目指せ、魔王様。09

「転入生ですか?この時期に?」
毎朝恒例の珈琲タイムで、は千冬から思い出したようにそんな話をされた。
簪はこの時間には、が先に作ってくれたカフェラテの入ったポットを持って整備室に行っている。
「ああ、中国からで二組への転入になる。専用機持ちの代表候補生だ」
「……なんとなく、厄介ごとの足音がするんですが」
「いい勘をしている。一夏の幼馴染だ」
いきなり珈琲の苦みが増したように、は顔を手で覆った。
「なるほど。……箒と戦闘状態に陥らないように気を配ります。一夏の方は何とかならないですか?」
彼女の朴念仁で鈍感で唐変木な弟が、きちんと対応していれば戦闘状態にもならないと思うのだが。
「……うむ」
「わかりました。こちらで対応しておきます」
自分の思春期すらも押し殺した人に押し付けるのも酷というものだろう。
「本当に困ったものですね」
すまなそうに見上げてくる千冬に、は苦笑いを浮かべて珈琲に口を付けた。

一夏の相手を箒に頼んでいる間に、友人に協力を求めることにした。
箒にボコボコにされつつある一夏を横目に、簡単な事情を説明する。
「という事で、セシリアと簪も手伝っていただけませんか?」
「箒さんも不憫ですが、その方もなんでしょうか」
「やっぱり、あれは一度〆るべき」
聞き終わった二人が、どうしようもないなと一夏を一瞥してため息を吐いた。
「まあ、実際は本人がお越しになってからになりますが」
「そうですわね。ふふっ、さんに頼られるなんて嬉しいですわ」
の頼みなら、問題ない」
「二人ともありがとう」
が微笑んでいつものように手を上げようとしたところで、復活したらしい一夏から声がかかった。
!今日こそ勝つ!」
「一夏さん?その前に、私たちをお忘れでは?」
「〆る……」
撫でてもらえなかったセシリアと簪が、が口を開く前に一夏へと絶対零度の視線を向ける。
一夏の顔色が真っ青になっていくが、箒がこちらに戻ってきたので、は彼女に麦茶とタオルを差し出した。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう。それで、の目から見て、私の動きはどうだ?」
「やはり剣道にこだわり過ぎ、という気はしますね。勿論、貴女が剣士であるのは知っていますが、これは剣道ではなく、ISですよ?相手がセシリアか簪だったら、負けていたのは貴方でしょう」
「わかっている!……わかっているのだが」
俯く箒の頭に右手をおいて、は言い聞かせるように話していく。
「基本ルールが違うので、それに対応する事が求められます。サッカー選手がバスケをやって『手を使うなんて卑怯だ』と言い出したら、俺は腹を抱えて笑う自信があります」
はははと笑うに、箒は反論できない。ここまで明確な例を出されては、わかりやすすぎて涙が出そうだ。
「後ですね。これも剣道の癖なんでしょうが、箒も一夏も水平から攻撃を仕掛ける癖があります」
「水平?」
「全方位から攻撃できるのに、視線を合わせて攻撃してますよね。あと、後ろから攻撃できないでしょう?」
「あ……」
こんな風に、と手を人に見立てて説明すると、首を傾げていた箒も気付いたようで、少しバツが悪そうにしている。
「箒の真っ直ぐさは美徳ですね。その真っ直ぐさで、一夏にズバッと直球で告白してみたらいかがですか?あれに変化球とか投げても意味ないですよ?むしろ、死球でいかないとダメかも?」
「な、何を言っているのだ!」
「あれでバレないと思っていることが、不思議で仕方ないんですが」
顔を真っ赤にして掴みかかってきた箒に、の方が困ってしまう。
「ちなみに、セシリアと簪も知ってますよ?間違いなく織斑先生も気づいてます」
「ほ、本当か!?」
「むしろ、あれで気付かない一夏に驚愕です。キングオブ朴念仁と呼んでもいい。もしかして俺を好きなのではという勘違いすら起こさないのが恐ろしい」
「そ、そうか……」
宥めるように肩を叩くと、漸くつかんでいた腕を離してくれた。
