魔法遣いは自重しない。2

案内された場所は、和風総本家でした。
ヤのつく職業じゃなさそうなのを安心すべきか、廃刀令がある時代に堂々と刀を装備している面々に突っ込むべきなのか、としては悩むばかりである。
唯一安心できるのは、『客』として招かれているという建前のため、地面に転がされている少年と違い、身柄を拘束されていない点だろうか。
最悪、全力をもって逃走を図ろうと思っているのだが、それを察知しているのか、胡蝶しのぶと名乗った蟲柱さんが上着から手を放してくれないのが、唯一の悩みである。
チラッと掴んでいる手を見ると、しのぶにはニコっと返される。
笑顔の使い方を知ってる美人ってズルいと、の眉が下がってしまっても仕方ないと思う。
「柱が全員揃うまで、もう少しお時間がかかります。少々お待ちください」
「了解。……するしかないよなぁ、この場合」
顔を隠した一人に言われて、は肩を落とす。どうみても決定権のない人に当たってもしかたない。
「腹が減ったから、適当にご飯食べたいところではあるが……」
庭の一角に縄で拘束されたまま転がされている少年が気にかかる。
「お待たせして申し訳ございません。簡単ではありますが、お食事を用意いたしましたので、どうぞ。水柱様と蟲柱様も是非」
「あの子はどうする?」
「あのままです。隊律違反の罰も含みますので」
「俺は怪我した子供が放り出されているのを尻目に、飯を食える人間と思われている訳か?」
しのぶと義勇も何も言わない。という事は、これが普通の扱いという事なのだろう。
は肺の奥からため息を吐く羽目になった。
「……おい、少年。目を開けられるか?」
しのぶを後ろにつけたまま、は転がされている少年の前に膝をつく。
「この子の名前は?」
「竈門炭治郎です」
見張っている覆面をしている一人に聞けば、隠すことでもないらしく、すぐに教えてくれた。
「炭治郎。目を開けてくれ。薬を飲んで欲しいんだ」
「ん……?」
「ゆっくり口に含め。……そうだ。よく頑張ったな。縄を解いてやることは、俺には出来ないが、これで少しは楽になる」
ポーションを使って、少しは顔色がまともになったのを確認する。ほっと息をついて、もう一度瞼を落とした炭治郎の頭を撫でておく。
「……俺はいい。お二人だけでも食べてくれば?」
この時点から、彼の機嫌は下降を始める。
ただでさえ、強引に招かれているのに、未だにこの屋敷の主人とやらは出てこない。
いくつか聞いたことに答えてはくれるが、詳しい事は『御館様が来てから』と何の説明もされない。つまり、いつになれば解放されるのかもわからない。こんな状況で、機嫌が上向く奴にはマゾヒスト認定を熨斗を付けてくれてやりたいとは思う。
「では、私もここにいますね」
しのぶは、の上着から手を放さず、義勇も何も言わず動かない。
「戦う人間が食事抜くとか、俺には理解できん。おい、お握りとみそ汁くらいなら、ここで食えるだろ。こっちの二人に持ってこい」
さきほど食事に案内しようとした相手に、かなり乱暴に言い放ってしまい、はため息を吐く。空腹もイライラを増長していた。
「貴方は食べないんですか?」
「敵か味方かもわからん場所で提供されたものを君は食べる?」
質問に質問で返すくらいは許してもらおう。少しでも休んでおこうと、は目を閉じた。
しのぶからの視線は感じるが、さすがにちょっと疲れた。

いきなりすっ飛ばされた先で、訳の分からん事態に巻き込まれて、大正桜に浪漫の嵐とか。
泣き喚いて事態が解決するなら、年齢も忘れて泣き喚いた。
だが、山から拉致られて、今の今まで説明も挨拶もない事に、は静かに腹を立てていた。
しのぶが屋敷の者へ説明をしていたのを聞いたし、彼女や周囲にいる【隠】という人たちが気を使ってくれているのも理解できる。ずっと何も話さない義勇はよくわからないが。
だから、『大人しく』待っているのである。

