。
「あ、織斑先生。ちょっとオルコットさんをピットまで送りますので、ついでにそちらでチャージも行います。構いませんか?」
その途中で反対側のピットにいる千冬に連絡を入れる。
「はい。織斑の専用機も到着したんですね。それなら、チャージ終了後、私が引き続き戦いますので、初期化と最適化を進めておいてください。先生もその方が安心でしょう?ぶっつけ本番で、一次移行も終わってない機体で、弟君を専用機持ちの前に送り出すよりはマシというものでしょう。いやいや、ISのハイパーセンサーというのは凄いですね。通信越しでも不安が伝わってきますよ。殺気すらも伝わりそうなので、また後程」
「大丈夫ですの?」
通信を切った彼の表情が少し青褪めて見えるのは、セシリアの見間違いではないと思う。
「ははは。後が怖いですね」
ピットに着いてセシリアをベンチに下した彼は、打鉄を待機状態に戻してエネルギーチャージを行い始める。
「お疲れ様でした。この後また試合ですが、よろしくお願いします」
「ISに話していますの?」
打鉄に声を掛けるに、セシリアは不思議そうに声を掛ける。
「ええ。ほら、ISには意識があるという事でしたので」
機体を撫でる彼の目はとても優しい。
「……本当に実践している方は初めて見ましたわ」
「そうですか?機械にも相性ってありますし、例え意思が無くても、答えてくれる事はありますよ。それに、貴女とその子は長い付き合いなんでしょう?きっとブルー・ティアーズは応えてくれますよ」
「そうでしょうか……?」
セシリアは待機状態でイヤカフスに戻っているブルー・ティアーズに軽く触れた。
「ええ。日本だとモノに意識が宿るのは比較的普通の事なんですよ。付喪神というんですけどね」
【。こちらは初期化と最適化が終了し、一次移行も完了した。そちらの状況を報告しろ】
「現在九十五パーセントまで再チャージ完了しています。こちらが完了次第、再出撃しますので、先に織斑を出しておいてください」
【わかった……後で、覚悟しておけ】
それだけを告げて切られた通信に、は少し俯いた後、拳を握り締める。
「よし、織斑をぼこって、先に憂さを晴らしておこう」
そんな彼の様子にセシリアは小さく笑ってしまった。
「……失礼致しましたわ」
「いえ。やっと笑ってくださったので、安心しました。出来れば美人さんには、いつも笑顔でいてほしいものです」
の言葉に、セシリアは顔が赤くなるのを自覚する。
【チャージ完了しました】
そこで打鉄へのエネルギーチャージが終了したようだ。
「はい。では、連戦ですが、行くとしましょう」
「お気をつけて。私に勝ったのですから、負けなんて認めませんわ」
打鉄を再度身にまとった彼に、セシリアは声を掛ける。
「ちょっとぼこぼこにしすぎて、次の試合が無くなっても許してください。、打鉄――出ます!」
「ふふ……期待して待ってますわ、さん」
飛び立っていった彼を、セシリアは笑顔で見送った。
「お待たせしました」
「おう。待ちくたびれたぜ」
「……元はと言えば、君の専用機が遅れに遅れたせいなんだが?」
実に上から目線の一夏の台詞に、カチンと来たの言葉に棘が生えてもしかたないだろう。
「そ、それは悪かったよ……」
「お前に言いたいことは、それだけじゃないんで、戦いの中でしっかり教えてやる」
既に試合開始しているので、最高速で一夏のIS『白式』との間合いを詰める。
「なっ!」
「お前の馬鹿さ加減と、はた迷惑な行動をな!」
抜刀などしない。打鉄でラッシュを叩きこむ。
「がっ!」
吹き飛ばされた一夏が日本刀『雪片』を展開して、切りかかってくる。
「このっ!」
半身をずらすだけで、一夏の斬撃を躱す。
「……レーザーを躱しきった俺に当てられるか?」
左右上下、ハイパーセンサーの視界と直感を合わせて、はその攻撃を躱しつくす。
「くそっ!当たれ!」
「まあ、エネルギーが切れるまで、ボコボコにするんで、覚悟を決めてもらおう」
