「で、SR社訪問の週末となった訳ですが……何故?」
同行者である簪はともかく、一夏、箒とセシリア、クラスメイトの布仏本音まで一緒に姿を現したことに、は首を傾げていた。
「本音は私の付き添いで……」
「そーだよー。私はかんちゃんの付き人だもん」
どうやら、お家同士のお付き合いらしい。
確かに簪を一人で出歩かせるのはどうかと思うが、本音と二人でもあまり不安は解消されない気がするだった。
「なるほど。……で、君達は?」
「が外に出かけるっていうから、俺も一緒に行こうと思って」
一夏が来たことで、簪に視線で尋ねる。彼女が微笑んで頷いてくれたので良しとしよう。
「ちなみに、情報漏洩元はどちらから?」
「千冬姉」
「そちらも納得しました。で、箒さんとセシリアさんは?」
漏洩元には後で報復措置を行うとして、彼と一緒にやってきた二人にも尋ねる。
「暇だったのでな」
「私も同じく、ですわ」
「わかりました。……念のため、電話で確認しますので、少々お待ちください」
アポを取ったとはいえ、人数変更の連絡をしておいた方がいいだろう。
はやれやれと思いつつ、電話をかけ始めた。
「特に問題ないそうです。……さて、そろそろ出てきませんか?」
電話を終えて校門の方へと声をかけるに、全員が首を傾げる。
「そうですか。では、簪さんにあることあること吹き込んでも構わないと、そういう訳ですね?」
「君、本当に私には容赦ないよね!」
「紹介しておきますね。こちら、簪さんのお姉さんで、更識楯無生徒会長」
門の陰から姿を見せて駆け寄ってきた楯無を、簪と本音以外に笑顔で紹介しておく。
「ちなみに、世界最強のブラコンに匹敵するくらい、シスコンです」
「くっ……否定できないのが悔しい」
楯無が広げてみせた『残念至極』と書かれた扇子に、全員が苦笑している。
「時間が許せば、会長も一緒に行きませんか?帰りにお茶ぐらいはご馳走しますよ?」
「あら、デートのお誘い?」
「そうですね。次回は是非二人っきりで出かけましょう」
さらりと躱して反撃する。実に彼らしい返答だったのだが、その後少しセシリアと簪の機嫌が悪くなったのはご愛敬というものである。
「さんはSR社と、どのようなご関係ですの?」
会社へ向かう電車の中で、セシリアは目の前に立つ青年に尋ねた。
「簡単に言えば、昔ちょっと困ってらっしゃる時に手助けをして以来のお友達です」
「それだけ?」
「ええ。それも随分前の事なんですが、未だ恩を返し切ってないとか言ってるんです」
首を傾げる楯無の言葉に頷く。
「そういう人たちがいつの間にか増えてて、現在わらしべ長者です。まあ、そのおかげで貴女の手助けができそうで何よりです」
ガタンという揺れに少しバランスを崩した簪の背中を支えながら、彼女に微笑みかける。
「ありがとう、」
「いえいえ。ただ、後ろから睨んでくるお姉さんに一言言ってやってください。個人的には『大嫌い』がおススメです」
の後ろに立っている姉が、憮然としているのを見て、簪は小さく笑ってしまった。
「君、本当に私に情け容赦ないわよね?」
「そうですか?」
「な、撫でられたからって、ちゃらにはならないわ!」
それでも撫でてくれる彼の手を振り払ったりしない姉に、簪は笑うのをやめられない。
「って、すげーな」
楯無と楽し気に話すに、一夏は感心したような声で呟いた。
「唐突に、何を言っているんだ?」
「いや、千冬姉もそうだけど、普通に話せるんだなーって」
しかも相手が怒っていても。と声にせずに一夏は続ける。
「まあ、ちゃんと言葉が通じる相手には普通に話しかけますよ」
微妙に会話がかみ合っていないのを聞いている女性陣は気づいていた。