ピリピリしていたの雰囲気が、目を閉じて少し緩くなったのに、しのぶはほっと息を吐いた。
しのぶ個人としては、今すぐにでも御館様に話をしていただきたいが、既に連絡を入れていて、これ以上急かすこともできない。
それを彼はわかってくれて、待ってくれているのだと理解していた。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
さて、お盆を受け取ったはいいが、どうやって食べたものか。
利き手は隣に立つの上着を掴んでいて、左手でお盆を受け取ってしまった。
「うっかりです」
「うっかりだな」
小さく呟いたのを、聞かれてしまった。
「ほら、お盆を貸して。それとずっと利き手で掴んでいると疲れるだろ。左手で俺の右手を掴んで」
「……ありがとうございます」
目を開けたは、お盆を左手で受け取り、右手でしのぶの左手を握った。
これでしのぶは無事利き手を開けて、ご飯が食べられる。食べられるのだが、なんだか釈然としない。
「食べないのか?」
「いえ、いただきます。あなたは本当にいいのですか?」
しのぶの問いかけに、は笑うだけで答えてはくれなかった。

この後、彼が穏やかだったのは、柱が全員揃うまでだったと、庭に控えていた【隠】達は全員が頷く。

その後の産屋敷邸は荒れに荒れた。
放置されていたがブチ切れたのだ。
屋敷の主の客であるはずの自分がいる。その目の前で繰り広げた炭治郎と禰豆子に対する証拠も証言もない断罪劇に、全員が彼に注目するくらいにキレた。
それに刀を持って反応した風柱が物理的も精神的にも沈められた。
御館様の客人に斬りかかってしまった風柱が、切腹で責任を取ろうとしたのだが、腹を切ったら問題が解決するとかマジで言ってるのか?と鼻で笑っていたとか。
『鬼』に身内を殺されたから『鬼』を殺すという言葉に、『人』に身内を殺された俺は、『人』に何をしてもいい。そういう理屈で構わないよね?と圧力をかけたとか何とか。

庭から聞こえた騒動に姿を現した屋敷の主である産屋敷耀哉に、更にキレた。
報連相もできないのか、てめーの組織は。と、説教から入るキレっぷりである。
体調不良でトップに立てないなら、さっさと引退しろと言い放つ始末。
特定の人間がいないと潰れる組織なんぞ、潰れてしまえと言わんばかりの正論に、産屋敷家一同が頭を下げる事態になった。

元々の議題であった鬼を連れた隊士の話は、御館様が取り出した手紙に何かあれば切腹して責任をとるという記述があったと事で、の前で何も言えなかったらしい。
曰く、切腹で責任とれるってさっき自分が言ったんだから、これで問題ないんだよな?と。
鬼であるという禰豆子を抱っこして、お前らの方がよっぽど血生臭いと言ったとか、言わないとか。

そして、炭治郎と禰豆子が蝶屋敷に運ばれていった後からが本番だったと、【隠】達は頷きあう。

は、産屋敷耀哉、つまりは御館様に対して、コンコンと追加の説教をした。
組織での戦闘とか、報連相とか、人材不足のくせに命の価値が軽すぎるとか。
特に鬼との戦闘については「こう言ってはなんだが。四百年も進歩無しとか、鬼より頭悪くないか?」と言い放ったとか。
唯一褒めたのが、蟲柱様の毒薬だったとか。

