【簪】
第一印象は【背が高い人】だった。
あの頃は、姉さんの事や専用機の事とかでいっぱいいっぱいだった私は、かなり素っ気ない態度だったと思う。
だけど、彼は笑顔を絶やさない優しい人だった。
最初は何を考えているのかと思ったけれど、休憩も大切ですよとカフェラテを差し出してくれたり、もの凄く申し訳なさそうに同室になってしまった事を謝ってくれたりと、こちらが悪く思うくらいに、彼は気遣いの出来る人だった。
珈琲豆をひくために廊下に出るなんて、普通の人はしないと思う。
毎日モニターとにらめっこしている私を、心配そうに見つめてくる様子に、つい笑ってしまった。
「……心配性のお兄ちゃんみたい」
「年齢を考えればおかしくはないんですが、実のお姉さんに殺されかねません。嫉妬で」
どうも彼の知っている『姉』が自分の姉の事なのか首を傾げたくなる。
「この間、寝ちゃった時、ベッドまで運んでくれてありがとう」
「風邪をひいたりしたら大変ですからね。色々迷ったんですが、女の子は身体を大事にしないと。というのが、母の教えです」
「施設の皆は大丈夫?」
ISに関わることになってから、彼の周りでは物騒なことが連続して起きている。
家族を人質に取ろうとした組織も当然あると、簪は聞いていた。
「ああ、今回、私の一件があってから、安全な場所に避難してもらってます。施設のみんなを人質に取られたりしたら、私はきっと容赦できませんから」
彼は小さくため息をついて、カップに口を付けた。
「最近、気軽に電話したり、会いに行ったりできなくて困ってます。だから、簪も後悔はしないようにね。お姉さんとちゃんと話して前を向こうな」
「やっぱり、は心配性のお兄ちゃんみたい」
簪の言葉に、黒髪の青年は困ったような微笑みを浮かべて彼女の頭を優しく撫でてくれるのだった。
【楯無】
彼の事は調べても調べても、普通の人という評価は覆らなかった。
もう一人の男性IS操縦者と違い、開発者とも世界最強とも縁のない、極普通の高校生。
そのはずなのに、各界の有名人と何故かコネがある。
それがあらゆる手を使って結論付けられた彼の評価だった。
だが、会ってみれば、わかる。
彼女の妹が二日で心を開いてしまった訳も、彼の知り合いだという人たちが彼を崇拝に近い気持ちで見守っている訳も。
そんな彼のおかげで、私は窮地に陥っている。現在進行形で。
目の前には最愛の妹が小さく首を傾げていて、そんな姿も可愛いと思いつつ、ポケットに入れたスマホを取り出すか否かを葛藤していた。
「ど、どうして、そんなことを聞くのかしら?」
「が、お姉ちゃんは私を大好きだから、スマホは私の写真で一杯のはずだって……」
正にどうしたものかと内心頭を抱えてしまう。
「見せないのは『盗撮』込みだって……お姉ちゃん?」
退路すら見事に断たれてしまった。どちらに進んでも、嫌われそうな未来が待っている辺り、言い出した彼に恨み辛みを内心で送っておく。
結局、すべてを見せる羽目になり、妹から呆れたような、嬉しそうな笑顔を向けられたので、よしとしておくことにする。
そして、今まで話さずに抱え込んでいた事を、大切な妹に話した。
【さっさと話さないと、あることあること私から簪に告げます。大切な妹に冷たい視線を向けられるのをご褒美と思う変態じゃないことを祈ります】というメッセージが、今日の早朝に妹の同居人から届いていたというのは、見なかったことにしたい十七代目楯無だった。
次の日、簪が整備室に向かった後、彼に文句をいう事にした。
「おはよう、君」
「おはようございます、会長さん。無事仲直りおめでとうございま…っと」
本気で投げた扇子は、軽やかに躱されてしまう。彼の回避能力には目を見張るものがある。いつか本気で追求しようと心に決めた。
「簪さんも喜んでいたのに」
やれやれと言わんばかりの言葉と共に差し出してくれた扇子を受け取る。
「貴方のお陰で姉の威厳とかが台無しよ」
「威厳……?」
何のことだ?とはワザとらしく首を傾げる。
「くっ……一応言っておくと、更識の家は色々あるのよ」
更識について簡単に説明して、だからこそ妹を遠ざけておきたかったのだと告げると、彼の雰囲気が一変した。
「能力が高いのも問題ですね。本当、この世界の老害どもを何とかしないと」
「っ……」
いつもと変わらない様子に見えるのに、圧力が増した。背中に冷や汗が流れるのを感じる。
「大丈夫。何も心配ないですよ」
でも、彼の言葉と共に右手がぽんっと頭に乗せられると、それすら霧散してしまった。
「意外とここが気に入っているんですよ、これでも」
だから、心配しなくてもいいですよと言外に込められた言葉を簡単に信じてはいけない。そう思うのに。
ちらりと視線を上げて見えた彼の笑顔に、大丈夫かもと思ってしまう。
自分の心の動きに、楯無は困ったものねと思いつつ、彼の手を払いのけたりはしなかった。
【セシリア】
最初に声を掛ける前の印象は、【軟弱】だった。というよりも、男という存在は彼女にとって全てがそうだった。
