天元と共に伊之助と善逸が、こちらに近づいてくるのがわかる。
それと同時に胃の底からムカつく匂いも近づいてくる。
「炭治郎!禰豆子!あれの分けていた力が戻ってくるぞ。天元が戻ってきたと言っても、油断するな!」
その時だった。戦闘の音に気づいたものが、近づいてきた。
「おい、何をしてるんだ、お前たち!人の店の前で揉め事を起こすんじゃねぇぞ!」
「だめだ!下がってください!建物から出ないで!」
炭治郎の声も遅かった。
「うるさいわね!」
堕姫の攻撃が走る。広範囲に及ぶ攻撃は建物ごと周囲を切り裂く。
…はずだった。
「……俺の目の前で、これ以上命を奪えると思うな?」
背後から聞こえてきた声に、堕姫は背筋がゾッと冷える。
見れば、建物ごと切り捨てたと思っていた炭治郎やその周りには、うっすらと光る膜がかかっていて、傷一つついていない。
「人間はいつだって、命を捨て、仲間を見捨て、戦術の限りをつくして、血と汗と泥にまみれて化け物と戦う。選ばれてない者が、英雄となるために、それだけのことが必要だ。だが、力なき者を守る最後の一線。後ろには、武器も持たない人々のみ。醜くかろうとなんだろうと、この一線をただの一歩も引くことは許されん。報われるとは限らない。無駄死にかもしれない。だが、それでも。それでも、戦うと決めたならば」
の手の中に干将・莫耶がある。
「相手がなんだろうが、退けない時ってもんがあるんだよ!」
必死に首だけは守ったが、足と腕を一本ずつ持っていかれた。
失った手足はすぐに回復させたが、彼が発する圧力にそれ以上近づけない。
「おいおい、お前が怒ってどうするんだ。冷静に報復するんだろ?」
「柱ね!そっちから来るなんて、手間が省けるわ!」
そこへヒョイと顔を出した天元に、堕姫は喜びの声をあげる。
「ウルセェな。お前と話してねーよ。失せろ。お前は上弦じゃない。俺が探っていたのは、お前じゃない」
「え?」
天元がちらりと見ると、堕姫の頚が落ちていた。
「ああ、それは正しくて、正しくないんだ、天元。あれは上弦の陸には違いない。ただし、二人で一人なんだ。だから、アレの頚だけを斬っても塵にはならない」
屋根の上で泣き喚き始めた堕姫は、確かに上弦の陸なのだが、頚を切られても身体が崩れない秘密があった。
「つまり?」
「二段階戦って事だ。さあ、出てくるぞ!」
ちらりと見ただけで全てを見通す【鑑定】は反則だと、天元はしみじみと思う。
だが、彼が背後にいるだけで感じる圧倒的な安心感。
本人に言うつもりは微塵もないが、負ける気が全くしなくて、口元には笑みが浮かんでしまう。
堕姫の背中から生えるように現れるその姿を、【鑑定】する。
「身の丈と肉付きからして、速度重視型だね。あと、毒も使うらしい。天元、これ持ってろ。毒に対するお守り」
「おう。助かるわ。鯉夏花魁が避難作業を手伝ってくれるっていうんでな、嫁さん達と任せてきた。何かしたのか?」
「何かしたのは、炭治郎。いやあ、素直な子は、好かれやすいね」
本当かよと言いたげな天元の視線に、は肩を竦める。
「俺は人妻に手を出す趣味はないよ。明日、ここを出ていくらしい。是非とも、是非とも女の子には幸せになっていただきたいね!」
「ここを出るのか……それはいい話だな」
「ああ、この、胸糞の悪くなる街から出ていけるんだ。あの花魁は幸せになる『義務』がある」
大泣きをする堕姫を宥めていたソレが立ち上がる。
「随分と余裕だなあ。いいなあ、お前ら。女にも嘸かし持て囃されるんだろうなあ」
「アタシが一生懸命にやってるのに!寄ってたかっていじめたんだから!」
「俺の可愛い妹が足りねえ頭で一生懸命やってるのを虐めるような奴は皆殺しだ。取り立てるぜ、俺はなぁ。やられた分は、必ず取り立てる。俺の名は妓夫太郎だからなあぁ」
放たれた攻撃は、の手にした双刀『干将・莫耶』で弾かれる。
「それなら、君たちが先に取り立てられないとな。……命の対価は高くつくぞ?」
既にこの付近に鬼殺隊以外の人間はいない。は天元を支援しながら、合流してきた伊之助と善逸に手を振った。炭治郎と禰豆子も近くに呼び寄せる。
「あれが、上弦の陸だ。兄と妹の頚が同時に落ちていないと、倒せない。厳密に同時に落とす必要はないが、二人が頚が落ちている状況を作る必要がある。炭治郎、天元と兄の方を頼む。禰豆子と善逸と伊之助は妹の方な。あと、このお守りを全員持っていること」
「はい!」