何よりその場にいた人間の栄養状態について、彼はもう一段階上でブチ切れた。
「俺の目に入る全員が栄養失調気味とか、どういう事か説明しろ。まずはお前の呪いってなんだ?」
庭に仁王立ちする男に、耀哉は鬼について漸く説明を始めた。
鬼の始祖である鬼舞辻無惨について。
「なるほど。リアル『俺の屍を超えて行け』な訳だ。それで、俺をこの場に呼んだ理由はなんだ」
千年にも渡る鬼との攻防に、鬼殺隊が抱く鬼への恨みツラミも少しは分かる。
身内を殺された恨み晴らさでおくべきかというやつだ。
「君を手放してはいけないという勘が働いた。と言ったら信じてくれるかな?確かに、君の言うとおり。四百年、鬼狩りの方法は進歩がないと言われても仕方ない。隊士の質を考えれば、進歩どころか、後退していると言ってもいいかもしれない」
耀哉はの方を見つめて、真摯に頭を下げた。
「どうか、私たちを助けてもらえないだろうか」
御館様が頭を下げてんだぞ?わかってるよな?という恫喝に近い視線を受けても、別にどうでもいいんだが、女性陣と子供達からの好奇心と期待に満ちた目には、全面敗北である。
右手で目を覆って、ため息を一つ。
「これは、貸しだからな。いいか、全部が終わったら、確実に利子付けて返せよ?絶対だぞ?」
こうなったら、【無限収納】に入ってる手持ちの物品と【異世界通販】の物品で、大正の世に革命をおこしてやる。と、彼は座った眼で心に決めていた。
「…………俺の幸せが逃げたら、全部お前のせいにしてやる。二十八の俺でもわかる、ろくでもない組織運営とか。前任者の責任を地獄の果てまで突き詰めてやりたい」
「え?」
「は?」
「……なんだ。俺が二十八だとおかしいか?」
「俺より年上なのかよっ!」
「行冥さんより、上なんですかっ!?」
同い年か、年下だと思っていたのに。
その驚きをどうとればいいやら。は渋面になりつつも、さっさとやることを済ませようと耀哉に顔を向ける。
「年長者を崇め奉っていいぞ?……組織の幹部会議で、俺より年上が一人もいないのってどうなのとか突っ込まないからな。年長者の務めとして、年下には腹いっぱい食わせてやる。耀哉、部屋を貸せ」
年下には遠慮しない。目が座っている彼に、もう誰も突っ込まない。
「ああ、その前にお前の呪い、消してやる。ちょっと準備するから待て」
「え?」
「は?」
【結界】
魔法で屋敷を覆うように聖域を展開する。
「これで害意のあるものは入ってこれない。害意がない場合は、鬼も入ってこれるから、その時は話を聞いてみるといい。害意を持った時点で、人間も弾き出される仕様だから。後はその身体を蝕んでるやつだな」
「治せるのかい?」
「たぶんな。そっちの息子君にも影響が出始めてる。それを、今ここで断ち切る」
【シャナク】
呪いを解除する魔法を使ってみる。
「っ……こういうことかぁ」
反動とはこういう事かと、は理解した。一気にデバフを喰らった状態になってしまった。
見えない視界の中に表示させているステータス画面に奇妙さを感じる。画面内にカウントダウンが始まっている。時間を見ると、約五日といったところだろうか。
「これでどうだ?楽になったか?恐らく、効いたとは思うんだが?」
「……ああ、うん。楽になった」
急にクリアになった目の前にいる赤い外套を纏った男が、なのだと耀哉は気づいた。
「どうだ。俺の顔、見えるか?」
「ああ、なかなかいい男だね」
黒の短髪に、人好きのする顔を見れば、優しく目が細められる。
「男に褒められても、全く嬉しくないな。……心拍数も、だいぶまともになったな」
ちょっと探すような感じで、耀哉の手を取って脈拍を計る。
「御館様!」
「おめでとうございます!」
柱の面々も見た目でわかる回復具合に喜びの声をあげた。
「この結界の中なら、という条件付きだけどな。まずは足の筋肉を戻して、屋敷を自分の足で一周するところから始めてくれ。お抱えのお医者さんとかいるなら、その人ともきちんと話して」
