「善逸?大丈夫か?」
道場の隅で大の字になっている善逸に声をかけて、はスポーツドリンクモドキを差し出した。
炭治郎と伊之助は、現在カナヲにボコボコにされている。
「どうせ、俺なんて、壱の型しか使えない出来損ないです」
それを受け取りながら、やさぐれた言葉を善逸は口にする。
「それは呼吸を使えない、俺への遠回しの嫌味か?」
「え!?」
の言葉に、善逸は驚いた。
カナヲが手も足も出なかったという彼は、呼吸すら使えないと笑う。
「いいじゃないか。突き詰めた一手で、全てを切り伏せれば。今ある呼吸が合わないってだけだろ?呼吸は色々派生しているんだ。君の、君だけの呼吸を手に入れればいい」
「でも、俺、臆病だし……」
「俺の勝手な感想を述べるぞ」
「え?は、はい」
俯く善逸に宣言をして、は話し始める。
「君は確かに臆病者かもしれない。でも、きっと、背中に守るものがいたら、君はきっと怯えながらも刀を構える。女の子を見捨てられないのを、俺は知ってる」
そう笑って、わしわしと善逸の頭を撫でる。
「わっ……」
「もし自信をなくして挫けそうになったら、いいことだけ思い出せ。後ろ向きな心の持ち主は絶対に目標を達成しない」
「……うん」
善逸の耳には、彼の言葉に嘘がない事がわかる。
「この間、君を育てた人に会いに行った」
「え?じいさんに?」
「君の事を心配していた。儂の教え方が下手だからとも言っていたな」
「じいさんが……?」
「この国の人間は言葉が足りない。本当に足りない。伝わっていると思って、ひん曲がっている気がする。次の任務が終わったら、会いに行っておいで」
「足りない、ですか?」
「水柱を見てみろ。どうやったら、あそこまで逆に伝わる言葉の選択が出来るんだ」
「……ああ」
善逸は物凄く納得した。
「この間、薬を取りに来て、しのぶさんを激怒させてましたよね」
「ああ。あの時は大変だった。後で、滾々と言い聞かせたお陰で、最近は多少マシになってきた」
笑顔で怒るしのぶを宥めておいて、怒られた理由の分かってない義勇を家まで送りながら、色々話をした。
「何を言い聞かせたんですか?」
「考えたことを全て口に出せ」
「……あれ、考えたことを選択していたんですね」
「ああ、あの言葉の選択は、ある意味天才的だからな」
水柱様は必要な言葉を選択するのが致命的に下手糞だった。
「善逸も言いたいことは、ちゃんと伝えたほうがいいぞ」
もう一度、ぐりぐりと善逸の頭を撫でて、ボロボロにされた伊之助に飲み物を渡しに行った。
善逸はそんな彼を見送りながら、兄が居たらこんな感じかなぁとぼんやりと思う。
彼は基本的に身内に甘いが、叱る時は叱る。
蝶屋敷の女の子全員と仲がいいのは、妬ましいけど。
善逸は彼の『音』が嫌いではなかった。
そんな訓練を終えた次の朝、鬼殺帰りの伊之助が厨房に飛び込んできた。
「!今日のご飯は!」
猪頭にも慣れたは笑って彼を迎える。
その隣で、こまったものだとアオイはため息を吐く。
「お帰り、伊之助。怪我はなかったか?」
「ない!俺は強いからな!」
「それは知ってるけどな。無事で帰ってきてくれて嬉しいよ」
がよしよしと撫でると、伊之助は少し落ち着いてくる。
「今日はタコ飯お握りと卵焼き、それと鶏団子だ。もう少しかかるから、医療棟の方でお風呂入ってさっぱりしておいで」
「おう。行ってくる。ご飯、楽しみにしてる」
の言う事に、伊之助は素直に一つ頷いて与えられている部屋へ向かう。
「…… さんの言う事には、素直に従うんだから」
「あれは、ご飯をくれる保護者に懐いてる感じだから。そのうち、アオイの言う事も聞くようになるよ」
「そうだといいんですけど」
玉子焼きを焼いてくれているアオイの隣で、メイドゴーレム二体がせっせとタコ飯を同じサイズのお握りにしていく。
「伊之助絡みで何か困ったことがあれば、俺か、あの子に言えば何とかなるだろ」
「ああ、しのぶ様の言う事も素直に聞きますよね」
「お医者さんの言うことはきちんと聞かないと、ものすごく苦い薬を出されると覚えたんだろうねぇ」
しのぶ特製の薬を飲んで、寝台に沈み込んでいた伊之助を思い出したは笑ってしまった。
「今日は産屋敷から、そのまま天元のところに行って、帰ってくるのは夕方前になる予定。遅くても晩御飯には帰って来きますから」
朝ご飯を食べ終わったは、食後のお茶を片手に今日の予定を改めて告げておく。
「はい。気をつけて行ってきてくださいね」
「うん。そろそろ、ここを出る算段もあるし、早めに帰って……」
「は?」
瞬間、室内の気温が下がった気がした。
思わずが正座になってしまったのも仕方ないくらいの笑顔で、しのぶが彼を見ている。
「え?元々、俺の怪我が治るまでと言う話だったじゃないですか。治った今、長居するのも問題があるかと思いまして」
「そんな話、一度もしてませんよ?『これから屋敷に居られることになったので、よろしくお願いします』と、皆に紹介しましたけど」
「え?」
他の面々を見れば、うんうんと頷いている。
「嘘だろ……」
ずっと女性陣に囲まれて暮らすこと決定である。善逸は泣いて喜びそうだが、は美人に囲まれるなんて落ち着かない。
「本当です。むしろ、そろそろ本格的に部屋を作って、客間からそちらへ移動してもらおうと思っていたくらいなのに、突然何を言い出んでしょうかね?」
最初に時期をきっちり切っていなかった彼の負けである。研究所に作った部屋が無駄にならないようにしておこうと思う。
「どの辺に部屋を増設するか考えておいてくださいね」
「素材はあるから、後で場所だけ相談させてください。……これからも末永くよろしくお願いします」
「勿論です」
漸く部屋の温度が戻ってきて、他の面々もホッと息を吐いた。
その後、食後の片づけをしながら、がアオイとカナヲだけでなく、三人娘からもダメじゃないですかと怒られるのは仕方のない出来事なのである。
しばらくして、しのぶの自室から近い庭の隅っこに、渡り廊下付きでオジサンの自堕落な二階建ての自室が出来上がる。
それが実に粘り強い交渉の結果と知るのは、に愚痴られた耀哉と、部屋が出来るのを楽しみにしていた蝶屋敷の主だけである―――
日々の生活と蝶屋敷永住決定おめでとう!
出て行くことなど思ってもいなかった蝶屋敷の主様の機嫌は急降下でマイナスに突入です。
部屋はどこにするかで隣が当然では派と庭の隅っこ派の間で、粘り強い交渉が行われました。
渡り廊下付きなのは、妥協点です。
オジサンの自室は、地上二階建てユニットバストイレ付き(地下一階の秘密基地付き)になってます。
コメント by くろすけ。 — 2021/05/15 @ 15:00