魔法遣いは自重しない。27

「今回もお疲れ様だったな、炭治郎」
「はい。でも、無事終わってよかったです」
毎回ルーラで帰るのは距離感や足腰を鍛えるのにもよろしくないということで、と共に鬼殺に出ていた炭治郎は蝶屋敷への道程を並んで歩いていた。
その途中、もうすぐ屋敷が見えてくるという時になって、のもとへ一報が入る。
「!……炭治郎、急ぐぞ。天元がなんか屋敷で暴れてる?らしい。キングから連絡があった」
「はい!俺も行きます!」
見えていた蝶屋敷に最速で走る。炭治郎を置き去りにして、は門の上にいた天元の隣に立つ。
「何やってんだ、天元」
声をかけつつ、彼が抱えているアオイとなほを見る。
!帰ってきたのか!こいつらに一言言ってやってくれ!」
「女の子を攫おうとする、お前が悪い。断然悪い。どうせ、柱の命令に従えとか理由説明するのが面倒だとか、そんなところだろ?あの子が帰ってきたら、ぼっこぼこにされろ。この馬鹿」
本当に男には容赦のない魔法遣いである。
「もう少しでキングが本気で攻撃しようとしてたんだぞ?」
カナヲの前でシターンシターンと飛び上がっている王冠付きのスライムは、警戒色である赤に染まりつつ、門の上にいる彼を攻撃目標に定めていた。
たぶん、の声がかかっていなければ、リレイズが発動するギリギリ手前の攻撃を天元にかましていた。
「なんで、俺が怒られてんだよ!継子じゃない奴は胡蝶の許可をとる必要もないんだぞ!」
「アオイはダメだ。アオイがいないと医療院が回らん。相談役の権限を持って、断固拒否だ。そしてなほちゃんは鬼殺隊じゃない。一般人をどこにかどわかすつもりだ?」
柱よりも上の相談役権限を振りかざして、二人を天元の腕から奪い取る。相談役権限を持ち出されると、柱である天元も逆らえない。
「ちっ!仕方ねぇ、お前ら三人、ついてこい」
の後ろにいる炭治郎と、同じく鬼殺から帰ってきたばかりの伊之助と善逸に声を掛ける。
「俺もこっちの片づけが終わったら、追いかける。『音』は途切れてないんだろう?」
「あー、ああ。そうだ。まだ切れてない」
「なら、お前がそんなんでどうする、元忍者。冷静に、報復しろ」
珍しく怒っているの目の奥を見た天元は、すっと意識が冷えていくのを感じる。
「!……そうだな。わりぃが、先に行く。後から来てくれ」
一回頭を振って仕切りなおした彼が、を見て頼む。
「気を付けていけ。俺が行くまでに、さくっと倒しててくれても構わんぞ」
そんな事を言いながら、は彼の背中をポンと叩いた。
「……悪かったな」
カナヲに抱き着いて、呼吸を整えているアオイにバツが悪そうに一声かけて、天元は三人を連れて屋敷を後にした。
そんな彼を見送り、は門の上から飛び降りる。
「カナヲもよく頑張ったね。ただ、天元の方もお嫁さんが大変なことになってるみたいだから、あいつを許してやってくれると嬉しい」
に撫でられながら、カナヲは小さく頷く。屋敷に来る時は、いつも楽しそうにと話しているのをあの人が余裕なくアオイを連れ出そうとしたのには、理由があると思っていた。
「雛鶴さん達がですか?」
アオイは時々屋敷に来ては料理談義をする天元の妻を思い出す。
いつも優しくて明るい人たちに何か、鬼に関してあったのだろうか。先ほどまで連れて行かれそうになって真っ青になっていたのに、今は彼女たちが心配で仕方がない。
「ああ。だから、俺もこの後、あいつらの後を追う。カナヲもこれから任務だろ?気を付けて行っておいで。サン、何かあればいつでも連絡ください」
カナヲの肩で、小さな水まんじゅうがポヨンっと揺れた。
「キングもありがとう。この後もよろしく頼むね」
蝶屋敷自体にはキングが警備についていた。
いつもはバスケットボール程度のサイズで、ポヨポヨと裏山の中を跳ねている姿が見られる。頭の王冠が目印だ。小さいからと言って甘く見た愚か者や、屋敷の者に不埒なことをしようとした馬鹿者が、地面に転がされていた事があるとかないとか。
「……さんもお気を付けて」
未だ蒼褪めながらも彼を見て見送りを告げるアオイに、は優しく笑って頭を撫でた。
「アオイ、今日はもう休みなさい。ゴーレムで無理なことは、明日に回していい。本当にどうしようもない時以外、働くの厳禁。相談役権限で決めたからね?」
「でも……」
「本当、この国の子供は働きすぎで困る。少しは大人の言う事を聞きなさい。いいね?」
「……はい」
「ちゃんと聞かないと、後で三倍以上で返しますから。耀哉にも報告入れて、下にも置かない対応で三日間を過ごさせますからね?」
御館様に報告の時点で、アオイは何度も頷いた。
この人は本気でやる。一番の溺愛はこの屋敷の主に捧げられているが、女性と子供と老人と身内に、滅茶苦茶甘い事を、ここにいる全員が知っていた。
「いい返事です。じゃあ、皆、後はよろしく。お土産楽しみにしててね」
そう笑って、彼はいつもと同じように屋敷を出て行った。

