魔法遣いは自重しない。20

頸を斬られたことでのたうち回る列車の中で、は乗客を助けるべく動いた。
【召喚・スライムキング】
ふにょんとした水まんじゅうのような、巨大なそれを呼び出し、脱線する車両を受け止めさせる。地面へ下ろすと同時に、地面に吸い込まれるように召喚を解除する。
怪我人は何人かいるようだが、死人は防げた。
横転した車両から出たところで、杏寿郎と目があった。
。無事だったか!」
「ああ。今、全員を確認した。死者はない。重傷者はいるが、きちんと手当てをすれば死にはしないだろう」
先頭車両の方へ向かえば、炭治郎と伊之助の姿が見えてきた。
機関士を助けている伊之助を横目で確認しながら、身体を起こせないらしい炭治郎に、は声をかける。
「大丈夫か?炭治郎」
「は、はい。ただ、身体が……」
「ああ、ヒノカミ神楽だっけ?それの反動だね。後の事は俺たちに任せて、おとなしくしてなさい」
ポンポンと軽く頭を撫でられて、炭治郎は無理に起こそうとしていた身体から力を抜いた。
その時、の首筋にチリッと何かが走る。
「杏寿郎!」
「おう!」
警告を発すると同時に、炭治郎に攻撃を仕掛けてきた鬼へ杏寿郎の日輪刀が斬りかかる。
【炎の呼吸・弐ノ型・昇り炎天】
「いい刀だ」
「なかなか派手な登場だ。弱いものから狙うのは戦術的に正しいが、俺たちがそんなことを許すとでも?」
身体が動かない炭治郎の前に、と杏寿郎が立ち塞がった。
「話の邪魔だ。見ればわかる。柱だな」
だが、のことは無視してそれは、杏寿郎に話しかける。
「俺は炎柱、煉獄杏寿郎だ」
「俺は猗窩座。お前の闘気は、至高の領域に近い。だが、踏み込めないのは、人間だからだ」
二人が話をしている間に、は猗窩座を【鑑定】する。彼の前に立つ以上、その情報は丸裸だ。
「炭治郎。あれから、鬼の匂いってどのくらいする?」
「今まで会った鬼の中で、一番、鬼舞辻の匂いが強いです」
「なるほど。やはり、鬼舞辻の血を分けられた量で強さが決まっていると言う事か」
そんな会話をしている間に、向こうの二人は交渉決裂していた。
「俺は如何なる理由があろうとも鬼にはならない」
「そうか。鬼ならないなら、殺す」
【術式展開 破壊殺・羅針】
【壱の型・不知火】
上弦の参と、炎柱が激突する。
さん、早く助太刀に!」
「ん?炭治郎からみて、助太刀が必要そうに見える?」
炭治郎はまだ目で追うことが出来ない二人の激闘を、は余裕を持って観戦していた。
「この素晴らしい剣技も、失われて行くのだ。悲しくはないのか!」
猗窩座が偉そうに行う鬼への勧誘を、杏寿郎は切って捨てる。
「誰もがそうだ。人間なら!当然のことだ!」
接近戦を行おうと踏み込んだ、杏寿郎の襟首を掴んで、勝負の邪魔をした者がいる。
自重しない、魔法遣いだ。
「杏寿郎。交代だ」
「勝負の邪魔をするな!」
【破壊殺・空式】
【アイスアロー】
離れた場所から拳を打つだけで攻撃が放たれるが、魔法遣いの銃から打ち出された氷弾が、その攻撃を迎撃する。
「む。そうか。だが、俺でも倒せそうだぞ?」
「俺もそう思うが、上弦だからこそ、色々試しておきたい。後は、向こうにアレがいかないように、後ろを頼む」
「うむ!任せておけ。の本気を見れるのは、楽しみだ!」
杏寿郎は刀を構えたまま、炭治郎とやってきていた伊之助の側に歩み寄る。
「貴様のような軟弱な男に用はない。俺の邪魔をするな」
弱者を庇うような杏寿郎の動きにも苛立っていたのに、交代だと出てきた男に怒りが抑えられない。
「軟弱。そういった男にボコボコにさせるって訳だ。残念な奴だな」
「死ね……!?」
「へえ、避けるなんて流石だな」
の手には既に双剣の干将・莫耶が握られており、突き出された腕を切り落とすと同時に頚へも刃が肉薄していた。
「いつの間に……」
薄っすらとついた首の怪我を治して、落とされた右腕を再生する。
切られた右腕はどうなったのか、どこにも見当たらない。
「おや。明日からは鬼の目にもとまらぬ速さって、謳い文句にしようか」
「ほざけ!」
「ははは。人間を舐めるなよ!」
はそう言いながら攻撃を打ち払い続ける。
「こんなに強くても、頚が落ちて、太陽に当たると死ぬのか。可哀想だな」
「……殺す!」
煽るために憐れむように言ったら、分かりやすく切れてくれた。
「はは!やれるもんなら、やってみろ!」
そんな彼らの闘いを、少し離れた場所から見ていた炭治郎と伊之助は言葉もない。
「二人ともよく見ておけ。あれが、柱が複数で相手にしても、土すら着けられない男だ」
強いとは知っていた。呼吸を使う自分達が、鍛錬とはいえ全く相手にならないのだから。
柱を相手に大乱闘を繰り広げて、勝ち続けているとも聞いている。
だが、ここまで圧倒的だとは思っていなかった。自分達は助太刀に入ったところで足手纏いにしかならないとわかる相手を、彼は一歩も動かず余裕を持って迎撃していた。
「もしも彼が敵に回っていたら、柱も含めて止められる人間はいない。あの日の御館様は正しかった」
を味方に引き入れたことで、鬼狩りは圧倒的な安全性と支援を得ていた。
何より、目の前の上弦の参を相手に、今までの杏寿郎一人だけでは、良くて相打ちだっただろう。
それほどまでに上弦の鬼は強かったのだ。
それがどうだ。今、目の前にいる上弦はまるで稽古をつけるかのようにあしらわれて、魔法遣いの男に手も足も出ない。
「おいおい。軟弱扱いした男に一撃も入れられないのか?随分と大きな口をきいたのに、大したことないんだな。上弦というのも」
猗窩座は自分を前座扱いをしてくる目の前の男に、怒りが止められない。
「お前は何のために強くなったんだ?今まで会った『鬼』は生前の記憶が多少なりともあったもんだが、お前にはないのか?」
「……何のために?」
「思い出せないほどの耄碌したか?」
魔法遣いは本当に自重する気がない。
「いつか失うと知ってるから、極普通の日々が何より美しいのだとお前には理解すらできないんだろうな」
「ほざけ!『あの頃』は、そう信じていた!その日々を失ったからこそ!」
そこまで言い放った猗窩座は、動揺した。
『あの頃』とは、いつのことだ?霞がかかったような己の記憶に、初めて疑問を持った。
「……鬼って生き方は窮屈そうだな。所詮は鬼舞辻無惨の手足でしかないのか。それで、本当に鬼になってよかったって言えるとか、鬼ってのはただの奴隷か?ならば、ここで滅びろ!」
「くそっ!」
一瞬で相手の懐に飛び込んだの攻撃で両腕を失った猗窩座は、その能力を最大限に発揮して身を翻した。
どんな攻撃を仕掛けてくるのかとと杏寿郎は身構えたが、猗窩座は距離を取るとそのまま森の中へ走り出す。
「逃げた……?」
まさか、と杏寿郎を振り返ったは、彼も呆れた顔で見送っていた。
「逃げた、な」
「鬼って逃げるの!?」
「ははは。よもや、よもや。上弦と呼ばれる鬼が朝日も出ていないのに逃げ出すとは!」
「笑い事じゃないだろ!?杏寿郎!」
彼らの指示を仰ごうと隠の面々がやってくるまで、炎柱の笑い声が辺りに響いていた。