「さん。一夏さんの言いたい事はそうではありませんわ。どうして、機嫌のあまりよろしくない方とも話せるのかという事では?」
セシリアの言葉に、一夏は大きく頷く。
「機嫌が悪い?」
先ほどまで隣にいた楯無を見れば、彼女はいつの間にか簪の後ろに移動してを威嚇するように睨み付けていた。
「……何」
「いえ。……一夏、子犬や子猫は好きですか?」
楯無に向けていた視線を、は一夏に転じる。
「なんだよ、いきなり。まあ、嫌いじゃないぞ。可愛いよな」
唐突にたとえ話を始めた彼に、首を傾げながらも一夏は答えた。
「その子たちがちょっと拗ねて威嚇してきたくらいで、怒ったりしますか?」
「……ああ。なるほど。しないな」
「そう。理解できましたか?」
「の例えはわかりやすくて助かるよ」
感覚派の箒と理論派のセシリアの説明を受けたことのある一夏は、その時のことを思い出し、ちょっと遠い目をしてしまった。
「ちなみに、千冬姉は狼です」
「狼ですか。格好良くて、実に言いえて妙ですが、本人の前で言うのは慎んで遠慮したいところですねぇ」
が目を細めるほどの青い空の元、彼らを乗せた電車はSR社の最寄り駅へと滑り込んだ。
「お久しぶりです、高崎さん」
「おお、やっと来た。もっと遊びに来いって言ってるのに、滅多に顔も出さないなんて酷くないか」
「仕事の邪魔は出来ませんから。城山さん、怒ってませんか?」
「私が暇な時にも遊びに来てください、だとよ。俺と対応が雲泥の差なんだがなぁ。で、そっちがお前さんの友人たちか?」
まだ四十代に差し掛かった程度の男が、と朗らかに話したかと思えば、こちらにチラリと視線を動かした。
見定めるような目に一夏は、思わず姿勢を正した。
「あんまり威嚇しないで下さい。女の子達が怯えるでしょう?」
「おお、悪い悪い。つい目つきが悪いのを忘れちまう。今日はラボの方に顔を出すんだろ?後で、こっちにも顔出してくれよ、な?昼は一緒に食おうぜ」
「はい。また後で」
彼を見送ると、待っていたように女性が一人近付いてきた。
「では、ご案内いたします」
女性の先導でラボへと向かう道すがら、は質問責めに会ってしまった。
あまりの勢いに慌てながら答えている彼の様子に案内の女性が、くすりと笑う。
「笑ってないで、助けてください。青山さん」
「失礼いたしました。様のそのような様子は初めてでしたので」
綺麗な一礼をしてくれた彼女は、この会社で秘書をして、彼の価値を知る一人だ。
「ラボも面々も様の来訪を楽しみにしていますよ」
「……また変なモノ作ったりしてませんかね?」
「社長も乗り気だったと主任から伺っていますので……」
「ま、まあ、今日は簪さんの参考になりそうなものを探しに来たので、特に変なことはないでしょう。うん。そう信じてます」
ラボに到着した彼を研究員たちが大歓迎したり、彼らが作っているものに簪が目を輝かせたり、実に有意義な時間を過ごすことが出来た。
そして、再訪を約束してSR社を出たところで、電源を入れ直した携帯を確認したの表情が途端に曇る。
「どうした?」
一夏にそっと差し出された画面には、『織斑先生』と書かれた不在着信の山。
「なんで、千冬姉がの番号知ってんの?俺だって知らないのに」
「さすがにそちらに注目されるとは思いませんでしたよ」
納得いかないと言いたげな一夏の言葉に、は左手で額を覆った。
「何かあった時の為の緊急連絡用です。世界で二人しかいない男性IS操縦者ですからね」
「ああ、そっか。学園で千冬姉に何かあったって事か!?」
「落ち着け、この馬鹿。これだけ連続して連絡が入ってるってことは、また直ぐに……ちょっと待ってろ」
着信を知らせるメッセージに、はすぐに応答した。
一夏がやきもきしているうちに、電話は終了したらしい。
「千冬姉が、何だって!?」
