「いやいや、実に派手な登場をしてくれますね」
はアリーナ全体に走った衝撃に呆れつつ、それを行った犯人を見下ろした。
異形の『全身装甲』。
頭部に散りばめられた剥き出しのセンサーレンズに、左右の腕に装備された主力武器のビーム砲が計4つ。
あれがアリーナの遮断シールドを貫通して押し入ってきたのだ。
「どうもあの二人はやる気のようですが、止めなくていいんですか?」
真耶の焦る声と、上から見える一夏と鈴の様子で、二人がアリーナから逃げる素振りがないのは見て取れる。
「本人たちがやるといっているんだから、やらせてみても……またロクでもないことを考えているな?」
冷静に見えて、その実、最愛の弟が危機一髪の状況に苛立ちを隠しきれていない担任の様子に、の気分はチベットスナギツネの顔のようである。
「とんでもありませんよ、織斑先生。はい、コーヒー。いつもより甘めにしてあります。少しは落ち着きますよ」
不機嫌ですと言わんばかりの千冬にインスタントコーヒーを手渡して、は乱入者に視線を向ける。
「学園側の救援は何時頃になりそうです?」
「今すぐにでもそうしたいところだが、これを見ろ」
千冬が差し出したタブレット型端末を、簪とセシリアものぞき込む。
「遮断シールドがレベル4……」
「扉も全ロック状態となりますと、現在ハッキングを解除中ということですわね」
情報を確認した簪とセシリアは、呆れたような声で呟いた。
つまりは、現状誰もアリーナ内に助けに行けないという事になる。
「あの乱入者、なかなかやりますね」
「おまけに外との連絡も断絶中だ」
コーヒー程度では、苛立ちも即復活ということだろう。千冬は忙しなく端末の画面を叩いている。
「ま、そこは異常に気付いた外と、中からの現状打破を心の底からお祈りするとして」
はポケットから連絡端末を取り出した。
「?何をしている。今は通信もできない……」
「こちらの状況は把握してますか?ええ。学園中ハッキングされて、トイレにもいけません。困ったものですね」
挨拶もなしに、どこかと連絡を始めたは簡単に状況を説明していく。
「私のいる位置は把握してありますか?ここからアリーナ内部への最短コース。私が通る瞬間だけでかまいません。解除して通せますか?…では、準備出来次第、作戦を開始します。端末に連絡ください」
一旦、連絡を終え、は隣に立つ千冬に視線を向けた。
「ちょっと行って、助けてきます」
「勝てるのか?」
「そいつは、神のみぞ知る、やつですね」
は軽く肩を竦めて、セシリアと簪に視線を移す。
「最悪、俺が迷子になってしまう可能性もあります。二人は俺が出たらISを展開しておいてください。……本当の最悪で、ここが砲撃されたら、二人のシールドでかばえる人数を助けてもらえますか?」
後半は他の生徒には聞こえないよう、秘匿回線を使用する。
「……はい」
「……ん。そうならないよう、祈ってる」
二人の答えに頷くとほぼ同時に彼の携帯端末が音を立てる。
返事をして、以後の連絡はインカムで行えるように調整を終わらせた彼は、千冬を振り返った。
「……すまない」
「全く……」
は、少し俯く千冬の頭を他の者にするのと同じように優しく撫でる。
「安心して待ってろ。すぐ終わらせる」
彼女にだけ聞こえるくらいの声で告げたは、作戦開始の連絡で動き始めた。
「この扉の向こうがアリーナか」
【準備は十分か?】
「ああ、いつでも!」
同い年くらいの女の子の声に、は不敵に笑って答える。
【カウントスタート……5,4,3,2,1!行ってこい!】
その声と共に開いた扉から、はアリーナへと飛び込んだ。
そこには、二人の友達が攻撃を受ける光景が広がっていて、は何かの切れる音を聞いた。
「何、してんだ?この、くそ野郎」
〈瞬間加速〉をいとも簡単に発動させて、懐に飛び込んだは、全身装甲で顔も窺えない相手の脇腹に右腕をねじ込んだ。
「!?」
「何考えてんの!?」
