目指せ、魔王様。OtherSide 02

【一夏】
最初はどうして仲良くしてくれないのかと思っていた。
あの日、姉に教えられたのは、小説より奇なりと言いたくなるような出来事の羅列だった。最初はまさか本当の事だと思えず、姉が冗談を言っているのだと思っていた。が、それが全て自分のしでかした事が原因だと告げられては、もう言葉もなく俯くことしかできなかった。
『死』というものを彼の身近に送り込んだのは自分の軽率な行動なのだと、もう頭を下げて謝るしかできなかった。
それでも許してもらえるとは思えなかったのに。
「そうか。なら、是非次に生かしてくれ」
言われたことが理解できなくて、頭を下げたまま、を見た。
本当に彼はもう怒っていなくて、仕方ないなと言わんばかりの表情で、こちらを見ていた。
それからの彼の言葉をよく聞いていると、容赦のない言葉だったが、その実、一夏や箒を心配しての言葉だったりするから反論も出来ない。
そして、まるで弟にするように撫でられるのが、いやじゃない自分に気付いた。

「また負けた……」
「本当にお前の学習能力は底辺だな。何度、真っ直ぐ突っ込んでくるなと言えば理解できるんだ?この朴念仁が」
アリーナで文字通りコテンパンに伸された一夏に、の容赦のない言葉が降り注ぐ。
「対応が女子への対応と天と地だし……」
「当たり前だ。野郎に掛ける慈悲などない。次は箒とセシリアも入って三対一で」
今日は箒も訓練機の予約が取れたという事で、三人で訓練を執り行っていた。
「そんな卑怯な事……」
「まずは、そんな卑怯な手段をとっても、俺に一発も当てられない自分を恥じろ」
「う、うう……」
正論に一夏は反論もできずに、俯くしかない。そんな彼にはため息を一つ吐いた。
「一回とはいえ、俺に刀を使わせた自分に胸を張って、今度は二回振るわせてみろ」
「!エネルギー補充してくる!」
走り出した一夏を見送り、女性陣を振り返る。
「ふふ。は一夏をやる気にさせるのが巧いな」
「はて、何のことやら?」
「本当は躱せた、はずですわ」
「……一夏には内緒ですよ?」
女性陣の方が目が厳しいらしい。は苦笑して、人差し指を口元に立てた。

「千冬姉、ちょっと今週末……って、!?何してんの!?」
「何って、晩酌用のおつまみを作ってます。やはり部屋にキッチンがあるっていいですね。ちょっと頼んで部屋改造しようかな」
姉の部屋に来たと思ったら、エプロンをつけて菜箸を持っているが現れて一夏は混乱している。
「必要なら、この部屋を使えばいいだろう。ああ、使用料はこの間の燻製ハムで頼む」
そんな彼の背後から聞こえてきた声は、間違いなく千冬のもので、一夏は更に混乱した。
「はいはい。今日はソーセージもありますよ?」
「ビールが進んで仕方ないものを出すな、お前は」
「で、一夏は織斑先生に何か用事だったんでしょう?ジュースくらい飲んでいきますか?」
「あ、うん。はい」
勝手知ったるとばかりにジュースを用意してくれるに、それ以上何も言えずに姉が座るソファの前に座った。
「で、一体どうしたんだ?」
「あ、ええと。今週末、ちょっと家に帰って着替えとか荷物を取りに行って、家の片付けもしてこようと思って、連絡に来たんだけど……」
「はい。今日のおつまみは、タケノコのピリ辛炒めと自家製ソーセージですよ」
湯気を立ち昇らせる皿をテーブルに置いて、織斑姉弟の前に箸を差し出す。
「割り箸ですまないが、是非感想を聞かせてもらえるかな。織斑先生から家事は万能って聞いてる」
「うん。……うめ!」
「タケノコは今朝掘ったものが届きましたし、ソーセージは自慢の一品ですからね」
「また貰い物か?ほぼ週一で荷物が届くと報告があったが」
「ええ。友人たちが大変だろうと見舞いの品を、手を変え品を変えで送ってきてて。今日のタケノコもその一つですね。昨日の夜に『明日届けるから!』ってメッセージが来たので、早めに食べようと思いまして」
「そっか!あー、マジ美味かった!」
そんなことを千冬に話していたら、一夏の手により皿の上は空になってしまっていた。
「……あー、一夏。食い物の恨みは恐ろしいぞ?」
「へ?」
憐れむようなの視線に、一夏は首を傾げる。
「いい度胸だな。私の晩酌の時間を邪魔した挙句、他人のツマミを勝手に食い尽くすとは」
「え?……あ」
食べ切って空にした皿が、一体誰のための何だったのかを思い出した一夏は顔面蒼白である。
「安心しろ。大切な弟だ。殺人事件にはならないようにしてやる」
全然安心できない台詞を口にして、千冬は一夏にアイアンクローをかました。
「いいいい痛いいいい!千冬姉、マジでいてぇ!」
「織斑先生だ。馬鹿者」
腕をタップした一夏にそう言いながら、千冬は弟を床に正座させる。
「あー、仲良しなところ申し訳ないんですが、俺ちょっと部屋に戻ってきますね」
二人にそんなことを言いながら、エプロンを外したは部屋の外へ向かっていく。
「織斑先生。秘蔵のサラミと牡蠣のオイル漬けを持ってきますので、それまでには終わらせてくださいね」
「わかった。楽しみにしている」
「一夏、死ぬなよ」
「廊下を走るとは、後であいつも説教だな」
一夏の前で仁王立ちした千冬は、ドアの向こうから聞こえた走り出す音に軽く首を振った。
ちなみに彼の部屋は徒歩20歩程度の隣部屋である。
その日以降、一夏は二度と姉の晩酌タイムに邪魔はしないと心に誓うのだった。