「少しは落ち着け。学園で何か事件があった訳じゃない。どうも俺が使ったISに不調が発生したらしいので、話を聞きたいらしい。お前のお姉さんは今日も元気だよ」
「そ、そっか……」
食らいつくように聞いてきた一夏も、の言葉にほっと一安心したようだ。
他の面々も安堵のため息を吐いている。
「でも、ISに不調ってなんだろーねー」
「整備科の人たちも揃って首を傾げているらしい。で、最後に起動した俺が呼ばれる事になったようです。申し訳ありませんが、織斑先生から帰投命令です。せっかく美味しい珈琲を飲ませてくれるお店にご案内しようと思ったんですが」
「整備科なら、お姉ちゃんが居るかもー」
「本音さんのお姉さんですか。お会いするのが楽しみですね」
ほやほやと緩い空気を生み出す本音に、少し残念そうにしていたの空気も緩んでいった。
「ただいま帰りました」
「ああ、他の面々も一緒か。何もなかったようだな」
特に荷物もなかったので、IS学園に帰った足でそのまま整備室へやってきていた。
「それで、ISの不調との事ですが、何があったんですか?」
「お前が先日から使っていたISを教員に回したのだが、誰が触っても起動しない」
「……はぁ」
「それが何か?みたいな顔をするな。全世界に500足らずしかない貴重品なんだぞ?」
「俺に聞かれても、というのが正直なところですが……。それで、俺にどうしろと?」
『殺』す事は出来るけど、というのは秘密にしておこうと思う。
「起動できるか試してみろ」
「イエス・マム」
嫌などと言える訳がない。
「ご機嫌ナナメですかね?」
少し離れた場所で、打鉄を起動させる。その速さは専用機持ちにも劣らない。
「起動、できますね」
「……うむ」
「話が出来れば理由を聞けるのに、残念ですね」
待機状態に戻してそれを撫でるは、本気でそう思っているようだった。
「整備科の布仏虚と申します。いつもお嬢様方がお世話になっております」
そんな彼のもとに、一人の女子生徒が歩み寄り、頭を下げた。
「これはご丁寧に。初めまして、と申します。本音さんのお姉さんでよろしいでしょうか?」
「はい。妹もお世話になっております」
「……ここにきて初めて『まとも』なお姉さんにお会いしたかも」
丁寧に頭を下げる彼女に、はちょっと感動していた。
「ちょっと、どういう意味かしら?」
「聞き捨てならん台詞が聞こえたな」
「とりあえずお二人は、胸に手を当ててゆっくり考えてください。それで、今回は一体何があったんでしょうか?」
抗議の声を上げる姉二人は放っておいて、虚に尋ねる。
「コアが搭乗者を拒否したのではないかと、予想しています。つまり、この打鉄を使えるのは貴方だけになります」
「……それは困りますね。数少ない機体が私の専用機になってしまったという訳ですか」
「ISコアが貴方以外を拒否しているので、こちらでは既に手の施しようがありません。開発者である篠ノ之博士であれば別かもしれませんが……」
ブレスレットを手には少し悩む。借りていた機体に過ぎないのだが、はこのISコアの意思表示を嬉しく思っていた。
「織斑先生、少し『交渉』をしたいんですが、よろしいでしょうか?」
「……いいだろう。山田先生にも同席してもらうが、構わんだろう?」
「勿論です。……あー、みんなは先に戻っていてください。後で詳しい説明をしますから」
「おう。今日は楽しかったぜ。また行こうな!」
一夏を筆頭に一年生組が帰っていく中、生徒会長の楯無と虚はその場に残っていた。
「私たちも参加させてもらうわ。生徒会として、コアの行方は気になるもの」
「わかった。も構わないな」
「はい」
連れてこられたのは、生徒会室だった。別に聞かれて困ることは言わないので、特にどこでも良かったのだが。
