の左目が回復した日の事だった。
「伝令!伝令!」
しのぶの鎹鴉・艶が鬼狩りの連絡を届けてくれた。
「本当に賢いなぁ。あ、オヤツ食べる?煮干しがいい?それとも、鳥のお肉がいい?」
丁度、左目の診察を受けていたは、艶を上着の袖に乗せて話しかける。
「艶まで口説かないでくれません?」
煮干しをご所望されたので、手持ちの鰯節をあげると、しのぶからジト目で見られた。
「本当に酷い言われよう」
「さんは何時でも出られるんですよね?」
「ああ、問題ないよ」
「では、アオイに言伝をお願いします。私は準備をしますので」
「了解です。艶、一緒に行く?台所なら、熊のお肉とかもあるよ」
これで口説いていないとか、どうなんでしょうか。しのぶはため息を吐いて、準備のために部屋に向かうのだった。
夜、艶に案内されて、とある山の麓に集まった十数名の隠と合流した。
本来であれば、前日入りして【噂】集めから始まるらしいのだが、『が鬼を見る』という目的のため、今回は特例らしい。
「この山にいるっていう噂。……噂かぁ」
「気になりますか?」
山の入り口で首を傾げるを、しのぶは見上げた。
柱である彼女が同行したのだって、特例中の特例であったりする。
「それはまあ、情報収集に不確定要素が多すぎるのは問題だと思ってます。本来は確定してから戦力を投入したい。ただ、これは恐らく当たりです」
キラー衛星からの情報で、非常に奇妙な生き物がいるのを確認していた。人間サイズの人間ではない生き物。暇になったらUMAの探索とか全力でしてみたい。
「山の中に年寄りとか子供が何人かいるので、説得して連れてきてもらえますか?」
ここ数日で大正時代の闇を見た感じは否めない。
口減らしとか、人買いとか、身売りとか、あんまり詳しく知りたくなかった現代人である。
カナヲを人買いから買い叩いてきたという話を聞いた時は、カナヲをぎゅーっと抱きしめつつ、グッジョブとしのぶを称賛しておいた。カナヲが硬直したり、しのぶがちょっと誇らしげにしていた姿に、ほっこりを堪能出来て、オジサンは幸せだった。
人手は回収して『教育』したいので、産屋敷の伝手を使って、孤児や捨てられた人を集め始めていた。すでに、蝶屋敷の隣に買い占めた広大な敷地の一角に孤児院的なものを建てて、メイドゴーレムや執事ゴーレムの増産に引き続き、教師ゴーレムを用意して、手ぐすね引いて待っているのである。
それに、この時代であれば年寄りの知恵も馬鹿に出来ない。人口イコール国力であるこの時代に『間引く』とか、ありえないよね?と耀哉に笑顔で問いかけたのは、出会ってすぐのころである。
サポートをしてくれている【隠】の人たちに、山の地図をさらさらと書いてみせて、山にいる人たちの位置を示していく。
「それもこれも、鬼退治が終わってからなんですが」
鬱蒼と暗い山の影と、森を見つめて、やれやれとため息を吐いた。
キラー衛星からの情報を元に山歩きである。
最短距離を行けるとは言え、道なき道の行程に、明日の筋肉痛が怖い現代人である。
「そろそろかな」
「そうですね。鬼の気配があります」
確かに、直感アラートがピリピリしている。しのぶの言う通り、近くに鬼が居る。
そして、それをは初めて目にすることになった。
「あれが、鬼……」
「ええ。人を喰らう存在です」
鬼に対する怒りや憎しみをにだけは見せるようになった、しのぶの頭を優しく撫でる。
「……なんですか?」
「つまり、あれはこっちが美味しいご飯に見えてると」
「ええ。どうします?」
「ご飯になる気はないので、ヤバそうだと思ったら助けてください」
トンと軽くその場で飛んだ後、一気に間合いを詰める。
【瞬歩】
「よっ!」
こちらに伸ばしてきた右腕を切り飛ばし、左腕は【直死の魔眼】を発動して、切り落とす。
そこで、一旦距離をとって、観察する。
「なんだァ!?俺の左腕が生えてこねェ!?」
「ここでも【直死の魔眼】は反則技だな。後は……」
【投影開始】
「悪いが、もう少し俺の実験に付き合ってもらおう。……盗賊の成れの果て。諦めてくれ」
鬼退治になら【童子切安綱】一択だ。借りた日輪刀は片付けて、投影した刃を掲げる。
腕以外も抵抗なく簡単に斬り落とせるが、すぐに生えてきた。
「圧倒的だな。しかし、この鬼殺しでも首を斬らないとダメか……」
鬼は形を崩していく様子を見ながら、投影を解除する。
「次は、道を踏み外さないような人生を……」
は南無南無と手を合わせて、鬼を見送っておく。
「どうでした?」
