「お前のせいだ!」
授業中、鈴の事が気になった箒は、織斑先生の注意を何度も受けてしまっていた。
そのため、昼休みに入ると同時に声を上げたのだが、さすがにそれはどうかと思い、は一夏に詰め寄ろうとする箒を少し離れた場所へ連れていく。
「箒、流石にそれは八つ当たりです」
「むう……」
さすがに言い返す言葉がないのか、箒はから視線をずらし俯いた。
「嫌なら、早めに覚悟を決めなさい」
「そ、それが出来れば……」
「なら、一夏を責めるのは筋違いです。貴女はまだ彼女じゃない。それに手を上げるのは逆効果ですよ?手を上げる女の子は、男でも遠慮したいです。それは直しましょうね」
「うー……」
「特に、IS及び刀を使った攻撃は、好感度を下げると思っていい。……あの馬鹿が『好感度』というものを認識していればの話ですが」
は言っていて、少しだけ空しくなった。
「それでも、貴女はあれが好きだと言った。ならば、相当な努力と覚悟が必要なことは理解しているでしょう?」
「……わかった。ちゃんと考える」
「悩め若人よ、というところですね。ライバルも出現した事ですし」
「そ、そうだ!先ほどの者は一体何者なんだ、一夏!」
二人の方へ仲がいいなーみたいな視線を送っていた一夏は、突然自分に向いた矛先に目を丸くしている。
「幼馴染と言っていましたが、箒は知らないんですか?」
「ああ、箒が転校したのが小学四年生の頃で、鈴はそれと入れ違いに会ったんだ」
「なるほど。だが、幼馴染というカテゴリに入れるのはどうなんだろう?幼馴染って幼児の時からの付き合いを言うのでは?」
まだ頭に上った血が落ち着いていない箒よりも自分の方がいいだろうと、が質問していく。
「んー。そうかもしれないけど……とりあえず、昼飯にしようぜ。たぶん鈴も食堂にいるだろ」
「そうやって、考える事を後回しにするのは、君たちの悪い癖だな」
「君たち?」
「お姉さんも、頭を回すより身体を動かす方が好きですよね」
「あー……うん。色々、ごめん」
肩を落としたに、一夏は謝る。さすがの彼にも、目の前の同級生に迷惑を掛けているのを知っている。
でも、それ以上に、は彼と彼の姉が苦労してきたのを知っていた。だから、彼らには幸せになってほしいと願っている。
「この借りはいつか必ず耳をそろえて取り立てるから覚悟しておけ」
だから、そう笑って一夏の髪をくしゃくしゃにするのだ。
「遅かったわね」
ラーメンを手に券売機の前で彼らが来るのを待っていたらしい。
「そこにいると邪魔だぞ?」
「わ、わかってるわよ」
一夏が鈴の相手をしている間に、今日のメニューを考える。
「ここのご飯が美味しいのは困りものです」
地道にメニューの制覇を目指しているのだが、日替わりの種類も豊富でこれがなかなか難しい。
「さんはどれになさいます?」
セシリアは大抵洋食系を頼んでいる。
意外と保守派だなぁとどうでもいいことを考えつつ、今日は肉にしようと鳥の南蛮揚げ定食と単品でメンチカツを頼む。
「今日は随分と食べるのだな」
「肉をがっつりいきたい気分なんです。まだまだ成長期ですから」
「……そうだったな」
目の前の青年が二歳しか違わないというのを、すっかり忘れていた箒は思わず呟いていた。
「しれっと酷い事を言われたお礼に、今日の訓練はちょっとだけ本気で相手をしてあげましょう」
「そ、そんな……」
箒の顔色が悪そうに見えるのは、きっと気のせい。
「で、いつ日本に来たんだ?おばさんは元気か?いつ代表候補生になったんだ?」
「質問ばっかりしないでよ。あんたこそ、なにIS使ってんのよ。ニュースで見た時、ビックリしたじゃない。まあ、もう一人出てきたってのも驚いたけど」
空いているテーブルについて、一年ぶりらしい一夏との会話が一段落したところで、鈴はの方へ視線を向けてきた。
「で、あんたがセカンド?」
その言い方と視線には嫌味も媚びの欠片も感じられなくて、いっそ清々しい。
ラーメンスープをレンゲも使わず、どんぶりから直接とは実に漢前である。
「です。初めまして、凰さん」
そう挨拶している彼の皿からも肉の塊がヒョイヒョイと気付いたら数が減っていく。
「鈴でいいわよ。私もって呼ぶから」
「了解。今後ともよろしく、鈴」
「いちおう、国の上の方から勧誘して来いって言われてるけど、来る?」
「国家予算もって出直してこいって伝えておいてください」
「わかったわ。私は二度と言わない」
「皆、鈴のように物分かりがよければいいんですが、断られるなど想像のつかない方々が多くて困ります」
はははと笑う黒髪の青年の目が笑っていないことを、その場の全員が知っていた。
「で、一夏。アンタ、クラス代表なんだって?」