「逃げるしか!出来ないやつが!何を!」
「俺、ほとんどここから動いてないけど?それに当てられないからって、まずは自分の技量を疑ってくれないかな?」
「え?」
一夏はそこで初めて気づいた。彼が最初に切りかかられた位置から半径一メートルの間から動いていないことに。
「さて、エネルギーが切れるまで、頑張って耐えろよ?」
【葵】を展開して、まずは一撃。
「え?」
エネルギーの信じられない消耗度合に、一夏は目を丸くした。
まるで、自分と同じように、エネルギーシールドそのものを攻撃するような武器なのだろうかと、彼が手にする刀を見つめる。
「ああ、これがISの『絶対防御』か。凄まじい能力だな」
直死の魔眼で『白式』を切ったのだが、エネルギーを消耗させただけで終わってしまった。
「まずは、お前が考えなしてISを動かしたお陰で、俺の人生が歪められた事実を認識してもらおうか」
「何…を?」
「誘拐五回、暗殺十二回、放火一回」
「え?」
「お前がISを動かしたから行われた総点検で、俺が発見された後、俺に対して行われた襲撃の公式発表数だ。で?お前はマスコミに押しかけられて、解剖依頼が一回来ただけだって?実に羨ましい!」
動きが止まっている一夏に攻撃を当てるなど、目を閉じていも出来そうだ。
「がっ!……あれ?」
先ほどよりもエネルギーの減りが少ない事に、一夏は気づいた。
「ああ、簡単に終わらせたら、詰まらないだろう?」
【葵】を肩に担いで、地面に倒れ伏した一夏が立ち上がるのを待つ。
「てめぇ、ふざけた事を……」
「年上にその態度はないなぁ。織斑一夏君。お姉さんの七光りの下で保護された小僧の分際で、偉そうに」
「年上……?」
「ああ、『君のお陰』で、通っていた高校を退学になったよ。晴れて高校生活をやり直しだ。友達ともお別れする事になった俺に、何か言う事は?」
「落第するほど馬鹿だったのか……」
ぷちんと何かが切れる音が聞こえた。
アリーナに来ていた観客の間にも、冷たい空気が流れる。
「なるほど。謝ることもせず、言う事に欠いて、その台詞か。洒落や冗談でも笑えない。……もう容赦しねぇ」
最後の言葉を聞いた千冬は走った。彼の本気を悟ったからだ。
「え?」
瞬間、一夏はの姿を見失ったが、『白式』が自動で守ってくれていた。
だが、ISのシステムで気絶することも出来ない一夏は、の連撃で文字通りボコボコにされながら『白式』のエネルギーを削られていく。
「くっ……がぁっ!」
の姿をとらえようとするが、捉えられるのはその影だけで、目で追うことも出来ない。
「これで終わりにしてやる!」
残り少ないエネルギーと『白式』ごと、叩き斬ってやるとばかりにが【葵】を掲げたところで、千冬が割って入った。
「そこまでだ!……これ以上は、許容できない」
命じているようで、懇願するような声に、は深々とため息を吐いた。
「……後で、この馬鹿を本気で説教してもらえるなら。ここは引きましょう」
「承った。この馬鹿には、自分がしでかした事の大きさと君にかけた迷惑について、必ず言い聞かせる」
「その言葉を一度だけ信じましょう。……もっと前に、そうしておくべきでしたね」
『試合終了。勝者―――、』
最後のエネルギー分を斬りとって、はセシリアが待つピットへと帰っていく。
その姿を見送り、千冬はエネルギーが切れた事で気を失った弟を抱え上げた。
「お帰りなさい」
「ただいま、帰りました」
一夏をボコボコにしたも、セシリアが待つピットに帰ってくる頃には、いつもの優しい彼に戻っていた。
「えっと、すみません。次の試合は貴女の不戦勝になってしまいました」
先ほどまで本気で怒っていた彼との落差に、セシリアは笑ってしまう。
「ふふ、あれは仕方ありません。いくら何でも酷すぎますもの」
「織斑先生の説教を約束していただきましたから、明日から少しはマシになっていることを期待しますよ。何より、『次』はありえない」
はやれやれと言いたそうに肩を竦めて、反対側のピットを見つめた。