「箒。言っておきますが、あの朴念仁は神がかってますよ?並大抵では気付いてすらもらえないと思います。それでも、あいつが好きですか?」
「……ああ。それは変わらない」
が珍しく笑みを消して聞いてきたので、箒は背筋を伸ばして答える。
「そうですか。俺は誰の味方もしないが、アドバイスくらいは出来ると思います。……頑張れ」
またいつものやわらかい微笑みを浮かべたに、頭を撫でられた箒は力強く頷いた。
「まずはすぐに手を出す癖は直しましょうね?暴力はダメです」
二人がそんな会話している間に、容赦なくギリギリまでシールドを削られた一夏は、地面に座り込んで大きく肩で息をしている。
「今日こそに勝とうと思っていたのに……」
「超えるべき壁は高いな」
連携して一夏を玩んでいたセシリアと簪は、少し離れたモニターで記録を見ながら反省会を実施中だ。
「なあ、って千冬姉の攻撃も躱せるのか?」
気分を変えるためなのか、一夏が振ってきた話題に、は肩を落として無言で発言者にアイアンクローをかました。
毎朝、耳元で聞いている空気を切り裂く音を何だと思っているのだ、この馬鹿は。
「い、いてててっ!ぎぶ、ぎぶ!」
「そうか。もっと欲しいのか。思う存分、くれてやる」
「そっちじゃない!割れる~!」
腕をタップしてきたので、再度地面に落として開放する。
「マジで容赦ない……」
「ドMな君が悪い」
「ドM違う!」
聞き捨てならない言葉に一夏は反論するが、実に冷たい目で見降ろされてしまった。
「頭の中身がおから以下って自ら宣言した一夏は、ドMだろう?」
「お、おから以下……」
「美味しくいただける分、おからの方が価値がある」
簪もさらっと一夏に辛辣だ。SR社が専用機の開発をもぎとったとはいえ、一朝一夕で完成するものでもない。後数日でやってくると連絡を貰っているが、今日はまだレンタルした打鉄である。
セシリアも箒もため息を吐いているので、一夏の味方はここに存在しない。
「毎日毎朝、君のお姉さんの攻撃を回避している、俺の姿が見えなかったとは言わさないからね?」
「は、はい。そうでした!」
にっこりとの浮かべた笑顔に、一夏は姿勢を正して座りなおした。
「一度、君を盾にしようかと思ったこともあるんですが、流石に当たると本当にまずそうですし」
「やめてくれて、本当にありがとう」
一夏は正座から土下座にスムーズな移行を行っていた。あれを受ける盾にされたら、間違いなく一日保健室送りである。保健室で終わるといいなと希望的観測を含んでいる。
「本当に君の頭は詰まっているのかと、思いたくもなる俺は悪くないと思うんです。なんせ、毎朝特等席で見学しているはずなのに」
「……はい。ごもっともです」
しみじみとため息を吐かれて、一夏は頭を下げるしかできない。
「今までは考えなくても何とかなったかもしれないが、これからはしっかりその頭を使って考えてください。特に女性の気持ちはしっかりと。でないと、いつか月のない夜に刺されますよ?」
「何言って……本気で?」
笑い飛ばそうとした一夏は、不憫なものを見るようなの真剣な目に気圧される。
「ええ。本気で。相手が女性か、その女性の彼氏か旦那かはわからないが、確実に痴話喧嘩で死ぬ未来が予想できます。最後まで君が理由を理解できないところまで」
女性陣も頷いているので、一夏は不安そうにを見つめてくる。
「俺を見捨てないでくれるよなっ!」
今更、その手のハウツー本的なものを買うのも馬鹿馬鹿しいが、目の前の馬鹿が小学生以下であるのを考えれば致し方ない。
「上目遣いは止めろ。見捨てたくなる」
縋りつくようにこちらを見てくる一夏の頭を撫でて、ぐしゃぐしゃにするくらいは大目に見てもらおう。
箒にアイコンタクトで直しておいてと送っておく。
「お、ありがとう。助かるよ、箒」
「み、みっともないのは、よくないからな」
その二人の視界に入らない位置で、セシリアと簪がグッジョブしているのは見なかったことにしよう。
ため息が増える日々を、誰に訴えればいいのやら。