に渡されたお守りを手に、炭治郎は天元の下へ急ぐ。
蝶屋敷の裏山で行われた特訓で連携攻撃も、かなり上手くなった。相手は善逸と伊之助が多かったが、暇をみては訪れる柱の面々とも行なっているからこそ、天元はこの三人を吉原に連れてきたのだ。
それにが持たせた『リジェネ』を練り込んだドックタグもどきの威力は、有能だった。これまで一方的に削られてきた体力が、鬼並とは言わないが、徐々に回復するのだ。
「くっ!人間如きが、俺たちと打ち合うなんてなあ!」
それに的確なの『使えるモノはなんでも使え』との助言で、炭治郎は水の呼吸とヒノカミ神楽を合わせて使う方法を模索している。
何より、訓練で相対した魔法遣いの圧力の方が容赦ない。だからこそ、今この状況下で上弦の攻撃を前に身体が動いて、受け切れていた。
「宇髄さん!」
【音の呼吸 伍の型 名弦奏々】
炭治郎が受け流し、天元が攻撃する。
互角以上で上弦と打ち合える面々に、クノイチの援護攻撃は好機だった。
【血鬼術 跋弧跳梁】
斬撃を天蓋のように放ち、雛鶴の放ったクナイを弾き飛ばし、その攻撃を仕掛けてきた相手に妓夫は反撃を行おうとするが、それは叶わない。
「だからさ。なんで、目の前に集中しないかなぁ」
徐々に体力を回復していくお呪いに、毒無効のお守り。
それを持っている相手を前に、何故、余所見をすることが出来るのか。
攻撃を仕掛けてきた妓夫の前に立つ魔法遣いには理解が出来ない。
「なっ!」
「お前の相手は、あっち」
雛鶴の前に立ちふさがり、双刀で毒鎌を受け止め、彼を天元の正面へと弾き飛ばす。
「ちっ!」
上弦である自分たち兄妹があしらわれている。その事実に舌打ちをしてしまう。
上弦の参すら逃亡する相手だと聞いてはいたが、まさか人間がという思いが消える訳ではない。
「雛鶴さん、後退してください。アレらは、こちらで対応できます。それよりも避難を優先させてほしい。天元は、こっちで面倒見るから」
「お願いいたします」
「雛鶴さんたちには、アオイを拉致しようとした天元を叱ってもらうっていう重要な任務があるからね。全部終わったら、連絡を送るよ」
「……はい。お待ちしています」
何をしているのだろう、あの人は。そう思って天元とチラリと見るも、雛鶴はその場を後にする。
その姿を見送り、ヒョイっと地面に降りたは、妓夫の攻撃で屋根の上から落とされた天元を覗き込んで声をかけた。
「生きてるか?天元」
「余裕!」
「【ケアルガ】。これでどうよ?もっと余裕になったか?」
の声にガバリと身体を起こした彼の体力を全回復しておく。
多用をするつもりはないが、鬼に身内を殺されるなど看過できない魔法遣いなのである。
「助かる!」
「炭治郎、伊之助、善逸!俺が支援する。全力で堕姫の首を取りに行け!」
屋根の上で攻防戦を繰り広げている三人にも全回復を行ったの声に、三者三様の答えが返ってくる。
「天元、お前は俺と一緒にあれの首を落とすぞ。あっちはあの三人と禰豆子で十分だ」
「おう!」
「チッ!今の今まで傍観してたくせになあ」
「俺があっさり倒したら、意味がないだろ?さっきも妹の方へ言ったがな。……人間の踏み台になって塵と化せ、上弦の鬼」
「ほざけっ!」
「あの子達は強いぞ。俺と違って、諦めるとか知らないからな」
屋根の上でも堕姫が追い詰められている。
毒の刃を焼き尽くすの魔法に、彼の援護があるとわかっているので、天元は痛みも気にせずに突っ込んでいく。
も本格参戦したことで、最早彼らに勝ち目はなかったのだ。
「さん!」
「お、どうした?炭治郎。最後の怪我は最低限しか治せないから、あんまり動くな」
戦闘が終わってしまえば、ポーションの類を使うしかない。それに可能な限り、自己回復力を高めておきたいところだ。
「あの二人がどうなったか確認してきます」
「……そうか。禰豆子を連れて行きなさい。何かあれば、すぐ連絡を」
「はい!」
禰豆子に背負われて、鬼を探しにいく炭治郎を見送り、はため息をついた。
「……鬼にならなくてもいいような世の中にしないとなぁ」
【鑑定】を使うことで、敵のことはよくわかる。その『よくわかる』というのも、色々だったりするのだ。
「もう終わったのか?」
隠の面々と今後の話をしていると、声をかけていた小芭内がやってきてくれた。
「ああ、やっと来てくれたか。小芭内。ちらっとだけでも上弦を見ておいて欲しかったんだが。悪い。陸だとあんまり持たなかった」