一撃でアリーナの反対側へ吹き飛ばした彼のもとへ、共闘していた一夏と鈴が移動してくる。
「システムがハッキングされてます。解除に時間がかかるので、その時間稼ぎです。二人とも、まだやれます?」
「当然!」
一夏と鈴の揃った返事に、はニヤリと笑った。
「では、鬼退治と参りますか」
動き出した黒い機体を見やり、彼は二人の前に立った。
「基本的には私の後ろに。二人はエネルギーが残り少ないでしょう?シールドに回すエネルギーがあるなら、全て攻撃に使いたい。なので、あいつの攻撃は俺が『殺』します」
「わかった」
二人が彼の陰になる位置へと移動すると同時に、放たれたレーザーはが振るった刀で散らされていく。
「鈴は自分の特性は理解してるだろうから、自由に動いて」
「りょーかい。さすがね、よくわかってるじゃない」
後ろに移動した鈴は、の台詞にニヤリと笑う。
「短期間で世界最大の人口を誇る中国の代表候補生になった貴女の事は、友人たちから詳しく聞いています。期待しているので、よろしくどうぞ」
「任せなさい!」
「俺は!?」
青龍刀を構える鈴の隣で、目を輝かせて期待しているらしい一夏の声に、は苦笑する。
「一夏ができることは唯一つだろう?」
「……そうでした」
目に見えて凹む同級生に、本当に仕方ないなと彼は笑う。
「その、唯一出来る事に、俺と君のお姉さんは期待している。あれの前までエスコートしてやる。ついてこい!」
「……おう!」
の一言で立ち直る一夏の単純さに、鈴はやれやれと思いながら、彼らの後に続いた。
いつもは回避と防御に徹しているが、初めて攻勢に出る。その様子を、教師や関係者だけでなく、アリーナにいる全ての者が目撃することになった。
回避と攻撃が流れるように繋がっていく。
「何を考えて、こんな場所に攻撃を仕掛けたのかは知らんが、俺の友人をボコボコにしたことを反省してもらおうか!」
「前に出る!」
鈴の援護と、攻撃を引き受けているの後ろから、一夏が突撃姿勢に入った時だった。
「一夏!」
アリーナのスピーカーから大音量が響き渡る。
「なっ!」
いつも冷静なが驚愕の表情を浮かべて、声が上がった場所へを視線を走らせる。
中継室には箒がマイクを持って立っていた。審判とナレーターは室内で伸びているようだ。
最大の問題点は、その放送の発信者に目の前の敵が興味を持ったらしい事だ。センサーレンズがそちらへ向いて、その腕の箒に向けようとしていた。
「そんな……箒!逃げろ!」
一夏が声を上げるが、その瞬間、は攻撃の動きを一変させた。
砲身を備えた右腕を切り落とし、顔の部分へと蹴りを叩き込む。中の人間が『死んでも構わない』そんな攻撃だった。
躊躇などないその攻撃で、アリーナに陥没する。
――敵ISの停止を確認。
切り落とされた腕と、ついでに本体の停止も確認する。
「やっぱり無人機だったか。人が死ななかったのは、良かったな」
腕の断面と陥没した顔面を見て、はため息を吐いた。
「え?」
安堵のため息を吐いた目の前の青年の言葉に、一夏は驚きの声を上げた。
「俺は箒と見知らぬテロリストを、天秤にかけたりはしないぞ」
「そ、それは確かにそうだけど……」
「それが嫌だと言うのなら、現状を変える努力をしないと……だが、まずはあの馬鹿娘に説教だ」
一夏と鈴に急激に温度が下がったと錯覚させるほど怒っている彼の視線の先には、こちらも顔を青くしている箒が座り込んでいた。
「何考えていた?いや、何も考えてなかったんだよな?この阿呆が」
箒の正面に立って、怒気を発してるのは、彼女を守ってくれた青年だった。
今はISの展開を解いているが、その威圧感たるや凄まじい。
「う……、その、だな……」
「正座」
彼の一言に箒の意識より先に身体が反応していた。気づいたら、地面の上に綺麗な姿勢で座っていた自分に驚きである。
「辛うじて間に合ったからいいものを、間に合わなかったらどうなっていたと思っているんだ」
は言葉を紡ぎながら、怒りがこみあげてくるのを止められない。
