魔法遣いは自重しない。3

明け方近くに、蝶屋敷の近くで隠の人から降ろされた。
お礼の言葉とおやつを手渡して、彼らと別れた後、しのぶの後について歩く。
「あれが、蝶屋敷です。私の拠点でもありますが、怪我人の機能回復なども行っています」
しのぶは、ちょっと胸を張って、裏山を持つ広大なお屋敷を指さす。
「ああ、医療院も兼ねてるんだね。俺、そっちも手伝うよ。ただし、怪我を治すおまじないは使わない。人間は慣れてしまうからね」
「そうですね。さんがいれば、死ななければと思うのは非常に問題です」
「しかし、凄いなぁ。鬼を倒すのもやって、怪我人も治して、言葉が足りない同僚の補佐もして……。俺に出来る事なら、何でも手伝うから、何でも言って」
指折り数えて、あまりの激務っぷりに、は心の底からの言葉をしのぶに伝えていた。
「……なんで、今日あったばかりの人が、一番わかってくれるんでしょうか?」
「今日初めて会ったからだよ」
弾かれたようにしのぶは隣を歩く青年を見上げた。
「脳ってのは面白いもんでね。徐々に変化していくものを、認識するのが難しい。周りの人は君をずっと見てたから、より悪くなっていくのに気付かなかっただけ。病気だってあるだろ?急に進行する病気より、ゆっくり悪くなるものの方が気づきにくい。気づいた時には、もう手遅れってこともある。今回は俺が気づいたから、ひと月で改善させるけど」
彼は優しく笑って、彼女の頭を撫でる。
「君は偉いね。凄く頑張ってる。それに、目的のために確固たる意志で、そこへどう進むか覚悟を決めてる。その身に秘めた毒がどんな理由か、俺にはわからないけど。貴女が命を懸けても達成したいことに、俺は全力を挙げて協力することを誓おう」
「いいんですか?そんなこと言って」
「貴女の目的が世界征服でも叶えてあげるよ。ただ、身内に壮絶甘そうな貴女は絶対そんな事を願わないと思ってる」
そう言っている彼の方が、滅茶苦茶身内に甘そうだということは、絶対に言うまいとしのぶは思う。
「……そうですか。まあ、あの場で毒の事を口外されなかっただけでも助かっていますけど」
そう、少し不貞腐れるように呟いたしのぶに、は小さく笑った。

「こちら、御館様の恩人の方なの。これから屋敷に居られることになったので、よろしくお願いしますね?」
「ご紹介に預かりました、といいます。こんなオジサンが突然来て、申し訳ないですが、よろしくお願いいたします」
しばらくののち、この時に滞在期間をいつまでと決めておかなかった事を、は畳にめり込むほど後悔する事になる。