だが、声をかけてみれば、天涯孤独なのに笑顔を忘れない彼に 【軟弱】が【優しさ】に変わるのに時間はかからなかった。
そして、彼は努力家だった。彼女たちが三か月かける参考書を、一週間で半分覚えたという。
その言葉に嘘はないだろう。参考書はすでにボロボロでいろんな書き込みがされていた。
何よりも模擬戦の時の言葉に、力強さを感じた。
「……全力をもって、挑ませていただく」
そう言って刀を掲げた彼は、結果、彼女に勝ってしまった。
レーザーを斬って、更に躱す。
彼女の報告を信じなかった本国の技術者に、録画映像を見せたら軽く発狂していたのに、セシリアは少し胸がすっとしたのを覚えている。
なにより、エネルギー切れでブルーティアーズの展開が解除された瞬間には、彼の腕に守られていたのだ。
「えっと、大丈夫ですか?」
つい先ほどまで鬼気迫る表情で攻撃していた彼が、不安そうに彼女を覗き込んでいるのに、セシリアの方がどうしようかと思ってしまった。
「そう、見えますの?」
つい睨みつけてしまったが、お姫様抱っこをされた状態だったのだから、それくらい許してほしい。
その日から、セシリアからも授業の合間やお昼休みによく話しかけるようになった。
「紅茶を淹れるのは、あまり上手ではないのですが」
一度部屋にお邪魔した際に、そう言いつつ用意してくれた紅茶とちょっとしたお菓子はとても美味しくて、その日の夜にチェルシーへ報告したのを覚えている。
だからだろうか。待機状態であるブルー・ティアーズを見せてもらえませんかという、好奇心に輝く瞳に負けたのは。
「これが貴女の相棒ですか。とても綺麗ですね」
窓から差し込む光に蒼い雫をかざした彼の顔は、それをとても愛おしそうに見つめている。
「偏向射撃。きっと出来ますよ。貴方とこの子なら。必ず」
「知っていましたの?」
『理論上は可能である』と、いわれた技能を適正が一番高いにも関わらず使用できていないことを。
「貴女がそのための努力を怠っていない事も、上手くいかない苛立ちを外に見せたりしない事も」
はそっと彼女の手を取ると、ブルー・ティアーズをその掌の上に返した。
「大丈夫。きっと出来ます。この子も応えてくれます。まずは自分と相棒を信じなくては始まらない。そうでしょう?」
「でも……」
「俺を信用できないのは仕方ありません。でも、この子だけは貴女を絶対に裏切らない。人馬一体。例え言葉は通じなくても、まずは相手を信用しなくては。そうでしょう?」
「……ええ。確かにそうですわ」
いつまでも成功しない偏向射撃に『出来ないのでは』という心が芽生えていたのは事実だった。
それが、相棒への不信へとつながっていたのだろうか。
「明日から、その、一緒に訓練していただけますか?」
「勿論です。俺も手伝いますし、射撃関係なら簪も頼りになります。箒に頼んで近接戦闘も教えてもらいましょう。それに、一夏を的にすれば、あいつは回避能力を、セシリアは射撃能力を鍛えられますね。アイツには一組の半年デザート食べ放題のために頑張ってもらわないと」
笑っている彼に、何故か自信がわいてくるのをセシリアは感じていた。
【箒】
姉である束の事を全く聞いてこない彼に聞いたことがある。
『私に姉の居場所を聞かないのか?』と。
彼の返答は忘れられない。
「教えられたら、殴り込みに行きたくなるから聞きません。妹泣かせるなんて、何してるんだ!って」
笑顔で言われた言葉に、呆気にとられたのを覚えている。
笑顔だったのに、ちょっと怖いと思ってしまったのは、彼には秘密である。
「普通はISについて聞きたいとか、いろいろあると思うんだが……」
「ああ、そうですね。宇宙開発については、是非お話を聞いてみたいです。問題は私の頭がついていけるかって事ですが」
彼の話を聞いていると、今まで彼女に接触してきた人間たちの薄汚さが浮き彫りになる気がする。
「は、ここには来たくなかったのか?」
「基本的に俺は実験動物扱いですからね。人間としては、あまりなりたい立場ではないです」
「すまない……姉が迷惑を掛ける」
「箒が謝る必要なんてイチミクロンもありません」
俯いた彼女の頭を優しく撫でてくれるのは、微笑んだ彼の大きな手だった。
「しかし……」
「ISを動かせたのは俺で、そんな俺を実験動物にしようとした馬鹿どもには地獄を見てもらってます。俺をISに乗れるようにしたのが、箒だったら、土下座して謝ってもらいますけど、違うでしょう?それに、お姉さんは何も悪いことはしていない。ただ、自分が発明したものを発表した。それだけです」
は彼女を落ち着かせるように笑った。
「今はまだ子供なんだから、自分がやった事の責任だけを取っていればいい。君の姉が仕出かした事は、彼女自身に心よりの反省をお願いしようじゃないか」
はははと笑う彼に、しばらく連絡もとっていない姉に心の中で合掌しておいた。
主人公以外の視点から。
まずは女の子チーム。
視点がふらつくこともあるので、ちょっと読みにくいかも。
そのうちうまく移動できるようになればいいけど。
コメント by くろすけ。 — 2019/03/04 @ 18:17