【千冬】
最後の仕上げをしますからキッチンをお借りしますね、と言ってエプロンをした青年の背中をビールを用意しながら眺める。
部屋にキッチンがあるのが羨ましいと言うので、使用許可を出せば、その日から嬉々として入り浸るようになった。そんな彼がとりあえずと言って出してくれたネギチャーシューとおつまみキャベツは、ビールが進んでしまってしかたない。
「今日は随分と進んでいますね。これは必要ありませんか?」
「こんないい匂いをさせておいて、そんな事を言うとは、お前は鬼か」
調理が終わったのか、香ばしい匂いをさせながら、の放った言葉に、千冬は絶望しそうになる。
「油揚げの大葉チーズ挟み焼きです。どうぞ」
「うむ」
焼き上げた後、食べやすいように短冊状に切り分けられたそれは、サクサクとした触感と、シソの香りと程よい塩気がたまらない。
「……?なんだ?」
「いえ、美味しそうに食べていただけるので、嬉しくなっただけです」
ニコニコとアイスティー片手にこちらを見ていたに首を傾げると、彼は嬉しそうに笑う。
「実際、美味いんだ」
「それは良かった。織斑先生にそう言ってもらえると、ちょっと胸を張れますね。一夏に自慢できないのが残念です」
「ふん。今日もボコボコにしていたと報告が来たぞ」
「まあ、一夏にはデザート無料半年券の為に頑張ってもらわないといけませんし、目指せ千冬姉を掲げるあいつとしては、俺程度に負けていては話にならんでしょう」
千冬姉と彼が口にした時に何も口にしてなくてよかった。もったいない事になりかねなかった。
「……織斑先生、だ。で、お前から見てどうだ、あれは」
「織斑先生がよくあんな欠陥機で世界一をとれたものだと思いました。燃費極悪ブレードオンリーとか、誰が考え出した縛り設定なんでしょうね?」
「それは『白式』の感想だろうが」
千冬が聞きたいことを微妙に外してくるに、早くしろと促す。
「はいはい。弟が気になって仕方ないんですよね。基礎、知識、経験などなど足りないものが多すぎて、ひとつずつ潰していかないとダメですね。次のクラス代表戦では、簪の足元にも及ばないでしょうね」
最初の一言がなければいいのに、と千冬が思ったのはしかたないだろう。
「ただ技能の吸収が早いので、足りないものがなくなれば、ブレオンでもそこそこ行けるんじゃないでしょうか」
「そうか」
による弟の評価に嬉しそうに千冬は頷いた。
「問題は箒の方かもしれませんね」
そんな彼女を見ながら、は一夏よりも問題点の多い彼の幼馴染の事を思いため息を吐く。
「何があった?」
「あのすぐに力に訴えるところと、一夏を疑わないというか、絶対だと信じているというか……。政府のクソッタレ要人保護プログラムの所為とだけは言い難い何かがあってですね」
何かを思い出すように、は目をつぶって額に手を当てた。
「まあ、もう少しは様子見でしょう。しかし、2人の面倒見ている俺程度でこんなに大変なのに、先生たちのご苦労は察するに余りあるものがあります。何かあれば、愚痴くらい聞きますよ?」
などと言いながら、お酌をしてくるものだから、千冬はついうっかり愚痴ってしまった。
「……あれ」
「ん?」
彼女が指差した先にある段ボール箱に首を傾げた。昨日の夜にはなかったはずだ。
「通販で何か買ったんですか?」
「そうだったら、良かったんだがな……見ていいぞ」
「では、失礼して……織斑先生、訴えて勝ちます?ストーカーって対象が同性でも犯罪でしたよね?」
「犯人が誰かはわかっているが、面倒くさいんだ。裁判で会ったり、彼女の為に時間を使うのすら、彼女にとっては至福らしい」
「病んでる人の思考は1ナノグラムも理解できませんね。彼女からすれば、俺って殺したいくらい憎い存在かも」
「……何を悪役みたいに笑ってるんだ、お前は。警備部に連絡しておくか」
確かに、こんな風に部屋に毎日出入りしている彼に矛先が向かないとは限らない。
「必要ないですよ。俺、幸運パラメーターぶっちぎりですから」
「しかしな……」
「大丈夫。とりあえずは一週間ってところですかね。ちょっと『金は力なり』を体感してもらいましょう」
ポチポチと携帯端末から友人たちへ一斉メールをしておく。結果だけ報告ヨロと入れておく。
「何を言っているんだ?」
「まあまあ。しかし、凄いですね。昔の雑誌とかレア度高めの品々も詰まってますよ?全部切り抜かれていて、正直勿体ない。オークションで売って、飲み代に回すとか出来ないじゃないですか」
段ボールの中身を漁り始めたは古い雑誌の中身を確認してぼやく。
「おお!織斑先生のISスーツ……ああっ!」
目を輝かせたから雑誌を奪い取って段ボールへ叩き込む。千冬の一連の動作に一切の遅滞は見当たらない。
「全く油断も隙も無い。ツマミが空になったじゃないか。ほら」
「仕方ないですね。もうおつまみ食べ切ったんですか?少しだけ、燻製チーズ出しましょうか?」
「是非」
にビールを注いでもらいながら、着実に餌付けされている千冬だった。

