魔法遣いは自重しない。5

目の前に胴着に着替えた美人姉妹がいて、何かを打ち合わせしている。
「……美人って、何着ても似合うのなぁ」
そんな景色を前に、オジサンの心の声が漏れたって仕方ない。
何せ、これから、呼吸の使い手と手合わせである。
カナヲだけでなく、師範の方も胴着に着替えているってことは、なし崩しで、連戦になる可能性が滅茶苦茶高い。そんなに躱されたのが悔しかった……と内心で考えただけなのに、にっこりと笑顔を向けられるとか、怖すぎる。
「頑張ってください、さん!」
「おー。炭治郎もだいぶ元気になったな」
何かの参考になればと、炭治郎も訓練場に顔を出していた。彼の同期の二人は回復にもう少しかかりそうだという話だった。
「はい。さんのお陰です」
「いや、それは違う。このお屋敷の人たちが、怪我した隊士の治療を受け持ってくれているから、君たちは怪我を治して鬼を狩れる。なので、治療してくれた人に感謝しなさい」
ひと回り以上離れた少年の頭をぐりぐりと撫でておく。
「禰豆子が起きたら、俺も挨拶するから呼んでくれるか?」
「はい!きっと禰豆子も喜びます!」
この素直さには、二十八歳の色んなものが浄化されそうである。
さん。準備はいかがですか?」
「一生整って欲しくないけど、大丈夫です」
美人の笑顔には諸手を挙げて降参するしかないではないか。
「こちら、どうぞ」
「はい」
渡された木刀がずっしりと重い。
とはいえ、彼の本領は魔法とスキルによる実戦なので、どこまで逃げ回れるかがカギになるだろう。今のうちにバフはかけておく。
「では、はじめ!」
しのぶの合図と同時に脳内に鳴り響く【直感】アラートに、【千里眼】でカナヲが仕掛けてくる攻撃を見切っていく。
「っ!?」
最速の一撃からの三連撃を難なく躱された。その事実にカナヲは気を引き締めなおす。
師範から言われていた【私の突きを躱した】という言葉を疑っていた訳ではないが、目の前の男がここまでとは想像つかなかったのだろう。
「……行きます」
切り替えたカナヲの攻めを、はほぼ動かずに木刀で払っていく。
「ああ、なるほど。カナヲは【目】がいいんだね」
それに気づいたが、さっきから虚実を織り交ぜて来ていて、カナヲはそれに追いつくのに精一杯だ。
「……でも、まだまだ、若い」
「!」
背後を取られて、木刀を頭の上に載せられた。
「……そこまで。まさか、カナヲがここまで手も足も出ないとは思いませんでした」
「そこは、ほら、俺は魔法遣いだから」
しのぶの言葉に、は肩から力を抜いて、木刀を降ろす。
「カナヲもお疲れさまでした。凄いね、俺の動きを見て、その先の攻撃を変えてたでしょう?」
カナヲはに頭を撫でられながら、頷く。それなのに、一撃も当てられなかった。当たる気配すら感じられなかったのは、初めてだった。
「あとは、目に見える情報をどこまで選び取るか、かなぁ?俺はあんまり強くないから、その辺りは師範さんと頑張って」
「強く、ない?」
カナヲだけではない、場内で聞いている炭治郎も首を傾げているのがわかる。
「うん。本当に強いのはね、君のお姉さん達や、炭治郎みたいに、覚悟を決めた人だよ。カナヲも頑張れ。【努力した者が成功するとは限らない。しかし、成功する者は皆努力している】……海の向こうの遠い国の人が言った、いい言葉だよ」
コクコクと頷くカナヲを、親戚のオジサンレベルで可愛がっておく。
「さて。さんも、まだまだ元気なようなので、是非私とも手合わせをお願いできますか?カナヲと炭治郎君も、見たいですよね?」
笑顔で二人に声をかけて、本気で退路を断ってくるあたり、実に容赦がない。
子供たち二人の期待に満ちた目が、心に痛い。おかしい。目の前で楽しそうに素振りしている十八歳も、彼からしてみれば子供だったはずなのだが。
「判定はカナヲ?」
「そうですね。炭治郎君では、目が追い付かないでしょう」
「木刀を持ち変えてもいい?小太刀を二本、借りたい」
「勿論、構いません。二刀流ですか?」
「んー。剣は元々得意ではないので、短い方が扱いやすいというか……」
そんなことを言いつつ、バフを掛けなおしておく。更に、リジェネとかリレイズとかも念のため。念のためで終わってくれるのを心から祈っておく。
「大丈夫ですよ。死なない程度に手加減しますから」
「……聞いたか、炭治郎。これは、死なない程度に痛めつける気満々って意味だぞ?」
