魔法遣いは自重しない。22

無限列車で鬼殺を終えたたちが帰ってきた。
炎柱である杏寿郎たちは、風呂から上がってアオイの朝ご飯をうまいうまいと食べている最中だ。
産屋敷から戻ったもお腹が空いたと、自室にある応接間の畳の上に置かれたちゃぶ台に、自前の天ぷらうどんを取り出して食べている。
「それで、どうでした?無限列車でしたっけ?」
「あれ?杏寿郎から何も聞いてない?」
うどんをさらっと空にした後、鳥の炊き込みご飯お握りを手に取ったは、しのぶの質問に首を傾げた。
「ええ。貴方が逃げてしまったので、先にお風呂に入ってもらいました」
「いや、その、決して、逃げたわけでは」
お握りを一口食べようとしただったが、しのぶのじとっとした視線からそっと目を逸らす。
「まあ、それに関しては、あとで問い詰めるとして、御館様は何か言ってらっしゃいましたか?」
「あとがあるんだ……今回の情報を共有するために、柱の予定を調整してもらってる。君にもそのうち連絡が来ると思う」
「……上弦が出ましたか?」
「うん。下弦の一と上弦の参。下弦の一は、炭治郎と伊之助が頸を落とした。上弦の参は……」
途端にお握りが美味しくなくなったように、しょんぼりするに、何かあったかと思ったのだが。
「逃げやがった」
「は?」
「次の一撃で頸を落として、実験見本にしてやろうと思っていたのに。腕三本だけ残して、逃げやがった」
不貞腐れた様子でしのぶに伝えると、はお握りを頬張って、それ以上何も言わない。
上弦の参を怪我もなく撃退したことに驚けばいいのか。
今まで落ち着いた大人としての姿しか見せたことのない彼が、初めて見せる子供のようにむくれる様子に動揺すべきなのか。
しのぶは少し混乱したので、落ち着くために茶を口にした。
「三日ほどお休みをもらったんで、今日はもう一日だらだら過ごす。絶対何もしない」
そんなことを言ってが取り出したのは、四角い形をしているのに、柔らかそうな大きな布の塊だった。
「なんですか?そのお饅頭みたいなものは」
「これ?通称、人をダメにするソファ」
しのぶの目の前で、その塊に倒れ込むように横になってしまう。
「ダメにする?」
「今の俺の様子を見て、ダメになってるように見えない?」
デローンとやる気なさそうに寝転がっているの様子に、確かにダメかもと思う。
「そんなに疲れたんですか?」
あんなに馬車馬のように働いていたのに、急にどうしたのだろうか?
「あー。疲れたというか、反省中……」
つまり、彼は取り逃がした事実に落ち込んでいるということで、しのぶは苦笑してしまった。
「しかたないですねぇ。上弦を相手に無傷なだけでも、歴史上稀に見る快挙なんですけれど」
そんな彼の隣に歩み寄って、珍しく眉間に皺を寄せているの頭を撫でてみる。
いつものお返しという訳はないが、身長の差からなかなか出来ないので、ちょっと新鮮だった。
「でも、あいつが逃げるってことは、無惨も逃げるって事だ。逃げられないように囲って、太陽が昇るまでボコる。これが正しい攻略なんだろうな。休み明けには、より古い資料を読み込むのと……」
撫でられながら、しのぶの表情を見上げる。
「どうかしましたか?」
「いや、そろそろかなって」
「何がですか?」
「覚悟を決めて、色々始めるようと思いまして」
「始める前に是非一言お願いしますね?」
何を始めるかは知らないが、彼が覚悟を決めないといけないとなれば、せめて一言欲しい。
「そうだね。まずはこれ。試作品なんだけど、使用感を確認してもらえるかな?」
休むとか言いつつ、何かを取り出したを、しのぶは呆れたように見つめてしまう。
姿勢だけがダラーっとしたままというのが、物凄い違和感である。
「なんですか?これ」
ちゃぶ台の上に置かれた、革製の十センチ四方の鞄を見つめる。厚みは二センチ程度だろうか。
大したものが入るとも思えない。
「ちょっと見た目よりも多く入る鞄です」
「……ちょっと?」
「俺の無限収納ほどではないです」
「ちなみに、『ちょっと』というのは、大きさで言うとどのくらいですか?」
「試作品だったので、頑張ってみました。……このお屋敷が裏山含めて入るくらいですかね?」