西洋医者のような格好で、そこへやってきたは、天元の鎹鴉に案内されて合流を果たしていた。
「で、あの三人はどうした?」
「店に入ってもらった」
ふらふらと花街を歩きながら、天元と歩きながら情報交換をしていく。
「それはまた。よく希望の店に入れたな。化粧したのか?」
「派手にブサイクにしておいたぜ」
「はいはい。それでどうなんだ?」
「異常がねぇ。尻尾も見えねぇな」
天元は呆れたように手を振る。恐らく、長い間ここの中で人間に擬態しているはずだ。
「ってことは、上の方がいるな。俺の【探索】にもの凄く気持ちの悪いものが引っかかってる」
「それは、またド派手なことになりそうだな」
魔法遣いがそう言うのだ。間違いなく、ここには上弦が居る。
「そうだな。この後は回診で街を歩いてくる。夕方になったら、一度三人とも話をして、行動を開始しよう。俺がここの空気に耐えられない」
「なんだ?白粉の匂いがダメか?」
「それもあるけど……人間の腐ったような匂いがダメ。あと、病気の匂いで死にそう」
揶揄うような天元の言葉に、答えるの表情はあまり良くない。
「大丈夫かよ」
「街を一周したら、一度屋敷に戻って仮眠とる。一般人の俺には徹夜は辛いんだ」
「一般人に謝れや、この野郎」
「……その調子なら、大丈夫だな。また夕方にな」
はいつもの調子に戻った天元に小さく笑うと、彼の背中を軽く叩いて、切見せと呼ばれる場所へと歩き出した。客がつかなくなったり、病気になった遊女が送られる場所である。

