「アオイ、カナヲ」
炭治郎たちが機能回復訓練に入ってすぐ、昼食の準備をしていた時だった。
「今日ね、ちょっとあの子とバタバタするかもしれないけど、そっとしておいてくれるかな?」
「何をして、しのぶ様を怒らせる気ですか?」
困ったように笑う彼が『あの子』と呼ぶのは、この屋敷の主だけだ。
「どうしても聞かないといけないことがある。それが、あの子の逆鱗に触れそう」
「カナエ、姉さんの事…?」
「いいや。そちらはもう少ししたら詳しく惚気てもらう予定。今回はあの子自身の事だから、あの子に話してもらわないとダメなんだ。だから、先に謝っとく」
「……わかりました。何かあった後の片付けは、さんの方が得意でしょうから、お任せしますね。きよ、なほ、すみには私から話しておきます」
「ありがとう、アオイ」
アオイはため息を吐いて、のやることを黙認することにした。
カナヲはそんな彼女とを見比べて、オロオロしている。
「カナヲ」
そんなカナヲの頭を優しく撫でる。
「心配させてごめんな。でも、どこかで聞かないといけないことなんだ。それも出来れば早めに」
「ん……」
「大丈夫よ、カナヲ。さんにしのぶ様を傷つけるとか、絶対無理だから。投げ飛ばされるのは、間違いなくさんの方よ」
「正論は心が痛い……」
「事実ですよね」
「はい」
かなわないなぁと笑う彼が、姉の心を解してくれるといいと、カナヲは心から祈った。
昼食が終わってしばらくして、はしのぶの部屋におやつを持って現れる。
そこまでは毎日の日課だったのだが、サポートにつけていたゴーレムを下げたことで、いつもと何かが違うことに気付いたしのぶが、書類から顔をあげた。
が珍しく正座しているので、しのぶも彼に相対して座る。
「何か、ありましたか?」
「今から、貴女が怒っても仕方ないことを聞きます。後で、ボコボコにしてもいいので、質問に答えてもらえますか?」
「……さんが、そう言うという事は、必要な事なんですよね?いいですよ。後でボコボコにしますから」
『お手柔らかに』とは、は決して口にしない。
「貴女が鬼の頸が斬れないのは、どのくらい人を喰った鬼からですか?」
「……全てです。私は鬼の頸を一つも落としたことがありません」
そう言う事かと、しのぶは正直に答える。
「では、柱になるのに必要な条件は全て藤の毒で達成された?」
「はい」
「……そうか」
「最終選別の条件が『鬼の頸を落とす』だったら、私は鬼殺隊に入ることもできなかったでしょう」
何かを考え込む彼に、しのぶは自嘲するように笑って告げる。
「ああ、『七日間を生き抜け』な。生き抜けばいいなら、俺でも何とかなりそう」
「どうするんですか?」
「地下に隠れ家作って、藤の花を周囲に植える」
「……本当に出来てしまうところが問題でしょうね」
少し笑ってしまって気を抜いてしまったせいだろうか。
「鬼の頸を斬りたいですか?」
「!」
唐突に突き付けられた質問に、しのぶは手加減もできず、を壁に叩きつけていた。
「それが!それが出来れば!何度、願った事かっ!」
激情でそれ以上の言葉が出てこない。
何度も願った。
姉と同じくらい身の丈があれば、違ったのだろうか。
大きくならない手を、力の無さを、何度この身を呪ったか。
「好きなだけ泣きなさい。悔しくて泣くことだって、重要な感情だ」
全力で叩きつけたのに、彼の声とポンポンと背中を叩く手が優しい。
すっぽりと包み込まれてしまう自分の身体が恨めしい。
色んな感情が渦巻いて、整理が出来ない。
人が必死で見ないように蓋をしていたのに、目の前の男は容赦なくどろどろとした感情を溢れさせてしまった。
「さんのせいです……」
ごめんなと笑う彼の脇腹に、ゴスゴスと拳をぶつける。