「それで、どうするつもりなんだ?」
椅子に座ると、早速千冬は目の前の青年に問いかけた。
「問題はコアの数ですから、トレードをしませんか?この子と、俺の専用機用に取り寄せ中のコアの」
「何?」
「今日、SR社に言ったら、目処が立ったという事でしたので。あ、ありがとうございます」
虚から差し出された紅茶を受け取り、頭を下げる。
「SR社が君の専用機を作るんですか?」
「ええ。色んな恩が廻り回って、今はSR社に集まって来ている感じです。わらしべ長者万歳」
紅茶を口に運んで、その美味しさに、の表情が緩んでいく。
「コアはどこからだ」
「それは俺も聞いていません」
千冬の問いに、まっすぐ目を見返して答える。
彼は『ここ』が気に入っているので、彼女たちに嘘を吐く気はなかった。
「……そうか」
「今なら、コアのトレードは可能です。学園長でも理事長でも構いませんので、ご確認をお願いします」
「少し待て」
千冬は少し離れた場所に行くと何処かへ連絡を取り始める。
「うちに来られるといいですね」
なんとなく持ってきてしまったブレスレットに、は紅茶片手に話しかけた。
「ということで、話し合いの結果、この子が俺の専用機になることになりました。しばらくはSR社通いが増えます」
食堂に集合していつもの面々と夕食をとりながら、は先ほどの件について報告した。
「そうなんだ……。また、一緒に行っていい?」
「あの歓迎ぶりをみる限り、問題はないと思いますよ。いっそのこと、一緒に開発してもらいませんか?今日、向こうからも打診されてます」
こちらを伺ってくる簪に、は笑顔で提案する。今日の楽しそうな顔を見ていたら、それもありだと思ってSR社には既に意思確認をしてあった。
「え?……いいのかな?」
「ええ。倉持技研の投げ出しっぷりに社を上げて怒ってましたから。高崎さんなんか、もう少しで怒鳴りこみに行きそうでした」
「ん?倉持技研?」
どこかで聞いた名前だと、一夏がこちらを見て首を傾げているので、簡単に経緯を教える。
「一夏の白式が特殊なのと、君のデータの解析にかかりっきりで、元々請け負っていた代表候補生用のISの開発を放り出したらしい」
「……ごめん。知らなかったとはいえ、迷惑を掛けてます」
の言葉にちゃんと考えて、一夏は簪に頭を下げた。
「ん。もういい。……、SR社にお願いしてもいいかな?あの人達と一緒に開発したい」
簪は一夏がちゃんと考えて頭を下げてくれたので、この件はもういいことにした。そして、にお願いする。
「わかりました。あとで連絡を入れておきます。急ぎの要件があれば、言ってくださいね。私からもお願いしますから」
「は、みんなのお兄ちゃんだもんね」
ずっと根を詰めて作業していた彼女を心配していた彼が実に嬉しそうに言うものだから、簪は笑ってそんなことをつい口にした。
「あ、俺もそれは思ってた」
「私もだ」
その言葉に、一夏も箒も同意したため、実の姉がいる三人で話が盛り上がる。
「確かに年齢的に上なのですが、実際のお姉さんたちが聞いたら、凹みそうなんですね」
特に妹持ちの誰かさんは、恨みがましい目をこちらに向けそうだ。いや、むしろ食堂の入り口に見える影は見なかったことにしたい。
「ふふ、私も『お兄様』とお呼びしましょうか?」
「お願いします、やめてください」
楽しそうなセシリアの言葉に、は即断りを入れる。
笑顔を向けてくる彼女に、やれやれとは苦笑して小さく肩を竦めた。
この後、一夏に携帯端末のアドレスその他を聞き出された主人公は、渋々渡すことになった模様。
既に女の子たちとは交換済だったので、一夏が拗ねたとか、主人公は華麗にスルーです。
コメント by くろすけ。 — 2019/03/21 @ 14:17