後日。
「なあ、最近例の段ボールが届かなくなったんだが」
用事を終わらせて職員室に戻る途中、千冬はアリーナで黒髪の青年と訓練をしているという一夏達のところに顔を出した。
「それは良かったですね。ああいう病んだ人に付き合っていると、こちらの神経もおかしくなりますから。あの雑誌の付録は惜しかったですが」
「まだ言うか」
苦渋の決断でしたと言わんばかりのを、千冬は呆れたように見上げる。
「健全な青少年として、極当然の反応だと思いますよ?美人のISスーツ姿を見て興奮しない一夏がホモなだけです」
「心の底から、チゲーよ!!」
セシリアの射撃をギリギリで躱しながら、反論してくる一夏は無視しておく。
「ドイツから白アスパラガスが届いたんですが、晩酌でお出ししても?」
「シュパーゲルか。ソースはオランデーズか?」
「ええ。今日のところは。ただ、てんぷらにして塩でも美味しそうなんですよね」
「作らないのか?」
「……わかりました。揚げます」
が甘いのか、千冬が甘えているのか。
隣で聞いていた簪は、内心で首を傾げた。

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後書&コメント

  1. 織斑姉弟編。
    文字数的に千冬さんが長くなるのは、仕様です。

    アクセス解析はしているので、読んでくださっている方がいるのは知っているけど。
    こんな話でいいのか、せめて一言いただけると、幸せです。。。

    コメント by くろすけ。 — 2019/03/04 @ 18:19

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Posted: 2019.03.04 インフィニット・ストラトス. / PageTOP