「さんは年上でしたのね」
「ええ。本当でしたら、来年大学受験だったんです。なので、学業の方は頼っていただけると思います。オルコットさんに頼ってもらえる事は少なそうですが」
「どうしてそう思われますの?」
「自分を高める努力を他人に見せたりはされない気がして。でも、どんな天才も努力しない訳がないのを知っている。それだけです」
そう微笑む彼の右手が自然に彼女の頭に乗っていた。
「あ、これは失礼を。すみません、ミス・オルコット。施設で下の子たちを見ていることが多かったものですから、つい癖で」
「いえ、私のことはセシリアで構いません。あと、その……もう一度、撫でていただけませんか?」
セシリアの願いを、彼は優しく叶えてくれた。
「一夏!」
千冬が一夏を抱えてピットへ戻ると箒が駆け寄ってくる。
「気を失っているだけだ。ISの優秀さに助けられたな」
「の奴!一夏に何てことを!」
「あいつに手を出す事は許さんぞ」
今すぐにでも木刀を持って彼を攻撃しそうな友人の妹を制する。
「何を言っているんです!一夏がこんなにされたんですよ!」
「彼の言った事は本当だ。誘拐五回、暗殺十二回、放火一回。わかっているだけでも、彼は世界中からこれだけの襲撃を受けた」
そう、公式発表だけでこの数である。非公式や確認されていないもの、計画段階で取りやめになったものを入れたら、どのくらいの数になるのか、千冬は考えたくもなかった。
「ですが、それで一夏が死にそうになるような攻撃を仕掛けるなど間違っています!」
「ニュースになったな。一夏が道に迷い『関係者以外立ち入り禁止』の場所にあったISに勝手に触ったと。考えなしと言われて、当然だろう。極め付けだったのは、『落第』などと言った事だ。彼は元の高校で優等生で主席だった。それが二度目の一年生だ。一夏に怒りをぶつけても仕方がないだろう」
あそこで一夏が地雷を踏んでさえいなければ、ここまでの甚振られたりはしなかっただろう。
「しかし、それは一夏のせいでは!」
「束を恨んでいる君が、それを言うのか?」
「!そ、それは……」
冷や水を掛けられたように、箒は言葉を失った。
「最終的な行動をしたのは、確かに一夏ではない。日本政府でIS学園だ。だが、その発端になった者が、勉強もしていない、自分が起こした行動の結果も認識していないのを目の当たりにしたら?私は、この程度で引いてくれて良かったと思っているよ」
千冬は多少の打撲はあるが、気を失っただけで済んだ弟に、安堵のため息を吐いた。
「目が覚めたら、あいつの事情を話してやる。一緒に聞いておくといい」
そして、千冬から説教を織り交ぜながら聞かされた事実に、彼と彼女は打ちのめされた。
「すみませんでした!」
朝、千冬に連れられた一夏と箒が彼の前で頭を下げていた。
ちらりと千冬に視線を向けると、彼女も沈痛な表情で、こちらを見つめている。
「事情を聞いんですか?」
「あ、ああ。俺がどれだけ千冬姉と束さんの恩恵に預かっていたか、思い知った……。それに、どんだけに迷惑を掛けたかも……本当に、ごめんなさい」
しょぼくれている一夏と箒の様子に、叱られた子犬が幻視出来てしまうのは何故だろうか。
「そうか。なら、その経験を是非次に活かしてくれ」
はやれやれと言わんばかりにため息を吐いて、それだけを告げた。
「え?」
それ以上の追及も叱責もなく許されたことに、一夏は驚いた顔で彼を見上げる。その隣で箒も同じような顔をしていて、は内心でちょっと笑ってしまった。
「織斑先生からも叱られて、理解して反省したんでしょう?そこまで反省してへこんでいる子供達に、追撃を掛けるほど無慈悲じゃないつもりです」
まだ下がったままの一夏の頭を右手で乱暴にグリグリと撫でる。ちょっとくらい力を込めるくらいは、許容してもらおう。
「それに、俺も君に謝らないとな。八つ当たりして、すまなかった」
「え?」
