魔法遣いは自重しない。32

「おや?」
は街中で人の流れを遮らないように、道の隅に寄りながら、首を傾げた。
一緒に来ていたはずの同行者の姿が見当たらない。
はぐれないように、と言われていたのに、この始末。
恥ずかしかったが、手をつないでおくべきだったか。
多くの人が行きかう場所で、は銀座で空を見上げた―――

「明日はお買い物に行ってきますね」
「お買い物?」
「はい。銀座に行って、色々見て回る予定。耀哉にも話して、お土産楽しみにしてるって言われてます。呪いからは解放したけど、まだ屋敷以外に出ていくのは危険だからなぁ」
夕食後のお茶を啜りながら、残念そうに言うに、全員が目を見合わせる。
連れていけたら、御館様と銀ブラしてたのだろうか。
しのぶが目を閉じて首を振ったのを見て、誰も突っ込まなかったけど。
「ここから少々距離がありますが、まさか魔法使う気ですか?」
「一番近い隠の詰め所まで魔法で行った後は歩きです。ちゃんと耀哉にも許可とってありますよ?」
「御館様の許可を取っているなら、問題ありません。明日の朝ご飯はどうします?」
「勿論、食べてから行く。明日の朝はアオイが煮しめを作ってくれてるから!」
が作る料理も勿論美味しいのだが、彼が好きなのは、屋敷の皆が作ってくれる和食だったりする。
ほっとするんだよねーと幸せそうな彼に、彼以外の全員が顔を見合わせた。
最近、気が緩んでいるのか、こういう場面で子供みたいに笑うのは反則なのではないかと思う。
いつもの大人っぽい彼との落差は、色々ズルいとしのぶは確信していた。

その後、台所で片づけをしている時、アオイがしのぶに話しかける。
「付き添い、ですか?」
「はい」
アオイの言葉に、三人娘も大きく頷いた。
「しかし、あの人もいい大人ですし」
「でも……さん、ですよ?しのぶ様以外にお願いできません」
きっとがここにいれば、アオイに抗議したに違いない。
だが、その場にいた誰もが、アオイの言葉を否定しなかった時点で、色々察してほしい。
「明日、ノツキソイ!ツキソイ!イッショニ、ギンザ!」
そこへ艶が耀哉からの伝言を持ってきた。
明日の鬼狩りもお仕事も休みにして、の付き添いを頼んだよという内容だった。
「御館様も心配だったみたいですね。あの人が一人で街に出るの」
「さすが、御館様、慧眼です」
アオイは御館様への忠誠を新たにする隣で、しのぶはちょっと遠い目をしてしまった。

そんなこんなで、しのぶと一緒に買い物というミッションが発生したのだが。
知っている銀座との落差にきょろきょろしていたがはぐれてしまった訳である。
「イチからの連絡も来たし。そちらへ向かいますか」
まさか、対鬼の対策が迷子対策にもなろうとは。
さん!」
速足で戻ってきた彼女に軽く手を振る。
「逸れて、ごめんなさい。初めての都会で浮かれていたようです」
「そういえば、そうでしたね。人も多いですし」
「うん。俺もまさか迷子になるとは思ってなかった。その、手を繋いで貰ってもいいかな?」
「仕方ありませんね」
しのぶに手を取ってもらって、はほっと安堵の息を吐いた。この人だらけの街で、心細さを感じていたようだ。
「大丈夫ですよ。ちゃんと繋いでいてくださいね」
「……ありがとうございます」
その後は、銀座をブラブラと楽しんだ。
木村屋のあんぱんに、目を輝かせたり。
煉瓦亭のオムライスに、泣きそうになったり。
銀座四丁目の時計塔が違うことに、慌てふためいたり。
主にの反応を、一歩下がったしのぶが楽しむという状況だった。
「そうでした。一か所寄るところがあるんです。この近くなので、寄ってもらってもいいですか?」
「勿論」
そう言って彼らが向かったのは、一件の和服屋さんだった。
鬼殺隊ともつながりがあるらしく、蟲柱様の登場に店主がやってきた。
店主と何かを話し始めたしのぶから、はちょっと離れて店の中を見て回る。
時代的にはこの店は高級服店になるはずだ。くるくるとまかれた布が所狭しと壁一面に突っ込まれている。
「おおっ……」
目を輝かせて、和小物の棚の前で一つずつ吟味を始めたに、しのぶは声を掛ける。
さん。ちょっとここで待っててください。すぐ戻りますから、絶対に店から出ないでくださいね」
「わかった。ここで待ってる。行ってらっしゃい」
奥へ向かう彼女に手を振った後、簪や櫛、帯留めなどを見せてもらうことにした。

