新しい騒動の始まりも、また朝の日課の時間に聞かされる事になった。
「転校生?またですか?」
「ああ。今度はフランスとドイツから一人ずつだ。専用機持ちだぞ」
「ああ、それはいい。これで各クラスに一人ずつ専用機持ちが振り分けられますね」
「残念だが、二人とも一組だ」
珈琲を堪能している千冬の言葉に、が眉間を揉み解したのも仕方がない。
「色々問題があってな。引き取らざるを得なかった」
「なるほど。男だったり、貴女の関係者だったり、ろくでもない事情があるわけですね?でなければ、クラスの戦力比を考えて分散させるはずです」
「……いつか、お前を驚かせてやろうと思っているのだが」
少しだけ与えた情報で答えを掴み取ってしまう彼に、千冬はちょっと面白くないという表情を見せる。
はそんな彼女にやれやれと肩を竦めるだけで何も言わなかった。
そして、それは朝礼の時間にやってきた。
「シャルル・デュノアと言います、フランスから来ました、よろしくお願いします」
「お、男?」
一夏が驚いている間に、セシリアには個別通信で、気配に鋭い箒にはアイコンタクトして、はそっと自分の耳を塞いだ。
「はい、ここに僕と同じ境遇の方が二人いらっしゃると聞いたので、ここに……」
教室が阿鼻叫喚となったのは、もうどうしようもないと諦める。だが、厄介ごとが確実に増えそうな予感に、は耳を押えていた手を離しながら深々とため息を吐いた。
「!三人目だぞ!」
実に嬉しそうな一夏の様子に、彼は能天気な友人を一発殴っておきたい気持ちをため息と共に押し殺す。
「間違いなく、厄介ごとの近付いてくる音がするな」
「も大変だな」
「九割以上がお前のせいだという認識を、正しく持ってもらおうか」
まるで人ごとのような台詞を言う隣の友人に、冷たく凍り付いた視線を送っておく。
「う……すいません」
「あと、お前の目は節穴だという事実も覚えておけ」
「ええ!?なんで!」
声を上げる一夏は放っておいて、まるで貴公子のようなシャルルを見てみる。視線が合ってにっこりと笑う『彼』に、は三度目になるため息を吐いた。
彼は神様に訴えたい。ため息を吐くから幸せが逃げるんじゃなくて、幸せが逃げたからため息を吐いたんだと。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
千冬を教官と呼んだ彼女は、まるで軍人のように名乗った。
彼女はと一夏を見比べた後、一夏を睨み付けて彼のもとへやってくる。
「お前かっ!」
「へ?」
一夏を張り倒すべく振り下ろされた腕を、はひょいっと掴み取る。
「理由も分からず、叩かれるマゾな趣味は俺の友達にもない、と思う……きっと、たぶん、おそらく、めいびー。だから、このままさっさと席へどうぞ」
絶対違うと訴えている一夏の声は、笑顔で華麗にスルーしておく。
「こいつが、教官の弟なのだろう!私は認めない。こんな奴があの人の弟であるなど、認めるものか」
「君に認められる必要など全く、欠片もないな。当人同士が認め合っていれば、それでいい。何よりも、そこの織斑先生がコレを弟だと言っている。君の意見の入る余地など、どこにもない」
荒々しく腕を振り払い、を睨んでくるラウラに、青年は何言ってんだコイツという表情を隠そうともしない。
「くっ……覚えていろ」
「今時、三流の敵役でも、もう少しまともな捨て台詞を言ってくれますよ?覚えていて欲しかったら、もう少し頭を使って考えて来てください」
いきなり友人を攻撃されそうになったせいか、の言葉は女性相手には珍しく辛辣だった。
「っ……」
彼を睨みつけて立ち去るラウラの様子に、は恨みがましい視線を担当教諭に送ってみるが、堂々と胸を張って笑い返されては彼の幸せなんぞ裸足で逃げ出しているに違いない。
「。大丈夫か?」