しかも、人体を把握しているお医者さんが言うと、恐怖しか感じられない。
意外と負けず嫌いな彼女の性格からして、間違いなく、初手で最速の技を叩き込んでくるはず。確実に躱さないと死ぬ自信がある。
さん、頑張ってください!」
声をかけてくる炭治郎に、右手を挙げて答えておく。
「始め!」
【蟲の呼吸・蜂牙ノ舞 真靡き】
カナヲの声と同時に、目前に刀の切っ先があった。
「俺、躱してなかったら、死んでませんか……?」
必要最低限の動きでギリギリ何とか躱せたが、つい先ほどの頭があったところに木刀が通っていた。受けただけでなく、見ていた炭治郎とカナヲも、顔色が悪い。
「これも躱すなんて、どういう人なんでしょうか」
当たる直前で止めようとしてはいたが、躱されてしまった事実に、しのぶも驚きを隠しきれていない。
「死んでしまうっ!」
「大丈夫ですよ、当たらないと死にませんから」
「すっげー、さらっと殺害宣言された!」
そんなことを言いながらも、打ち込まれる木刀を躱し、手にした小太刀で打ち払う。
かく乱するような動きをしながら攻撃を行うしのぶに対して、は足を踏ん張り動かずに回避と防御に徹する。
「守ってばかりでは、勝てませんよ?」
「もと、もと、攻撃は、苦手、なんですっ!」
しのぶの攻撃を弾いていくが、数が増えていく一方である。
直感アラートは鳴りっぱなしだし、千里眼で見える予知の取捨選択にも頭痛が起きそうだ。
「カナヲの目がいいとおっしゃっていましたが、さんの目もかなりいいですね」
「おほめに、あずかり、こうえいっ!」
これだけの動きをして呼吸ひとつ乱してないとか、この世界の人間の肺はどこかおかしい。そう魔法遣いは力説したい。
結局、そろそろ食事の準備をとを呼びに来たアオイの声で、『今日は』この辺でと解散のお許しが出た。
「大丈夫ですか?さん」
「ああ、大丈夫ですよ。結局一撃も当たっていませんから」
ぜーはーと呼吸を整えているに心配そうに声をかけるアオイに、しのぶがしれっと答える。
「え?」
orzの体勢で呼吸を整えるのが精一杯だっただが、何とか整えて、アオイを見上げた。
「一撃で死にそうだったので、死ぬ気で避けました……」
「……ああ」
しのぶの笑顔を見て、アオイは非常に納得してしまった。
「晩御飯の準備は始めておきますので、落ち着いたら手伝っていただけますか?それとも先に汗だけ流されます?」
「風呂は後で。ざっと汗を拭いて着替えたら向かうよ」
「はい。では、献立通りに進めておきますね」
「ありがとう、アオイ。着替えたら、すぐ行くから」
こちらに一礼して、台所へ向かうアオイを見送って、はしのぶを見つめる。
「もう二、三人、アオイみたいな人を知らない?」
「いたら、即連れて来てます」
「ですよね。じゃあ、俺はこれで」
「はい。ありがとうございます」
小太刀をあった場所へ戻して、は道場を後にする。
「さ、炭治郎君とカナヲもそろそろ戻りましょうか」
「はい!でも、本当に凄かったです!」
炭治郎が目を輝かせる横で、カナヲもコクコクと何度も頷いていた。
「そうですね。あれだけの攻撃を全て躱しつくすなんて、意外でした。一撃も当てられませんでした」
「でも、さん、しのぶさんが凄い!と、あとは死にたくない!としか思ってませんでした」
小さくため息を吐いたしのぶに、炭治郎は首を傾げる。
炭治郎には、純粋に柱である彼女と、その彼女の攻撃を捌ききったへの尊敬しかない。
「……そうですか。では、炭治郎君も身体が回復したら、是非手合わせをお願いしてみましょうね」
「はい!」
こうして、知らないうちに、は再び死地(道場)へ赴くことが決定していた。

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後書&コメント

  1. 次の話まではちょっと詰めて書いて、その後の甘やかしタイムに突入したい今日この頃。
    突きが当たっていたら、確実にリレイズが発動していました。
    炭治郎が回復したら、三連戦が待ってるぞ。きっと伊之助も参戦してくるから四連戦?
    この世界のお屋敷内には危険がいっぱい。

    コメント by くろすけ。 — 2021/03/10 @ 15:41

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Posted: 2021.03.10 鬼滅の刃. / PageTOP