周囲を見回した小芭内は、百年ぶりの快挙を達成した彼らを見回す。達成した者たちは、お腹空いたとの提供している携帯食に貪りついている。
「ふん。この間のように取り逃がすよりマシな結果になったようで、何よりだ。第一、胡蝶を連れてくればよかっただろうが」
「そうは言うが、例えば。例えばだぞ?蜜璃がその辺歩いている奴に下卑な目で見られながら、幾らだと聞かれた瞬間、首と胴を泣き別れにしてやろうと思わない?いやむしろ、あの子に目を向けられた瞬間に目潰し喰らわす自信があるぞ、俺」
「なるほど。それで俺に声をかけたと言うことか」
の言い分にさも当然と頷く。
「ああ、場所がここじゃなければ、あの子にお願いしてた。問題は女の子たちの方が、そう言うのあんまり気にしない気がする。勿論、あの子は相手に絶対零度の視線を向けるだろうけど」
「甘露寺は優しいからな。笑顔で答えそうだ」
想像なはずだが、やけに現実味のある想像が脳裏に浮かぶ。
「そうだな。蜜璃は手まで振りそう。…というか、まだ名前で呼んであげないの?」
「五月蝿い。そう簡単に呼べるか」
「ふーん。俺は良いけど、仲良くしたい蜜璃は名前を呼ばれたがってると思うんだけどなぁ」
この一言に衝撃を受けた蛇柱様が、相棒の白蛇にも背中を押され、初めて名前呼びをしたとかしないとか。
「ただいまー」
流石に疲れたと【ルーラ】で蝶屋敷まで戻ってきたの声に、しのぶを始めとした屋敷の皆が中庭へ集まってくる。
「お帰りなさい!」
特に自分の身代わりのように連れて行かれた面々を心配していたアオイは、今にも泣きそうだ。
「全員怪我はあるけど、命に関わるようなものは無い。大丈夫だよ」
そう言う彼の顔を見たしのぶは、表情を固まらせた。
「さん、ちょっと来て下さい」
「……おい、。何したんだ?」
後ろに般若を背負った彼女の声に、天元がボソリと彼の耳元で尋ねる。
「ちょっと待て。俺がなんかした前提で話すなよ」
「それ以外に理由が考えられんわ。まあ、頑張れ。俺らは朝飯ご馳走になってるから」
ポンポンとの肩を叩いた天元は、アオイたちに抱きつかれている嫁さんたちの方へ向かう。
そんな彼も朝食が終われば、雛鶴を筆頭にしてお説教タイムに突入するのだが。
「……どうした?何かあったか?」
近寄ってきた彼の腕をぐいっと引っ張ったしのぶは、無言で歩き出す。
柱の中で筋力が最低とはいえ、比べる相手が馬鹿力なだけで、彼女も一般人からすれば怪力の持ち主なのだ。の力では抗う術はない。
「ダメになるやつを出して下さい」
部屋まで連れてこられたは、しのぶに言われるままに、通称『ダメになるソファ』を取り出す。
「顔色が悪すぎます。ちゃんと寝て下さい」
ありのままに起こったことを話せば、足払いをかまされてソファの上に転がされました。
「……はい。まさか君に言われるとは」
額に手を置かれては身体を起こすこともできない。
合気道や軍隊格闘術とかを話してしまった自分をちょっとだけ恨んでおく。
「こっちは研究所にいても、夜の八時を回ると屋敷に帰るように、全員に言われるんですよ?貴方が根回ししてるんでしょう」
「まあね。俺は魔法遣いだから」
「はいはい。子守唄歌ってあげますから、少し寝てください」
しのぶは瞼が落ちかかっているに寒くないように毛布をかけながら、彼の隣に座った。
「お説教中ですか?」
少しして客間に顔を出せば、正座させられた天元の姿があった。
「お?珍しいな。羽織はどうした?」
十五分正座をしたら死にそうな顔になってる魔法遣いと違い、彼は平気な顔でお嫁さん達の説教を謹んで聞いていた。
「ダメになった人に取られました」
「ダメになった?」
しのぶは笑って、それ以上何も言わなかった―――
帰った途端に、子守唄かー。羽織まで貸してもらうなんて羨ま、いや妬ましい……
しばらくは炭治郎達は怪我を治しつつ、修行引続き。
諒も研究所に顔を出しつつ、蝶屋敷でスライム達をモチモチする日々を過ごして、温泉編ですな。
やっぱり、女の子が出てくるのはいいよねー。
コメント by くろすけ。 — 2021/09/04 @ 19:56
おお、すみません。確認したつもりだったのに、途中で切れてました。
禰豆子の正規の名前の漢字がバグを起こしているようで、大変申し訳ないです。
今は、全て読めるようになっているかと思います。
本当にすみませんでした。
コメント by くろすけ。 — 2021/09/05 @ 02:00