魔法遣いは自重しない。13

さんに嫌われたかもしれません」
「は?」
唐突に厨房でしのぶが口にした言葉に、聞いていたアオイは、自分の耳の調子がおかしくなったかと首を傾げた。
隣を見れば、カナヲも固まっていて、自分の耳がおかしいわけじゃないと気付く。
「それだけは絶対にありえませんが、何かありましたか?」
彼女がしっかりしているように見えて、実は天然であることをアオイは知っていた。
「この間の鬼狩りから、名前を呼んでもらえないんです」
「え?さん、しのぶ様の名前を呼んだんですか?」
「え?」
しのぶとアオイは顔を見合わせて、首を傾げることになった。

「以前、しのぶ様の名前を呼ばないのは何故かを、さんに聞いたことがあります」
しっかり話をすべきだと思い、アオイは準備をメイドゴーレムに頼んで、しのぶとカナヲと共に和室へ移動した。
「名前を呼ばない…?」
「はい。あの人、この蝶屋敷に来てから、ずっとしのぶ様の名前を、呼んだことがないんです」
首を傾げるしのぶに、アオイはきっぱりと言い切った。
カナヲも今までを思い出して、確かにと思う。彼はずっと『お姉さん』とか『師範』とか呼んでいた。
「理由があったということ?」
「はい」
しのぶからの問いかけに、アオイはしみじみと深いため息を吐く。
「これ以上甘やかすと困るからって言ってました。これ以上って、どこまでなんでしょうか?」
「これ以上」
カナヲは思わず、呟いてしまった。
彼女から見ても、のしのぶへの溺愛っぷりは凄まじい。あれ以上って、どうなるんだろう。カナヲは想像がつかず首を傾げた。
「なので、しのぶ様がさんに嫌われるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ません」
大きく頷くアオイの隣で、カナヲもコクコクと何度も頷く。
さんがしのぶ様に嫌われたと慌てる姿は容易に想像できますが、あの人がしのぶ様を嫌うなんて、想像でも無理です」
「想像でも無理……」
「はい。しのぶ様は、さんを捕まえて、真相を確認してください。今の時間でしたら、恐らく部屋で何か作業されているかと思います」
「……ありがとう、アオイ。カナヲもよろしくね」
しのぶは二人に礼を言って立ち上がる。
「さ、私たちは厨に戻りましょう」
しのぶを見送って、アオイは隣に座っていたカナヲに声をかけた。
「アオイは、いつ気づいたの?」
「名前の事?しばらく経ってから、気付いたの。あ、この人、しのぶ様を名前で呼ばないって。だから、ちょっと問い詰めたのよ」
アオイはカナヲと並んで歩きながら、その時のことを思い出す。
「凄いね。私、ちっとも気付かなかった」
カナヲがキラキラとした目で見てくるので、アオイは照れくさそうに笑った。

さん!」
貸し与えられている和室で、何かを書き込んでいたは、しのぶの声に顔をあげる。
「おや、珍しいですね。割烹着姿」
珍しく隊服に羽織ではなく、割烹着を来ている彼女の姿に、目を丸くした。
「私の名前を呼ばないのは、何故です?」
胡坐をかいていた彼の前に正座して、しのぶは質問をぶん投げてくる。
死球になりそうなくらいの、剛速球の直球勝負だった。
「あー、えーと」
避けることも叶わず、は視線を彷徨わせて、何か言い訳を考えようとするが思いつかない。
「アオイに聞きました」
「あー」
あっという間に退路も断たれてしまう。
「この間の鬼狩りから、呼んでもらえないので、嫌われたのかと……」
「それはない」
即答していた。俯きかけたしのぶの両頬に手を添えて、目を覗き込む。
「それだけは絶対にない。あり得ない」
「そ、そうですか。感情が制御できないのは未熟者って、思われたのかと考えたんですが……」
「はぁ?そんな台詞は五十年は早い」
呆れたように言って、はしのぶを流れるように膝の上に乗せて、抱っこしてしまう。
「ごじゅうねん」
五年や十年どころではなかった。しのぶは、の言葉に目を丸くする。
「十八歳にそんなに達観されたら、立つ瀬がない。そんなのは、よぼよぼになってから『近頃の若い者は』っていう定番の台詞と一緒に言ってください」
はははと笑うの腕の中で、それもそうかと思う。
「ああ、そうだ。これはちゃんと言っておかないと」
「? 何ですか?」
に抱きしめられたまま、しのぶは彼の顔を見つめた。
「俺は君が好きだよ、しのぶ」
本当に、こういうところである。
しのぶは赤くなった顔を隠すように、のシャツに額を押し付けて、ゴスゴスと脇腹に拳をぶつけるのだ―――

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後書&コメント

  1. 前回、初の名前を呼んだ件について。
    これ以上ってどうなるんでしょうね?
    アオイからは呆れられ、カナヲには首を傾げられています。
    割烹着姿もきっと良いよね。

    コメント by くろすけ。 — 2021/04/24 @ 09:22

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Posted: 2021.04.24 鬼滅の刃. / PageTOP