三日もすれば、彼は蝶屋敷になじみまくっていた。
「今日の朝ご飯はチーズ入り玉子焼きです。……俺はクルクル巻けないので、アオイにお願いしました」
「巻けないんですか?」
料理を運ぶ用の台車に料理をのせるに、きよは目を丸くした。
彼の料理はとても美味しくて、しのぶも食べる量が少し増えているのを、彼女は嬉しく思っている。
「ああ、どうしても、こう、崩れるんだ」
「さんにも苦手なことがあるんですね!」
「そりゃあ、俺にだって苦手なものとか、嫌いなものはあるよ。はい。これでよし」
わーいと台車で患者さんの元へ朝食を運んでいく三人を見送ると、厨房に残っていたアオイに笑いかける。
「卵焼き、助かりました。俺がやると、どうしてもオムレツになるんですよね」
「ゆっくりやれば出来ると思うんですが……」
アオイは卵焼き専用なんですと彼が出してきた銅製の玉子焼き機に目をやる。
「そう思って、三十回は挑戦したんですけどね」
「相性、ですかね」
「オムレツは綺麗に焼けるんで、そういう事にしておいてください。さて、こちらの準備をしましょうか」
「はい」
玉子焼きは引き続きアオイにお願いするとして、目下の彼の目標は、屋敷の主の体重を三キロほど増やすことだった。
「……食べる量が圧倒的に足りないんだよなぁ」
毎食後に洋風のデザートを付けて、総カロリーをあげているのだが、それでも足りない。
今日の玉子焼きだって、チーズを削ったものをてんこ盛りに混ぜ込んで焼いているのだが、焼け石に水、やらないよりマシ、レベルなのだ。
「本当、悩ましい……全集中の呼吸が憎い……」
元々が小食ということもあるが、出ていくカロリーが半端ないのである。
「しかも、常中ですからね」
「昔、どうやって体重を減らすかで、姪っ子の相談乗ってたんだ。まさか、如何に増やすかで悩むことになるとは思わなかったよ……」
「姪っ子さんがいるんですか?」
「うん。兄さんの娘さんで、十八歳。俺より十歳下だね」
「しのぶ様と同い年ですか」
「そう。……そうなんだよなぁ。咲夜と同い年かぁ……」
牛フィレを一人百グラムほど焼いて箸で食べられるように薄く切りながら、は姪っ子を思い出してため息を吐いた。
「……おはよう」
「おはよう、カナヲ。ちょうど良かった。そろそろ、しのぶ様に声をかけてきてもらえる?」
後は料理を運ぶだけになったところで、カナヲが顔を出した。
「おはよう、カナヲ。行く前に、これ、味見してくれるか?アオイも頼むよ」
「ん」
が持っているスプーンに引き寄せられるように、カナヲは彼に歩み寄る。呼ばれてアオイも近づいた。
「今日のおやつにする予定なんだが、食べられそう?」
マカダミアナッツを載せた、アボカドとチョコレートのムースを一口ずつ二人の口に放り込む。
「……美味しい」
カナヲの中で、は既に『美味しいものをくれる人』という立ち位置を確立しつつあった。
「かなり濃いですね」
「うん。だから、あんまり一人分の量は多くないんだ。このカップ一個分くらい。これに甘くないクリームを乗せる」
アオイの感想に、手のひらに乗るサイズの入れ物を見せる。
「ああ、そのくらいだったら、問題ないですね」
それを見た彼女も、頷いているので、オヤツはこれで決まりだ。
「……師範、呼んでくるね」
「ありがとう、カナヲ。よろしくね」
味見を終えたカナヲの頭を撫でて、彼女を見送る。
「よし。では、料理を運びますか」
「はい」
「いただきます」
しのぶの号令で皆で食事が始まる。
「さんが来てから、本当に豪華になりましたね」
「肉とか魚は、金よりも伝手だからな。しっかり食べてくれ」
元々食が細い彼女に、如何に食べさせるかを考えているので、好きそうなものや箸が進んでいるもののチェックに余念はない。
洋食や中華に物珍しさはあっても、嫌ってはいないようなので、肉も魚も食べてくれるのは助かる。他にはおやつの時間に、小まめに餌付けのように、カロリー高めなものを差し入れるだけである。