「君は巻き込まれただけで、責任があるわけじゃない。だから、昨日のは、俺の八つ当たりだってわかってはいるんだ。俺もまだまだだな」
悪かったなと頭を下げる彼に、一夏はブンブンと首を振った。
「俺が考え無しだったのは事実だし、その、ごめんなさい」
「では、この件はこれで終わりにしよう。いいな?」
「うん。ありがとう、!」
軽くポンポンと一夏の頭を叩いたは、ニヤリと笑って話題を変える。
「しかし、次はもう少しまともな勝負になるといいですね?世界最強の後継者になるんでしょう?道は果て無く遠いなぁ」
「ぐ……」
「まあ、しばらくは篠ノ之さんに鍛えてもらいつつ、暇さえあればISを起動しておくといいのではないかと思います」
は彼の隣に立つ箒に目をやる。
「やっぱり、鍛えてもらわないと駄目か?」
が口にしたことを、一夏は姉である千冬にも言われていた。
「駄目ですね。俺の回避能力はISにサポートはされてはいますが、基本は俺の能力です。おとなしく彼女に頭下げて教えてもらうことです。ついでに言っておくが、男の上目遣いなんて気持ち悪いからやめろ」
「やっぱ、ひでぇ……」
容赦のない彼の言葉に、少し泣きそうだが、泣いたりしたら更に正論で叩きのめされそうなので我慢する。
「上目遣いも涙目もしていいのは、女の子だけです。それに前にも言ったと思いますが、男に優しくする趣味は全くない。それでもいいなら、今後ともよろしく。一夏」
「お、おう。これからよろしくな、」
名前を呼んでもらえた。そのことに、少し嬉しそうな表情を浮かべる一夏に、女性陣の方がやれやれと言いたそうな表情を見せた。
「ああ、実に長い付き合いになりそうです。篠ノ之さんも、今後ともよろしく」
「箒でよい。……その、助けてもらって感謝している。剣に関しては、基礎から教えて鍛えてやる」
先日の一件に箒も気づいてはいたのだ。ただ素直にお礼を言うという事が、彼女にとって非常にハードルが高いものなのだ。
「わかりました、箒。ありがとう」
ぶっきらぼうに言った彼女の頭も、は撫でておいた。
撫でられる彼女の口元が少し緩んで見えたのは、きっと気のせいではないだろう。
「しかし、目指せ人外魔境とは。いや、若いというのは素晴らしいですねぇ」
二人が早速朝練に向かうというのを見送り、は大きく頷いた。
その頭を、黒いスーツに包まれた拳が狙う。
「……危ないですね」
最低限の移動でそれを躱したも、確実に人外への道を歩みだしている。
「私は身内の事で揶揄われるのが嫌いだ」
「揶揄うなんて、弟を思うお姉さんは可愛いなぁって……よっ。当たったら、死にそうですね」
掠るだけで意識が飛びそうな拳を、はひょいと躱していく。
「嫌いだと言っている!」
「本気で思っているんですけどね」
左ストレートを避けつつ、困ったものだと顎に手を当てる彼の様子に、千冬は一段と速度を上げたが、それでも当たらない。
「たった二人の家族なんですから、恥ずかしがる事もないと思うんですが。乙女心は複雑ですねぇ……」
「この……っ!」
「はい。回し蹴りはアウト。女の子がスカート穿いてる時にやっちゃだめです」
足を上げる前に、間合いを詰められた千冬は、しぶしぶ足を下す。
じっと恨めしい目で睨み付けていると、彼女の頭に彼の右手が降りてきた。
「お湯を沸かしなおしますから、珈琲タイムにしませんか?」
「……スペシャルか?」
「知り合いのバリスタに貰った特別ブレンドです。お気に召すといいんですが」
「なら、よし。特別に見逃してやる」
他の人が見たら、まだ怒っていますという顔の千冬だったが、にはもの凄く喜んでいるようにしか見えない。なんていうか、ピンと立った耳と、ブンブンと振られる尻尾が幻視出来そうな感じである。
「……先生にも謝らないといけないのに」
「なんだ?」
早く開けろとばかりにドアの前に立つ千冬に、ドアを開きながら彼が告げれば不思議そうに返事が返ってきた。
「嫌な役目を押し付けました。すみません」