……?さっきから、視線がズレている気がするのだが、どうかしたのかい?」
首を傾げる耀哉に、は言葉に詰まった。
「!まさかっ!」
いち早く気付いたのは、しのぶだった。
彼の目の前で手を振るが、何の反応もしない。
「お前、まさか……」
他の柱の面々も続いて気付く。
「五日くらいで、解除できる。これで助けられる命があれば、助けるさ」
なんとなくで、耀哉の頭を撫でてやる。
「今まで、よく頑張ってきたな。偉い偉い。よかったな。これで美人の嫁さんと子供達と、ヨボヨボになれるぞ。俺の目を五日も持っていったんだ。それくらいは気張れ」
「なんと……その身に、呪いを受ける事で、御館様の呪いを解いたのか」
行冥の言葉で、彼が何をしたのか全員が受け止めた。
そんな治し方をすると聞いていなかった面々の中には怒っている者もいた。
「御館様の呪いを治していただいたことは、感謝しかありません。ですが、こういうことになると、先に言ってください!」
見えなくてもわかる。目の前の存在が、きっと笑顔で激怒しているなんてことは。
「……申し訳ありません」
十も下の女の子に怒られて、しおしおと土下座しておく。
なんとなく気配はわかるので、頭を下げる方向は間違ってない。
「ぷふぁっ……胡蝶には形無しなのな」
「笑うな、派手柱。古今東西、腕力以外で女性に勝てる男など存在せん。男なんぞ尻に敷かれるために存在しているような生き物だぞ?」
爆笑する天元に、は真顔で答えたのだが、天元は彼の首に腕を回して大笑いである。
「誰が派手柱だ。音柱の宇髄天元だ。覚えろよ」
「やめろ。男に抱き着かれるなんぞ、断固拒否する!」
「二人とも?」
じゃれあう二人に、しのぶは笑顔で声をかけた。
その片方は、耀哉の呪いを引き受けて、両目が見えなくなっているというのに、何をやっているのか、小一時間ほど問い詰めたい。
「さきほど、五日ほどで治るとおっしゃいましたが、その間はどうなさるつもりなのですか?」
お話しはとりあえず『後回し』にして、目の前の存在をどうするか、決めておきたい。
「ん?目が見えないだけだからな。必要な物資なんかを考えたり、準備したりであっという間に五日なんて終わるだろ」
「不死川さんほどではないですが、貴方も馬鹿で阿呆ですか?」
「おい、マテ、胡蝶」
さりげなく、毒を吐かれているのは、今まで怪我の治療をきちんと受けなかった代償なのだろうか。
「貴方にも蝶屋敷に来ていただきます。毒のお話もしたいですし。よかったですね。若い女の子にお世話してもらえますよ?」
「いや、それは……」
「何か問題でも?」
「いや、顔も知らない子に世話してもらうのは、どうかと。ほら、身体は元気だし」
「そうですか。では、私自らお世話してあげます。御館様の恩人ですもの、全く問題は……あっ!」
は逃げ出した。
だが、大魔王からは逃げられない!
「目が見えないのに、どこへ行こうと言うんですか?」
動き出した瞬間、両腕、両肩、両足にがっしりと腕がかかった。
本数からして、しのぶだけではなく、他の柱も協力しているようだ。
さっきまで敵意むき出しだった癖に、御館様が治ったら手のひらを返しやがった。…いや、敵意があるから逃がさないのか?などと考える彼を他所に耀哉が声をあげた。
「しのぶ」
耀哉の声に、助けてとそちらに見えてない目を向けるだったのだが。
「私と輝利哉の恩人だからね。よろしく頼むよ。彼が落ち着くまでは、他の面々で空いた穴を埋めておくれ」
「マテ、まて、待って。そこは、俺が一人で生活できる離れとか用意するべきだろ!?」
「御館様の恩人を一人で五日も放置など無理に決まっているだろうが。そのくらいもわからんほど不死川と同程度か?」
「そうですよ。目が見えないのに、危ないです!」
小芭内と蜜璃の言葉に、なんとなく実弥がいる方へ声をかける。
「なあ、さっきからしれっと喧嘩売られてるぞ?」
