随分と冷え込んできて、そろそろ暖炉の用意をしなくてはと考えながら、アリシアは待ち合わせ場所のため息橋へと向かっていた。
久しぶりに休みをとった彼女は、会社の近所に住む青年と買い物の待ち合わせをしていた。
のだが、待ち合わせ場所に着いても彼の姿は無く、思わず時計を見直す。
「……約束の時間、よね?」
出逢ってから初めての出来事に、アリシアは不思議そうに首をかしげた。
彼はいつも早めに来ていて、彼女がやってくると笑顔で迎えてくれるのに。
何かあったのだろうか。
少し不安になった時、その本人が現れて、アリシアは小さく安堵のため息を吐いた。
「すみません、少し遅れました」
「何かあった?」
「いえ。少しぼんやりしていたら、いつの間にか時間が過ぎてて……すみません」
走ってきたため、着ていたコートを脱いで襟元を扇いでいるの顔は少し赤い。
「さ、行きましょうか。アリシアとのデートも久しぶりです」
そう言って笑った彼は、彼女の手をそっと取ったのだが。
「ああ。やはり待たせてしまってすみません」
いつもより冷たいアリシアの手に、は困ったように眉を下げる。
対して、アリシアは小さく首を傾げた。確かに、アリシアとでは彼の方が少し手が温かい。それはいつものことだ。しかし、これはどう考えても、自分の手が冷たいというより、彼の手が熱い。
「、ちょっといいかしら」
「はい?」
背の高い彼の額に手を当ててみる。
「……」
導き出された結論に、アリシアは重々しく彼の名前を呼んでしまった。
「はい?」
「今日の予定は中止。帰って休まないと。熱が出てるわ」
青年はアリシアを見つめ返した後、少し考えて不思議そうに言った。
「……もしかして、私は風邪を引いてる?」
彼の言葉に、アリシアは深々とため息を吐いた。そうだった。彼は自分の事には妙に無頓着になるのだ。
「今日の買い物は、また今度にしましょう」
「え、でも…」
アリシアに手を引かれたは、買い物へ行くはずだった彼女の顔を見つめる。『水の三大妖精』の一人である彼女が休みを取れるのは稀なことだ。
「いいの。今日の予定は変更」
の手を握り返して、アリシアは彼の家に向かって歩き出した。
「の家に薬とか食べるものとか、ちゃんとある?」
「………薬、ですか」
苦い味を思い出したのか、はアリシアからそっと視線を逸らせる。
「買って帰りましょうね」
アリシアは時折見せる彼の子供っぽいところに微笑みながら市場へと道を変えた。
この後、家に帰り薬を飲んで眠るまで、黒髪の青年が白き妖精の管理下に置かれたのは言うまでもない。