5月に入っても、一夏は鈴に対して謝る気配を見せていない。
鈴の方も意地になっているのか、一夏に対して怒っていますという意思表示をしているので、話しかける機会すら与えられていないというのが正しいのだが。
「お前らは、小学生かよと言いたくなるねぇ」
今日のオヤツであるマドレーヌを味わいつつ、は呆れたように呟いた。
「お兄ちゃんは大変だね~」
「どうやら、のほほんさんは今後オヤツが要らないらしいですね」
おやつを毎回楽しみにしているらしいのほほんさんの言葉に、笑顔で返すと泣きつかれてしまった。
「さんも十分子供っぽいですわ」
泣き止むようにとおやつを返しながら、彼女の頭を撫でるに、セシリアは紅茶を手に笑っている。
「いや、今時の小学生だって、あれよりはもう少しマシな恋愛してると思うんですけど」
「あら、さんもそういったご経験が?」
「残念ながら、彼女いない歴イコール年齢です」
「意外でしたわ」
セシリアは驚きましたと目を丸くしている。
「高校生活で初彼女を、と思っていたら、この事態ですよ?今の状況で作れる彼女の条件が厳しすぎて、泣きたいくらいですね」
「少なくとも国家代表並みの強さが必要ですわね。その上で、国家代表ではないとなると、片手で数えられるのではないでしょうか?」
紅茶を手に取るセシリアの言葉に、聞き耳立てている面々の顔に諦めの色が広がる。
「こんなに可愛い女の子達に囲まれてこの世の春を謳歌出来そうな環境で、灰色の青春を送ることになるとは、人生ままなりませんね」
は教室に予鈴が鳴り響くのを聞きながら、ため息を吐いた。
そんな感じで日々を過ごしているうちに、ついにその日はやってきた。
何度、一夏を蹴り上げてやろうかと思ったかは忘れることにしたは、アリーナの観客席から、今から始まる試合を見下ろしていた。
フラグが立っているとしか思えない、一組の一夏VS二組の鈴という専用機持ち同士の戦いを心待ちにしている各国関係者も多い事だろう。特に一夏の専用機はだれがどう見ても、彼の隣に立つ『世界最強』の後継者に見えるはずだ。
「さて、はどちらが勝つと思う?」
その彼女は腕組みをして、会場を見下ろしながらに訊ねた。
「個人的には鈴が一夏をボコボコにしてくれるのを期待しています」
千冬の前でも容赦のないの言葉に、箒は首を傾げる。
「……それは遠まわしに一夏が勝つと言っているのか?」
「女性の敵は滅びればいいと、心の底から願っているだけです」
箒の問いかけに応えるの目は笑っていない。
「まあ、個人的意見を抜いても、元々近接武器しか手のない一夏が勝つのは非常に難しいでしょうね」
「接近すれば、どうですの?」
「出来ますか?セシリアや簪との模擬戦で、接近できたのは数回です。更にあの機体がエネルギーバカ食いの近接攻撃しか出来ないのは、周知の事実ですよね?」
千冬の前でも、は一切容赦なく一夏の評価を述べていく。
むしろ近接戦闘しか手がないと言った方が正しい状況で、代表候補生である鈴がそれを許してくれるかという大問題があった。
「し、しかし、ちふ……織斑先生はそれで世界最強だぞ」
「箒」
何とか一夏のフォローをしようとする彼女の名前を、黒髪の青年はしみじみと呼んだ。
「それはさすがに比べる対象が可哀想ですよ?」
「おい」
背後から聞こえた低音ボイスは聞こえなかった事にしよう。
「『瞬間加速』がもう少しモノになっていれば、もう少しいい勝負が出来たでしょうね」
「確かに。一夏のは織斑先生と違い、少し不安定だからな」
箒もの意見に頷く。
「そうですね。セシリアの偏向射撃や簪のマルチロックレベルには達していれば、また話は別だったんですが」
「その偏向射撃もマルチロックすらも、さんは躱してしまうのですよね……」
偏向射撃すら躱した彼に、どうすれば攻撃が当たるのか。セシリアは隣の簪と目を合わせてため息を吐いた。
「成功した瞬間加速も躱して、叩きのめしてたよね?」
「いつ、いかなる時も全力で相手をするのが、俺のモットーですから」
はははと笑うに、聞いている女性陣は苦笑する。
【当たらなければどうということはない】を実践しないでほしいと、簪は遠い目をしたのを思い出した。
彼の全力を真の意味で見た相手は、今のところ存在しない。今後も容赦なく叩きのめされるであろう一夏に、女性陣は頑張れと心の中でエールを送った。
「それに、第三世代を名乗るんです。鈴の機体にもビックリ機能がありますよね?」
「ビックリ機能……龍咆と呼ばれる空間自体に圧力をかけ砲身を作り、衝撃を砲弾として打ち出す衝撃砲が備わっているな。砲弾だけではなく、砲身すら目に見えないのが特徴だ」
隣に立つ担任教師に訊ねれば、ため息を吐きながら教えてくれた。
「それは凄い。360度死角なしって事ですね」
「そうなるな。さすがのお前も、躱せないか?」
「残念ですが、鈴の素直さを考えると、目線を追えば問題ないでしょう。後は、勘で」
「お前こそ、人外の名が相応しいと思えるのだがな……」
やれやれと首を振った千冬は、改めて試合を見降ろした。
「おお、あれが龍咆ですか。確かに躱しにくそうです」
傍目から見れば、一夏が勝手に吹っ飛んでいるようにしかみえない。
「!」
そろそろ一夏が一か八かで攻撃を仕掛けるしかないという時、弾かれたようにが空を見上げる。
何も見えない、その青い空に、彼は首筋がチリチリするような嫌な感じを覚えた。
「どうした?急に空を見上げて」
「先生、敵が来ます」
一夏関連のイベントがごく普通に何もなく終わるはずがないと思っていたが、白昼堂々襲撃をかけてくるとは。相手は馬鹿かと罵ればいいのか、学園側が侮られる要因がテンコ盛りなのをツッコメばいいのか。
青年としては、早々の環境整備を心に誓うしかあるまい。
「確実か?」
「秘蔵の酒と特製フグの一夜干しを賭けましょうか?」
「外れてほしいと本気で思うぞ。……山田先生。今のうちに対応を」
の言葉を聞いて、千冬は少し離れた場所に立っていた真耶に声を掛ける。
「はい」
「移動速度が半端ない。……来ます!」
直感アラートが鳴りっぱなしのは、青い空を睨みつけた―――
気づいたら、一年が過ぎようとしていた。。
ふふ、残業代で車が買えるくらい働いてました。
ちょっと時間ができたので、少しだけ更新。
コメント by くろすけ。 — 2020/03/17 @ 20:55
真・恋姫†無双を読みたくてやっと帰ってこれたら新作に心踊らせ一気読みです!
くろすけ。さんの作品は好みにバッチリなので楽しく読ませて頂きました。
コロナやら残業やら大変ですが、お体に気を付けて頑張ってください。
コメント by トモ — 2020/07/06 @ 01:42
トモ様
新作にコメントありがとうございます。
なかなか更新できてない中、来ていただけてうれしいです。
今後ものんびりとではありますが、更新していきますので、よろしくお願いいたします。
コメント by くろすけ。 — 2020/07/06 @ 11:44