中庭に立ち尽くしているに気づいたのは、朝のうちに帰ってきていたしのぶだった。
さん?」
「あ、ああ。ただいま。ちょっと休憩しに戻ってきたんだ」
「顔色が悪いですよ。……ちょっと来て下さい」
そう言ってしのぶはの手を引いて診察室へ入る。
診察用の椅子に彼を座らせて、簡単な事情を聞き出す。
「吉原?」
彼が今いるという地名を聞いただけで、しのぶは自分の機嫌が降下していくのを自覚した。
「帰ってきたら、アオイが攫われそうになってて、天元をキングがぶん殴るところだったぞ。嫁達が音信不通になっているんだから、焦っていた気持ちもわからんではないが」
そんな彼女の様子に気づく様子も見せず、は肩を小さくすくめた。
「しかし、あそこはろくでもないな。きらっきらの目が眩むほどの明るい光の裏に、ドロドロの胃が重くなりそうな真っ暗闇がある感じ」
たった半日で時代の光と闇を見せつけられて、としては少し胃の辺りが重い。
「しかもなんだ。六割以上が梅毒患者って、馬鹿じゃないの?っていうか、馬鹿だろ」
それだけ言い放つと、椅子から立ち上がり、診察用のベッドに不貞腐れた表情で寝転がる。
「患者用の診察台に寝ないで欲しいんですけど」
「今の俺の精神状態を考えると、患者でもいいくらいです」
眉間に皺を寄せているは、確かにどこか疲れているようだ。
彼の住んでいた場所の話を聞く限り、人買いや姥捨てなどは過去の出来事のようだ。
「大丈夫ですか?」
「あー、ちょっと頭と胃が痛い」
「何を悩んでいるんです?」
「どうやって助けよう」
鬼退治に行ったはずなのに、何を余計なことをやっているんだろうと思わないこともない。
「療養施設を作って移動させたとして、どうする?手に職がなければ、またあそこに逆戻り。あそこで豪遊している馬鹿はどうでもいい。あー、頭痛い」
「これが貴方の言っていた制限という訳ですね」
「ああ。そうだね。生き仏様は勘弁してほしいけどな。こう、目の前で苦しんでいるのを見ると、どうもな。大半が口減らしや人買いらしいから、家に戻すのも難しい。どこかの誰かが高額で買い取ってるらしくて、今は人手不足で大変だって言ってたなぁ」
そんな事をどこかの誰か本人が言っているのだから、どうしようもない。
「選択をするか、しないかを悩んでいるんですか?」
「そう。俺も慈善事業をやっている訳じゃない。だから、線を引かないといけないんだけど……お医者さんは凄いな」
「……唐突に何を」
「いつだって命の選択をしないといけない。技術が、薬が、あともう一歩。そういうところで救えない命だってあっただろう?本当、君は頑張りすぎ」
「今の状態のさんに言われても。……貴方の方こそ、少し休んでください。どうせ昨日から寝てないんですよね」
「あー、ちょっと考え事をしてたら、夜が明けてた」
「眠れないのなら、添い寝してあげましょうか?子守唄も付けてあげますよ」
「……部屋に帰って、ちょっと仮眠する」
重だるい身体を頑張って起こして、は立ち上がった。
今、添い寝なんてされたら、色々ダメになりそうだ。
「はいはい。ちょっとでもゆっくり休んでください」
ふらりと立ち上がったは、傍へやってきたしのぶを見つめる。
「どうかしましたか?」
「いや、あの町の匂いは頭痛を巻き起こすくらい酷いものなんだけど、ここに帰ってきて落ち着いたなぁって思ったんだ。少し楽になった。ありがとう」
は優しく微笑むと、しのぶの頭を撫でて、診察室を出て行った。
「……あの人は、本当にズルい」
診察室の椅子に座りなおしたしのぶが、そんなことを呟いたのを艶だけが聞いていた。

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評価

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後書&コメント

  1. 始まりました、遊郭篇。
    そして、たぶんあっという間に終わります。
    本気になった魔法遣い相手に鬼に勝ち目はありません。残念。

    そして、また増えた保護者スライム……。
    基本的な連絡は鎹鴉のままです。なぜなら、召喚獣との意思疎通が主人公としかできないから。
    しのぶさんとカナヲと屋敷にいるスライムからは緊急連絡のみ主人公に飛ばされて、相手を潰しに行くと。。
    ほんのちょっとだけ、鬼が不憫になってきた今日この頃です。

    コメント by くろすけ。 — 2021/08/07 @ 16:08

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Posted: 2021.08.07 鬼滅の刃. / PageTOP