魔法遣いは自重しない。6

一人ひっそりと晩酌をしようと、こそこそと屋根の上にやってきただったのだが、座り込んでビール缶をぷしゅっとやったところで、その野望は潰えることになる。
「こんなところで何をされているんですか?」
背後から掛けられた声と肩に置かれた手に、背後を見上げれば、お屋敷の主様がにっこりと笑っておられました。
「……明日、筋肉痛にならないように、お月様に願掛けを」
「それだったら、さん特製の温泉に浸かって、身体を解した方がいいと思いますけど」
そう笑った彼女は、軽やかに隣に座って、を見つめてきた。
「もう既にやった。今日のお仕事はひと段落?」
ビールは後にしようと、無限収納へ戻して、しのぶに話しかける。
「ええ。さんのお陰で、本当に助かってます。ありがとうございます」
この三日で、環境が激変して、時々首を傾げてしまう。
あれ?今日の仕事ってこれだけ?と。
予算の割り振り、必要なものの買い出し、在庫の整理などなど、裏方に分類される仕事は、彼のメイドゴーレムが担当して、しのぶは最終確認をするだけになっていた。
「ははは。産屋敷で、君のお仕事の全容を把握した後、関係者全員正座させて滾々とお説教してやったぜ」
誇らしげに笑う彼の言葉に、しのぶは一抹の不安を覚える。
「それは、まさか、御館様も……?」
「なにを言っている」
彼は実に心外だと言いたげに眉を寄せた。
「そう、ですよね?」
「当然、最前列で説教してやった」
「な・に・やっているんですか、あなたは!」
しのぶは思わず彼の胸倉を掴んで、揺さぶっていた。
「いや、管理者責任は絶対的に存在するから」
「……御館様に顔向けできません」
「この国の成人年齢がどうか知らないけど、俺の国では十八歳が成人年齢だ。十四歳の女の子に、お姉さんがやっていた業務を全部押し付けるのは、虐待と言ってもいい」
「!」
弾かれるように、の顔を正面から見つめる。
「今、俺がやっているのは、組織の把握だからね。君のお姉さんのことも聞いた」
「……そう、ですか」
「うん。それで漸く、色々ちぐはぐな理由が分かった」
再び俯いてしまったしのぶに、は困ったように笑う。
「怒りたい時は怒っていい。泣きたい時も、ちゃんと泣きなさい。そうしないと、きちんと笑うことが出来なくなるから」
顔をあげようとしないしのぶの背中を宥めるように軽く叩く。
「で、だ。君は十四歳から大人顔負けの働きをしてきた」
「? はい」
唐突に何を言い出すのだろうと、俯いたまましのぶは頷く。
「まずは、蝶屋敷の予算。君が自腹を切っていたものは、全て回収して、銀行口座に入れてきました。結構な金額になっているので、好きに使ってください。次からは必要経費は必ず別途計上してくださいね」
これ明細ですとから渡された紙面には、首を傾げたくなる金額が書かれていた。
「次に、ここの運営と地方への病院展開。基本的に私が引き継ぎます。といっても、メインはゴーレムさんを中心に若手の医者を男女関係なく雇って、俺は知識と資金提供になりますけど。あ、面接はきちんとしますから、変な人間は入れません」
いきなり話が飛びすぎて、脳内で整理するので手いっぱいになっているうちに、ガンガン話は進められる。
「で、最後。四年分。貴女は子供でいるべき時間を奪われたので、ここから四年ほど、俺は貴女を思いっきり甘やかします。これは耀哉にも許可を得ているので、組織の一員として諦めてください」
「本当に何をやっているんですか、あなたは!」
胸倉をつかみなおして、問いただしたしのぶは悪くないと思う。
上司公認の甘やかしとか、意味不明だ。
「何って、労働環境の改善?」
落ち着いてと背中を叩く手が優しい。
「俺が十八の時は如何に楽して生きるかを考えてたし、姪っ子なんて俺を連れ回して服やら飾りやら買わせるのに心血を注いでるぞ。本当、この国の子供たちは、しっかりしすぎ。むしろ大人が頼りなくて申し訳ない」
は名簿と睨めっこした結果、産屋敷で心の底からため息を吐いたのを思い出す。
十代で殉職とか、意味が分からん。一番力のある二十代と熟練の三十代はどこ行った。
「鬼と仲良くなるのは、俺と炭治郎に任せておきなさい。医療体制は俺とアオイに。だから、貴女は、心の中で燃えている怒りを、憎しみを、突き詰めればいい。毒作りは俺も手伝おう」
「……なんで、なんでそんなことをするんですか?」
「君が背負い続けた細い藁は、毎日の積み重ねで、四年もの間に君を圧し潰すくらいになっているんだ。十も下の女の子に、そんな重荷を背負わせ続けるなど、俺が許さん」
彼の服を掴んだままの手を、その大きな手で外から包み込まれた。
戦うことは苦手だという彼の手は、彼女に負けず劣らず胼胝と肉刺がある。
「貴女がお姉さんの人生をなぞりたいというなら、それでもいい。ただ、俺は貴女には貴女の人生を生きてもらいたいと思っている」
「そんな、勝手な……」
「そうだ。これは俺の勝手だ。君を甘やかして、敵討ちの手伝いをして、妹達と笑いあう幸せな未来を掴ませてやる。鬼になんか、食わせてやるか。俺は『君』に生きていて欲しい」
毒を飲むのを辞めろとも、敵討ちなんて無理だとも、彼は言わない。
彼女がやりたい事をやった上で、幸せになってほしいと勝手に願っているのだと。
「まだ会って数日の人間に、なんでそこまで……」
訳が分からない。しのぶは額をの胸に押し付ける。
「君が、ずっと、怒っているから」
「!」
しのぶの震えた肩を宥めるように、優しく撫でた。
「ずっと笑顔なのに怒っているから、何故だろうって思っていた。で、今日、その謎が解けた。そうしたら、もう駄目だな。この子を笑顔にしようって、オジサンは思い立ってしまった訳だ」
「誰がオジサンですか。さんはオジサンじゃないです……」
「大人の本気を見せてあげよう。なので、諦めて甘やかされなさい」
しのぶはもう脱力して、の上にのしかかるような形で抱き着いてしまう。
「貴女がすることは、ひとつ。俺を都合の良いように使い潰しても、望みを果たせばいい。今この時、俺がここにいることを契機と捉えて前を見るか、何故もっと早くと過去を嘆くか、それは君次第」
背中をぽんぽんとされながら、聞こえてくるの声は優しく甘くて、とても厳しい。
「……姉の、カナエ姉さんの、仇を取るわ。手を貸して」
ぎゅっと彼の背中に回した両手で、そのシャツを握り込む。
【片目】の状態で、しのぶの攻撃を躱しきった彼が、弱いわけがない。
「手どころか、俺の全身全霊をもって、君のお姉さんの仇を摺り潰そう」
楽しそうに笑う彼の声が、絶望と諦めが占め始めていたしのぶの心に染みた―――

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後書&コメント

  1. 上弦の弐、終了のお知らせ。
    蟲柱様は、グイグイ来る人に弱いと思います。
    今までだって甘かったですが、これ以降、滅茶苦茶甘やかす所存。
    女の子が笑顔って、それだけで幸せになれますよね。

    コメント by くろすけ。 — 2021/03/14 @ 11:58

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Posted: 2021.03.14 鬼滅の刃. / PageTOP