「うっせぇ。黙って、尻に敷かれとけや」
「派手に諦めておけ」
「そうだな!大人しく胡蝶の世話になるのがいいだろう!」
耀哉が言ってしまった以上、青年に味方はいない。
だが、うら若き女性に、世話になるなど、恥ずか死ぬ。急募、男性看護師さん。
「……よし、片目、片目が見えれば、世話にならなくても大丈夫だよな?」
「はぁ?」
「んー。こっちこっち」
左目を手で覆い隠して、しばらくして彼が手を離すと、左目の周りに呪いが集中しているように爛れている。ごそごそ懐を探して青年は布を取り出して、顔の左半分を覆う。
「これでよし。どう?」
「……そんなに嫌なんですか。私にお世話されるの」
「嫌じゃないよ?恥ずかしいだけで。オジサンにも色々あるんだ……」
笑顔で不機嫌というしのぶにため息を吐きながら、は改めて柱達がいる部屋に向き直る。
「いいか。お前ら、全然栄養が足りてない。そんだけの背丈と筋肉を保持するために、どんだけ栄養使うか理解してんのかって脳みそを全力で振ってやりたい程度には、全く足りてない。ということで、今ここで飯を食え。端から好物を言え。甘味もある」
隣の部屋に大きな木のテーブルを出した青年は、どこの出前の人だろうかという勢いで、料理を出していく。
「どっから出してるんだァ?」
「本当に知りたいか?時空間のゆがみを利用した亜空間収納について。俺も初めて聞いた時は、三日三晩以上かかったが?本当に聞きたいか?」
「……そういうもんだって、おもっとく」
キノコと鶏肉の炊き込みご飯。ふぐのから揚げ。とろろ昆布のお握り。サツマイモの味噌汁。鮭大根。ふろふき大根。生姜の佃煮。五穀米ごはんもお櫃で出した。
おはぎと桜餅は食後用にてんこ盛りにしておく。
全部出した上で、足りない栄養素を補う野菜や肉料理を置いていく。食器類は、お屋敷の方で用意してくれたので、好意に甘える。
「君らにもご飯出しておく。屋敷の人が準備されているものは、それはそれで食べて欲しいから、まず運んでもらえるか?」
産屋敷一家にも声をかける。
「あまね、頼めるかい?」
「はい」
しばらくして並べられた料理に足りないものを、次々にテーブルに載せていく。
「食べなれないものもあるだろうから、少し味見してから、色々食べるといい。耀哉はしばらく重湯とか汁物生活だけどな。ほら、コンソメスープ。熱いからゆっくり飲めよ?」
「……なんだか、さっきと随分と雰囲気が違うね」
事情を聞き始めた当初に比べて、ぐっと態度が軟化している青年に、耀哉は目を丸くしながら、差し出された【こんそめすーぷ】を一口啜る。
「そりゃ、いきなり山の中に吹っ飛ばされて、ココドコだよと思ってたら、美人に刀で襲われて、喋る鴉に驚いてたら、なんかどっかの元締めみたいな和風総本家で刃傷沙汰だぞ?なんか訳わかんないうちに、ブラック企業の立て直しに巻き込まれるし?俺、家に帰れんのかよ?……ちょっとくらい八つ当たりしても仕方ないだろ」
「八つ当たりかよ!?」
「飯は、座って、黙って、食え」
「……おう」
立ち上がった実弥は、の圧力に、大人しく座ってご飯を食べる。
「ここは俺の住んでた場所じゃない。両親も兄も友達も、ここにはいない。帰れるかどうかもわからない。……まあ、その中で仕事が見つかったのはいい事なんだろうな」
湯呑に入ったお茶をすすりながら、苦笑する青年の事情を、誰か考えただろうか。
突然、戦場へやってきた異分子くらいにしか思っていなかった存在は、彼らよりも圧倒的な力を持ちつつも、家に帰ることも出来ずに、全てを失ってここにいるのだと。
「産屋敷の名において、誓おう。君がこの世にいる限り、友として、最大限の便宜を取り図る」
「安心しろ、目が飛び出るくらい暴利で、取り立ててやる。いいな、耀哉。俺はお前から取り立てるんだから、息子に押し付けてあの世に逃げたりするなよ?是非、ヨボヨボになっても、俺を養ってくれ」
黒髪の彼は、実に楽しそうに笑ってそう言ったのだ。