目の前の小さな鞄を彼に向かって投げなかったのを褒めて欲しい。
「日輪刀は勿論。遠出をする時の着替え、食料。貴女の場合は、買い付けた医薬品や治療用の道具なんかも、余裕ですね。アレがあれば!という事態が少しでも減ればと思って、気合い入れました」
ただ、その後にが提案してきた使い方に、しのぶは納得してしまった。してしまったのである。
「くっ……それは、確かに……」
美人さんの『くっ…』はいいなぁとか寝ぼけたことを思いながら、使用方法をゴロゴロしながら教えていく。
しのぶは中に入っていた救急箱を取り出し、取り揃えられた道具や薬を確認して頷いた。
「これはいいですね。特に応急処置の手引きは、医術を学んでいなくても出来ることがありそうです」
「でしょ?隠の医療班にも、これから順次配備をしていく。残念なことに彼らにはその鞄は渡せないから、背負えるようにする予定」
「なるほど。それで、こちらの薬は?以前、さんが炭治郎君の顎を治した薬に見えるんですが」
救急箱とは別に入っていた薬箱には、それがずらりと三十ほど並んでいる上に、色違いの瓶が数種類入っている。
「あの時の薬より効果が高いものが、二十ほど。後は毒消し、麻痺解消とかとか。そこに入っている紙に詳細が書いてあるので、読んでおいてください」
「……何ですか?この万能薬と完全回復薬って」
「読んで字の如し。あらゆる不調を治す薬と、欠損すら治す完全回復薬……何するんですか」
ついうっかりソファに置いてあったクッションを投げつけたしのぶは、きっと悪くない。
「壊れそうなものを投げなかった私を褒めて欲しいくらいです。この毒消しも、ありとあらゆる毒を消してしまうんですよね?」
「そうだね」
「毒に合わせた調合とかをちゃぶ台返ししていただいて、涙が出そうです」
「そんな君に朗報」
「……今度は何ですか?」
目の前に置かれた眼鏡らしいそれに、しのぶは思わず懐疑的な視線を向けた。
「俺の【鑑定】は便利だよね?」
「……まさか、さんの使う【鑑定】が使えると?」
しのぶはそう言われて目の前に置かれたソレに、眩暈がしそうだ。
「君にしか使えないし、情報も薬効や病理なんかに限定されるけど」
つまりは約束されし新薬ラッシュという訳である。
「ただし、朝七時から夜九時までしか使えません」
「……は?」
「ご飯は横について食べさせてあげるけど、睡眠はきっちり取らないとね?」
そんな絶望を見るような目で見ないで欲しいとオジサンは思う。
ただ、そうしておかないと、寝食を惜しんで満足するまで調べてしまうだろうからの措置である。
「とりあえず、この薬草見てみます?」
そう言って彼が取り出した薬草を調べたしのぶは、コメカミをそっと押さえた。
『異世界産』とか『取扱注意!』とかの文言は見なかったことにしたい。
「まずは、手持ちのものを見直します。知らない薬効や欠点があるかもしれません」
一瞬も惜しいと、しのぶは走って自室に戻っていく。
「あの子がダメになるのは、絶対無理だねぇ」
などとオジサンは呟いて、その日はダメ人間でいることにしたのだった。

それからしばらくの間。
お屋敷の主様の隣でご飯を食べさせる係に、オジサンはアオイから任命された。
彼女曰く、そんなものを作ったさんが責任を取って、ご飯を食べさせてください。という事である。

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後書&コメント

  1. 帰ってきた反動でしょうか?
    二人っきりです。
    これで付き合ってないとか、他の面々は信じてないです。無論、私もですが。
    きっと産屋敷あたりで、終わったら婚礼させようとか準備してくれてると信じてます。

    お暇な際にでもお答えいただけると嬉しいです。
    http://mutuki-h.x0.com/limitbreak/?page_id=1199

    コメント by くろすけ。 — 2021/06/26 @ 21:12

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Posted: 2021.06.26 鬼滅の刃. / PageTOP