「ただいま戻りました。何を悩んでいるんですか?」
「お土産。最後が決まらなくて……お帰りなさい」
二個の櫛を前にうんうん唸っていたは、戻ってきたしのぶに顔をあげる。
「どちらかにしようと思ったんだけど、両方とも似合うんだよね。……うん。よし。全部下さい」
「は?」
「似合うんだから、両方使ってもらおうと思います」
「いえ、そうではなくて、この数を全て買うのですか?」
彼の目の前には八個も櫛がある。
「うん。仲間ハズレ良くないでしょ?」
女性に櫛を送る意味を知らないらしい目の前の男をどうしてやろうかと考えてしまうが、櫛を受け取ってありがとーと店員に手を振っている彼を見て、しのぶは色々諦めた。
帰ったら彼が櫛を取り出す前に、屋敷の皆には簡単に伝えておくべきだろう。
「そちらの用事は終わった?」
「はい。これを受け取るのが目的でしたので」
「では、荷物持ちさせていただきます。帰りにもう一度木村屋に寄ってアンパンお土産に買っていい?」
しのぶが抱える風呂敷包みを、が受け取って歩き出す。
「今日は散財の日々ですね」
「いつもあんまり使わないからね」
耀哉が毎月くれる給料は貯まる一方だったのだ。
「確かに。さん、自分のものをあまり買いませんから」
「まあ、色々持ってるからなぁ。でも、皆に良いものが買えてよかった」
は隣で手を繋いでくれるしのぶに、いつもと同じ優しい笑顔を見せてくれる。
ここで女性に櫛を贈るのは求婚の意味があると伝えたら、どうなるんだろう。
手を繋いで帰りながら、しのぶは小さく笑ってしまった。

一度蝶屋敷に帰ったは、木村屋のアンパンを手に産屋敷に報告へ向かっていた。
気軽に出かけられない耀哉から話を聞かせてねと、言われているらしい。詳しい話は明日以降として、あんぱんも是非にとお願いされたとの事で渡しに行ったのだ。
この間に屋敷の皆と、禰豆子と、その兄である炭治郎に説明しておいた方がいいだろう。
しのぶに呼び出された全員が首を傾げていたが、彼女から理由を淡々と説明されて、ならばさもありなんと全員で頷いてしまった。
「実にさんらしい、ですね……」
色んな事を知っていて兄のように慕っているが、時折すっとぼけた事を言う事を炭治郎も知っていた。
「禰豆子さんにも買っているようなので、先にお伝えしておいた方がいいかと思ったんです」
「ありがとうございます」
しのぶの気遣いに感謝である。突然、から禰豆子に櫛を渡されたら、長男でも慌てふためく自信がある。
小一時間ほどして産屋敷から帰ってきたが、櫛を満面の笑顔でお土産だよと渡してくるのを、全員が生温い目で見てしまったのは、どうしようもないことなのである。