「今日は、昨日も言いましたけど、カナヲと手合わせをお願いしますね」
「……なんで、そうなってしまったのか。俺にはよくわからない。一般人の俺に、逸脱した人の相手は、無理だと思うんだ」
「鬼の前に連れて行くのに、どのくらい動けるのかを知っておかないと。万が一の時に、助けられませんよ?」
「カナヲ……」
「カナヲ、本気で相手をしなさい。私の突きを躱したのだから、手加減をしては、ダメよ?」
「はい」
お手柔らかにとお願いするつもりだったのに、完全に先手を打たれた。頑張りますとばかりに頷くカナヲの様子に、は渋い顔をニコニコと笑うしのぶに向ける。
「本当のことですよね?」
「躱すのに手いっぱいだったオジサンに、ひどい仕打ち」
「ふふふ。全集中の呼吸の常中をしている柱の突きですよ?禰豆子さんも抱えていたのに、躱されただけで驚きです」
「実は悔し……なんでもありません」
実は負けず嫌いらしいしのぶに、それ以上は言うのを止めておく。
「午前中は産屋敷に行っているんで、午後の鍛錬の時間でいい?」
「はい。用事を優先していただいて構いません。楽しみにしていますね」
「……死なないように、頑張るよ」
やれやれと、は玉子焼きを口に運んだ。
「なあ、あの蝶屋敷なんだけど、あの子の管理になったのは何時からだ?」
今日も産屋敷邸の庭の見える和室で、鬼殺隊の組織改革をガシガシ行っていたは、ふと気になったことを尋ねた。
「しのぶのお姉さんが亡くなった直後からになるから、もう四年になるかな」
聞いた瞬間、はキレる寸前だった。その漏れ出る気配に、耀哉も顔色を変える。
「四年前だと?十四歳の女の子、それも身内を亡くしたばかりの子に、何させてるのかなぁ?」
「……他に適任者がいなかったこともある。それに忙しくさせてないと、あの子が壊れてしまいそうだったんだ」
耀哉は当時のことを説明する。
上弦の弐との戦闘による花柱・胡蝶カナエの死と、彼女の柱就任について。
「……どんな姉だった?」
「鬼を悼む優しい、それでいて芯の強い、笑顔を絶やさない子だった」
「……今、あの子が来ている蝶の羽の模様の羽織は、そのお姉さんの形見か」
耀哉が頷くのを見て、は天を仰ぐ。
サイズの合わない羽織に、絶やさない笑顔。
どこかチグハグな気がしていたのは、気のせいではなかったらしい。
「問題が山積過ぎるだろ……」
はしのぶの笑顔を思い出し、ため息を吐いた。
お昼前に屋敷に戻ってきたの様子がおかしいのは、すぐに屋敷の全員が気付いた。
出かけていく時は、いつもと同じように優しく微笑んでいたのに、帰ってきた時には、何かを考えこむように眉間に皺を寄せていたからだ。
「何かあったんですか?」
「ああ、ちょっと大変なことがあったんだ。詳しくは話せないんだけど」
お昼ご飯前にしのぶに呼び止められて、はため息交じりにそう答える。
「普通じゃないさんにも悩むことがあったんですね」
「酷い言われよう。俺にだって、出来ないことはある。【俺にできないことはない】って言えればよかったんだけどな」
しのぶの揶揄うような言葉にも、彼は困ったように笑って、彼女の頭を撫でてくる。
「……今日の手合わせはやめておきますか?」
「いや、目が治り次第、鬼狩りには行きたいしな。きちんと相手をする」
「わかりました。無理はしないでくださいね」
しのぶの言葉に、は苦笑いで応える事しか出来なかった。
蝶屋敷で着実に餌付け中。
太らせるのが難しいとか、世の中の女性を敵に回しそうな【全集中の呼吸】
「無理はしないでください」
マジでお前が言うな状態で、オジサンは産屋敷で激おこです。
鬼滅の夢小説を探すサーチエンジン、どこかいいところないかなあ。
しのぶさんが幸せなやつを読みたい。。
お勧めありませんかね?
コメント by くろすけ。 — 2021/03/07 @ 18:47