背中を軽く叩いて彼女を室内に促しながら、は千冬へ謝罪した。
「俺が言っても、あの二人が聞く耳をもたないだろうから仕方ないのかもしれませんが、それでも貴女に押し付けたのは変わりありません。……ありがとうございました」
部屋の入り口で振り返った彼女に、は頭を下げる。
「私は教師だからな。それに、アレの姉でもあるんだから、当然だ。むしろ、もっと早くにあいつに言い聞かせておくべきだった」
千冬は自分の方が謝るべきだというが、顔を上げたは軽く首を振った。
「ごめんな。大切にしている弟に、八つ当たりして」
まるで友達のように、がそんなことをいうものだから。
「……あんなに痛めつけることはなかっただろう!?私がどれだけ、心配したと!」
千冬はつい彼の襟首に掴みかかり、心情を吐露していた。
「うん。だから、ごめん」
は自分を掴んでいる彼女を落ち着かせるように、千冬の手を自分のそれで包み込む。
「二度とやらない」
「……本当だな?絶対だぞ?」
「ああ。約束する」
優しく頭に手を載せられて、弟にするのとは全く違う優しい撫で方に、ゆっくり心が落ち着いていくのを感じる。
「今日はカフェラテにしておきましょうか。ちょっと甘めの」
「……任せる。待ってるから、早くしろ」
の口調も元に戻り、落ち着いたら恥ずかしくなったのか、千冬はふいっと視線を外して部屋の中の定位置である彼の椅子へと向かってしまった。
は弟思いだなぁと思いながら、コーヒーの準備を始めるのだった。
「ところで、織斑先生は甘いものはお好きですか?」
「いや、特に好きではないが、嫌いでもないぞ」
いつもの場所で待っていた千冬に、カップを差し出しながらが尋ねればそんな返事が返ってきた。
「そうでしたか。では、どうぞ」
その返事に一つ頷いたは、戸棚に入れていた紙袋を取り出し千冬に手渡す。
「なんだ?」
「パウンドケーキです。今日のおやつにでも」
「……そう言えば、菓子も作れると言っていたな」
手際よく珈琲を淹れていると、紙袋の中のケーキを見比べる。
「パウンドケーキなんて材料混ぜてオーブンに放り込むだけですよ。職員室でお茶でもする時にでもと思ったので、あとで感想を聞かせてください」
のちに、職員室で真耶と食べることになった少しお酒が効いたケーキは、実に美味しい出来栄えだった。
製作者は彼だと千冬が真耶に告げた際に、何とも言えない生ぬるい目で見つめられることになる。着実に餌付けされているのは、クラスメイトだけではないらしい。
「一年一組のクラス代表は織斑一夏君に決定しました。一つながりですね!」
「え?勝ったのは、じゃ……」
真耶の言葉に、一夏が訓練機で専用機二機を落とした隣に座る男に視線を動かすと、彼は今日も教科書を読み込んでいる。
「俺は訓練機ですし、正直面ど……時間がないので」
本音がダダ漏れになりそうなところを、黒髪の青年は辛うじて取り繕う。
「今、面倒って言った!言ったよな!?」
「なんの事だか、さっぱりですねー」
掴みかかってくる一夏から視線をそらせた彼の言葉は、見事なまでに棒読みである。
「専用機を持っていない俺より適任ですし、何より決定権は勝者である俺にあります。一夏にわかりやすいように端的に言うと『勝った奴に従え、この負け犬が』ってところでしょうか」
「ぐふ……」
容赦のない言葉に、一夏は机に突っ伏してしまった。
「何より、この間のセシリアさんとの模擬戦の様子ですね。ぼこぼこにされていましたが、一夏が実戦形式の方が伸びることがわかったので、よりよく経験が積ませようという話になりました。セシリアさんも認めてくれたので、諦めて頑張ってください」
「……そうなのか?」
「経験値が少ないので、まだまだですが」
「そ、そうか。俺、頑張るよ」
の言葉に、一夏は決意を新たにするのだった。
きりがいいところまで進めたかったので、ちょっと長め?
もうしばらくは戦闘シーンはカットで。
コメント by くろすけ。 — 2019/02/20 @ 17:43