「お、後藤さん。来てくれてたんだ。……この鬼はどの程度の強さになるのかな?」
何度か接触のある隠に、は尋ねてみる。斬り合いはしなくても、鬼の知識はより豊富だと知っていた。
「そうですね。本来であれば柱の方を呼ぶなんてもっての外です。癸か壬が一人で対応する程度ですね」
「なるほど。ほぼ新人が相手をするのか。あ、後は、よろしくお願いいたします。終わったら、これ、皆さんでどうぞ」
「ありがとうございます。この間のチョコレイトも、大人気でした」
「山の中を一日中動いたり、背負って運んでもらったりしているんで、このくらいはさせてください。俺がやったら、明日、確実に寝込みます」
「……鬼を斬れるのに、それはどうなんです?」
「俺が鬼を斬れるのは、刀のお陰。腕ではありません。そして、俺に持久力はない!」
ジト目で見てくる後藤に、は胸を張って答える。
「胸を張らないでください。後藤さん、これは私が引き取りますので、後はよろしくお願いします」
そんな彼の隣に来たしのぶは、後藤に笑いかけて、【これ】とを指さす。
「ありがとうございます、蟲柱様。では、私はこれで」
後藤はしのぶに深々と頭を下げて、から受け取った箱を持って【隠】達の方へと戻っていく。
「コレ扱いは酷くないですか?初鬼狩り成功なのに……」
「そんな事より、何故左腕が再生しなかったのか教えていただけますよね?それに、炭治郎君の怪我を治した薬の話も、まだ聞けてませんでしたね?是非とも、聞かせていただきたいんですが」
「あー。話します。話しますが、先にベースキャンプ……本拠地を作ってもいいですか?【隠】の人たちが連れて来てくれる人たちの体調管理もありますし。きっと栄養不良です」
「仕方ありません。そちらを優先してください。……なんですか?」
「本当、優しいなぁと思って」
まるで小さな子供にするように、頭を撫でられる。
「……子ども扱いしないで」
彼女の呟きは、目の前の彼の耳にしか届かない。
「俺、君より十ほど年上なんだよね」
そんな風に言って、甘やかしてくる彼は、人の心にするりと入り込むのがうまい。
「晩御飯、食べながら、教えてあげるよ。何か食べたいもの、ある?」
「……おむらいす」
「了解。楽しみにお待ちください」
しかし、この後、人里離れた山の中に、風呂まである一大拠点を作り上げたの頬を、彼女がひねり上げるのは時間の問題だったのである。
「せ・つ・め・い、していただけますよね?」
笑顔なのに、しのぶの背後には般若が見えた。
「最初に言ったよ。【寝床とご飯とお風呂の準備】するって」
地面に正座させられて、ひりひりしている頬をさすりながらオジサンが上目遣いで訴えても誰も得をしない。
「ええ。私も聞きました。それがどうしてこんな規模になったんですか」
「それは人が思ったより増えたからで……」
「それは確かに。まさか、ここまで多いとは。どうやって勧誘するように、唆したんですか?」
「キャラメルで釣ってこいって」
が言った瞬間、ゴスっといい音が、彼の額から聞こえた。
その瞬間を見てしまった隠曰く、蟲柱様の正拳が正座していた相談役の額に突き刺さったらしい。
「それは釣れますね、入れ食いです。貴方がひょいひょいと気軽に配っているお菓子は、一般庶民には手の届かない高嶺の花なんです。……聞いてますか?」
「か、かろうじて」
頭を押さえて蹲っているは、グルグル回る視界に、こっそりケアルを掛けた。
自分にかける回復魔法には制限がなくてよかったと心の底から思う。
「お年寄りが四名と子供十人。さんがこの山に居ると言った全員が集まったら、こういう事になりますよね。【隠】の人たちも呆れてますよ?」
「……はい」
「次はもう少し『普通に』考えてくださいね。この人数、移動させるとか、私たちが人買いを間違えられてしまいますよ」
「あー、それもあったか……つーか、五十で年寄りとか、大正時代、世知辛いな」
因みに、周囲の【隠】の面々は、二人の掛け合いを見なかった事にして、黙々と作業を行っていた。助けて欲しいというの視線は、無理です、諦めてくださいという身振りで返された。
風呂でピカピカにして、満腹にした人達は、提供のイチゴショートケーキを餌に集まった【隠】二十名に運んでいただくことになったらしい。
初鬼狩りなど、あっという間に終わるのです。
直死の魔眼最強説。
書きたかったのは、オムライスと正拳突き。
後悔はない。
コメント by くろすけ。 — 2021/03/17 @ 22:18