「あそこの人たちも関係者だろ?ご飯はあげられないけど、キャラメルとかチョコとか甘いものを渡してくる」
彼が庭を横切って、隠の者達の方へ歩いていくのを見送った耀哉は、柱達に向き直る。
「彼をどう思う?」
「甘いですね。実に、甘い男です」
即答したのは天元だった。他の者も苦笑しながら頷いている。
「俺達を全滅させられる能力を持っていながら、それを振るったりはしない。不死川に対して怒っていたが、アレは振りでしょう。本気で怒っていたなら、瞬殺されていたはずです」
「宇髄さんの言う通りでしょう。私に刀を向けられた時も、本気であれば禰豆子さんを抱えたまま、気付かないうちに私を殺すことも可能だったはずです。当の本人は、禰豆子さんを庇うようにして逃げの一手でしたけど」
天元としのぶの視線の先には、隠を集めて、金属の缶を渡すの姿がある。
「本気で泣きそうだった」
「うん。あんな、素直に泣きそうになってる男の人、初めてみたかも」
無一郎は、記憶よりも体の心配をしてきた青年が、しょんぼりと眉を下げていたのが妙に忘れられない。その時、隣で見ていた蜜璃も小さく笑う。
彼は彼女を見ても、泣きそうだった。きちんと食べているはずなのに、それでは足りないと泣きそうになりながら、彼女に訴えてきた。
「俺はもうしばらく様子を見たい。……不死川はどう思う?」
「鬼を知らない甘ちゃんだろ。どうせ、すぐに鬼がどんなものか思い知るに決まってる」
「しかし、御館様の呪いをその身に受けても、治した。それは信ずるに値する」
「ですな!それに、胡蝶の突きを躱すとは。ぜひとも一度、手合わせいただきたいものだ!」
はははと笑う杏寿郎の言葉に、義勇も頷いているが、庭から戻ってきたは実に嫌そうな顔を見せる。
「……何、恐ろしいことを言っているんだ」
「そうなのかい?是非とも、皆に稽古をつけて欲しいと思ったんだけれど」
「俺はごくごく普通の一般人だぞ?無茶言うな。あー、あの少年、炭治郎が回復するのにどのくらいかかるかな?」
耀哉に冗談じゃないと答えておいて、しのぶに視線を向ける。
「極普通の一般人が何というかを聞いてみたいですが……そうですね。ひと月前後というところでしょうか。貴方の薬で顎は治ってしまったようですし」
「そのくらいには、下準備は終わらせたいな。あれ、鬼の頭領にめっちゃくちゃ縁がありそうだと、耀哉は思ってるんだろ?」
あの薬の件も後で問い詰められるんだろうなぁと思いつつ、しのぶから視線から耀哉に戻して訊ねる。
「そうだね。間違いなく、炭治郎と妹の禰豆子は、無惨と関わりあうことになる」
「了解」
では、第一目標は、あの少年が動けるようになるまでに、バックアップ体制を構築する。
あれもこれもとやっておくべきことが脳内のタスクリストに書き込まれていく。
あとは、鬼を見ておきたい。
「やることは山盛りだなぁ」
こうして、迷子だったは、鬼殺隊の相談役として、大正時代に鬼退治に勤しむことになる―――

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後書&コメント

  1. 会議のやり取りをまじめに書いていたら、めっっっっっっちゃ長くなったので、割愛。
    禰豆子は正規の漢字が出てこないので、こちらの文字で脳内変換をお願いします。
    最早、自重の二文字はこの世界にありません。
    誕生日おめでとう。

    コメント by くろすけ。 — 2021/02/24 @ 10:33

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Posted: 2021.02.24 鬼滅の刃. / PageTOP