「ああ。で?君は一体どんな恨みをあんな女の子から買ったんですか?」
後ろの方にある席についた彼女からのキツイ視線に、困ったねと思いつつ隣の一夏に訊ねる。
「買ってないよ!」
「……知らないうちに、って可能性が一番高いですかね」
兄のように思っている青年にしみじみと言われて、一夏は思わず痛くない胸の内を探ったりしてみたが、思い当たる節は全くない事を訴えておく。
「知らないって!ドイツで心当たりあるのは、ちょっと俺が誘拐されて、その関係で千冬姉が昔行ってたくらいで……」
「わかった、一夏。その話は後でゆっくり聞かせてください。今は目の前の問題を片付けよう」
肩を落とした彼が小さくつぶやいた言葉を、は聞き逃さなかった。むしろ、聞き逃す事など出来ない単語が入っていた。
だが、いつも通りくしゃくしゃと一夏の頭を撫でて、まずはシャルルへ向き直る。
「お待たせしてすみません。織斑先生」
男子の制服を纏ったシャルルの隣で、一夏の姉が腕を組んで待ってくれていた。
「という事で、同じ男子生徒だ。織斑とでシャルルの面倒を見てやれ。いいな」
「らしいですよ。頑張れ、一夏」
千冬に通達された事を、は一夏に丸投げしておく。
「俺!?」
「メインは君で。俺は君『ら』の面倒を見るだけで手一杯です」
「……はい。すみません」
一夏は当然抗議の声を上げたが、軽く一蹴されてしまった。
「えっと……」
「ああ、ごめんね。君を迷惑だと言ってる訳じゃないんだ。ただ最近、専用機の調整とかで学園に居ない事も多くて。勿論、学園に居れば頼ってもらって構わないよ」
困ったように彼らを見上げてくるシャルルの頭を、それはもう実に自然にわしゃわしゃと撫でていた。
「……えっと」
手慣れた彼の行動に驚いたのか、シャルルはさっきから同じ言葉しか発していない。
「本当に自然にやるから、『兄』扱いされるんだよ」
「この件に関しては、もう諦めの極致に達しているので、別にいいです。嫌なら止めるので、言ってください」
一夏にジト目で見られるのも、もう慣れた。慣れって怖い。
「別に嫌じゃないんだけど……凄く注目されてるから」
教室の中は勿論、外からも視線が彼らに突き刺さっている。
のクラス内の立ち位置は、最早完璧な『兄』ポジションが決定していたので、シャルルとのやり取りも生温く、むしろ羨ましげに見つめられていた。
「まあ、珍獣と同じレベルですからね。……さて、そろそろ移動しましょうか。次の授業に遅刻するとちょっと大変ですから」
「あの攻撃を『ちょっと』って言えるはすげーよ、ホント」
『世界最強』の攻撃をいとも簡単に躱す目の前の彼を、一夏は尊敬していた。ちなみに、彼は一度も躱せた記憶がない。
「先陣を切るので、一夏は頑張ってその子を守ること。いいですね?」
「任された!シャルルも着いて来いよ」
「では、行きましょうか」
教室のドアを開ければ、そこはまさに肉食獣の群れの中を泳ぐような状態だった。
「今日は一段と凄まじいですね。すみません。通してください。この後、織斑先生の授業なんです」
それでも、が前を歩けば、女の子たちは比較的素直に道を開けてくれる。
「あ、君!また後で話聞かせて!」
「この間のおやつ美味しかったよ~」
日頃の情報提供と、餌付けが功を奏した、地道な努力の勝利といえよう。
学園内を走りながら、は後ろからついてくる一夏と『シャルル』を伺い、小さくため息を吐いた。
さて、今日も一日が長くなりそうだ―――
漸く2巻突入です。長かったなぁ。
読み直してみたけど、本当一夏の一人称文体は疲れる。
頭の中身がアレだから仕方ないんだけど。
本当に仕事が忙しいと筆が進むのやめて欲しい。
でも、本気の本気で忙しくなると、筆が止まるので、それも困る。
コメント by くろすけ。 — 2021/06/21 @ 23:25