それから数日して、一夏のもう一人の幼馴染がやってきた。
「今のところ専用機を持ってるクラス代表って一組と四組だけだから、余裕だよ」
「その情報古いよ」
クラス対抗戦の話をしていた朝礼前の一年一組に顔を出した少女からは、小柄だが実にパワフルな印象を受ける。
「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝出来ないから」
「鈴……?お前、鈴か?」
「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」
「何やってんだ、お前?すげー似合わないぞ」
腕を組んで胸を張る彼女に、一夏は唖然としつつ、そんなことを言った。
「んなっ!なんて事言うのよ、あんたは!」
「一夏。女性に対して失礼だぞ?」
彼女が怒るのも当然だと思うので、は一夏に呆れた顔を向ける。
「鈴は俺の幼馴染なんだよ。な?」
「なるほど。だが、それは免罪符にもならないぞ。ただ、もうすでに朝礼の時間です。貴女も教室に戻られた方がいい」
先ほど鳴った予鈴に、は入り口を振り返り、ツインテールの彼女に教室に戻ることを促す。
「何よ?」
「ここの担任は『世界最強』です」
不審そうな目を向けてくる彼女に、端的に事実を告げれば、彼女はその言葉の意味を正確に受け取っていた。
「また後で来るわ」
「それが賢明かと」
代表候補生の顔を青褪めさせるとは、流石ブリュンヒルデと思う。
「逃げないでよ、一夏!」
そう言い放った二組の代表候補生は、に視線だけで感謝を告げて去っていった。
「朝礼の時間だぞ?」
「おはようございます、織斑先生」
鈴を見送っていた彼へ挨拶と共に放たれた攻撃は、席へと一歩踏み出すことで躱して笑顔で挨拶する。
凄く悔しそうな顔は止めてほしいと思いつつ、室内に目を移すと、一夏を問い詰めている箒の姿が見えた。
「あー、箒。その辺にしておいた方がいいです」
「何故だっ!」
「私の朝礼が始まるからだ」
彼女が振り向いた瞬間、圧倒的な重圧が彼女に圧し掛かる。重圧にはプレッシャーとルビを振りたい。
「一夏に知り合いが居ても、別におかしくはないでしょう。詳しい事は後で、ね?」
「……うむ」
不承不承ながら頷く箒に、は苦笑するしかない。
これが『彼女』であるなら、別段何も言う気はないのだが、未だ彼女は『幼馴染』の域を出ていない。
所有権を主張するのは時期尚早だと思うのだが、この年頃だと自分が正しいと信じて疑っていない事が多いので、彼はため息を吐くのだ。

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後書&コメント

  1. 鈴登場!
    メインのストーリーを書くと、千冬さんとの絡みが少なくて寂しい。。。

    コメント by くろすけ。 — 2019/04/02 @ 22:35

  2. 久しぶりに来たら、新しいシリーズが!
    面白いストーリーで毎度楽しみです!
    これからも頑張ってください~
    応援しております( ̄ー ̄)

    コメント by nevilil — 2019/04/24 @ 12:19

  3. > nevilil 様
    コメントありがとうございます。
    またちょっと忙しくなって、続きをアップ出来ていなくなっていますが、またお暇な時にでもお越しください。

    コメント by くろすけ。 — 2019/04/24 @ 13:15

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Posted: 2019.04.02 インフィニット・ストラトス. / PageTOP