「、その、箒も反省してるんだし……」
彼の後ろから気遣わしそうに箒を見ていた一夏が、勇気を振り絞って声を掛けた。
隣の鈴はあちゃーと言いたそうに額に手を当てている。勇気を振り絞る時を間違えていると言いたそうだ。
「黙っていろ、一夏。反省している?当たり前だ。これで、反省もせず不貞腐れていたら、正座などで済ませるか!」
横から口を出してきた一夏を一喝して黙らせる。
「わかっているのか?消し炭も残さず、死んでいたんだぞ?」
口にする彼の方が泣きそうになっているので、箒も俯くだけで反論も出来ない。
「頼む。次からは、少し考えて行動してくれ」
正座する箒の頭の上に手を乗せ、はがっくりと力が抜けたようにしゃがみこむ。
それと同時に、周囲に充満していた威圧感も霧散していく。
「……頼むから、友達が死ぬかもしれないなんて光景は二度と見せてくれるな」
「約束する。……助けてくれて、ありがとう」
少し俯きながら、箒はちゃんと彼に答えた。
「この後、確実に一夏と鈴の二人と一緒に、世界最恐の鬼の説教が待ってますから、このくらいにしておきますが、俺の寿命を縮めた反省は是非ともしてください」
「……まさか」
箒だけではなく、彼の後ろに立つ一夏と鈴も顔を青褪めさせている。
「二人って……は!?」
「お前ら二人と一緒にするな。山田先生の避難勧告無視して、突っ込んでいった猪二人と、織斑先生のお墨付きでの援護突撃の格差は海より深く山より高い。……まあ、晩御飯くらいは確保しておいてやる。早めに解放されるべく、真摯に反省をするんだな」
まあ、シールド封鎖されてたから逃げられなかったんだけど。という彼の言葉は、恐怖に慄く三人の耳には入っていないようだ。
結果、無事撃退した事と、襲撃を受けたことでバタバタしていた事もあり、30分ほどの説教で終わった幸運に三人は本気で感謝したという………
「おや、ギリギリ日付変更前にやっと解放された感じですか?」
千冬が一区切りつけて、寮長室に戻ってきた時、まだ部屋にいた黒髪の青年を軽くにらみつけてしまった。
「……今が何時だと思っているんだ」
その彼の手には、お握りと卵焼きとほうれん草の和え物が載せられたお皿があり、千冬は事情を察知した。
「すまん。何も食べていなかったから、助かる」
「いえ、遅くまでお疲れさまでした。今、レンジで温めるので、座ってください」
軽く背中を押されて、千冬は大人しくいつもの位置に座り込んだ。
「はい。インスタントですが、お味噌汁。落ち着きますよ?」
疲れ切った様子の彼女に苦笑を浮かべながら、お椀を差し出す。
「ビール……」
「ご飯食べてから。そんなに疲れているのに、いきなり飲んだら、明日つらいですよ?」
不満そうに呟く千冬の頭を優しく撫でてから、そろそろ出来上がりを告げそうな電子レンジへと近づく。
「それで、あれはやっぱり無人機でした?」
「……機密事項だ」
「なるほど。となると、あれですかね。あの黒鬼さんは、貴女のお友達の天災博士が、友人の弟で、親愛なる妹の思い人のデビュー戦を華々しく彩るためのアイテムだったというオチの可能性が高いと言うわけですね。もう少しでその大切な妹さん死ぬところでしたけど」
そんなことを笑って言いながら、目の前にホカホカと湯気を上げるお皿を置く青年を半眼で見つめる。
「この世の中が少しでもわかっていれば、簡単に想像できませんか?この程度」
「……機密事項だと言っている」
それだけを答えて、お握りに手を伸ばす千冬の様子に、仕方ないなと思ってしまう。
彼の妄想だと切り捨ててしまえない辺りに、若さが出ているというところだろうか。
まだまだ世の中は複雑で、面倒くさい。青年はウーロン茶片手に、そう思った。
敵には容赦しない主人公。
とはいえ、直死の魔眼で見ていたので、人間はいないだろうなぁと思ってました。
担任の胃袋は、最早ガッチリです。
コメント by くろすけ。 — 2021/02/13 @ 20:23