乱入してきた上弦の参を撃退していた頃、蝶屋敷でしのぶは眉間に皺を寄せていた。
「……やっぱり」
彼女は、自分の血液と体調を比べて、明らかにおかしい事に気づいていた。
毒を身体に溜め込んでいるのだ。どこかしらに不調が出てきて当然のはず。それなのに、身体は元気になっていて、最近アオイにも食べる量が増えて嬉しいですと言われているほどだ。
毒が抜けたのかと思って血液を調べたが、順調に濃度が高まっている。
「犯人は、他にいませんよね」
最近、頭を撫でられる度に、ポカポカするはずである。
「回復魔法は反動があるとか、あの人自身が言ってたはずなんですが」
帰ってきたら問い詰めよう。しのぶは、ぎゅっと拳を握りしめた―――

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後書&コメント

  1. 油断大敵。
    オジサンは地面に沈み込む勢いで超反省中。
    でも、これからは召喚魔法も解禁です。反省を生かして、これからはより一層自重をしない予定。
    帰ったら帰ったで大変そうだけど、頑張って。

    もしよろしければ、アンケートにもお答えいただけますと、舞い上がって喜びます。
    http://mutuki-h.x0.com/limitbreak/?page_id=1199

    いただいたご回答は、毎日読んではニヨニヨと堪能させていただいております。

    コメント by くろすけ。 — 2021/06/12 @ 12:30

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Posted: 2021.06.12 鬼滅の刃. / PageTOP