「いや、温泉っていいねー」
「蝶屋敷って温泉引いてるって言ってませんでしたっけ?」
炭治郎のつっこみなど意に介せず、魔法遣いは露天風呂で溶けていた。
「今日はとりあえずゆっくりできる時間を堪能しなさい。明日から気合い入れて頑張れ、若人よ」
「俺の刀、修理なんですけど…」
先日の上弦との戦いで、刃こぼれを起こしていた炭治郎の刀は、刀鍛冶の手に渡り修復に入っていた。明日中には仕上がるという事で、刀鍛冶の里までやってきたのだ。
「刀がなくても出来る修行はある。何より、四人も柱が居るんだ。運とコネを最大限に利用して、強くなりなさい」
先日、産屋敷に行った際、予定を調整してもらって柱を借りて来たのだ。
そこに炭治郎を連れて来たのは、ヒノカミ神楽のことを無一郎にも聞いてみようと思ったのと、ちょくちょく来ては長から話を聞いていたカラクリの確認をしておきたかったのだ。
「実践に勝る経験はないからな!」
「何かあるんですね」
「君が出かけた先で、何もなかったことを数える方が難しくないかな?」
「ぐ……その通りです」
言葉に詰まる炭治郎の頭をぐりぐり撫でる。
「今日明日は大丈夫だから。お、そっちも風呂上り?」
目の前からやってきた女性陣に、は笑顔で手を振る。
「あ、さん!炭治郎君も、お風呂上がりですか?」
「蜜璃は今日も元気だなー。もう少ししたら小芭内も来るから、一緒にご飯にしような」
「はい!」
「ふたりも屋敷と違って温風機ないから、風邪をひかないようにね」
しのぶとカナヲにも声を掛ける。
「はい。でも、さんにもらったタオルのお陰でほぼ乾いていますよ」
「それは良かった。女の子は身体を冷やすの良くないからね」
「このタオル、いいですね。髪も乾かしやすかったです」
髪の長い蜜璃にとっては、水を吸い取ってくれるタオルは非常に助かったらしい。
「そうか。試作したものをあげるから、今後も何か気づいた事があったら教えてね」
フェイスタオルと共に大判のバスタオルサイズも数枚渡しておく。
「はい!ありがとうございます」
「よかったですね、蜜璃さん」
女の子が楽しそうに笑い合うのは良い事だ。オジサンはうんうんと頷いた。
こうやって彼女たちの鞄は、印の試作品で埋められていく。
「。来てたの?」
そこへ顔を出したのは、訓練を終えてきた無一郎だった。
「おう、さっきまで風呂で溶けてた」
「……キングは?一緒じゃないの?」
無一郎はの近くを見回すが、いつものポヨンとした姿は見当たらない。
「キングは蝶屋敷の護衛が主なお仕事だからね。また会いに来てくれると、キングも喜ぶよ」
立ち話もなんだと、は貸してもらっている和室にテーブルを広げて、冷茶とおやつを取り出す。
「そういえば、ニイって居るの?」
しのぶとカナヲがおやつをイチとサンにも分ける姿を見ていた無一郎が訪ねた。
「勿論。あー、あれ。言ってなかったか?ニイは義勇と一緒にいるよ」
「え?」
「は?」
の回答に、その場の全員が目を丸くしている。
「誰と一緒にいると?」
「水柱、富岡義勇。杏寿郎にキングの説明をするのに、ニイを呼んだんだが、そこに義勇も一緒にいてな。どうも気に入ったらしい。その日帰る時に目で訴えられた」
しのぶが代表して問い返してくるので、は肩を竦めて説明しておく。
「それで、カナヲと一緒にいるのがサンなんですね」
「そうです。まあ、おかげで意思疎通の強制もニイの仕事になっちゃったわけだが。あの男に必要なことくらいは話せるように、毎日ニイがペシペシやってる」
「ああ。それで最近、多少、本当に多少だけど、喋る量が増えたんだ」
無一郎が成る程と頷く。
「俺の矯正も入ったしな。俺がここに来た当初、あいつが考えてたこと教えてあげよう。『元々水柱になる資格がない、俺には関係ない』だぞ?それを最後の『俺には関係ない』だけを言うとか、馬鹿かあいつは!?」
その当時を思い出したのか、はちょっとキレかかる。
「……あれって、そういう意味だったんですか?」
しのぶの問いに、は重々しくため息を吐いて頷いた。
「そう。元々隊士になれたのは、アレの兄弟子が山に居るほぼ全ての鬼を殺しつくしたからだ。炭治郎は知っているんじゃないか?『手鬼』と義勇は言っていた」
「は、はい!俺に水の呼吸を教えてくれた鱗滝さんが捕まえた鬼らしくて、ずっと恨んでるって」
「うん。兄弟子のお陰で、義勇は生き残れた。その年の死亡者は、その兄弟子だけだ。で、義勇はずーっと思っていた訳だ。水柱に相応しいのは兄弟子で、俺じゃないって。……そんなの言わんとわらかんがな!」
「……それは本当か」
「おお、小芭内。お疲れ様、お茶とお菓子あるよ」
遅れて到着した小芭内に手を振って、招き入れる。
しれっと蜜璃の隣にお茶とお菓子を用意しているあたり、小憎らしい。
「話を戻すと、本当。お姉さんに助けられた命を、兄弟子に助けられた命を、無駄にするなって、とりあえず三発くらい拳骨落として矯正しておいた。その後、鱗滝さんにも会いに行って、あの人からも説教してもらったんで、だいぶマシになった。これでもまだ足りない辺りは、甘えん坊の弟気質な部分のせいだな。だから、ニイを連れて行きたそうに、こっちを無言で見る目に負けた訳だが」
「甘えん坊……」
「うん。ニイが頑張るってやる気見せてるから、そのまま預けてある。ニイの方がお兄ちゃんだな。あいつの屋敷に行った時、一度ニイが義勇に反省を促している姿を見たことがある。面白くて写真撮ってあるぞ」
こんな感じと、が取り出した写真を見て、全員が笑いを耐えるのに腹筋を引き締める必要があったらしい。
その後、今日の修業を終えた玄弥も参加し、実弥の弟と紹介された彼も含めて、楽しい夕餉を囲むことになった―――
はい。刀鍛冶の里へやってきました。
温泉最高。
魅惑の谷間とか、チラリズムのうなじとか、オジサンは素数を数えて頑張ってます。
漸くニイの居場所が全面的に公開。言葉足らずの水柱が心配で一緒にいる模様。
小さなニイが怒ってピョコピョコしている前で正座して俯く義勇が面白すぎて、オジサンはつい写真を撮ってしまった。
魔法遣いの存在が潤滑油になって、原作よりも柱間の摩擦が減少中。
これからもがんばれ。
コメント by くろすけ。 — 2021/10/30 @ 20:29