次の日から、というか、その日から、による鬼殺隊サポート体制が組まれていく。
まずはゴーレムクリエイトによる人手の確保。
「とりあえず五体ほどご用意してみました」
主にアオイと三人娘の指示に従い、家事や怪我の治療のお手伝いになるだろうと、全員を集めて紹介しておく。
「これ、本当に人形なんですか?人間にしかみえないのですけど」
目の前に立っている女性は、しのぶに微笑みを向けて、一礼してきた。
「よろしくお願いいたします」
応対も人工音声ながら、実に滑らかなので、人間と見まごうほどである。
「そうだね。式神?に近いかな。在庫管理とか書類整理とか雑務とか、余裕だから。料理は味を見ないといけないから無理だけど、お菓子作りは計量なので、ほぼいける」
「この格好をされている女性ばかりの理由は?」
彼女たちの格好は、全員がクラシックなメイドさんの格好である。
「そのうち男性型も用意する予定はあります。が、男は基本的に女性にチヤホヤされるだけで幸せな生き物なので。女性も男に世話されるより安心でしょ?」
俺の趣味じゃないですよ、とだけ全力で主張しておきたい。
「へぇ……そうなんですか。その割に、私のお世話を嫌がった人が目の前にいるんですが」
「オジサンになると、色々あるの。……屋敷の人には従うように命令をしてあります。名札を付けておくので、後はよろしく」
四体に家事など、手伝うように指示をしておく。残りの一体は、しのぶの手伝いに入ってもらう予定である。屋敷の人が慣れてきたら、もっと増やしていく予定をたてていた。
蝶屋敷の改造も、しのぶが頭を抱える程度で進行されていく。
屋敷と医療院のお風呂には温泉を引かれ、明るくきれいになった。どこから取ってきたんですか!?という突っ込みは、地面の下からという身も蓋もない事を言われてあやふやになった。
液状になった石鹸類の説明をされて、夜にお風呂に入るのが今から楽しみになった、というのもあやふやにされた理由の一つである。オジサンの中で、女の子は何時の時代も綺麗好き。異論は認める。
そうしたら、地熱と太陽光で発電すると言い出し、何か機械みたいなものを地下に設置したと思ったら、しのぶの研究室と厨房と風呂場に電気による灯りがついた。
唖然としているしのぶを横目に、洗濯用の小屋を建てて、そこに洗濯機を設置する。アオイたちが運んできた洗濯物を丁度いいと、ポイポイと放り込む。
機械の使い方などの説明はメイドゴーレムに任せて、厨房に冷蔵庫を置いていた。
これで夏でも冷たいものが食べれるよと笑顔で言ってくる男に、どう突っ込みを入れてやろうかと考えたが、実に的確な改造なので、しのぶもあまり口うるさくは言えない。ただ、瞬間で建物が建て替えられていくので、常識が理解を拒んでいるだけである。
さらに、蝶屋敷に隣接する土地を買うらしく、何やら建物を造って、事業を始めるようだ。
「ご近所さんになるので、簡単に説明しておきますね」
と前置きして話し出したに、最後まで聞かされたしのぶは、最早頭痛が抑えられない。あと、胃薬も欲しい。そんなことを言ったら、当の元凶から、すっと差し出されそうなところも頭痛の種である。
「医療補助体制と見せかけた対鬼用の薬品及び武器作成、薬売り兼情報収集機関ですか?」
「簡単に言うとそうだね。ついでに、キラー衛星からの情報を元に戦闘支援もしようかと思ってます」
「なんですか、『きらーえいせい』って」
知らない単語が出てきたので、しのぶは小さく首を傾げた。
ちくしょう、可愛いなぁと思いながら、画用紙サイズの黒板を取り出し、簡単に説明していく。
「理解しました。さんが常軌を逸した存在であると」
「え、そんなの昨日のうちにわかっていたのかと……いた、痛いです」
脇腹を突かれて、は身をよじる。鬼の首は斬れないとか言ってたけど、突きの速さと威力は人外の領域らしい。無明三段突きとか教えてみたい。
「大体ですね……」
しのぶが一言言ってやろうとしたところで、の腕からピピッと音が鳴った。
「あ、もうこんな時間だ。ちょっと産屋敷に行ってきますので、詳しい話は帰ってからで。お昼前には戻ってきますから」
「は?そういえば、昨日も言ってましたけど、どうやって行くんですか?」
「だから、おまじないで……。一緒に行きます?」
「行きます。一言言づけておきますので、少し待ってください」
しのぶが戻ってくるのを待っていると、反対側からカナヲがやってきた。
「ん?どうした?」
の顔を見て、何かを言いたそうにしているので、優しく微笑んで先を促す。
「今、洗濯が終わって、アオイたちが驚いてた」
「ああ、役に立ったならよかった。報告してくれて、ありがとう。カナヲちゃん」
そっと頭を撫でても嫌がる素振りを見せないので、そのまま何度か撫でておく。
「カナヲ、でいい……」
「わかった、カナヲ。俺はこれから君のお姉さんと耀哉のところへ行くので、お留守番よろしくね」
「ん」
「お昼前には戻りますから」
撫でられながら小さく頷くカナヲは、小動物のようで可愛らしい。
「あらあら。もうカナヲを口説いているんですか?」
「物凄い風評被害が発生する瞬間を俺は見せられた。カナヲに失礼でしょう。こんなオジサンに口説かれるなんて」
「それで、どうすればいいんですか?念のために草履は持ってきました」
「重要な事なんで流さないで欲しいんですけど……まあ、いいか。それじゃあ、カナヲ。また後でね」
カナヲに手を振ったは縁側から庭に降りると、廊下に立っていたしのぶをひょいと左腕で抱きかかえてしまう。
「は?」
呆気に取られている二人を他所に、は呪文を唱える。
【ルーラ 目標:産屋敷邸】
一瞬で消えてしまったとしのぶの姿に、カナヲはしばらく動くことが出来なかった。

「はい、到着」
聞いてはいたが、本当に唐突に庭に現れた男に、待っていた耀哉は目を輝かせる。
「おや、しのぶも一緒かい?」
「ああ、移動方法が気になったらしい。話が終わったら、一緒に帰るからお茶でも出してくれる?お茶菓子は俺が用意するから」
この後、正気を取り戻したしのぶに、しばらく脇腹を突かれまくることになる―――

« | 鬼滅の刃 | »

評価

1 Star2 Stars3 Stars4 Stars5 Stars (4 投票, 平均点: 5.00)
読み込み中...

後書&コメント

  1. 本当にかけらも自重する気がない主人公。
    脇腹、痛そうだなぁ……丸い青あざが出来てて、風呂場で首を傾げるといいよ。
    蝶屋敷では親戚のお兄さん扱いされていると嬉しい。

    コメント by くろすけ。 — 2021/03/01 @ 15:22

Leave a comment

Posted: 2021.03.01 鬼滅の刃. / PageTOP