「お、おう。成り行きで」
「ふーん。ISの操縦見てあげてもいいけど?」
「あー、大丈夫。今日もボコボコにされる予定……」
「じゃあ、それが終わったら話したいこともあるから……そうね、学食でいいわ。空けといてね。じゃあね、一夏」
断る隙も与えず、鈴はラーメンのスープを飲み干すと、片付けに行ってしまった。
「断る隙も与えないとは、なかなかやるねぇ」
「他人事みたいに言うなよ……」
「間違いなく、完璧に、他人事だから問題ないな」
ジト目で睨んでくる一夏に、笑顔で切替して撃沈させたは、新しい面倒事の足音に小さくため息を吐いた。
その日の訓練を終えた後、そろそろ今日の晩酌に向かおうとしていたは、今日初めて会った女の子がベンチで泣いているのを発見した。
「ふむ」
ポケットから取り出した携帯端末で、少し遅れる旨を伝えておく。
「鈴、これどうぞ」
「!」
唐突に聞こえた声と、顔に押し付けられたものに一瞬驚くが、鈴はその声の主を思い出し、押し付けられたものを受け取る。
「いいでしょう?今治のタオル。もふもふで手触り最高だと思いませんか?」
「……ちょっと借りるわ」
しばらくして落ち着いたらしい鈴に、こんな場所にいた理由を聞いて、は首を傾げた。
「酢豚、ですか?」
「そう。料理の腕が上がったら、毎日あたしの酢豚を食べてくれる?って」
「あの、もしかして、日本で言う『お味噌汁』的な話ですか?」
女の子が料理を作ってくれるという意味を、どうもあの男は理解していないらしい。
「そう!なのに、あいつと来たら、飯奢ってくれる程度の約束だと思ってた訳!」
「あー、実にあいつらしいと納得してしまいました。中途半端に覚えているとは、実に性質が悪い」
鈴の言葉には眉間を指でもみほぐす。
「やっぱり今でもそうな訳?」
「ええ。実にムカつくことに、天然誑しの癖に朴念仁で鈍感で唐変木です」
は鈴の隣に座って、一夏の常日頃の行動を思い出してため息を吐く。
「現在、矯正すべく鋭意努力中なんですが、毎日あいつをぶん殴りたくなる俺は間違ってないと思うんです」
「……あんたも苦労してんのね」
くくくっと黒い笑みを零す彼に、鈴は心の底から同情した。
「なんで、男の俺が、あいつの恋愛模様で苦労せねばならんのでしょうか……」
「全く困ったもんよね……」
「でも、箒はそれでもアレが好きだっていうんです。鈴もでしょう?」
だからこそ、覚悟が必要だ。
「悪い?」
「いえ、アレの矯正を是非とも手伝っていただきたいと思いまして」
「その提案、乗ったわ」
「……実に長い道のりになりそうなんですけどね」
即答した鈴に、どんだけ駄目なんだよアレは、と思ってしまっただった。
「遅かったな。何があった?」
部屋に入ってきた青年を迎え入れながら、千冬は訊ねる。
「途中であなたの弟絡みのトラブルに出会いまして」
「それでその格好のままなのか」
何があったかは後で聞き出そう。そんなことを考えている千冬の前で、ジャージ姿の彼は手早く調理を始める。
「まだ夜は肌寒い日もありますからね。そういえば、練習アリーナの席を販売した人はどうなりました?」
まずは手早く作り上げた棒棒鶏サラダを差し出す。
「ああ、三日間の謹慎と、私自ら反省を促しておいた」
次のメニューである土鍋水餃子を用意しながら、は内心で合掌する。
弟が絡むと、我が担任教師殿は非常に面倒くさいのである。容赦もない。
「ふむ。また何かろくでもないことを考えているだろう」
「いえいえ。ごく普通の感想を抱いただけですよ?はい、熱いから気を付けてください」
湯気を上げる小さめの土鍋をテーブルに置いて、コショウと自家製食べるラー油も添えておく。
「今日は少し多めだな」
「俺も少し小腹が空いたので、ご相伴に預かろうかと」
二人分の取り皿とレンゲを持ってきたは、手早く取り分けて千冬と自分の前に置く。
「む、これは美味いな」
「締めにラーメンもありですね、これ」
「それは、いいな」
「今日は用意がないですが」
何故この目の前の男は、人を期待させておいて、鬼のようなことを言うのだろうか。
「……次回は用意しておいてくれ、是非とも」
「晩御飯食べたんですよね?」
「の作る料理が美味いのがいかん」
「はいはい。承知しました。今日は冷凍ご飯で雑炊ならできます……」
「頼む」
けど、食べますか?と青年が口にする前に、被せるように千冬は口にしていた。
もう仕方がないので、メインの話を動かした後、夜の晩酌でまったりしてもらうことにしました。
次回はクラス対抗戦の予定。やっと一巻が終わるけど、学校は始まって2か月。
胃袋つかむのって、最強ですよね。
コメント by くろすけ。 — 2019/05/19 @ 23:54