その夜は雨が降り出したので、自室の一階にある広縁で晩酌の準備をしていた。
「お邪魔します」
広縁で何やらしているの元へ、今日買い付けた包みをもったしのぶが姿を見せる。
「お、いらっしゃい。今日は色々ありがとう。今、準備しているからちょっと待ってね」
そう言って金属の筒をガチャガチャしている彼の手元が気になり、覗き込む。
「なんですか?それ」
「アウトドア用ローチェア。……外でも使える折りたたみ椅子、かな」
筒を組み立て、何やら丈夫そうな布を取り付けると、よいしょと座って具合を確かめる。
「ん。わるくないな」
「新しい装備品ですか?」
「うん。地面に座ると冷えが結構くるしね。こういうのがあった方が楽でしょ」
楽でしょと言って彼が作り出したものが、柱達の荷物の中にはてんこ盛りになっている。
確かに楽なので、全員がありがたく受け取っているのだが、最早一週間くらい普通に野営が出来る状態である。
君の座る椅子もすぐに作るねと言って、ささっともう一つ組み立ててしまう。
「そういえば、女性に櫛を送るって、求婚を意味するって知っていましたか?」
にこやかに笑いながらしのぶが告げた言葉に、は取り出したビール缶をゴトンと床に落とした。
「指輪じゃないのか!?え?あれ?まず回収!?いや、炭治郎に謝りに!?」
座っていた椅子を蹴とばす勢いで立ち上がった彼の上着をぎゅっと掴む。
「落ち着いてください。さんが帰ってこられる前に、私から説明してあります。炭治郎君にも伝えてありますから」
しのぶの言葉が脳みそに浸透したのか、力が抜けたように再び椅子に沈み込む。
「……先にそっちを言ってくれると嬉しかった」
耳まで真っ赤にして椅子に沈み込む彼の様子がおかしくて、しのぶはくすくすと笑ってしまう。
「やっぱり知らなかったんですね」
「俺のとこでは、指輪が一般的で……それであそこの店員が本当にいいのかって聞いてきたんだな。俺はどんな野郎だと思われたんだか」
「よくて色男、でしょうか?」
「知らなかった俺が悪いとはいえ、教えてくれてもいいのに」
「まあ、お土産って断言してましたから大丈夫ですよ」
椅子の上で身体をまるめて恥ずかしがっている彼の様子に笑いが止まらない。
「それに、教えられたら、教えられたで、渡しにくい……」
「ああ、最後に選んでいた二つですね。珠世さんですか?」
「冗談でも止めて、愈史郎に殺される」
「では、蜜璃さん?闇討ちされますよ?」
きっと鏑丸にも咬まれてしまいますねと思っていると、すっと包みを目の前に差し出された。
「君に」
「え?」
「君に似合うと、思ったんだ」
そう言って、顔を赤くしたまま、が差し出してきた櫛は、屋敷の皆に配ったものと同じ蝶の柄と、藤の花をあしらわれたもの。両方とも似合うと思ってしまい、どちらかを選ぶことができなかったのだ。
「そ、そうだったんですね。お土産とおっしゃっていたので……」
「皆でお揃いがいいでしょ?髪飾りもお揃いみたいだし」
「だから、禰豆子さんの分だけ、蝶の柄ではなかったんですね」
「うん。使ってもらえると嬉しい」
「……ありがとうございます。こちらはさんの分です」
表面上は普通の顔をして櫛を受け取っておいて、抱えていた包みをの膝に乗せる。
「ん?今日買ってたやつ?」
「私からです。前から羽織が羨ましいとおっしゃっていたので」
包みを開いてみれば、男物の羽織が現れた。
「着てもいい?」
「勿論です。大きさが合わなかったら、調整しますから」
しのぶの答えに目を輝かせたは、イソイソと羽織ってみる。
「いいね。ちょうどいい、と思うんだけど。どうかな?」
大きく両手を開いてみて、笑顔を向けてくるをよそに、しのぶは袖や裾を確認していく。
「ええ。問題なさそうですね。よかった」
しのぶに確認してもらって安心したのか、は椅子に座って本日のビールを開けた。

この日を境に、黒地に白ぼかし枝垂れ桜の羽織を纏った魔法遣いの姿が見られるようになる―――

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後書&コメント

  1. 銀ブラデート篇。
    最初の構想としては、はぐれた時に女性に声かけられて、怒られるとかだったんですけど。
    普通に手を繋いでデートしてました。おかしいなぁ。
    一杯飲んだ後に、ローチェアの耐久性テストとか言って、抱っこして一緒に座ったりとか、きっとしたに違いないと、是非妄想くださいませ。
    羽織はググると多分画像が出てくると思います。汚れたりしたら、即クリーンしてそう。

    櫛は大切に使われること疑いもありません。

    コメント by くろすけ。 — 2021/10/16 @ 21:07

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Posted: 2021.10.16 鬼滅の刃. / PageTOP