「女性を泣かせておいて、笑うとか、極悪非道です」
「それは確かに」
「私の身体は小さなままで。毒で倒すようになって。周りを黙らせたのに。さんのせいで、頭の中がぐちゃぐちゃじゃないですか」
柱の妹だから贔屓されているなんて、陰口の類はうんざりするほど聞いた。
そんな話をしていると、壁を背にした彼の膝の上に抱き上げられる。
「でも、この話は避けて通れないと思ったんだ」
子供にされるように、フカフカのタオルで顔を拭かれる。
「ああ、お化粧が酷いことに」
「誰のせいですか、誰の」
「間違いなく、俺のせいだけど。それでも美人さんなのはズルい」
ズルいのはそっちだとは言わずに、その首に抱き着いてやる。
はいはいと言わんばかりに背中を叩かれて、子ども扱いされているようで眉間に皺が寄ってしまう。
「君は本当に色々貯め込みすぎ。身体の中に溜め込むのは、藤の花だけにして。他は八つ当たりでも、何でもいいから吐き出しておきなさい。俺が相手するから」
「……いいんですか?」
「これでも後輩の愚痴はよく聞いてたからね。幾らでも付き合うよ」
の顔を覗き込めば、彼はまっすぐに彼女を見ていた。
ああ、甘やかされている、と思う。こういう有言実行は、本当にズルい。
「……後悔させてやるんだから」
「お、それは楽しみだ」
思わず出てしまったしのぶの素の表情に、はクスクスと笑って額を合わせた。
「そんな、いつだって諦めることなく、茨の道を前に進んだ君に贈り物をしてあげよう。多分一本しか創れない特別製だ」
彼女を膝の上から降ろすと、数本の刀剣を取り出した。
それらを布の上に置くと、いつもと同じように【錬成】する。
「さん!」
「……大丈夫。ちょっと切れただけだから」
いつもと違ったのは、の手が裂けたことだ。
「大丈夫じゃない!」
「少し難しい合成をしたから、反動があっただけ。心配させてごめんな」
すぐに治ると解っていても声を荒げるしのぶに、は困ったように微笑みかける。
「俺には君が鬼の頸を斬れないなんて信じられない」
「!」
「岩に穴をあける力があって、筋力が足りない?俺はそんなことできないけど、鬼の頸は斬れただろう?ってことはだ。純粋に刀があってないんじゃないかと思うんだ。……出来るよ」
きらきらのエフェクトが収まった後、彼らの目の前に、紅い光を薄っすらと発する刀がそこにあった。
それを鞘に収めて、しのぶに差し出す。
「……まさか」
しのぶの心臓が音を立てる。
「鬼を狩るのは日輪刀だけじゃない。そうだろう?日本史上最強の鬼切【童子切安綱】を元に太陽を鍛えたっていう逸話のある剣も混ぜた。炎で再生能力が落ちるとも文献にあったんで、炎の剣も練り込んでみた」
刀づくりを料理みたいに言わないでほしいとは思うが、目の前の刀から目が離せない。
「まずは下っ端の鬼から試してみようか。一刀で楽にしてあげたい鬼に会った事、あるでしょう?」
何故わかるのだろうか。
気分が悪くなる鬼にも、人にも、何度も会った。
だが、それでも鬼になりたくてなった訳ではない者にも、何度も会った。
死なせてくれてありがとうと言われた事もある。
その度に、姉の言葉と、自分の心の間で、苦しんできた。
「言っていただろう?苦しまない毒で殺してあげますって。だから、楽に死なせてあげたい鬼にも会ったことがあるんだろうって思ってた。それでも、鬼を狩ったんだろうって」
「さんは本当にズルい……」
しのぶは、刀を受け取って、静かに涙を流した―――
童子切安綱は錬成されて、更に対鬼特攻になりました。
オジサンは女の子に甘々です。
オジサンはメチャクチャずるいのです。
コメント by くろすけ。 — 2021/04/10 @ 10:31